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おまけの話22 勇一と美世6・変化

■おまけの話22 勇一と美世6・変化■


 私が小学3年生になった春。


 私の(かまど)を使ってのご飯炊きのお仕事は、ローテーションになって皆の仕事になった。

お正月の時の様に私に何かあったら、他にご飯を炊ける人が居ないと困るから。

あの時は、サヨさんとナツさんが順番にご飯を炊いたらしいけれど、久しぶり過ぎて炊き方をほとんど覚えていなかったそうで…

私がお屋敷の勝手口を開けた瞬間、サヨさんとナツさんが「お米~」と泣きついてきたから、2人の炊いたお米がどんなものだったか、あの時の私にも容易に想像がついた。


 私の相棒が変わった。

竈作業に欠かせない火吹竹(ひふきたけ)に変わって、私の相棒になったのは包丁。

ご飯炊きがローテーションになったので、代わりにご飯炊き以外の料理を教わる様になった。

それまでも、ちょっとした物やお新香等を切ってはいたけれど、春からは包丁の色々な切り方や使い方を教わった。


 2人の上女中が年季を開けて実家に帰り、新しい上女中が2人入った。

タカさんは、そのまま女中の頂点に君臨中。

サヨさんが言うには、タカさんの婚約者は外国でお仕事をしていて、その帰りをお屋敷で待っているらしい。


 勇一さんは高校3年生の受験生。

修二君は小学校1年生で、私と同じ学校に通う事になった。

東条の本家の子どもなら私が通う普通の小学校ではなく、勇一さんも通って、今は一美様が通っている由緒ある学校に通うのが普通。

けれど、修二君は幼稚園から登園を拒否される程の暴れん坊だから、一美様と同じ学校に通わせることは、旦那様も奥様も最初から諦めていた。


「いい? 貴女は立場をわきまえつつ、修二様をお助けするの」


 入学式の日に、タカさんが私に言った言葉。

つまり、『悪さしない様に見張っておきなさい』という事。

学年が違うから、ずっとは見ていられないけれど、修二君が喧嘩等問題を起こすたびに呼ばれた。


 そんな修二君の入学式に、旦那様も奥様も出席はしなかった。

何でも、とても大切な会合があったらしい。

旦那様と奥様の代わりに、勇一さんが保護者として出席した。

スーツ姿の勇一さんは、いつもより大人っぽくてドキドキしたのを覚えている。


 この頃の私は、お下がりの洋服をリメイクするのが楽しかった。

チヨさんがくれたお下がりは着古してしまったので、綺麗な部分を巾着やハンカチ、ランチョンマット等にして使っていた。

サヨさん達のお下がりも自分で直して普段着に、喫茶店の店主の娘さんのお下がりは、特別な日に着るようにしていた。


 そんな私を、クラスメイトの中には貧乏くさいとバカにする子もいた。

けれど、『使える物を捨てるのは勿体無い』と思っていたから、私はあまり気にしなかった。

『貧乏』も、本当の事だったし、悪口だけだったから。


 全然気にも留めない私に、虐めっ子達は面白くなかったようで、梅雨の頃には教科書や上履きを隠し始めた。

これには腹も立ったし、悔しさも感じた。


「きよちゃん、かよちゃん、手伝ってくれてありがとう」

「ミヨちゃん、お仕事あるんだから、早く帰らないとね」

「そうそう。お給料減ったら大変」


 1年生からのお友達の2人は、いつも一緒に探してくれた。

探しているのを修二君に見つかると、修二君は一緒に探し始めてくれるのではなく、虐めっ子を殴りに行こうとするから、それを止めるのも一苦労だった。

 そう、犯人は皆知っていた。

けれど、虐めの矛先が自分に向かうのが嫌なのと、私が気にしていないようなので止めに入る人は居なかった。


「修二様、殴ったり蹴ったりはいけません」


 ある日の放課後。

長雨でジトジトしている廊下で、私は両腕を目一杯広げて修二君の行く手を塞ぐ。


「ミヨは悔しくないのかよ!

自分は悪い事してないのに、嫌な事されてんだぞ!!」


 私の前に立つ修二君は、私とそんなに身長が変わらなくなってきていた。

目つきの悪さも、パワーアップしている。


「だからって、殴ったり蹴ったりしちゃいけないんです。

それに、ミヨはミヨのやり方で納めます」


 この日、きよちゃんが見つけてくれた私の教科書は、各ページが黒のペンでグチャグチャに汚されて、刃物でズタズタに切り刻まれて、トイレの中に落ちていた。


「ミヨのやり方って何だよ」

「… あまり好きじゃないけれど、修二様が人を殴ったり蹴ったりするよりはいい方法です」


 そう言って、私は職員室でお仕事をしていた担任に、教科書を見せながら今までの事を洗いざらい話した。

 担任はとても若くて細い男の人。

この時の私から見て、勇一さんとあまり年齢が変わらない印象で、とても頼りなかっしあまり信用していなかった。

だって、先生だって私が悪口を言われている現場を見ていたことがあったのに、助けてくれたことはなかったから。

私も助けを求めなかったのも、悪かったのかもしれないけれど。


 話しているうちに悔しさがこみあげて来て、泣きそうになった。

けれど、ここで泣きだしたら虐めっ子達を喜ばせるだけだし、何より修二君が犯人を殴りに行くと思ってぐっ! と堪えた。


 私の家が『東条家』と分かっている先生は、即座に虐めっ子3人を校内放送で呼んで、先生自身も校舎内に探しに行った。

 職員室で待っている間、涙が出る程悔しかったんだと気が付いて、少し驚いていた。

けれど、隣の修二君が「シュッ、シュッ…」 と、テレビで見て覚えたシャドーボクシングでウォーミングアップをしているから、ハラハラして涙も引っ込んだ。


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