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その2 桜を抱きしめて

■その2 桜を抱きしめて■


 皆さんこんにちは。

(おう)()ちゃんの傘の『カエル』です。

入学式も無事終わり、今日の午後は、新入生の為のオリエンテーションです。

部活紹介で、美術部の主は大きな油絵を見せます。

合唱部の桃華ちゃんは、舞台で歌います。

桃華ちゃんはとても歌が上手で、コンクールに出ると、必ずソロパートを担当するほどで、『(はく)(おう)の歌姫』と呼ばれています。

 そんなある意味、本日の主役の桃華ちゃんが時間になっても集合場所に来ないと、合唱部さんに泣きつかれ、主が探していましたが・・・


「桃ちゃん、もう少しだからね」


今、主は中庭の樹に登っています。

時々、薄く入れた紅茶色のボブショートの髪を枝に引っ掛けながら、時々、幹で白い脚を擦りながら、登っています。


「桜雨、リボンなんかいいから、下りてきて。

危ないから」


主は、何かを取ろうと手を伸ばし、ゆっくりですが更に登っていきます。

そんな主を、桃華ちゃんは樹の下で心配して声をかけています。


「だぁ~め。

せっかく、梅吉兄さんが今朝結んでくれたんだから」

「なら、私が自分で取るから!」


どうやら、桃華ちゃんの長い黒髪に結んでいたリボンがとれて、風で樹の枝に引っかかったようです。


「それも、だ~め。

桃ちゃんの制服汚れるの、私が嫌だもの。

今日も、ソロ歌うんでしょ?

梅吉兄さん、昨日の夜、制服にアイロンかけてくれてたんだから、汚しちゃ駄目よ。

私も、桃ちゃんには、お姫様みたいに綺麗でいて欲しいもの」


主、意外と頑固なんです。


「もうちょっと・・・取れた」


主が木の枝から取ったのは、合唱部の女の子たちがお揃いで付けていた、朱色のリボンでした。


「桃ちゃん、取れたわ~・・・

あらぁ・・・結構、高く登っちゃったのね」


主は手にしたリボンを桃華ちゃんに見せようとして、下を見た瞬間、自分がどれだけ高くのぼって来たか分かりました。


「桜雨、下りてこれる?

兄さん、呼んでこようか?

ああ、動かないで、身を乗り出さないで。

答えるだけでいいから、樹にしがみついてて」


下では、桃華ちゃんがハラハラしています。


「登ったんだから、下りられると思うわ。

でも、桃華ちゃん、出番が来ちゃうから、リボン落とすわね」


ハラハラしている桃華ちゃんとは反対に、主は落ち着いています。


「あれあれ、下りれなくなったのかな?子猫ちゃん」


そんな時、初めて見る男の人が桃華ちゃんの右隣に来て、主を見上げました。


「わぁ~、随分とお目目が可愛らしい子猫ちゃんだ。

まるで、天使だね」


その人は、剣道とバスケットをやっている梅吉さんより姿勢が良くて、ほっそい銀ブチの眼鏡をかけています。

焦げ茶色のショートヘアーに、小さめの鼻と、少し厚めの唇。

少したれた黒い瞳の、左の目じりに小さいホクロがあります。


「子猫ちゃん、僕が抱き留めてあげるから、飛び降りてごらん。

大丈夫、こう見えて頑丈だから」


その人は主の方に向かって、大きく両腕を開きました。


「いえ、多分、自分で・・・」


主がやんわりと断ろうとした時、桃華さんの左隣に白い剣道着姿の男の人が現れました。

梅吉さんの幼馴染で同僚、剣道部副顧問の水島(みずしま)三鷹(みたか)先生です。

先生は褐色の肌で、182センチの梅吉さんより少し背が高くて、綺麗に筋肉が付いた体格で、剣道着姿がとてもよく似合っています。

力強い黒の三白眼は、慣れてもちょっと怖いです。

硬めの黒い髪をベリーショートにしていて、キリッとした力強い目をしています。

口数の少ない唇は、いつもキュッと結ばれています。

その口が、短く優しく動きました。


「桜雨」


そして、筋張った大きな手を、主に向けて伸ばしました。


「・・・はい」


すると、主はニッコリ微笑んで、何の躊躇もなく樹から飛び降りました。

小さな主の体を、三鷹さんは羽をキャッチするように上手に抱き留めてくれました。

主のふんわりした髪が三鷹さんの頬を、甘い香りが鼻をくすぐります。

主は逞しい三鷹さんの両腕の感触と体温を感じて、白いほっぺをポッと桜色にしました。


「怪我は?」


頭を軽く撫でられながら、耳元でそう聞かれて、主は小さく頭を振りました。


「そうか」

「ちょっと、水島先生、時間がないんだけれど」


三鷹さんが安心したように呟くと、桃華さんが刺々しく声を掛けます。


「あ、桃ちゃんの出番!

三鷹あ、・・・水島先生、ありがとうございます」


優しく下ろされた主は、ほっぺを桜色にしたまま、極上の笑顔で三鷹さんにお礼をしました。

三鷹さんは、主の頭についた数枚の葉っぱをとって、良い子良い子と撫でると、体育館の方を指さしました。

その右手の親指の付け根にある、小さなホクロを見つめて、主はますます目じりを下げました。


「さ、行くわよ、桜雨」


そんな主の手を、桃華ちゃんは面白くなさそうな顔で握り、三鷹さんと男の人に背中を向けて小走りに体育館に向かいました。

去り際、主は三鷹さんに小さく頭を下げていきました。


「えー、僕の存在、無視?」


主と桃華ちゃんを見送る三鷹さんのちょっと後ろで、男の人が苦笑いしながらこぼしました。


「・・・」


聞こえているはずなんですが、三鷹さんはその声に気が付かなかった振りをして、主たちを追いかけるように歩き始めました。

そうなんです。

三鷹さんは剣道部の副顧問なので、これから行われる部活紹介に出席予定なんです。

遅れたら、顧問の先生に一応、怒られます。

一応ですが。


「えー・・・

僕の存在、完全に無視?

・・・同じセリフ、2回も言っちゃったよ?」


突っ込み不在です。

完全に存在を無視された男の人は、後頭部をかきながら独り言を続けました。


「ま、二人とも可愛かったからいいか。

さ、僕も体育館に行こ~っと」


そして、男の人も体育館に向かって、歩き始めました。


「・・・水島先生、体育館教えてください!」


歩き始めて、気が付いたようです。

体育館への道順が分からないことに。

男の人は小走りに、三鷹さんの後を追いかけました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 傘が語り手というのが面白いですね。人間のように直接かかわらないからこそ、客観的な立場で出来事を描写することができているように思えました。 [気になる点] せっかく傘という独特なテーマなのに…
[良い点]  傘という無機物視点で描く事により、1人称視点の新鮮さを感じられます。 [一言]  これからも頑張って下さい。
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