おまけの話39 修二と美和2・入院生活
■おまけの話39 修二と美和2・入院生活■
私の『第二の家』は町医者を少し大きくした程度の病院。
幼い頃の私は入退院を繰り返していて、その頻度は看護婦さんや先生には『病院の主』と言われた程。
病室の数はそんなに多くなくて、『小児科病棟』は6人部屋の1部屋しかなかった。
けれど、この病室が入院患者でいっぱいになった事は、私の記憶の中では無かったと思う。
6歳の春。
一週間の入院で小学校の入学式に出られなくて、少し落ち込んでいた春…
お父さんが、怪我をした少年… 男の子を拾った。
「まっずい!」
男の子は私の隣のベッド、お部屋の真ん中のベッドの上で、新米の看護婦さんにお昼ご飯を食べさせてもらっている。
おかずは無くて、ご飯はトロトロのお粥。
私のお昼は、少し柔らかく炊いたご飯・焼き鮭・ヒジキ煮。
「食べてくださいよ~」
新米の看護婦さんは、男の子に口に入れたお粥を拭き出さられて、今にも泣きそう。
お顔、お粥だらけ…
「こんなもん、食いもんじゃねぇよ!
肉!肉よこせよ!!」
左足首と両腕骨折、皮膚の色が変わる程の切り傷と打撲が全身に。
それは顔や頭も同じで、顔は原型が分からない程に目も口も腫れあがって赤青黄色の痣で染まっているし、頭には白い包帯が巻かれている。
白い包帯の間から、金色の髪の毛がピンピン出ている。
「いい加減にしなさい!
貴方、死んでてもおかしくなかったんですからね!
外傷だけじゃなくて、内臓だって痛めているんだから、お粥しか食べれません!!
必要な栄養は、点滴から体に入れているんだから、大人しくお粥を食べていなさい!!」
騒ぎを聞きつけて、バタバタと婦長さんが来た。
顔をお粥だらけにした新米看護婦さんは、サササっと婦長さんに場所を明け渡して、ついでにお粥のお椀も渡そうとしたけれど、それは片手で拒否されていた。
婦長さんは、お父さんが『オールドミス』と呼んでいる人。
痩せていて身長が高いくて、細い目に掛けた眼鏡も細長くて、何もかもが細長いから私は『ゴボウさん』て呼んでいた。
「うるせーなぁ、ババぁ!
肉食わせろ、肉!
怪我は食って治すんだよ!!
医者のくせに知らねぇの?」
この頃、修二さんは『修二』としか名乗らなかった。
頑なに、『東条』の性は口にしなかった。
修二さん、声だけ聞けばとても元気。
昨日、瀕死で運び込まれたとは思えない程に元気。
… 運び込まれた時も、お父さんと口げんかしてたけれど。
私は修二さんと婦長さんの言い合いを聞きながら、コソっとベッドから出て新米看護婦さんの隣に行くと、お粥のお椀とレンゲを受け取った。
「いいから、お粥を食べなさい!」
「だから、肉を…」
婦長さんと言い合っている修二さんの腫れた口の中に、私はお粥を少しすくったレンゲを入れた。
たぶん、ビックリしたんだと思う。
顔の筋肉が止ったから。
「ゴックン、ですよ」
私が笑って言うと、修二さんは口の中のお粥を丸飲みにした。
「はい、あ~ん」
もう一口。
レンゲにすくったお粥を、修二さんの口に押し込む。
修二さんは、ゴックンと飲み込む。
「お夕飯は、もう少しだけ硬めのお粥にしてもらう?」
「… うん」
私が聞くと、修二さんは素直に頷いた。
「ガキ!誰に食わせてもらったんだよ!
自分で食え、自分で!!」
そこに、仕事帰りのお父さんが来た。
「白川さん、またそんな汚れた格好で!
せめて、上着を脱いでください!!」
「はいはいはい。
ただいま~、俺の天使、美和ちゃん」
婦長さんの抗議を右耳から左耳に流して、私の隣にしゃがみ込む。
「美和ちゃん、そんなガキのお世話なんてしなくていいんだぞ~。
そのうち、お世話に慣れた人が何人も来て、至れり尽くせりだ」
「来ねーよ」
お父さんの言葉を、修二さんは大きな声で否定した。
それは、拗ねているように聞こえた。
「白川さん、この子の保護者と連絡取れます?
この子、身元が分かる所持品は何一つ持っていないし、お家の事は何も言わないのよ」
お父さんは婦長さんに聞かれて、修二さんを見た。
修二さんは、プイッと横を向いてしまった。
「オールドミス、聞いとくから仕事に戻れよ」
お父さんは大きな手で頭をガシガシかきながら、立ち上がった。
「… 拾った責任ですから、お願いしますよ。
それと、私はオールドミスではありません」
婦長さんはそう言うと、新米看護婦さんを連れて出て行った。
「おいガキ、あの兄ちゃんと姉ちゃんは、呼べば来てくれるだろうが」
お父さんは、少し前に新米看護婦さんが座っていたパイプ椅子に腰を落ち着かせて、私の手からお椀とレンゲを優しく取った。
修二さんに食べさせてくれるのかと思ったら、お父さんが自分で食べ始める。
大きなお口だから、2口で終わっちゃった。
「兄ちゃん… 壊れた。
ミヨは兄ちゃんの面倒見てるから、来ない」
修二さんは窓の方を向いたまま、らしくない小さな声で答えた。
「… 壊れた?
あの弓をビュンビュン飛ばしてきた兄ちゃんだぞ?」
お父さんはお椀とレンゲを持ったまま、弓を引く真似をする。
「… 兄ちゃん、母ちゃんに要らないって言われたんだ。
兄ちゃんが要らないから、ミヨも要らないって。
兄ちゃんが要らないなら、俺なんてもっと要らない子だ」
お父さんは大きな手で頭をガシガシかきながら立ち上がって、私をジッと見た。
「美和ちゃん… お母さん呼んでくるわ」
大きな手で私の頭を撫でて、お父さんは病室を出て行った。
お椀とレンゲを持ったまま。
「修二君、お腹空いてるなら私のご飯食べる?
私のもお粥だけれど、修二君のより硬いよ」
そう言って、私は自分のお膳からご飯のお椀とレンゲを取って、パイプ椅子に座った。
修二君はチラッと私とお椀を見て…
「あ~ん」
って、腫れた口を大きく開けた。




