その223 こんにちは、赤ちゃん・側に居られる幸せ
■その223 こんにちは、赤ちゃん・側に居られる幸せ■
・・・こんにちは、折りたたみ傘の『カエル』です。
先日の事故で、主は丸2日眠ったままでした。
怪我は額に巻いた包帯だけなんですけれど、目が覚めませんでした。
意識が戻ると、念のために細かい検査をすることになったので、もう暫く入院です。
個室なので、皆が都合のいい時にお見舞いに来ます。
もちろん、三鷹さんは泊まり込み。
そして僕は・・・
先日の事故で、僕は再起不能になりました。
それはもう、見る影もない程。
骨という骨はバッキバキに折れて、全身『粉砕骨折』。
主が定期的に防水スプレーをかけてくれた布の部分もビリビリ。
カエルのシールの貼ってあった、丸みのある手元は亀裂が入って、シールもボロボロになっちゃったから、もう主の桜雨ちゃんの所には戻れないと覚悟していたんですけれど・・・
「桜雨、ただいま。
これを・・・」
お仕事から帰って来た三鷹さんが、寝ぼけ眼でベッドに横になったままの主の小さな両手に、僕を戻してくれました。
主の意識が戻らなかった時は、三鷹さんが主の右手に握らせてくれていたんですけれど、主の目が覚めた今・・・
「三鷹さん、お帰りなさい。
これ・・・」
僕は生まれ変わりました!
あっちこっち欠けて、小さな傷も大きな傷もついた手元を、三鷹さんが今にも剥がれそうなボロボロのシールごと、キーホルダーにしてくれました。
キーホルダーになったと言っても、折り畳み傘の手元の形そのまま、シールもボロボロのままで、チェーンやそれを通す輪(丸カン)を付けて、UVレジンで固めただけなんですけどね。
「ここ(手元)しか、残せなかった。
桜雨に似合うように、可愛く細工出来なくて、悪い」
主の目が覚めたのは昨日です。
今朝、三鷹さんはお仕事に行くのをぐずるかと思ったんですが、美和さんが来るとサササササっと、出勤しました。
まだ、主は眠っていたんですけど。
まぁ、主が眠っていた丸二日、お仕事休んでいましたしね。
これ以上休むと主が元気になった時に怒られるし、僕を細工したかったから、ちゃんと出勤したみたいです。
・・・無精髭のまま。
そして、昼休み中に松橋さんに教えてもらいながら、僕を作り変えてくれたんです。
道具は、前日に連絡を受けた松橋さんが、全部用意してくれていました。
「お母さんに、鞄がクッションになったから、中身はどれもこれも壊れちゃったって聞いていたから・・・凄く嬉しい。
ありがとう、三鷹さん。
お帰り、カエルちゃん。
護ってくれて、ありがとう」
主は横になったまま、レジンで覆われた僕のホッペに、チュッって軽くキスをしてくれました。
焦げ茶色の瞳はトロンとしていて、声も少し掠れ気味で、まだちょっと眠そう。
もう、雨から守ってあげることは出来ないですけれど、主の傍に居られるのが嬉しいです。
「よく眠れたか?」
三鷹さんはネクタイを緩めながら、主の枕元のパイプ椅子に座りました。
「うん。
今日はほとんど眠っていたみたい。
お昼ぐらい食べなさいって、お母さんに起こされちゃった」
主は三鷹さんの方に、コロンと寝返りを打ちました。
僕を包んだ両手は、ホッペの真横です。
「朝食と昼食、食べたのか?」
三鷹さんは、そんな主のホッペを人差し指で優しく撫でます。
「食べながら、寝ちゃった。
だって、とっても眠いんだもの・・・」
スリスリとホッペを撫でられて、主は気持ちよさそうに眠ってしまいました。
三鷹さんは、慌てて主の首筋で脈を確認します。
主の顔色が朝よりいいのと、脈を確認できて、ホッとしました。
白いホッペに微かに赤味がさしていて、ふっくらとした小さな唇も桜色に戻っています。
三鷹さんは、脈を取っていたその指先で、桜色の唇に触れました。
柔らかくて、弾力があって・・・上唇と下唇の間がちょっとだけ空いているそこに、筋張った指先を・・・
「過労ですって。
今までの睡眠不足を、一気に解消しているのよ。
育児疲れね。
洗濯済の物はここに置いておくわよ」
三鷹さんは、反射的に手をひっこめました。
いつから居たんでしょう?
美世さんが応接セットにあれやこれと荷物を置きながら、三鷹さんの洗濯物をソファーの上に置きました。
思わず、美世さんを見て固まる三鷹さん。
「後で、桃華と笠原君がお夕飯持って来るから。
あ、梅吉は今夜は輝君をみるから、明日来るって言ってたわ。
検査は明日からみたい。
私、帰るわね~」
少し早口にそう言って、美世さんはバタバタと病室を出ていきました。
パタンと病室のドアが閉まって、ようやく三鷹さんの肩の力が抜けました。
「・・・桜雨」
毒気が抜けた三鷹さんは、軽く溜息をついて主のホッペを撫でると・・・
視線を感じました。
ぎこちなく、ドアの方に視線を向けると、居ました。
「悪戯しちゃだめよ」
ドアを少しだけ開けて、ニッコリ微笑んだ美世さんが覗いていました。




