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その303 それはアイスの味?

■その303 それはアイスの味?■


「松橋っチは小豆だよね~」


 学校帰りのオヤツタイムです。

今日のランチは駅ビルのパスタ屋さん。

そのまま駅ビルでウインドウショッピング。

あっちのお店、こっちのお店と制服のスカートをヒラヒラさせて飛び交います。

お洋服、雑貨、コスメ、音楽…いっぱい見て回ってお腹が空いた主達は、アイス屋さんで少し早いオヤツタイムです。

学生さんはまだお勉強の時間だから、店内も空いているんですけれど…4人用のテーブルに5人で座っています。


「わ、私、小豆ですか…」


 松橋さんが食べているのは、ワッフルコーンの白桃ミルクのアイスです。


「そ、小豆。

田中っチはレモンシャーベットね」

「甘さ控えめで、サッパリね」

「田中っチに、マイルドな甘さは無いでしょう?」


 そんな田中さんが食べているのは、チョコレートミントです。


「ショコラオレンジは東条っチ」

「甘いだけ、苦いだけじゃないわよ。

て、ことね」


 桃華ちゃんが食べているのは、オレンジペコのアイスです。


「…で、やっぱり、白川っチはイチゴかな。

もしくは、イチゴミルク」

「そのまま~」


 主は苦笑いをしながら、イチゴアイスを一口。


「じゃぁ、大森さんは何味だよ?」


 大森さんの後ろから、聞き覚えのある声がしました。


「あ、サクさん。

坂本さんも、こんにちは」


 主と同じぐらいの身長で、ちょっと癖のある黒のショートボブに、ニヤッと笑った口の端に八重歯を見せて、高橋さんが立っていました。

 その横に立つ坂本さんは、耳が隠れるぐらいの黒いショートカットに、切れ長の瞳とスクエアー型の眼鏡。

長身細身のスタイルはいつもと変わらず、柔らかい物腰で、今日も優しく主達を見守ってくれています。


 主達が挨拶をすると、空いてる手をヒラヒラ振ります。


「サクさん、すごーい。

これ1人で食べるの?

田中っチといい勝負じゃない?」


 高橋さんのアイス、ワッフルコーンじゃないですもんね。

パーティー用のお皿に、ダブルサイズのアイスが8個、ぎゅうぎゅうに並んでいます。

そのお皿をウエイターさんみたいに軽々と片手で持っています。


「まさか。

皆の姿を見たから、一緒に食べようと思ったんだよ」


 高橋さんはテーブルの真ん中にパーティー仕様のアイスをドン!と置いて、隣の4人掛けのテーブルに坂本さんと向かい合わせで座りました。


「私達も、一緒させてね~。

大森、ダメかしら? お邪魔?」

「ダメもなにも、座っちゃってるしぃ~。

ワイロ貰っちゃったしぃ~」


 大森さんは笑いながら、目の前のアイスに新しいスプーンをさして、自分のアイスに乗せました。


「で? 大森さんの味は?」

「私? 私はパッションフルーツ!」


 高橋さんの質問に、大森さんはワッフルコーンのアイスを高々と持ち上げます。


「それ、チョコチップじゃね?」


 ええ、大森さんが食べているアイスは、チョコチップです。

 高橋さんは、突っ込みながらスプーンを手にして、山ほどあるアイスの中で迷うことなくイチゴ味にスプーンを入れました。

 皆の視線が集まりました。


「え? 何? イチゴ食べちゃダメ?」


 皆の視線を独り占めした高橋さんは、ビクッとしました。


「…あ、分かっちゃったかも」


 それまで黙っていた坂本さんが、にこやかに言いました。


「坂本さん、感が良いから」


 かなわないな~と笑いながら、桃華ちゃんは主のイチゴのアイスをつまみ食いです。


「え? 俺分かんないんだけど。

誰か、説明してくんない?」

「高橋は、この手の事には本当に鈍感ね」


 皆をキョロキョロ見回す高橋さんに、坂本さんは少し呆れています。


「キ・ス・の・あ・じ」


 大森さんが、ニヤニヤしながら教えてくれました。


「…うわぁ、女子だね」


 お顔を引きつらせながら、高橋さんはイチゴアイスを味わいます。


「女子しかいないんだから、恋バナでしょう~」

「え、じゃぁ、皆…その、キス経験者ってこと?

桃華ちゃんと桜雨ちゃんも?

梅吉さんや修二さんは知ってんの?」


 高橋さん、坂本さんの突っ込みは、スルーです。


「兄さんは、諦めているわね。

修二さんは…桜雨と三鷹さんがデートから帰って来たら、包丁振り回してたわ」


 三鷹さん、玄関先の竹刀で応戦していましたね。


「でも、松橋さんが『小豆』は無いんじゃない?」

「イメージだと、そんな感じじゃないですか?」


 坂本さんの言葉に、大森さんはメロンシャーベットを、松橋さんはチョコレートアイスを食べながらコクコク頷きます。


「あら、松橋さんのイメージで言うなら、それこそ食べていた白桃アイスじゃない?

少し練乳が少し入っていてもいいわね。

で、桜雨ちゃんのファーストキスはイチゴ味だったのかしら?」

「それは…

キャンディの味で…」


 坂本さんに聞かれて、主のお顔がポンと赤くなりました。


「まぁ、キスの味何てそんなものよ。

直前に食べていたモノの味」


 大森さんが言うと、すっごく納得しちゃいます。


「いいわね~! 青春の味がイチゴなんて~」


 坂本さんはイチゴアイスを頬張ったほっぺを両手で包んで、クネクネします。


「イチゴ味を口にするたびに思い出しちゃって…」

「あら、きっと三鷹もよ」


 恥ずかしそうに呟く主に、坂本さんはいつもの様に優しく微笑みました。


「で? 坂本さんと高橋さんは、お買い物?」


 桃華ちゃんにとって、この話題は少し面白くないんですよね。

それを隠すことなく声に出して、お話しを変えようとしました。


「勉強会よ。

この近くの駅ビルで、新しい縮毛矯正のアイロン発表会を兼ねてね。

来週は、マニキュアの講習もあるみたいよ。

参加してみる?」


 坂本さんは、そんな桃華ちゃんの気持ちを汲んでくれます。

 高橋さんはゴソゴソと鞄から、講習会のパンフレットを取り出して、テーブルの上に広げました。

皆、キラキラした爪や、使用される予定の新しいアイテムが載っているパンフレットを手に取って、キャァキャァ楽しそうです。

 そんな女子高校生を、坂本さんは優しく見守っていました。

ビター珈琲のアイスを食べながら。



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