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その328 春休みの美術室2

■その328 春休みの美術室2■


 春休みの美術室。

後輩さん達にせがまれて、初めてデッサンモデルを経験した主ですが、いつしか目の前のキャンパスに夢中になっていました。


 窓から差し込む太陽の光が茜色に変わって、主の薄く入れた紅茶色の髪が明るいアプリコット色に輝いています。

剥き出しのうなじも、ほんのり茜色。

集中してキャンパスを見つめる目は、軽く瞼が下がって長い睫毛作った影は濃さを増しています。

組んだ足に左肘を乗せて、軽く曲げた人差し指を小さな唇の下に添えて…

お顔に添えられた左手の下の方、軽く曲げた薬指の付け根に、緑のガラスのリング。


 この姿勢は後輩さん達がデッサンを始めてから、ずっと変わっていません。

後輩さん達は、デッサン開始から約1時間程で仕上げて、買って来た物をお片付けして、いつの間にか居た三鷹さんに後をお願いして、帰って行きました。

 主がキャンパスと睨めっこして動かなくなるのは珍しくないので、後輩さん達も慣れっこです。

 三鷹さんも、職員室からノートパソコンを持って来て、主の近くでお仕事をしていました。

お仕事の時間の半分は、見とれていたり、時間の経過で変化する主の印象をスマートフォンのカメラや動画で撮ったりと、色々と忙しかったみたいですけれど。

今も、夕日に染まった主を色々な角度から撮るのに、大きな体をさらに伸ばしたり、小さくしたり、斜めになったりと大忙しです。


「白川先輩は、何時間あの体制を維持できるのですか?

本当は、大理石の彫刻なんじゃないですかね?」


 そんな三鷹さんに、遠慮なく質問を名がかけて来る声がありました。

三鷹さん、何事も無かったかのように、立ち上がって声の方を向きます。

 声の主は、美術室のドアの所に立っていました。

主とあまり変わらない身長、頬がふっくらとしていて、パッチリした真っ黒な瞳と、パツンと眉毛上で切り揃えた長めの黒いマッシュボブが、とても印象的な女子生が立っていました。

主を慕う後輩の1人、『オカルト研究部』の百田(ももた)結子(ゆうこ)さんです。


「たまに聞くじゃないですか。

人の形をしたものは、魂を宿りやすいって。

日中は人間として動いて、日の光が落ちると元の無機物に戻るって話。

聞きません?」


 百田さん本当に好きですね、そう言ったお話し。


「百田、早いってば。

先生に見つかったら…」


 百田さんの後ろに、大きな男子生徒が息を切らしながら現れました。

桃華ちゃんと同じぐらいの身長で、少し細身。

パッツン! と眉毛上で切り揃えられた黒いマッシュボブに、真っ赤な眼鏡がとっても印象的な『オカルト研究部』の瀬田君です。


「あ… 水島先生、あの、これは…」


 この2人、学校の怪奇現象を全て立証して解消することを目標としているらしいです。

学校の怪奇現象と言ったら、誰もいなくなった夜。

という事で、たまに夜の学校に潜り込んでいるんです。

でも、あまり遅くなると、校舎によってはセキュリティが作動して、防犯会社の警備さんが駆けつけて来ちゃうので、時間との勝負な所もあるらしいです。

今日も、潜り込んだんですねぇ…。


「さぁ、帰るぞ」


 三鷹さんも、2人が夜の学校を散策しているのを知っているんですよね。

今日は、生徒が活動していい時間は15時までです。

今は18時をだいぶ過ぎています。

他の先生に見つかったら、確実に怒られる時間です。


 百田さんと瀬田君に帰る様に促して、三鷹さんも机に広げた書類やノートパソコンをまとめ始めました。


「水島先生、10分ぐらいお時間頂けませんか?」

「ません」


 そんな三鷹さんに、百田さんが物怖じしないで聞きます。

が、間髪入れずに答えが帰って来ます。


「先生、じゃぁ、5ふ…」

(おう)()…」


 百田さん、諦めずにお願いしますが、三鷹さんは聞き流して主の肩をそっと掴みます。


「桜雨、そろそろ帰ろう」


 耳元で優しく囁くと、半分落ちていた瞼が少しずつ上がってきました。


「… 三鷹さん。

お仕事、終わった?

あら、随分暗くなっちゃった」


 主の意識が、キャンパスからこちら側に戻ってきました。

 真っ暗と撫ではいきませんけれど、だいぶ薄暗くなってきました。

そろそろ電気を付けたいぐらいですね。


「美術部員は、明るいうちに帰った。

俺達もそろそろ帰ろう」

「あららら…。

初めてのデッサンモデルだったけれど、キャンパス見てたらスイッチ入っちゃったみたい」

「描けそうか?」

「う~ん… これを描きたいって言うより、キャンパスの白さに引き込まれた感じかな?」


 主は椅子から立ち上がると、大きく体を伸ばしました。

体、固まってたんですね。

関節のあちらこちらから、パキパキ音が聞こえますよ。


「白川先輩、5分だけ、遠回りして帰りませんか?

昇降口までで結構ですので!」


 そんな2人の柔らかな雰囲気を、百田さんの声が遠慮なく破ります。


「あ、百田さん。

今日も学校徘徊?

遅くなると、お腹空かない?」

「そこは抜かりありません!

今日の夜のオヤツは、チョコレートバーです」


 主が両腕を伸ばしながら百田さんに聞くと、フフフフ… と不敵に笑って、背負っていたリュックから包装されたチョコレートバーを3本取り出しました。


「う~ん… 暗くて良く見えない」


 主はサッと、椅子の足元に置いておいた鞄を手にして、笑いながら百田さんに近づきます。

三鷹さんはさっき纏めた仕事道具を小脇に抱えて、主の後ろに立ちました。


「あ、これ、新作だ。

もう食べたの?」

「いえ、今夜のお楽しみにしようと思って、まだ食べていません。

先輩、お一つどうぞ」

「ありがとう! 食べてみたかったから、遠慮なく頂きます」


 ドアから主が出ると、百田さんも瀬田君も、主に釣られて自然と階段の方へと歩き出します。

三鷹さんは、美術室の鍵を閉めて、3人の後ろから付いて行きます。


「あ… 百田さんも瀬田君も、静かにね。

三鷹さんも、声出しちゃ駄目よ」


 階段を下りようとした主が、貰ったチョコレートバーを可愛らしく唇に当てて、3人を見渡しました。

緊張感がない主の声ですが、百田さんと瀬田君は、一気に緊張してごくりと生唾を飲み込みました。




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