その325 拳で分かり合うために、もう一戦
■その325 拳で分かり合うために、もう一戦■
「はいはい、そこまでにして」
良いところに割って入って来たのは、修二さんとの殴り合いを止めに来たお巡りさんでした。
自転車をキュッと止めると、三鷹さんの腕をポンポンと叩きます。
「おめでとう。
今日、2回目の通報」
「え?! 通報って?」
主がビックリしてお顔を上げます。
秋君は主の声にビックリして、立ち上がります。
「ここ、天下の往来。
こんな時間にお前みたいに大きいのが、桜雨ちゃんみたいに小さな子と立ち話しているだけで、変な勧誘や誘拐に勘違いされるのよ。
まぁ、2人の顔を知らない人はこの街では稀だから、真相としては、桜雨ちゃんのファンの誰かからの苦情」
お巡りさんは大きなため息をついて、周りを見渡します。
三鷹さんもぐるっと周りを見渡すと、電柱や建物の影に隠れる人が居ることに気が付きました。
「私の、ファン?」
「そう。
桃華ちゃんが電撃結婚しちゃって、そっちのファンは只今不幸のどん底らしいよ。
毎日、何人か交番に
「女神が一人のものになるなんて…」
「これから、どうすればいいでしょうか?」
「生きる気力がなくなりました」
って、お悩み相談に来るよ。
で、桜雨ちゃんのファンの人達は、そんな桃華ちゃんファンを見て戦々恐々とする人や、これを機に、完全に偶像化してしっかりとしたファンクラブを作って抜け駆けを許さない様にしよう! って、様々なんだよ」
モテるって、大変なんですね。
「三鷹、気を付けないと、そのうち刺されるかもよ」
そこまで大人しくお話を聞いていた三鷹さんは、もう一度周りを見渡して、主を自分の頭より高く抱き上げます。
ビックリした主は、秋君のリードを放しました。
三鷹さんはジッと主を見つめると、編み込み三つ編みから覗いている首筋、耳の真下に唇を押し当てて強く吸いつきました。
「ッう…」
瞬間、そこに痛みが走りました。
主の眉がピクッと動いて、痛そうな声が漏れます。
「三鷹さん?」
三鷹さんの唇が放れた箇所をそっと摩りながら、主は三鷹さんを見ました。
「帰ろう」
「う、うん」
三鷹さんは主をそっと下ろして、秋君のリードを拾って、主と手を繋いでお家に向かって歩き出しました。
「お前ねぇ… 本当に、刺されるぞ!」
お巡りさんは呆れた顔で、自転車を押してついて来ます。
それを、文句がありそうな顔で、三鷹さんが振り返りました。
「2人っきりで帰りたいのは分かるけれど、それ! 絶対、修二さんとまたやり合う事になるからな!!
俺、一日に3回も出動したくないんだよ!!」
お巡りさんは、ビシッ! と主の首筋を指さしました。
三鷹さん、チッ! と舌打ちです。
秋君が主の脚に前足をかけて抱っこをおねだりすると、主はリードを三鷹さんから受け取って、秋君を両腕で抱っこしてあげました。
三鷹さんは放れてしまった手を、今度は主の肩に回して歩き出しました。
お巡りさんの護衛付きで、ご帰宅です。
「ただいま~」
と、主と三鷹さんがお家のドアを開けた瞬間、修二さんが待ち構えていました。
「お帰り、桜雨ちゃん。
今日は…」
申し訳なさそうな修二さんのお顔が、主の首筋に付いた虫刺されのようなモノを見つけて、みるみるうちに鬼のような形相になりました。
「三鷹ぁ!!」
修二さんが叫んで、主の後ろに立っている三鷹さんに掴みかかろうとしました。
主は思わず抱っこしている秋君をギュッと強く抱きしめて、しゃがみ込みます。
「修二さん、ストップ! ストップ!!」
お巡りさんが素早く2人の間に入り込んで、修二さんを押さえようとしました。
判断が素早いです。
まぁ、阻止するのは無理なんですけれど。
お巡りさんも巻き込んで、狭い玄関でつかみ合いを始めた修二さんと三鷹さんに、
「お父さん、近所迷惑!
そんなにやりたいなら、互角稽古でどうぞ!」
珍しく、主の厳しい声が刺さりました。
そして、その言葉通り、修二さんと三鷹さんは下駄箱の隣に置いてある素振り用の竹刀を手に取って、庭で激しく打ち合いを始めました。
面も胴も付けないで、しかも灯りは玄関の街灯と、窓から洩れる部屋の灯りだけです。
「俺、早く帰りたいんですけど」
また通報されてもたまらないと、お巡りさんは道路の前で目立つように立って、クロッキーしている主と一緒に、2人が力尽きるまで見守っていました。
ご苦労様です、お巡りさん。
翌朝、修二さんと三鷹さんはそろってリビングで目を覚ましました。
互角稽古で力尽きた二人は、呆れた梅吉さんに引きずられるように運ばれて、リビングに放置されたんです。
そんな2人のお顔はパンパンに腫れて、色とりどりの痣はお顔に収まらず、お腹や腕や脚にも出来ていて、面白がった双子君や和桜ちゃんや秋君に押されて、そこそこ痛がっていました。




