その201 傘とシュークリーム
■その201 傘とシュークリーム■
僕の主の桜雨ちゃんは、ただいまアルバイトの真っ最中です。
そんなに大きくない本屋さんですけど、商店街の中心にある駅の隣なので、お客さんの入りはそう悪くはありません。
初老の夫婦2人で切り盛りしている本屋さんですが、奥さんが療養中なので店主さんと主の2人で頑張っています。
営業時間は、朝の10時から夜の8時まで。
面接の時は、5時までで大丈夫だよーって言われていたんですけど、夕方の混み具合を知っている主は、自主的に8時までお仕事を引き受けました。
メチャクチャ混むわけじゃないですけど、店主さん1人じゃ大変ですもんね。
期間は夏休みの間だけ。
商店街の中だし、行きつけの本屋さんですが、心配した三鷹さんが毎日送り迎えをしています。
主のお父さんも送り迎えをしようとしたんですけど、主に
「三鷹さんが居るから大丈夫。
お父さんはお仕事してね」
振られちゃって、暫くいじけていました。
まぁ、こっそり覗いてるんですけどね。
「桜雨ちゃん、今日もありがとう、お疲れ様」
「お疲れ様です。
お先に失礼しますね」
いつも通り8時にお店を閉めて、店内の掃除を終わらせると、ロールカーテンをそっと上げて主が出て来ました。
今日はジーンズに白いサマーニット、髪はふんわり編み込みお下げ。
鞄は藤の大きめの篭バックです。
「お疲れ様」
「三鷹さん」
数センチ張り出したテントの下、ドアの横にコンビ二帰りの様に、三鷹さんが立っていました。
いつもは、もう少し離れた所で待っているんですけど・・・そのビニール袋、何買ったんですか?
「雨、振りだしたぞ」
なるほど、雨宿りですね。
主がテントの下からチラッと夜空を見上げると、小雨が降りだしていました。
「コンビニで、傘を買ってくるから店の中で・・・」
「私、折りたたみ傘、持ってる」
主を店内に戻そうとしてドアを押した三鷹さんに、主はオズオズ言いながら篭バックの中に手を入れました。
「折りたたみ傘、持ってるから・・・
あの・・・その・・・」
そして、取り出した僕(折りたたみ傘)を胸元でギュッと握りしめて、目をぎゅっとつぶりました。
「一緒に・・・傘、入りましょう」
最後は、小雨にも負けちゃうぐらい声は小さくなって、ちょっと震えちゃいました。
「・・・私の、傘じゃないけど」
ぎゅっと、さらに僕を握る両手に力を込めて、ドキドキしながら三鷹さんを見上げました。
「帰ろうか」
三鷹さんは、主の手から僕をそっと取ると、慣れた手つきでポン!って、僕を広げて主の上にさしました。
「はい!」
主、すっごく嬉しそう!
キラキラ輝いた瞳に、三鷹さんの手が映りました。
親指の付け根に、小さな黒子。
僕は、一生懸命体を伸ばして・・・それぐらいの気持ちで、主と三鷹さんを小雨から守ります。
けれど、三鷹さんも体は大きいうえに、殆ど主の方に傾けてるから、三鷹さんの体の3分の2は濡れています。
「三鷹さん、濡れちゃってる」
それに気が付いた主に、三鷹さんは素早くビニール袋を差し出しました。
「シュークリーム?」
主がそのビニール袋から出したのは、1個のシュークリーム。
「疲れた体には、糖分が一番いい。
1つしか買わなかったから、歩きながらたべちゃえ」
「お行儀悪~い」
主はクスクス笑いながら、嬉しそうにシュークリームの袋を開けました。
小さなお口を出来るだけ大きく開けて、パクン!と一口齧りつきました。
「ん~!!」
口の中に流れ込んだカスタードクリームに、主は大喜びです。
「美味しいか?」
「うん!!
三鷹さんも、一口・・・」
一口齧ったシュークリームを、三鷹さんの方に差し出しました。
主、いつもの癖で、双子の弟君達や桃華ちゃんにやる様に、自然に体が動いたんです。
しまった・・・って、足を止めて固まった主の手元に、三鷹さんの顔が覆い被さりました。
「うん、上手い」
そして、シュークリームを一口。
主の一口の3倍はありますね。
「ほら、早く食べないと、家に付くぞ」
固まったままの主の肩をギュッと抱きしめて、三鷹さんが足を動かすと・・・
「・・・は、はひぃ」
緊張した返事をして、主もぎこちなく歩き出しました。
日中だったら、耳も首も真っ赤になっているの、良く見えたでしょうね。
まぁ、頭から湯気出てるのは見えてますよ、主。
そんな主をチラッと見て、三鷹さんは満足げでした。




