その22 焼きもちは心を乱すのです
■その22 焼きもちは心を乱すのです■
折りたたみの傘の僕は、今、夕日を浴びながら、主である桜雨ちゃんに見つめられています。
美術室の窓際の机に、ポンっと開かれて、主に中を見せるように置かれてます。
もちろん、持ち手の『カエル』のシールは、主の正面です。
今日の美術部の活動は、スケッチです。
美術室内を、6Bの鉛筆がスケッチブックの上を走っている音が、静かに響いています。
「白川先輩、男物の傘ですか?」
僕を熱心に見つめてスケッチしている主を、後ろから後輩の女の子が声を掛けました。
「今日の題材は、『宝物』ですよね?」
「うん。
この傘が、私の宝物で、お守りなの」
主は、声をかけてきた後輩さんを振り向かず、僕を見つめたままです。
「・・・すみません、お邪魔しました」
いつもは、ちゃんと目を見て返事を返す主ですが、今日は僕を見つめたまま。
そんな主の邪魔をしちゃいけないと思ったようで、後輩さんはそそくさと離れていきました。
誰も近づけない雰囲気が、主を包んでいました。
そのうち、窓から差し込む夕日がだんだんと暗くなり、入ってくる風も心なし冷めてきました。
「桜雨、帰るわよ」
そんな主の肩を遠慮なく叩けるのは、数少ないです。
「桃ちゃん・・・
あら?もう、そんな時間?」
桃華ちゃんは、主の隣に椅子を持って来て座りました。
「そんな時間。
皆、帰っちゃったわよ。
顧問の先生が、音楽室に寄ってくれたわ」
そう言って、桃華ちゃんは美術室の鍵を出しました。
「ごめんね、桃ちゃん。
今、帰る準備するね」
主は手際よく片付け始めました。
「慌てなくても、大丈夫よ。
今日はお店休みだから、家の事は美和さんがやってくれてるし」
戸締りをする主を、桃華ちゃんはお手伝いします。
「うん。
集中してて、時間、忘れちゃった」
主は、最後に僕を仕舞ってくれました。
いつもの小さな袋に入れる時、シールの僕を、優しく見つめてくれました。
「桜雨・・・そんなに、好きなの?」
その横顔を見て、桃華ちゃんはいじけたように聞きました。
「・・・うん。
好き、大好き」
「・・・あんな目つきが悪くて、口数少なくて、独占欲強くて、絶対、むっつりスケベよ」
袋の上から僕を抱きしめて、主は白いほっぺをポッと桜色に染めました。
溜息をついた桃華ちゃんは、左手で2人分の鞄を持って、主と手を繋ぎました。
「まだ、妹的な存在でしか、見てもらえてないから。
高校を卒業しないと、子どもだもの」
シュンとしてしまった主を引っ張って歩きながら、桃華ちゃんは心の中で叫んでいました。
『なわけないでしょ!
わざわざ、家の向かいのアパートに住んで、事あるごとに、いるじゃない!
手を出したいの、メチャクチャ我慢してる!
ちょいちょい、ちょっかい出して、意識させてる!
桜雨の興味が周りにいかない様に、意識させてる!
桜雨が高校生だから、色々我慢してるだけ!
大事だから、我慢してるだけ!
大事だから・・・』
「まぁ・・・そこは、認めてあげるわよ」
「ん?」
思わず漏れた桃華ちゃんの心の声に、主は美術室の鍵を閉めながら首をかしげました。
「何でもないわ。
いいの、桜雨はこのままで。
帰る前に、スーパー寄ってね。
母さんから、買い物頼まれたから」
「は~い」
返事をしながら、主は自分の鞄を受け取りました。
微笑む主を見て、桃華ちゃんは肩の力を抜きました。
「ま、私はこうして桜雨と、どうどうと手を繋いで歩けるもんね」
頭の上に『?』が浮いている主をよそに、桃華ちゃんは機嫌を直して歩き始めました。
「あ、グミのCMソング」
桃華ちゃんの鼻歌を、主が当てていきます。
「ピンポーン。
じゃぁ、これは?」
「あの、お笑いの人がやってる洗剤のCM」
「あたり~」
すっかり暗くなった廊下に、二人の楽し気な声が響きました。




