おまけの話43 修二と美和2・入院生活5
■おまけの話43 修二と美和2・入院生活5■
私のお父さんは働き者で、朝から夕方までは工事現場、夜は葬儀会社関係で仕事をしていた。
夜のお仕事は、亡くなった方の体を浄めるお仕事で意外と力がいるらしく、体が大きくて力があるお父さんは重宝されていたらしい。
この仕事は、修二さんのお父さんが紹介してくれたお仕事だったらしく、お給金もよくてとても助かっていたらしいのだけれど•••
『東条の娘』と勘違いして美世さんを誘拐したんだ。
未遂だったが、美世さんは怖い思いをしたのに、娘のためにしちゃったことなら•••と、被害届を出さないでいてくれた。
そんな美世さんはもちろん、その美世さんの気持ちを汲んで、仕事先を紹介してくれた東条の旦那様にも、本当に頭が上がらない。
そう話してくれたのは、お父さんが亡くなる少し前。
だから、修二さん達と出会ったばかりの頃の私は知るはずもなく、目の前で繰り広げられている事が新鮮で楽しいだけだった。
そう、仕事上がりのお父さんと、ギブスが取れたばかりの修二さんが、病室の真ん中で殴り合っているのも、どこか楽しく見ていた。
殴り合いと言っても、お父さんが本気だったのは最初だけ。
修二さんが、すぐにヘロヘロになっちゃったから。
お父さんはニマニマ笑って、そんな修二さんをおちょくっていた。
修二さん、疲労困憊でさっきまで死んだように眠っていたんだもの、そうなるよね。
「それぐらいで終わりにしたらどうですか?
お夕飯には早いですけど、広げましたよ」
そんな、お父さんと修二さんを見ながら、美世さんは修二さんのベッドテーブルに人数分のお茶を、ベッドの上にお重を広げた。
・鯛の塩焼き
・梅干しお握り
・生姜の佃煮
・ササミのマヨガーリック唐揚げ
・よもぎ餅の餡子和え
・桃
どれも美味しそうで、私はまだふざけているお父さんと、ヘロヘロの修二さんの腕を取った。
「お父さん! 修二君!
ご飯、ご飯!! すっごく美味しそうなの!
早く、皆で食べよう!!」
「「はい」」
興奮気味の私を見て、お父さんと修二君は素直にベッドまで戻ってくれた。
ベッドを囲んで、皆で椅子に座って、元気よく頂きます!
「鯛・梅干し・米・生姜・ニンニク・よもぎ・小豆・桃… これは全部、邪気を払う魔よけの食べ物だよ。
たくさん食べて、体の中も綺麗にしてね。
なんて、作ってくれたのはミヨちゃんだけれどね。
あ、病院の許可は貰っているから、安心して食べて」
坂本さんは、一つ一つ取り皿に取りながら、教えてくれた。
「サヨさんとナツさんも、お手伝いしてくれましたよ。
なんてったって、久しぶりに10人分のお料理でしたから。
武さん達のお夕飯も、一緒です。
はい、勇一さん」
美世さんは、真っ先に勇一さんの分を取って、小皿を渡した。
この頃は、お見舞いに来る勇一さんしか知らなかったけれど、表情豊かな修二さんと違って、勇一さんの顔の筋肉が動いた事はなかった。
けれど、この日は…
「お口に合いました?
良かったです」
ちょっと心配そうに見守る美世さんの前で、生姜の佃煮を食べた勇一さんの目元が少しだけ、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
きっと、美世さんは全体の雰囲気とかで分かるんだろうなぁ…
勇一さんが佃煮をお代わりするのを見て、美世さんもニコニコしながら生姜の佃煮を食べ始めた。
「やっぱ、ミヨのご飯が一番うまいよな~」
修二さんは話すのと食べるのと、両方を器用にこなしていた。
お料理はどれもこれも一口サイズで、それでも私は二回に分けて食べていたけれど、とても食べやすくて美味しかった。
いつもこんなに美味しいご飯を食べていたら、病院のご飯が不味いと感じるのは仕方ないよね~と、納得。
「奉納舞とか、祓いの矢を放ったりしたから、腹が減って腹が減って…
ミヨ、お茶―!!」
叫んだと同時に、美世さんがサッと湯呑を差し出すのは、さすがとしか言いようがない。
「そうだ、なんで俺を射ろうとしたんだよ」
お父さんは、美味しいご飯でご機嫌だ。
さっき、修二さんに弓を向けられて、矢を射られたことを思い出したみたいだけれど、もう怒っていない。
それより、ご飯を食べるのに忙しそう。
「おじさん、仕事場から色んな悪いモノを引っ張って来てるんだよ。
昨日、そうとう忙しかったろう?
一日弱時間が経っているのに、一つも放れないでくっついてたんだよ」
坂本さんの言葉に、お父さんの口と手が止った。
何も知らない私が居るから、坂本さんはハッキリ言わなかったんだと思う。
『昨日、事故で死亡者が多く出ただろう?
多くの死体を清めて来ただろう?
憑いてたぞ』
本当は、そう言いたかったのだと思う。
お父さんは、ジッと坂本さんに見つめられて、ゴックンとお握りを飲み込んだ。
「シュウジに渡した矢は『清めの矢』で、うちの家系がよくお祓いで使うんだ。
皆、帰るべきところに還ったよ。
大丈夫、大丈夫。
ミヨちゃん、ビールない?」
右手をヒラヒラさせて笑う坂本さんを見て、お父さんは少しだけホッとしたみたい。
美世さんが気を利かせて、お茶の入った湯呑を手渡してくれた。
坂本さんは、ササミのマヨガーリック唐揚げが気に入ったようで、箸が止らない。
「コージさん、バイクですよね。
飲酒運転はダメですよ」
「しっかりした小学生だ」
ピシっと言われて、苦笑いする坂本さん。
飲酒運転をしようとしていた事より、坂本さんの言った『小学生』に私は驚いた。
「ミヨさん、小学生?」
「ん? そうよ。
修二様と同じ小学校で、6年生」
いつも落ち着いているから、てっきり高校生ぐらいかと思っていた。
「美和ちゃんは、小学校1年生なんだよね?」
「うん。
まだ、一回も学校に行けてないんだけれど」
それまで食事に集中して静かだった修二さんが、デザートの桃を丸齧りしながら大きな声で言い放った。
「俺、ミワちゃんと同じ学校に通う。
もちろん、同じクラスな!」
ニコニコ満面の笑みで桃を食べる修二さんに、すぐに突っ込むことが出来た人は居なかった。




