その216 こんにちは、赤ちゃん・学生の本分
■その216 こんにちは、赤ちゃん・学生の本分■
皆さん、こんにちは。
桜雨ちゃんの傘の『カエル』です。
主の通う白桜私立高等学校は、普通科・特進科・スポーツ科・商業科に分かれています。
さらに2年生で普通科の『就職』と『進学』、特進科の『進学』と『留学』、スポーツ科の『特進』と『進学』、商業科の『進学』と『就職』と、細かくコース分けされます。
そのまま3年生に進んで、コース通りに就職したり進学したりするんですが、中には進学コースで就職希望になったり、その逆もあったりするんです。
就職希望コースで進学を選んだ場合、大学受験はもとより、希望職種のために専門学校を受験することも含めて、学校の先生が特別講習をしてくれたりします。
早々に受験を選んだ生徒は塾に入るんですけれど、迷って迷って受験を選んだ生徒は塾に入る時間が無かったりするんです。
そういう生徒を中心とした特別講習なんです。
まぁ、佐伯君みたいに勉強スタイルが塾と合わない子も対象ですね。
もちろん、塾に入っている生徒でも、特別講習を受けることは出来ます。
主のクラスメイトの田中さんは、確認のために受けていたりします。
・・・田中さん、塾に特別講習に、自主学習に、佐伯君の勉強も見てあげているから凄いですよね。
専門学校を受験する大森さんも、始めは就職希望だったので塾には入っていませんでした。
なので、特別講習でお勉強しています。
主の仲良しグループの中で就職するのは、主と松橋さんだけですね。
松橋さんの就職活動はこれからですけれど、主は就職内定しているので進路に関しては気持ちが楽なんですけれど・・・
「いくら就職が決まっているとは言え、勉強は確りしてください。
最近、授業に身が入っていないと、他の先生方からもクレームが来ています」
放課後、主は笠原先生に呼び出しを受けました。
今回は、進路指導室で向かい合わせに座ってのお説教です。
「・・・すみません」
シュン・・・とした主を見て、笠原先生は大きく溜息をつきました。
「俺達は、白川の事情をよく分かっていますが、他の先生方はそうではありませんよ。
家の事も大切ですが、貴女は高校3年生なのですから、『今』という時間も大切にしてください」
そう締めくくられて、主は肩を落として進路指導室を出ました。
怒っているというより、心配してくれていると分かってはいるんですが・・・
「白川っチ、お説教終わった?」
廊下で大きなため息をついた主を、大森さんが背中から抱きつきました。
「大森さん!
まぁ、うん、終わったよ」
急に、ドン!って勢いよく抱きつかれて、主は一瞬息が止まりました。
「じゃぁ、駅前のケーキ屋さんでお茶しよう。
もう少しで、ポイントカード溜まるのよ!」
ジャーン!って、大森さんは指に挟んでいた小さなカードを主の目の前でヒラヒラさせました。
「今日、講習ある日じゃなかったっけ?」
「いいじゃん、たまには。
頑張りすぎると、ストレスで倒れちゃうもん。
たまにはガス抜きしなきゃ」
行こう行こう、って大森さんにグイグイ階段の方へと引っ張っていかれて、主は苦笑いです。
「白川さん、らしくない程元気がないわね」
そんな二人を、少し後ろから見ている田中さんが言いました。
「・・・本当に、頭に来るわ」
田中さんの横で、桃華ちゃんが何時になく目尻を吊り上げています。
「こ、こっちは、らしくない程、お、怒っていますね」
桃華ちゃんの顔をチラッと見て、松橋さんが肩をすくめました。
「最近の白川さんの授業放棄は、輝君のお世話のせいでしょうけれど、あそこまで元気がなくなる理由がもう一つ・・・」
田中さん、主の元気がない理由を考え始めました。
「授業放棄・・・」
「授業中の居眠りは、立派な授業放棄でしょう?
あと、ボーっとしている時も増えたわね」
松橋さんの呟きに、田中さんが突っ込みます。
それにしても、良く観察していますね。
「・・・水島先生?」
「そう、喧嘩したのよ、喧嘩」
田中さんが出した名前に、桃華ちゃんのコメカミがピクピク動きました。
「水島先生、最近イライラしていたものね。
今日の授業、ほとんど解説なしでプリントメインだったのは、そう言う事ね。
とうとう我慢できなくなって・・・って感じかしら?
で、原因は?」
「知らないわ。
今朝、私がリビングに降りた時には、もう言い争った後だったみたい。
アイツ、桜雨に『バカ!』って言われてたわ。
いい気味」
イライラしながら言う桃華ちゃんでしたが、最後の方は鼻で笑っていました。
「あ、こんな所に居たのか、大森。
今日の講習、お前には必要だから、ちゃんと出ろよ」
階段下から、男の先生の声が聞こえました。
「えー、先生、今日じゃなきゃダメ~?」
「大森、お前なぁー・・・」
講習に出るのをぐずっている大森さんの後ろに、田中さんがスッと立ちました。
「先生、遅れても行かせます」
田中さん、大森さんの肩をグッと掴んで、階段下に居る先生に答えました。
「田中、頼むなー」
階段の影で、大きな手がヒラヒラして消えました。
「ちょっ、田中ッチ!
私、今日はケーキ食べてい気分なんだってば」
「ケーキは逃げないけれど、講習は逃げるわ。
あの先生、なかなか講習やってくれないのだから、今日参加しないと次あるか分からないわよ」
抗議の声を上げた大森さんに、田中さんはシレっと返します。
「そうだよ田中さん。
ケーキはまた今度にしよう、ね」
なだめる主の笑顔に、元気がありません。
「桜雨、私も講習出るんだけど・・・大丈夫?」
「ん?大丈夫、大丈夫。
今から帰っても、タイムセールには間に合うから、チェックした物は買っておくね」
「そうじゃなくって・・・」
心配する桃華ちゃんに、主は今にも泣きそうな笑顔を向けました。
「大丈夫、ちゃんと、頑張れるから。
先、帰ってるね」
そう言って、主は小走りに階段を下りていきました。
「桜雨!」
「東条、どうかしましたか?」
叫んで、主の後を追おうとした桃華ちゃんに、進路指導室から出て来た笠原先生が声をかけました。
桃華ちゃん、笠原先生の顔を見た瞬間、水島先生への怒りや主への心配とか、朝のうちにどうにかしてくれなかった梅吉さんへの怒りや、このタイミングで注意する笠原先生への不満とか・・・いろんな感情が一気に口元まで上がってきました。
「バーカ!!」
沸き上がった感情が、あまりに色々過ぎて語学力が追いつかなくて、桃華ちゃんはその一言を笠原先生に向かって叫ぶと、主を追いかけました。
「・・・ヨッシー(義人先生)、タイミング悪いわ~」
「まぁ、8割は八つ当たりですね」
「と、東条さん、白川さんがい、一番ですもんね」
桃華ちゃんにバカと言われて、ショックで呆然としちゃった笠原先生に、大森さん達が優しく声をかけてくれました。




