その242 小さな恋心
■その242 小さな恋心■
商店街に流れる曲がクリスマスソングになった11月末、白川家側のリビングにあるローテーブルが、炬燵になりました。
長方形の炬燵を2台、繋げてあります。
籠に入ったミカンと、お盆に伏せられた6個の湯呑と、急須、茶筒、ポットと、いつでもホッコリ出来る準備は出来ています。
学校やお仕事でバタバタしている平日とは打って変わって、日曜日の今日はお昼前から炬燵は賑わいを見せています。
賑わいと言っても、囲む人たちは無言に近くて、外から微かに聞こえているクリスマスソングや、壁時計の音、シャーペンがノートを走る音・・・そんな、いつもなら話し声や生活音に消されてしまうものが、今は良く聞こえていました。
壁側の炬燵では、桃華ちゃん・佐伯君・近藤先輩・大森さんの受験生組が田中さんを先生に勉強に・・・
ドア側の炬燵ではクラブサッカーがお休みの双子君達と主が、大森さんを先生に編み物に勤しんでいます。
そんな中、スーパーのお買い物から帰って来た梅吉さん達先生組が、出来るだけ音を立てない様に、そー・・・っと入ってきて来ました。
大きな男の人3人が、なるべく音を立てない様に、静かに静かに買って来た物を仕舞っています。
お買い物に付いて行った秋君も、空気を読んでそーっと入って来ると、双子君の間で丸くなりました。
10分もすると、
「限界!!」
佐伯君の雄叫びで、その静けさは終わりました。
「そうね、ちょうどいい時間ね」
田中さんは目の前に置いた腕時計で時間をチェックしながら、広げた参考書等をまとめます。
「頭、パンク・・・」
大森さんは、オデコをノートの上に落とします。
「田中さん、ここなんだが・・・」
近藤先輩は、分からなかった問題を田中さんに聞き始めました。
「さ、お昼にしましょう」
桃華ちゃんは手早く勉強道具をお片付けして、主と一緒にキッチンに立ちました。
「お昼はカレーよ」
桃華ちゃんが、冷蔵庫から大きなお鍋を出しながら言います。
お鍋の中身は、昨日の夜に作っておいたカレーです。
一晩おいたカレー、美味しいんですよね。
桃華ちゃんがコンロでカレーを温めて、その横で主がカボチャとヨーグルトのサラダを作ります。
笠原先生はバナナラッシーを作って、三鷹さんはラッキョや福神漬け、ジンジャーピクルスを盛り付けます。
皆でテーブル周りをお片付けして、皆で炬燵に運んで・・・
「いただきます!」
皆でお手々を合わせて、お昼ご飯の始まりです。
「でも、なんで編みぐるみ作りたいの?
クリスマスパーティでプレゼント交換するなら、男の子が持っても良い物にすれば?」
「僕は、付き合い」
大森さんの質問に、双子のお兄ちゃんの冬龍君は、サラダを頬張りながら答えます。
「プレゼント交換じゃないよ」
カレーを頬張りながら答えた双子の弟の夏虎君が、少しだけ恥ずかしそうなのは気のせいでしょうか?
「じゃぁ、女の子にあげるんだ」
「・・・うん、貰ってくれるか分からないんだけどさ」
「どんな子?どんな子?」
「えっとね・・・」
大森さんの追及に、夏虎君はお口をモグモグしたまま止まってしまいました。
それまで、お勉強の話題で盛り上がっていた田中さん達も、会話をピタッと止めて夏虎君に注目しています。
「受け取ってもらえたら、教える」
夏虎君、今度は確りと恥ずかしい顔をして、カレーを頬張りました。
「照れちゃって、か~わいい」
「で、でも、夏虎君はお父さんに似て、て、手先が器用だね。
じょ、上手に、編めてる」
茶化す大森さんに続いて、松橋さんが夏虎君を褒めてくれました。
「白川姉弟は、カエル好きなんだな」
近藤先輩が、チラッと炬燵の端に置かれた編み物の篭を見ました。
篭の中には、緑や黄色のスズランテープで編まれたカエルが幾つも入っています。
どれもこれも、手のひらサイズで、とっても上手に編まれています。
「学校に、帰って来れるように。
お家に、帰って来れるように。
だから、カエルをプレゼントするんだってさ」
「病気で、入院してるんだ。
今回は、大きい手術もするから、いつもより長いんだって」
冬龍君が答えると、夏虎君がサラッと言います。
気にしてない風でも、心配してるんですよね。
「そっか、じゃぁ、頑張って作らなきゃだね」
桃華ちゃんの言葉に、夏虎君は得意気に笑って、カレーのお代わりを主にお願いしました。
そんな会話を聞きながら、佐伯君は何やら考えこんでいる様子で・・・
「食べながら考え込むと、消化に悪いわよ。
それとも、頭を使い過ぎて、パンクしたかしら?」
「ん?ああ、午後の配達、どこからだっけなぁ~って、思ってさ」
田中さんに言われて、佐伯君はお皿に残ったカレーを頬張りました。
「頑張るね~、佐伯っチ。
お金、あるんでしょ?
そんなに働いて、どうするの」
「春になったら、1人暮らしするから」
今度は佐伯君の発言に、皆の視線が集中しました。
「えっ、佐伯君、お引越ししちゃうの?」
「遊べないじゃん」
「引っ越し先、目処ついてるの?
大学の近く?」
「一人で生活できるの?」
「食事は?」
質問攻めです。
「引っ越し先?隣の部屋。
飯?今まで通り、甘えたい」
佐伯君、カレーのお代わりを所望です。
主は差し出されたお皿を受け取って、お代わりをよそいながら言いました。
「春にね、笠原先生のお隣さんが、お引越しするんだって。
そこに、移るんだって」
「高校が大学になって、部屋が隣になるだけ。
他は変わらないよ。
ここに来る前より、人間的にマシになったと思うからさ、笠原先生の言う『自立の階段』?それをもう一段、登ってみようと思ってさ」
佐伯君は主からお代わりを受け取りながら、ちょっと恥ずかしそうに言いました。
「掃除や洗濯は何とかできるんだけどさ、さすがに飯はどうにも出来ないし、美味い飯に舌が慣れたから、コンビニやファミレスばっかは嫌なんだよな。
それに、よく白川や東条が言ってるだろ?
栄養バランス~って。
だから、飯は今まで通り、甘える」
ニシシシって笑いながら、2杯目のカレーを食べる佐伯君。
「良かった~。
佐伯君、いなくなったら、僕達寂しいもんね」
「本当だよね。
一緒に遊べなくなるの、嫌だもんね」
佐伯君、双子君達の遊び相手ですか?
「いいなぁ~、私もこっちに引っ越ししてこようかな?
楽しそうだし、美味しいご飯食べれるし、坂本さん居るしー。
このサラダ、美味しい~」
カボチャとヨーグルトのサラダ、大森さんのお気に召したようです。
「一人暮らしする資金はあるの?
専門学校に入ったら忙しくて、アルバイトも出来ないんでしょう?」
「じゃぁさ~、田中ッチ、シェアしようよ、ルームシェア。
そうだ、もうさ、皆であのアパートに住んじゃわない?
1階の真ん中に私と田中ッチで、左端の部屋に近藤先輩と松橋ッチ。
良くない?」
良いアイディアじゃん!って、大森さんのご機嫌な提案を、田中さんがスパッと一刀両断にしました。
「良くない。
他の人の人生計画に、口を出さない」
「えー、そんな大きなことじゃないよー。
実際さ、春になったら皆バラバラになるわけじゃん。
でもさ、同じ所に住んでれば、こうしてご飯食べたりできるじゃん。
寂しくないじゃん」
「さ、寂しいんですか?」
松橋さんの質問に、大森さんはちょっとだけビックリして、サラダを食べる手が止りました。
「うーん・・・寂しいんだと思う。
皆と過ごした時間が楽しいから、不安なのかな?」
大森さん、珍しく弱気です。
「正直ね」
「でしょ?
だから、ルームシェアしようよ、田中っチ」
「お断り。
私だって、大学は忙しくなるだろうから、貴女の世話まで見てられないわ。
自分の事で精一杯よ。
家事を分担しようって、思っていないでしょう?」
「定期的に、お掃除のプロに来てもらおうよ。
大丈夫!人間、埃やゴミで死なないわ!!」
「そんな汚い家には、住みたくないわ」
「大森さん、部屋は貸すけど、敷金礼金は倍にさせてね」
「東条っチ、酷くない?!」
なんてやり取りをキッチンからニコニコ見守りながら、主はデザートの準備です。
タッパーに作ってある珈琲ゼリーを大きなスプーンで取り分けて、バニラアイスとウエハースとミントを添えました。




