その231 赤ずきんちゃんと狼男さん
■その231 赤ずきんちゃんと狼男さん■
「トリック・オア・トリ-ト」
商店街の駅横にある、少し小さめの本屋さんに、黒いワンピースに赤いカチューシャリボンをした、小さな魔女さんが3人ご来店です。
カボチャのポ-チをかけて、竹箒を持って、ニコニコで入って来たんですが・・・
「・・・いらっしゃい」
「きゃあああ・・・」
「ごめんなさい、イタズラしません」
「食べないで~」
いつも、このお店のレジカウンターに立っているのは、愛想のいい、ヒョロっとした初老のおじさんです。
けれど、今日そこに居るのは、顔も首も手も毛むくじゃらで、尖った大きな耳の狼男。
小さな声が返って来ただけなのに、魔女の女の子たちは、腰を抜かしてしまいました。
「大丈夫、この狼さんは優しいから、皆のことを食べたりしないよ」
女の子達の悲鳴を聞いて奥から現れたのは、藤の篭を下げた、可愛い可愛い赤ずきんちゃんでした。
篭には、少し大きめの丸くて黒いキーホルダーが下がっていて、今にも剥がれそうなカエルのシールが貼ってあります。
赤い頭巾から垂れる柔らかなお下げは、薄く淹れた紅茶色。
女の子達を優しく見つめる焦げ茶色の瞳は、軽く目尻が下がっています。
赤ずきんちゃんが腰に着けている白いエプロンの腰紐に、カエルのピンバッジが付いてました。
少し古いピンバッチです。
「・・・食べない?」
「うん、食べないよ。
はい、お菓子をどうぞ」
赤ずきんちゃんはニコニコしながら女の子達の前にしゃがんで、一人づつ立たせると、篭から出した小さな袋を幼い手にのせました。
袋は透明の紫で、中には手作りの一口クッキーが3枚入っています。
「あ、カエルのクッキーだ!」
1人の子が袋を開けて、クッキーをつまみ上げました。
「あ、カボチャもある」
「お化けもあるよ」
他の二人も、1枚づつクッキーをつまみ上げました。
小さな一口クッキーは、可愛くアイシングされています。
緑のカエル、オレンジのカボチャランタン、白いお化けの3種類。
「お店で食べちゃダメよ」
女の子達の嬉しそうなお顔に、赤ずきんちゃんのお顔もニコニコです。
「スタンプは?」
はーいって、元気にお返事する女の子達に、赤ずきんちゃんは小さなスタンプを構えて聞きました。
「お姉さんの赤ずきんちゃん、凄く可愛くて素敵」
可愛いクッキーを貰って機嫌を直した女の子達は、赤ずきんちゃんにスタンプ台を渡して、順番にスタンプを押して貰います。
スタンプは10コ押せるようにマスが作ってあって、赤ずきんちゃんが押したスタンプはちょっと開いた本でした。
「ありがとう。
皆の魔女も素敵だね」
「黒猫も、いるんだよ」
1人の子が、カボチャのポ-チから頭を出している、黒猫の縫いぐるみを指さしました。
「あ、本当だ。
大人しいから、気がつかなかった。
じゃあ、黒猫さんの分もオマケね」
そう言うと、赤ずきんちゃんは篭から小さなキャンディを1個づつあげると、女の子達は嬉しそうに、本屋さんを出ていきます。
「お、狼さん、赤ずきんちゃんを食べないでね」
って、言いながら。
「そんなに、怖いか?」
女の子達が出ていった後、狼男は赤ずきんちゃんに聞きました。
開店から数時間・・・何回か、今みたいに泣かれちゃってるんですよね。
狼男の目や口は分かるけれど、そこ以外は硬い焦げ茶色の毛で覆われています。
鼻も犬のように尖っているし、目つきも怖いし、口も特殊メイクで大きく見えます。
白い開襟シャツのから覗く胸元も、硬い毛でビッシリ・・・
エプロンを着けているから、店員さんと分かって貰えますけれど・・・
「坂本さん、特殊メイクも得意だったなんて、知らなかったね。
三鷹さん、強そうでカッコいい」
赤ずきんちゃん、もとい、僕の主の桜雨ちゃんは、狼男に扮した三鷹さんのほっぺた・・・であろう場所の毛を、背伸びをして優しくナデナデしました。
三鷹さん・・・毛で覆われていて表情が分からないけれど、目元が気持ち下がったから笑ったのかな?
主と三鷹さん、今日だけ本屋さんでお手伝いなんです。
それと言うのも・・・
「じゃあ、行ってくるね。
桜雨ちゃんも、水島君もありがとう。
よろしくね」
「行ってきますね」
奥から、本屋さんを営んでいる初老の夫婦が出て来ました。
今日は商店街のイベントなんですが、どうも内容についていく自信がなく、お得意様でアルバイト経験のある主に、相談と言うお願いがあったんです。
もちろん、主は快く引き受けました。
で、主1人はダメだと過保護軍団が騒いだので、軍団の筆頭でもある三鷹さんがくっついて来たんです。
店主夫婦は、店を主と三鷹さんに任せて、これから町会会館でメインイベントのお手伝いです。
「は~い、行ってらっしゃい」
お見送りする赤ずきんちゃん姿の主を見て、店主夫婦は
「こんなイベントも、たまにはいいね」
なんて呟きましたが、その横、レジに立っている狼男の三鷹さんを見て
「本当に、たまにだな」
と、苦笑いして、モンスターで溢れる商店街の中、町会会館へと急ぎました。




