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その20 伝えたい気持ちとタイミング

■その20 伝えたい気持ちとタイミング■


 第86回目の体育祭は、学年優勝3年・チーム優勝F組・総合優勝3年F組で、終了時間をだいぶ過ぎて幕を閉じました。

係じゃない子も、中等部の生徒も、保護者も、皆が片付けを手伝ってくれたおかげで、下校時間は予定より少し遅くなったぐらいで済みました。

僕の主の桜雨ちゃんと従姉妹の桃華ちゃんは、下校後の見回りに行った従兄弟の梅吉さんと沢渡先生を、職員室で待っていました。


「今年の救急車は、3人ですか。

あの内容から言って、少なく済んだ所でしょうか。

しかし・・・毎年のこととはいえ、そろそろPTAから苦情が入ってもおかしくないですね」


笠原先生は、自分の机で書類に何やら書き込みながら、埃まみれになった、ぼさぼさの頭をかきました。


「しょうがないんじゃないですかね?

皆、競技が始まったら、熱が入り過ぎちゃうから。

救急車っていっても、念のためでしょ?

重傷者はだしてないし、体育祭でストレス発散する人もいるから、良いんじゃないかな?って、思いま~す」

「・・・松橋さん、救急車で病院に行かなくて良かったのですかね?」

「擦り傷と打撲みたいだし、本人がそこまでしなくていいって。

帰りも、大森さんの大学生の彼氏が車で迎えに来てくれて、田中さんも一緒に、4人で帰りましたよ」


笠原先生の隣、梅吉さんの机の椅子に座って、桃華ちゃんはスズランテープを編み編みしていました。

母の日のお花を飾る小さな籠は、とても好評でした。

それに味を占めて、今は主とお揃いの夏用のバッグを作っているようです。


「ふむ・・・いい傾向ですね」

「生徒の心配は当たり前でしょうけれど、ご自分の体も労わってあげてくださいよ。

先生、明日、起きられるんですか?

あんなに活躍したんだから、明日は筋肉痛、酷そうですね」


机の上、スズランテープの横に置いているスマホが、小さく鳴りました。


「ご心配、ありがとう。

そこまで、鈍ってはいませんよ。

まぁ、沢渡先生は、2日間は上手く動けないでしょうけれど」

「代休って、本当にありがたいわ」


笠原先生は書類を書きながら、桃華ちゃんはスマホをいじりながら、話をしていました。

そんな二人とは別行動で、主と三鷹さんは、床の雑巾がけをしていました。

今日は土足OKだったので、本校舎の1階、職員室と中庭へ出る渡り廊下への間が、これでもかっていうぐらい汚れちゃいました。

他の生徒も掃除をしてくれたけれど、主は梅吉さんを待っている間、仕上げのお掃除をかって出ました。

すると、三鷹さんも、無言で雑巾がけを始めました。

掃除するのは良いんですが、日が暮れて人の気配がない廊下は、正直言って怖いです。


カーン・・・


ほら!今、何か、上の階から音が聞こえましたよ!!


「梅吉兄さんかしら?」


主は雑巾がけの手を止めて、近くにいた三鷹さんと顔を合わせました。


「・・・時間的に、3号館だ。

見てくるから、桜雨は職員室に」


三鷹さんは腕時計を見てから、職員室を指さしました。


「一人じゃ、危なくないですか?

私も一緒に・・・」

「危ないかもしれないから、職員室で笠原と東条と一緒にいなさい」


三鷹さんは、不服そうな主の頭を撫でながら、ため息をつきました。


「すぐに、戻る。

無理はしない」

「・・・約束、してください」


そっと、主は右手の小指を出したのに、三鷹さんはポンポンって、主の頭を軽く叩いて行ってしまいました。

行き場のなくなった小指をぴょこぴょこさせて、主はちょっと溜息をつきました。


「カエルちゃん、私、やっぱり妹みたい」


廊下の隅っこに置かれていた小袋から僕を取り出して、主はキュッと抱きしめてくれました。

とっても、悲しそうな声です。


カラカラカラ・・・


三鷹さんの向かった方向とは逆の方から、ソーっと、ドアが開く音がしました。

暗い廊下の奥で、大きな影が見えました。


「・・・あ、近藤先輩」


その影が、主の方に向かって歩いてきました。

廊下の電気が届くところまで来ると、見慣れた顔が・・・


「凄いですね」


近藤先輩の顔は、左右アンバランスに腫れていて、特に、騎馬戦で切れた右目の上も目が隠れるぐらい腫れちゃってます。

鼻血を止める鼻栓も突っ込んだままで・・・ぱっと見は誰だかわかりません。


「慣れっこさ。

すまない、こんな顔を見せてしまって。

怖いだろう?」

「いえ、ビックリはしましたけど、大丈夫です。

こんな時間まで、どうしたんですか?」

「救急車を断ったら、せめて鼻血を止めてから帰れと、顧問に怒られてね。

ついでに顔も冷やしていたんだけれど、思っていたよりボコボコだったみたいだ。

氷嚢が気持ちよくて手放せないでいたら、こんな時間になってしまったよ。

先生は先に帰ったから、鍵を職員室に返そうと思ってね」


そう言って、近藤先輩は情けなさそうに笑いました。


「インターハイ、狙っているんですよね?

気を付けてくださいね」


主が眉をハの字にすると、目尻も下がり気味だから、余計に泣き出しそうに見えます。


「白川君・・・」


主の何処を触ろうとしたんでしょうか?

近藤先輩は上げた右手を、思いとどまって握りしめて下ろしました。


「その・・・もし、インターハイ出場が決まったら、応援に来てはもらえないだろうか?」

「私の応援で、良いんですか?」

「君の応援が良いんだ。

その・・・今回、東条先生達に敗けて、君に告白する権利は得られなかったけれど・・・」


近藤先輩、歯切れがとても悪いです。


「いつも、思うんです。

私や桃ちゃんに告白してくれる人たち、凄く勇気があるなって。

私も好きな人が居るけれど、今はまだ駄目なんです。

私がまだ、幼いから・・・告白したら、迷惑かけちゃうし、振られちゃうの、分かっているから。

年なんか関係ないです、貴方が好きで好きで、しょうがないんです!

って、言えないんです。

弱虫なんです、私。

だから、告白してくれる人たち、皆、凄いなって。

自分の気持ちに正直になれるって、いいなって思うんです。」

「白川君・・・

辛くはないのかい?

もしかしたら、その人に明日にでも恋人が出来てしまうかもしれないよ?」

「・・・それは、私よりも、その人が魅力的だったということで・・・

きっと、凄いショックで、いっぱい泣いちゃうと思います。

それでも、諦めきれなかったら・・・

卒業したら、告白するつもりです。

駄目って分かっていても、自分のエゴだとしても、自分の気持ちに嘘は付けないから」

「じゃぁ、万が一、白川君がその人に振られたら、もう一度交際を申し込んでもいいかい?」


主は一瞬、驚きました。

でも、直ぐに微笑んで頷きました。


「その時、先輩がまだ私を好きでいてくれたなら。

お受けするかは、わかりませんが」

「もちろん、君は自分の気持ちに素直でいてくれていいんだ。

同情の付き合いはいいよ。

ちなみに、白川君の心をつかんで離さない人は、どんな人なんだい?

ここまで君に思われているなんて、本当に羨ましいな」


近藤先輩の切なそうな?その表情は、傷の痛みのせいでしょうか・・・

それとも・・・


「桜雨、修二叔父さんが迎えに来てくれたわ」


職員室から、桃華さんの呼ぶ声が聞こえました。


「・・・王子様です。

カエルの、王子様。

先輩、インターハイ出場したら、ちゃんと応援に行きますね」


主はほっぺを赤くして言うと、お辞儀をして職員室へと入っていきました。

そんな主を、近藤先輩は片手を上げて見送ってくれました。


「帰れるのか?」


いつから居たのでしょうか?

直ぐ近くの階段の影から、三鷹さんが出てきました。


「遅くまで残って、すみません。

見かけより、大丈夫です」


近藤先輩は、急に出てきた三鷹さんに驚きました。


「脳や視神経が心配だ。

一応、この病院に行きなさい。

連絡を入れておく」


そう言って、三鷹さんはジャージのポケットからお財布を出して、中から一枚の名刺を近藤先輩に渡しました。

次にスマホで、どこかに電話をかけ始めました。


「鍵」


呼び出し音を聞きながら、三鷹さんは近藤先輩に向かって手を広げます。

慌てて、近藤先輩はその手の上に、保健室の鍵を乗せました。


「保健の先生を呼んでくる。

一緒に行くように。

タクシーの領収書、保健の先生が貰い忘れない様に、見とけ」


そこまで言うと、ようやく電話が繋がったみたいで、三鷹さんは何やら話しながら、また階段を上がっていきました。


「カエルの王子様か・・・

とりあえず、インターハイ出場しなきゃだな」


1人廊下に残された近藤先輩は、受け取った名刺を見ながら呟きました。


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