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おまけの話25 勇一と美世6・変化4

■おまけの話25 勇一と美世6・変化4■


 職員室を出てそっとドアを閉めると、きよちゃんとかよちゃんが申し訳なさそうに声をかけてくれた。


「ごめんね、ミヨちゃん。

ミヨちゃんが大変! と思って、お屋敷に電話しちゃったの」

「女の人が電話に出たんだけれど、お屋敷の人に、怒られちゃう?」


誰が電話に出たのかは分からないけれど、勇一さんが来てくれたという事は、皆の耳には入っているんだろうな。

 チラッと、タカさんの顔が脳裏に浮かんで、嫌味の1つは言われるだろうな… とは思った。


「お屋敷の人達、皆優しいから大丈夫だよ。

心配かけて、ごめんね。

ありがとう」


そうだ、私には一緒に探してくれた、きよちゃんとかよちゃんが居る。

でも、私みたいに教科書や上履きを隠されて、一緒に探してくれるお友達が居ない子は… 


 独りで、隠された教科書や上履きを探している自分を想像した。

廊下を独りで歩いている時、すれ違いざまに悪口を言われる事を想像した。


… すごく悲しくなった。

想像の中の独りの自分は、悪口に(うつむ)いて、目立たない様に身を縮めて、ひたすら耐えている。

 私が、私じゃなかった。


「きよちゃんとかよちゃんが居てくれて、良かった。

本当に、ありがとう」


 2人が居てくれたから、私が私でいられたのだと分かった。

友達でいてくれて、本当に嬉しかった。


「お友達だもん」

「そうそう、お友達だもん」


 ニコニコ笑いながら、きよちゃんとかよちゃんは私の手を握ってくれた。


「でも、修二君のお兄ちゃん、カッコいいね」

「お話しだけは聞いていたけど… 想像以上にカッコいい!!

王子様みたいだよね!」


 2人は私の手を握りながら、職員室のドアをチラチラ見た。

中にいる勇一さんが気になるんだろう。

まぁ、王子様みたいにカッコいいのは頷ける。


 誘拐された次の日。

病院のベッドの中で、勇一さんの心臓の音と温もりで目が覚めたあの日…

勇一さんの特別になれた気分だった。

サヨさんが貸してくれた小説の恋人たちみたいと、少しだけ、ほんの少しだけ大人ぶって小説のマネをして、勇一さんの胸元に手を添えてみたりした。

もちろん、いつものタカさんの『立場をわきまえなさい』の言葉がすぐに頭に響いて、現実に引き戻してくれたけれど。


 そんな事を思い出していたら、職員室のドアが開いて虐めっ子達が出て来た。


「ごめんなさい」


 そして、3人揃って頭を下げた。


「ミヨ、一発ぐらい殴ってもいいんだぞ!」

「だから、人を殴るのはダメですって」


 そんな3人を、今まで大人しくしていた修二君が殴るマネをした。


「一発ぐらいは良いと思うぞ」

「良くないです」


 シャドーボクシングする修二君の腕を押さえて、3人を見た。

勇一さんの言葉が響いたのか、ぎゅっとスカートを握りしめる手が、3人とも震えていた。


「私の、何が気に入らないの?」


加害者にとって『それぐらい』と思える事が、被害者にとって『こんなにも…』と深く傷つくことかもしれない…

今は加害者かもしれないが、明日には被害者になる可能性もある。


 さっきの勇一さんの言葉を思い出した。


もしかしたら、私もこの子達にとって嫌な事をしていたのかもしれない。

もしかしたら、最初に私がこの3人にとっての『加害者』だったのかもしれない。


 そう思って、聞いてみた。


「… 貧乏なくせに、可愛い洋服ばかり着てるから」

「お裁縫が上手で、男の子達に人気があるから」

「貧乏人のくせに、明るくて勉強が出来て、貧乏人らしくないから」


 聞いて良かったのか、悪かったのか…

感想は「阿保らしい」の一言。


「お裁縫、一緒にやらない?

苦手でも、やってるうちに上手くなるよ。

私もそうだったもん」


 虐めっ子の3人は、私の言葉に目を丸くした。

きよちゃんとかよちゃんも、驚いたと思う。


「私は喧嘩をしたいわけじゃないし、3人がお裁縫を上手くなって男の子の気を引きたいなら、教えるぐらいいいわよ」


 それで3人の気が済むなら、私は構わなかった。


「教えてくれるの?」

「私たち、意地悪したのに?」


 オズオズ聞いてくる3人に、私は笑顔で答えた。


「もちろん、教科書は3人のお小遣いで買ってね。

あの教科書じゃ、お勉強できないから」

「お父さんやお母さんに… 言わないの?」


 親の存在は、考えていなかった。

謝ってくれたし、新しい教科書が手に入ればいいや。

それしか頭になかった。


「お父さんやお母さんに言われて、私を虐めたの?

違うなら、私からは言わないよ。

3人が分かってくれたなら、それでいいし。

ただ、先生達はどう考えているか分からないから、後は先生次第かな」


 小学3年生の私には、大人の考えることまでは分からなかった。

ただ、勇一さんの話を聞いていたら、たぶん、大人の間で何かしらのお話があるんだろうな… としか、思わなかった。


「しょうがないよ、『虐め』はやっちゃいけない事だし」

「後は、先生が親にどう言うかだよね?」


 きよちゃんとかよちゃんの言葉に、頷くしかなかった。


「修二、ミヨ、待たせたな」


 勇一さんが職員室から出て来て、私と修二君の名前を呼んだ。


「王子様…」


 きよちゃん、勇一さんを見る目がハートになってる。


 高身長で、バランスよく筋肉のついた体。

艶やかな黒髪を後ろになでつけ、キリッとした眉とその下の切れ長の黒い瞳。

真一文字に結ばれた、少し薄めの唇。

高校生徒は思えない程、物静かな雰囲気。


 きよちゃんの目がハートになるのも、良く分かる。

良くわかるけれど… 何だろう、心臓の辺りがチクチクする。



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