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その182 『ありがとう』を形にして・毎年迷う母の日のプレゼント

■その182 『ありがとう』を形にして・毎年迷う母の日のプレゼント■


 皆さんこんにちは。

僕は黒い折りたたみ傘。

持ち主の(おう)()ちゃんは、僕の持ち手にカエルのシールが貼ってあるので、僕の事を『カエルちゃん』って呼んでくれます。


 主は高校3年生。

今日も元気に学校に通っています。

が・・・今、柄にもなく悩んでいます。

ああ、進路のことじゃないですよ。

主の進路は、出版社への就職で決定していますから。

悩みの種は・・・


「描ぁっけない~・・・」


 そう言って、主は椅子に座ったまま、大きく背伸びをしました。

机の上には、次の教科の科学の教科書とノートが出ています。


 主の席は、教室の一番端です。

窓際の一番後ろ。

外が良く見えるので、とてもお気に入りなんです。


「ス、スランプ、ですか?」


 隣の席は、仲良しの松橋さんです。

松橋さんは、ピンクのスズランテープで小箱を編んでいます。


「あら、まだダメ?」


 主の前の席は、一緒に住んでいる従姉妹の桃華ちゃんです。

鞄から出したポッキーを、松橋さんと主の口に入れました。


「あ、お祖母様達の事は、もう消化したよ。

それじゃなくて・・・

今までは描きたいものに合わせてキャンパスのサイズを合わせていたの。

でも、今回はキャンパスのサイズが先に決まってて・・・イメージが湧かないの」

「ふぅ~ん・・・そういうモノなの?」

「私はね」


 ポリポリポリポリ・・・

小刻みにポッキーが口の中に消えていきます。


「ま、まだ、時間はあるんですよね?」

「うん。

時間はまだあるから、焦ってはいないんだけれど、今まで描けない!って思った事がなかったから・・・ちょっと新鮮な気分?」

「し、新鮮なんですか?」


 松橋さん、主の言葉を聞いて、少し驚きました。

まぁ、普通の人なら、スランプを新鮮なんて言いませんもんね。


「うん、新鮮」

「最近、バタバタしていたから、少しゆっくりするのもいいかもね。

って、高3のセリフじゃないわね」


 言って、桃華ちゃんは教室を見渡しました。

中間テストまでまだ日数はありますが、大学や専門学校を受験する子も、就職希望の子も、休み時間でも教科書や参考書とお友達です。

まだピリピリしていないのが、救いですね。


「あ、白川さん、こ、これで、最後です」


 松橋さんの編み物が終わりました。


 松橋さん、主のお父さんの修二さんに頼まれて、スズランテープの箱を量産していたんです。

主のお家はお花屋さんなんですが、去年の母の日にカーネーションのギフトをスズランテープで編んだ籠に入れてみたら、とても好評だったんです。

なので、去年ほどではないですが、今年もやってみようと。

でも、主はこういう事は不器用なので、手芸部部長の松橋さんにお声がかかりました。

もちろん、桃華ちゃんも沢山作りましたよ。

主は、修二さんがやんわりお断りしてました。

『桜雨ちゃんは、コンクールの絵があるだろう?

お父さん、そっちに集中してはしいなぁ~』って。


「ありがとう、松橋さん。

お勉強あるのに、ごめんなさい。

はぁ~・・・やっぱり、すごく上手」


 いま完成したばかりの小箱を受け取った主は、穴が開くほど観察しています。


「いいえ、いいえ。

ど、どうせ、家でも息抜きに、編み物してますから」


 言いながら、松橋さんは机の横に掛けていた紙袋を主に渡しました。

机の上に置かれた紙袋の中には、色も形も様々な籠が入っていました。


「松橋っチ、さっすが~」

「母の日ね」


 トイレから戻って来た大森さんと田中さんが、紙袋の中を覗き込みました。


「今年は、どうしようかなぁ~。

『ありがとう』って気持ちはあるんだけれど、毎年迷うよね~」


 参考にと、大森さんが手にしていた雑誌を、紙袋の上で広げました。


「お花は定番過ぎかしら?

スカーフも日傘もUVカット仕様で実用的」

「ス、スイーツもいいですよね」

「ハンドクリームとか、コスメはどうかな?」

「ちょっとしたエステ券とかはどうかしら?」

「あ、このネイルオイル、私が欲しいなぁ~。

バイト代、足りるかな?」


 雑誌の見開きページを見ながら、主達はどんどんイメージを膨らませていきます。

どんどん膨らんで・・・


「やっぱり、迷うわね」


 桃華ちゃんの言う通り、決まりません。


「母の日ですか?

もう、そんな時期なんですね」


 そんな主達の頭の上から、笠原先生が声をかけました。


「あ、ヨッシー(義人先生)。

もうそんな時間?」

「そんな時間です。

息抜きは出来ましたか?」


 教室の壁時計を見れば、ちょうど1分前に授業が始まっていました。

大森さんと田中さんは、返事をして席に付きました。

それを追いかけるように、笠原先生も教壇に向かいます。


「ねぇ、笠原先生達は、母の日って何をあげてるのかしら?」


 桃華ちゃんの素朴な疑問でした。

笠原先生の白衣の後ろ姿を見ながら、小さな声で言います。


「・・・そう言えば、そういう話、三鷹さんからも聞いたことなかったかも」

「今夜にでも、聞いて見ようか?」


 教室に、日直の号令が響きます。

主と桃華ちゃんは背筋を伸ばしながら、ヒソヒソとちょっとだけお話しをしていました。


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