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その217 こんにちは、赤ちゃん・今日のお弁当事情

■その217 こんにちは、赤ちゃん・今日のお弁当事情■


 今、白川家と東条家には、三鷹さんのお姉さん家族が一緒に生活しています。

育児ノイローゼで赤ちゃんの輝君を預かって一週間後、ママの二葉さんがお迎えに来てくれたんですが・・・


「母親学級も参加してない、育児本もまともに読んでない、基本情報が身についてなくて頼れる人が居ない、旦那さんは父親の自覚がまるでない上に仕事が忙しい、何かあったらネット検索、仕事もしている、こんな状態で赤ちゃんと帰せるわけがないでしょう。

家には、子育て経験者も手も、沢山あるのだから、何とかなるわよ」


 と、二葉さんと旦那さんの洋平さんに、しばらく『赤ちゃんのお世話を覚えるため』の同居を提案した美世さん。

 美世さんの言う事はもっともで、実際、このまま帰して生活がちゃんと出来るとは、皆思えませんでした。


 でも、主の両親も桃華ちゃんの両親も、お店があります。

梅吉さん達は高校3年生、受験生を受け持つ先生です。

桃華ちゃんと佐伯君は大学受験目前。

弟の双子君達は、まだ小学校4年生。

そんな家族の中で、就職内定、部活も一応引退済み、何より家事が出来て双子君の育児経験がある主が、一番頑張っていました。

 輝君の面倒だけを見ていた時は、そんなに生活リズムは狂いませんでしたけど、輝君のママさんとパパさんに『赤ちゃんのお世話』を教えるようになってから、主の生活リズムが狂いだしました。


 洋平さんは総合病院の外科医で、夜中に呼び出しもあったりします。

二葉さんは美容師さんで、講師の先生で、美容室のオーナーさん。

本店入れて4店舗経営していて、輝君の妊娠中に新しい事業にも手を広げたらしく、出産後も大忙しだったみたいです。

それでも、輝君を主に預けていた一週間の間、講師の仕事はしばらくお休み、他の仕事も頼めるものはお店のスタッフや外注さんに振り分けたらしいです。

なので、今は以前の4分の1の仕事量になったとか・・・。

けれど、二葉さんの出勤は主達の登校より早くて、帰りは皆が寝る頃です。

その時間に合わせて、主が輝君のお世話をお手伝いしながら教えてあげています。


「本当に、悪いと思ってる。

桜雨の負担が増えている」


 職員室の自分の机でお昼のお弁当を食べながら、三鷹さんが呟きました。

梅吉さんを真ん中に、右に笠原先生、左に三鷹さんです。


「事の発端は、押し付けられたときにNOと言えなかった俺だよ」


 主お手製のお弁当を食べながら、梅吉さんは大きな溜息をつきます。


「今更、原因を押し付け合っても現状は変わりませんし、育児ノイローゼは育児の予習をしていれば回避出来るものでもないでしょう。

今は、白川の負担をなるべく軽くしてあげる事が、最優先事項ですね」


 笠原先生はいつもの猫背で、出たばかりのサイエンス雑誌を見ながら、お弁当を食べています。


「・・・少しは負担が減るかと思ったんだ」


 主の作ってくれる出汁巻き玉子は、三鷹さんの大好物です。

いつも、三鷹さんのお弁当にだけ、出汁巻き玉子が1つ多く入っています。

最初に1つ、全体の半分程食べて1つ、最後に1つ。

いつも、そうやって出汁巻き玉子を食べるんですけど、今日はまだ1つも食べていません。

お箸で目の前まで持ち上げては、少し見つめて戻す・・・他のおかずやご飯を食べては、そんな事の繰り返しです。


「言い方と、受け取り方の問題でしょうね。

それと、白川も心身ともに疲労のピークだと思いますよ。

いつもの白川でしたら、言葉足らずの三鷹の話も真意を汲んでくれていますが、今の白川にそれを求めるのは無理だと思いますよ。

白川に、休養を進めますね」


 主と三鷹さん、今朝、大喧嘩しちゃったんです。

それで三鷹さん、落ち込んでるんですよね。


「何て言ったのさ?」


 梅吉さんが、三鷹さんのお弁当を覗き込みながら聞きます。


「しばらく弁当はいい・・・と言った」

「それで、弁当箱を投げつけられたんだ」


 三鷹さんのお弁当の中身は、半分程食べてありますけど、グチャグチャです。

甘く似たカボチャも、焼き鮭の切り身も、金平も・・・大好きな出汁巻き玉子も。

他のおかずも全部が全部まぜこぜになっています。


「大変だろうから、とか、頭に付けなかったの?」


 梅吉さん、またまた溜息です。


「・・・マイナスにとってしまったんですね。

白川は、今一番しっかりしなきゃいけないのは、自分だと思っているでしょうから。

きっと、ちゃんと出来ていないから、仕事を取り上げられたと思ったのかもしれませんね。

三鷹、その出汁巻き玉子、ちゃんと今、食べてくださいよ。

食べずに取っておくと言うのでしたら、瞬間冷凍の実験をしたいのでください」


 笠原先生は、呼んでいたサイエンス雑誌を三鷹さんに向けました。


「今日、職員会議が終わったら、すっ飛んで帰ってフォローしときなよ」


 梅吉さんが、自分の出汁巻き玉子を1つ、三鷹さんのお弁当に入れました。


「白川に必要なのは、年相応の時間ですよ」


 笠原先生は、三鷹さんのお弁当箱から焼き鮭を取りました。

三鷹さんは出汁巻き玉子を1個、大きなお口に頬張ると、その味をよ~く噛み締めました。




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