その270 雪と温泉・吹雪と女の子
■その270 雪と温泉・吹雪と女の子■
お家に帰ったら、三鷹さんの出汁巻き玉子を焼いて・・・
桃華ちゃんと笠原先生のお祝いに、チョコレートケーキを焼こうかな。
飾り付けはビターチョコで甘さを控えて、でも華やかにして・・・
来月はバレンタインだから、三島先生や和桜ちゃんと、チョコやクッキーも作ろうかな?
その頃は、桃華ちゃんたちは受験本番だよね?
佐伯君も近藤先輩も、大学受かると良いなぁ。
大森さんは、今月末に専門学校の入試って言ってたよね。
皆が頑張れるように、私は何が出来るかなぁ・・・
「・・・め・・・お・・・め・・・
桜雨!!」
主は、名前を呼ばれて目を開けました。
強烈な吹雪きの中、主は雪の中で横たわっていました。
真っ白な空間に、ポツンとあるオレンジ。
スキー板もスノーボードも無く、スキーウェアと毛糸の帽子、グローブを付けただけの姿で主は雪の中に横たわっていました。
うっすらと被った雪を払わないで立ち上がっても、真っ白でした。
―ホワイトアウト―
身動きが取れません。
前後左右、真っ白な雪が吹きすさんで方向感覚どころか平衡感覚も狂って、聴覚も荒ぶる雪の音しか聞こえず、ただただその場に立ちすくんでいるだけです。
「今の声、三鷹さんだった」
これだけの吹雪の中に横たわっていたのに、上に積もった雪はほんのわずかだから、さっきの回想は一瞬の事だったんだ。
でも、いつ皆とはぐれたのか、記憶が無いよ・・・
そう思いながら、皆とはぐれた瞬間を思い出そうとするんですけど、寒さが主の思考力も奪っていきます。
「もしかして、これ、現実じゃない方かな?
神様の宝物も、持ってないし・・・」
スキー場とかでこんなことが何回かあったし、神様に返す宝物は、主が持っていましたもんね。
はぐれない様にと腰につけたロープは、皆と繋がっていたはずです。
それも、跡形もありません。
でも、確かめる方法も分からないし、確かめている時間も無いですよ。
このまま立っているだけだったら、凍え死んじゃいますよ。
「カエルちゃんは、ちゃんとあるし・・・そうだ」
主は、スキーウェアの上から胸元を押さえて、僕が首に下がっているのを確認して、ウエストポーチを開きました。
「坂本さんが持っていきなさいって、言ってた鈴。
これで、何とかなるかな?」
主が取り出したのは、放課後の学校で、不思議な小さなおばちゃんがくれたカエルの土の鈴です。
「誰かに届くかな?」
手のひらサイズのその鈴を、ゆっくり降ります。
カロンカロンという控えめの音は、吹雪の中に吸い込まれて、周りに響き渡りません。
それでも主は鈴を振ります。
「三鷹さん、桃華ちゃん・・・」
スキー用のブーツを履いた足も、グローブを付けた手も、ウェアの下に着こんで防寒している体も、どんどん冷えていきます。
それでも主は、ウェアの上から僕を握りしめながら、鈴を鳴らします。
「お姉さん、帰りたいの?」
そんな主の目の前に、ショートカットで青いニットのワンピースを着た女の子が現れました。
「貴女は、帰りたくないの?
お母さんを、探しているんでしょう?」
女の子の顔が、吹雪でハッキリ見えません。
青いニットだけが、嫌にハッキリしています。
「うん、探してるよ、お母さん。
でも、誰がお母さんになってくれるか分からないの」
「そっか。
お母さん、欲しいよね」
主は鈴をウエストポーチにしまって、女の子の前にしゃがみました。
この子は、まだ産まれる前の魂なんだ。
だから、顔が分からなかったのね。
ずっと、産んでくれる女性(人)を探していたのかな?
そう分かった主は、女の子の足元に、指で顔を書き始めました。
「約束したでしょう?
貴女のお母さんのお顔、描いてあげる。
今は雪の上だけど、貴女、急に消えちゃうから。
後でちゃんと、クロッキー帳に描いてあげるね。
まずは、目元かな・・・」
主、皆の所に戻らなくていいんですか?
早くしないと、どんどん体が冷えて、冷え切って死んじゃいますよ?!
「目は、下がってた方がいい。
・・・もう少し下がってて、大きくて、とっても優しい感じ。
お鼻は小さいの。
唇も小さくて、ふっくらとしてて・・・」
女の子の言うがまま、主は指で描いていきます。
「・・・あら、どこかで見覚えがあるかと思ったら、私の顔?」
「うん。
お姉さん、私のお母さんになってくれる?」
サラサラと、描き上げたお顔は雪で消されて行きます。
代わりに、女の子の顔が見え始めました。
「そうね、少し時間がかかっても大丈夫?
私、まだ高校生だから」
「うん。
私、待ってるね」
ニコッと笑った顔は、主にとてもよく似ていました。
という事は、龍虎君達(双子)や和桜ちゃんにもそっくりなんですよね。
「一緒に、帰ろうね」
主は吹雪の中、女の子をギュッと抱きしめました。
ああ、ようやくこの子に触れることが出来たなぁ・・・
一緒に、皆の所に帰ろうね。
そんな事を思いながら、主はそっと目を瞑りました。




