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おまけの話40 修二と美和2・入院生活2

■おまけの話40 修二と美和2・入院生活2■


 修二さんのお顔は、日に日に綺麗になって行った。

腫れは割とすぐにひいたから、目尻の切れ上った黒い瞳がキョロキョロよく動いているのが分かった。

ほっそりとした輪郭に乗ったその目は、とても鋭利な印象で… ようは目つきが悪い。

さらに、なかなか消えない色とりどりの痣と痛々しい切り傷が手伝って、若い看護婦さん達はあまり関わろうとしなかった。

小学3年生なのに、周りを威圧する雰囲気は大人顔負けだった。


「なぁ、怖くないのかよ?」


 お顔は綺麗になり始めても、体の怪我はまだまだ。

それでも隙をみて、ベッドを抜け出そうとする修二さん。

左足首や両腕のギブスが取れていないのに。

そんな修二さんの背中を上げてあげて、枕元に座って、私はよく絵本を広げていた。

熱が下がっている時だけだけれど。


「何が?」


 この時も、私は修二さんにも見えるように、膝の上で図鑑を広げていた。

大地を走ったり、大きな翼を広げて空を飛んだり、大きかったり小さかったり… 私の膝の上に広がっていたのは、恐竜の図鑑。

修二さんが好きかな? と思って、お父さんにお願いして図書館から借りて来てもらったのだけれど、思っていたより面白くて、私も夢中になって見ていた。


「俺の顔」


 修二さんは、恐竜の図鑑が気になるみたいで、私の膝元を覗き込みながら聞いた。


「修二君、恐竜みたいに口は大きくないし、鋭い牙も無いし、爪… はギブスで固まってるし、恐竜の目って意外と丸いね… 

今は、修二君のお顔の方が恐竜よりカラフル」


 図鑑を修二さんのお顔の真横に持ち上げて、恐竜と修二さんの顔を見比べながら笑う。


「こうか?」


 すると、修二さんは図鑑の絵の様に口を大きく大きく開けて、目も目いっぱい見開いてみせた。


「いててててて!」

「無理すると、お顔が裂けちゃうよ」


 あんまりにもお顔の皮膚を筋肉で伸ばしたせいか、(かさ)(ぶた)になって治り始めた切り傷がピッ! と切れたみたい。

ギブスで固められた手で摩ろうとしているけれど、出来ていない。

むしろ、硬いギブスで皮膚を擦っちゃったみたい。


「バーカ、お前の顔なんか、俺に比べたら怖いわけないだろうが。

美和ちゃ~ん、お父さん来たよ~」


 そんな修二さんを思いっきりバカにしながら、お父さんが病室に入って来た。

お父さんの作業着がまだ綺麗だから、今日のお仕事は夕方からみたい。


「オッサンの顔は、岩石だろうが。

人間じゃねぇよ」

「お前だって、今比べてたの、恐竜じゃねえか!

そっちも人間じゃねぇだろうが」

「俺は生き物だ!」


 今思い出すと、低レベルもいいところだと思う。

けれど、この時は仲が良いなぁ~と、なぜか嬉しくてニコニコしながら見ていた。


「失礼します」

「お、来た来た」


 そんな2人を止めたのは、病室の入り口からかけられた女の人の声だった。

控えめな声は、まだ幼さの残る声。


「よぉ」


 病室の入り口を振り返ったお父さんは、短く挨拶をして片手を上げた。


「ご無沙汰しています」


 入り口でペコっと頭を下げたのは、白いブラウスに黒のふんわりしたスカートをはいた女の人だった。

綺麗に編み込んで纏めた黒髪と、対照的に白い肌。

ツンとした小さなお鼻に、赤い唇と少したれ気味の瞳。

とっても綺麗なお姉さんがいた。

その横に、少し伸びた黒髪を後ろに流した長身の男の人が立っていた。

キリッとした眉と、切れ長の瞳が印象的な人。


「まぁ、うん…」

「ミヨ!!」


 お父さんが言い淀んだ瞬間、修二さんが大きな声を上げた。


「修二様!!」


 その声に弾かれるようにそのお姉さんは速足で私の隣まで来て、身動きの取れない修二さんに思いっきり抱き着いた。


「痛い! 痛い痛い!!

ミヨ、痛い!!」


 この時の修二さん、全身も打撲していたんだよね。

最初は、抱きついた勢いが良すぎて痛がっているのかと思っていたんだけれど…


「心配、したんですからね!!」


 お姉さんは、しっかりと抱きついた両腕に力を込めていた。

わざとだったんだ。

 そんなお姉さんの後ろに、男の人が静かに移動してきた。

音も気配も無くて… 幽霊みたいな人。


「… ごめんなさい」


 しおらしい修二さんを見たのは、この時が初めてだった。


「病院のご飯、美味しくないって文句ばっかり言ってるって聞きました。

ちゃんと食べないと、治りませんよ」

「だってさー、不味いもんは不味いんだからしょうがねーじゃん」


 修二さんから放れたお姉さんは、目元をササっと拭いながら少しきつめに言った。

その言葉に、修二さんはちょっと唇をとがらせる。


「本当は、まだお粥じゃないとダメって聞きました。

いつもより少しだけ柔らかく炊きましたけど、いつもの倍、よく噛んで食べてくださいね」


 言いながら、お姉さんは後ろの男の人から手提げを受け取ると、中身を修二さんの膝の上に出した。

ラップに包まった、大きな塩お握りが4個。


「ミヨのご飯!!

美和ちゃん、これこれ!!」


 修二さんの目がキラキラ輝いて、顔全体がぱぁぁぁぁ~っと明るくなった。

膝の上に出されたお握りを取ろうとして、一生懸命両手を動かすけれど… ギブスで上手く動かすことが出来ない。

もちろん、つかめない。

怒り出すかな? と思って、思わず1個手に取って、修二さんの顔の前に持ち上げた。


「あ~ん」


 すると、毎食、食事介助をしていたせいもあって、修二さんがパカっと口を開けた。


「お前、美和ちゃんに食べさせてもらおうなんて、良い度胸じゃねぇか!」


 もちろん、お父さんは怒りだす。

初めて見たわけじゃないし、見る度に毎回同じ事を言って怒るから、私も慣れちゃった。

だからお父さんの事は気にしないで、お握りのラップをむいて修二さんの口元に置いた。


「修二君、よく噛んでね」

「うん!」


 子どもらしい返事をして、修二さんは勢いよくお握りに齧りついた。

そして、言われた通りよく噛みながら何かモゴモゴと言っているんだけれど… 良く分からない。


「やっぱ、ミヨのご飯が一番美味しい!

美和ちゃんも食べてみな!

メチャクチャ美味しくて、病院のご飯なんか食べれなくなるから」


 ゴックン! と飲み込んで、ご満悦の修二さん。

もう一口齧りつこうとして、私に顎を使って進めてくれた。


「修二様、食べかけを進めないでください、失礼ですよ。

はい… えっと… お名前を聞いても?」


 呆れて言いながら、お姉さんは修二さんの膝元のお握りを1つ手に取って、ラップをむいてどうぞ~ と、私に差し出してくれた。


「美和です」

「美和ちゃん!

私はミヨです。

うちの修二様がお世話になっています。

私とも、仲良くしてください、よろしくね」


 お姉さんはそう言ってニコニコ笑って、さらにズイっとお握りを押し出してきた。


「はい、よろしくお願いします」


 私はそんなお姉さんに笑って返事をして、口元まで押し出されたお握りを一口齧った。

微かな潮の味が、お米の甘味に消えた。

少し柔らかめのお米は噛む度に甘味を増して、飲み込むのがもったいないぐらいで… 気が付いたらお口の中のお米が消えていた。


「… 美味しい」

「だろだろだろ!

ミヨの炊くご飯は、宇宙一なんだぜ!」

「修二様、大げさです」


 自分の事の様に胸を張って威張る修二さんに、ミヨさんが突っ込んだ。

でも、私も素直にそう思った。


「私、こんな美味しいお握りは食べたことがないよ。

うん、宇宙一だね!」

「ありがとう」


 ミヨさんは、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。

私は、そんなミヨさんの手元のお握りを、もう一口齧る。

さっきより大きなお口で。

そんな私の手元のお握りを、修二さんはもっと大きなお口で齧りついていた。


小学6年生の美世ちゃんと、21歳の勇一さんとの出会いだった。


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