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その287 あなたは特別

■その287 あなたは特別■


 お家の体重計は壊れていました。

主はこの1週間弱、壊れた体重を信じて、ダイエットを頑張っていました。


「やっぱり、チョコレートの試食は太っちゃうもん。

体重計が壊れてるとは、思わなかったよ~」


 夕飯のお片付けが終わったキッチンで、僕の主の(おう)()ちゃんと従姉妹の桃華ちゃんは、バレンタインのチョコレート作りのお手伝いです。


 ちょっと、速いんですけれど、主の双子君達のお願いですからね。

その双子君達は、ダイニングテーブルで一生懸命チョコレートを湯せんしています。

お兄ちゃんの(とう)(りゅう)君は苺チョコ、弟の()()君はミルクチョコ。


 でも、主も昨日までは、桃華ちゃんの受験勉強の邪魔にならない様にと、美世さんの喫茶店を借りてバレンタインの新作の試作品を作っていたんですよね。

今夜は、双子君達のお手伝いですから、そっちはお休みみたいです。


「昨日の体育で、相当痩せたんじゃない?」

「んー・・・ダイエット始めて1キロ痩せたかな?」


 お揃いの部屋着に、お揃いのエプロンをして、2人並んでチョコレートを湯せんしています。

主はブラックチョコ、桃華ちゃんはホワイトチョコ。

近くには、桃華ちゃんの参考書。


「あんまり痩せると、修二さんも兄さんも・・・水島先生も心配するわよ。

もちろん、私もね」

「気を付けます。

でも、無理なダイエットはしなかったよ。

運動量を増やしただけ」

「桃ちゃん、今日はお勉強良いの?」


 主と桃華ちゃんの目の前のカウンターに、夏虎君がヒョコっとお顔を出しました。


「息抜きよ、息抜き。

たまには頭も休めてあげないとね。

サッカーだって、ずっとやっていたらパスやシュートの効率が落ちるでしょう?

それと一緒よ」

「なるほどね」


 桃華ちゃんの言葉に納得した夏虎君に、主がドライフルーツの入ったシリアルの袋を渡しました。


「最初に小さく切ったマシュマロと一緒に、湯せんしたチョコレートに混ぜてね。

入れすぎると、切り分ける時にバラバラになっちゃうから、程々にね」

「はーい」


 主の説明を確り聞いているのは、冬龍君です。

元気な返事は、夏虎君ですけれど。


「夏虎、マシュマロは入れたから、シリアルはスプーンで少しづつ入れよう。

そうそう、少しづつ・・・少しづつ・・・ストップ!

一回、混ぜて全体の様子を見よう。」


 ほら、ちゃんと夏虎君をコントロールしてくれています。

主と桃華ちゃんは、一気に入れちゃわないか、少しハラハラしていましたけれど。

双子君達がちゃんと出来ているのを見ながら、主と桃華ちゃんもマシュマロとシリアルを入れていきます。


「マシュマロ、溶けたかな?

混ざったら、さっき用意した牛乳パックの型に流し込んで、ラップをして冷蔵庫ね」


 白川家の冷蔵庫に、牛乳パックの型が4つ並びました。

固まるのに時間がかかるので、今夜はここまでです。


 お片付けをすると、双子君達は仲良くお風呂に入ります。

それを見送って、主は桃華ちゃんを下の喫茶店に誘いました。



 営業時間が終わった喫茶店は、主達のリラックス空間です。

木目調に整えられた店内は、ほんのり温かみと珈琲の香りが残っています。

エプロンを外して、代わりにお揃いのストールを引っ掛けて、主はカウンターの中に、桃華ちゃんはカウンター席に座りました。

灯りは、カウンターの上のライトだけ。


「少し早いんだけれど・・・はい、バレンタインのチョコレート。

冷蔵庫、借りてたの」


 主はカウンター下の冷蔵庫から、桃華ちゃんの目の前にミニケーキを出しました。

それは真上のオレンジ色のライトを反射している程艶々で、キラキラした真っ赤なハートのチョコレートケーキでした。

飾りに、白と黒の小さなハートのチョコが乗っています。


「・・・これ・・・え、凄い・・・これ、桜雨が?」


 桃華ちゃん、ビックリですよね。

主、頑張ったんですよ。

たどたどしい言葉を発しながら、桃華ちゃんはケーキと主を交互に見ます。


「ミラーケーキ、作ってみました」

「えー・・・凄い。

いや、本当に・・・凄いわ~桜雨」


 主はニコニコしながら、キッチンから持って来たポットの中身を、ティーカップに注ぎます。

ふんわりと、珈琲の香りが強くなりました。


「桃ちゃん、結婚おめでとう」


 ティーカップをミニケーキの横に置きながら、主がニコニコ言います。


「お正月の旅行から帰ってきて、直ぐに作ろうと思ったんだけど、共通テストがあったから、邪魔になっちゃうかなって思って。

あのね、桃ちゃんが大好きな人と結婚できたの、私も嬉しい。

けど・・・ちょっと悔しいかな。

桃ちゃんは、ずっと私の桃ちゃんだったのに。

・・・て、思いもあるから」

「桜雨・・・」


 ちょっとだけ、主の声が寂しそうです。

 桃華ちゃんは無意識に、胸元に手を置きました。

少し厚めの部屋着の上からですけれど、首から下げている指輪は、確り感じられます。


 主はカウンターの中から、桃華ちゃんの横に移動しました。


「桃ちゃんが、三鷹さんにツンツンするの、今ならよくわかるよ。

私の桃ちゃんなのに!って気持ちも」

「私も、よくわかってるわ。

桜雨が私の事、水島先生とはまた違った特別で大好きでいてくれるってこと。

私も、そうだから」


 桃華ちゃんは、思わず主の両手を握りしめます。

主も桃華ちゃんも、目尻にキラッと光るものがありました。


「ふふ・・・特別だもんね」

「ふふ・・・特別だもの」


 友達、親友、従姉妹、お姉さん、妹、恋人・・・どれにも当てはまって、どれにも当てはまらない『特別』。

主と桃華ちゃんは、そんな関係です。

いままでも、そして、これからも。


「あ、ケーキ食べて食べて」

「勿体ないわ」


 その気持ち、よく分かります。

凄く綺麗なケーキですもんね。


「食べてもらいたくて、作ったんだから~」

「じゃあ、まずは・・・」


 主が笑うと、桃華ちゃんはスマートフォンを取り出して、色々なアングルから、写真を撮り始めました。


「桜雨、き、切るわね。

・・・ね、やっぱり、一緒にやろう」


 誘われて、主の手が桃華ちゃんのナイフを持つ手に重なりました。

桃華ちゃんのドキドキが、よく伝わってきます。


「笠原先生より先に、私とケーキ入刀だね」

「本当だわ。

桜雨だって、水島先生より私との方が先ね」


 2人は顔を見合わせてクスクス笑います。


「桃ちゃんだから・・・」

「桜雨だから・・・」


特別だから当たり前よね。


 そう笑いあいながら、ケーキにナイフをいれました。




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