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おまけの話27 勇一と美世7・恋心

■おまけの話27 勇一と美世7・恋心■


 小学3年生の秋。

お屋敷の女中の中で一番長く勤めていたタカさんが、お嫁に行った。


 夏の初めに、海外でお仕事をしていた婚約者の方が旦那様と奥様にご挨拶におみえになった。

私は外の掃除をしながら、修二君と一緒にお屋敷の影から婚約者さんを見た。


明るいグレーのスーツ。

タカさんとあまり変わらない身長で、痩せ気味。

後ろになでつけた短めの髪には、白い物が目立ち始めている。

少し面長のお顔は人の好さがにじみ出ているように優し気で、つぶらな瞳に掛けた丸眼鏡が印象的だった。

そんな婚約者さんの横に立っていた着物姿のタカさんは、今まで見たことがない程幸せそうに微笑んでいて、私も嬉しくなったのを覚えている。


 そしてタカさんは、夏の終わりにお屋敷でのお勤めを終えて、お屋敷を去って行った。


 タカさんがお屋敷を去って少しして、奥様が体調を崩し、療養のために郊外の別荘に居を移した。

タカさんと奥様が居なくなったお屋敷は、ピリッと張り詰めた空気が無くなってしまって、私はどことなく寂しさを感じていた。

 それでも、旦那様のお客様はお見えになるし、勇一さんや修二君は居るから仕事は変わらない。

学校にも、しっかり通っていた。



 冬の初めの事には、勇一さんの珈琲豆を買いに来る名目で、喫茶店にも通い慣れ始めていた。

カウンターの一番奥に座って、店主が珈琲豆を挽いてくれるのを待つ。

苦い珈琲と、甘い個包装のチョコレートを楽しみながら。


「まだ、分からないんです」


 そして、私の他にお客さんが居ない時は、珈琲豆を挽く店主との会話も楽しむ。


「分からない?」

「はい。

勇一様に、どうやって甘えていいのかが。

でも、女中の私が、本当に甘えていいのかな?

と、夏前から考え中です」


 夏の前。

私が虐められていると勇一さんに知られてしまった日。

勇一さんはこの喫茶店で私に言った。


『… ミヨは子どもなのだから、もう少し甘えていいんだ』

『俺にだけは、もう少し甘えなさい』


 その言葉の本当の意味が分からなくて、そもそも『立場をわきまえなさい』とタカさんの言葉が、呪いの様に私の頭の中を占めていいて事あるごとに出て来るから、甘えるなんてとんでもないと思っていた。

思ってはいたけれど、誘拐されて検査入院した夜、勇一さんの腕の中で眠った夜の事も同時に思い出して、頭も気持ちもグチャグチャだった。


 今思えば、小学3年生という小さな女の子に、何て思いをさせてくれたのかと思う。

思春期にはまだ早い年頃だったのに。


「勇一様はね、『東条』の跡取りとして育てられたから、孤独なんだよ」


 ませた悩みを持つ私に、店主はいつもの様に優しく教えてくれた。


「孤独?」

「旦那様も奥様もお仕事が忙しいし、勇一は甘える暇もなく勉強していたからね。

小学校入学から中学卒業まで寄宿学校で、本家に帰ってくるのは盆と正月だけ。

唯一の息抜きが弓道だったんだけどね…

今は、ミヨちゃんが居るからね」

「私?」

「勇一様の中で、ミヨちゃんの存在は大きいと思うよ。

はい、お待たせ」


と言って、店主は挽きたての珈琲豆の入った紙袋を出してくれた。


「私、これでも甘えすぎちゃってる。て、反省しているんです。

私は女中で、勇一さんはご主人様の息子様なんだから、失礼のないようにお仕事に集中しなきゃ、他の女中さんと同じように扱ってもらわなきゃ… て、思ってはいるんです。

けれど、チヨさんが居なくなっちゃった今、勇一様が私の事を一番甘やかしてくれるんですよね。

きっと、私が子どもだから…」

「ミヨちゃんは、勇一様に子ども扱いして欲しくないのかな?」


 店主の言葉に、ビックリした。


「子ども扱い…。

でも、私は勇一様から見たら修二様と同じ子どもですよ」

「でも、今言ったじゃない、『きっと、私が子どもだから』て。

聞こえによっては子ども扱いして欲しくないみたいだね」


 この言葉がとどめだった。

頭の中も気持ちもさらにグチャグチャになって、でもそれを整理することも出来なくて…

この日初めて、チョコレートを残して喫茶店を出てしまった。


「ミヨちゃん、おつかい?」


 頭も気持ちもグチャグチャのまま、商店街をお屋敷に向かって歩いていた私に、藤の買い物篭(かご)を下げたきよちゃんが声をかけて来た。


「きよちゃんも、おつかい?」


 きよちゃんの篭の中から、立派な大根の葉が飛び出していた。


「うん。

お母さんの買い忘れ。

ミヨちゃんは?」

「私は、勇一様の珈琲豆を…」


 きよちゃんが、勇一様を見て目をハートにしていた事を思い出した。

背中がザワザワして、心臓がキュッと絞られた様に痛くなって、「ヤダ」と思った。

何が「ヤダ」なのか分からないけれど、とにかく「イヤ」で「イヤ」で、きよちゃんから放れたくなって、気が付いたら走り出していた。


「ミヨちゃん?!」

「ご、ごめんね、きよちゃん!

早く帰らなきゃいけなくて… また明日ね」


 振り返って、それを言うのが精一杯だった。


「うん、また明日ね~」


 私の嘘を疑いもしないで、きよちゃんはいつもの様に手を振ってくれた。

そんなきよちゃんに申しわけなく思いながらも、きよちゃんの口から勇一さんの名前がでるのが嫌だったし、あんなきよちゃんの目を見るのも嫌だったから。





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