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その180 ルーツ6

■その180 ルーツ6■


 僕の主の桜雨ちゃんは、5人家族です。

お父さんは修二さん、お母さんは美和さん、双子の弟の(とう)(りゅう)君と()()君。

家族の他に一緒に住んでいるのは、お父さんのお兄さん家族。

伯父さんの勇一さん、伯母さんの美世さん、従兄妹の梅吉さんと桃華ちゃん。


 主は一緒に住んでいる伯父さん達以外、親戚が居るとは知りませんでした。

今日までは。


「勇一兄さんの妹で、修二の姉の一美です。

隣が、主人の小暮(こぐれ)好和(よしかず)と、息子の和良(かずよし)

娘の好美(よしみ)は今海外で、今日は飛行機のチケットが間に合わなかったそうなの。

ごめんなさいね」


 伯母の一美と名乗った女性は、勇一さんにそっくり。

その一美さんに紹介された小暮和良さんは、主も良く知る学校の『小暮先生』で、小暮先生はお父さん似だなって、主と桃華ちゃんは思いました。

 そして、()(せん)庭園(ていえん)をスケッチしていた時に現れたおじいさんが、やっぱり自分の祖父だったと分かりました。


 そして、修学旅行の時、手違いで会社の者が主と桃華ちゃんを誘拐してしまったことを謝罪されました。

それは東条グループの現取締役会長・東条勇大、代表取締役社長・東条(とうじょう)一美(かずみ)、代表取締役副社長・小暮(こぐれ)好和(よしかず)としての謝罪でした。


「数年前から、社内の派閥争いが表立って目立ってきたので、わざと会長の体調不良説を流したの。

会社にとって不利益な動きをする派閥が出てきたら、処分するつもりでね。

でもまさか、縁を切った貴方達を取り込もうとするとは思わなかったわ。

ごめんなさい。

主犯の三島、浜川には相当の処分を下しましたので」

「息子は、純粋に教師です。

派閥争いには加わっていませんが、もし万が一にも義兄(にい)さんか義弟(おとうと)さんの娘さんと縁を結べれば・・・との下心はありました」


 一美さんと小暮父が揃って頭を下げます。


「・・・小暮先生、スパイだったんですか?」


 主がちょっと驚いて聞きました。


「ん~・・・ちょっと、違うかな?

でも、君たちの情報は、両親に流していたのは確かだよ。

ま、僕だけじゃなかったけど。

でも、自信無くしたな。

これでも、モテない時はなかったんだよ?

どちらかの子猫ちゃんを落とす自信、あったんだけどな」


パン!


 小暮先生が主と桃華ちゃんにウインクした瞬間、笠原先生が胸元からモデルガンを取り出して、迷いなく一発撃ちました。

もちろん、額のど真ん中に命中です。


「・・・イタタタタぁぁぁぁ。

笠原先生、それ、本当に危ないですよ!」

「安心してください。

所詮、モデルガンを改良したものですから、死にはしませんよ。

まぁ、目を潰すことはたやすいですがね」


 抗議の声を上げた小暮先生に、笠原先生はシレっと答えました。


「さすが、大学4年間、数ある射撃大会を総嘗(そうな)めにした方ですね」

「「えっ!!」」


 一美さんの言葉に、主と桃華ちゃんはビックリして笠原先生を見ました。


「昔の事ですよ。

それでも、ネットワークは生きていますから、先日は活用させていただきました」

「あ!射撃の仲間から借りたんですね、あのゴム弾。

あの短時間で、どこから調達してきたのか、不思議だったんですよね」

「まぁ、蛇の道は蛇と言いますからね。

貸してくれた友人も入手したばかりだったらしく、使用に関してのレポートを求められましたよ。

それで、次は実弾のレポートを頼まれました」


 笠原先生、銃口を確りと小暮先生の眉間に向けました。


「次は・・・無いようにします」


 小暮先生の乾いた笑いは、引きつっていました。


「でも、ホテルの部屋に竹刀を持って来てくれたのは、小暮先生ですよね?」

「まさか、あそこまで大ごとになるとは思わなくってね。

何とか隙を作って逃がす時に、持たせようと思っていたんだ。

あれば、心強いかと思って。

部屋から出る時、しっかり持って行ったから、さすがだと思ったよ」


 小暮先生、主の質問に、笑いながら答えます。


「はい、とっても心強かったです。

ありがとうございます」


 お礼を言う主の横で、三鷹さんが思いっきり睨んでいました。

よく見ると、修二さんも睨んでいます。

美和さんが修二さんの手を繋いで、押さえていてくれなかったら、今頃、小暮先生は殴られていたでしょうね。

それぐらい、修二さんの目には殺気が籠っていました。


「皆さん、お腹空いてるでしょう?

しょ、食事にしましょう」


 そんな修二さんの視線に、小暮先生は刺された背中の傷が痛みだした気がしました。



 ホテルの宴会場はとても豪華で、天井に下がっているシャンデリアはキラキラ豪華だし、壁紙やカーテンも重厚、足元の絨毯もフカフカです。

座っている椅子も、目の前の大きな円卓も、テレビでしか見たことがない物でした。


主、さっきからスケッチをしたくてしたくてウズウズ・・・

桃華ちゃんと双子君達は、慣れない場所にソワソワ・・・

先生組は先日の誘拐犯の上司を前に、警戒心がマックス・・・

秋君は、フワフワの足元に違和感があるようで、夏虎君に抱っこしてもらっています。


 そんな状態も、御馳走が出て来ると一変。

あまり使わないナイフとフォークのお料理に、主と桃華ちゃんはちょっとだけぎこちなく、双子君達は悪戦苦闘しながらも、美味しく楽しく頂きました。

先生組はもちろん、スマートに使いこなします。

意外だったのは、修二さんです。

主達は修二さんが『箸!』と、いつ言うかな?と思っていましたが、ぎこちなさも無くとても優雅に、ナイフとフォークを使いこなしていました。

秋君にも、双子君達の後ろに食べるスペースを作ってくれました。


 でも、先生組は食後の珈琲が出て来ても、警戒はしていました。

そんな先生組を気にも留めず、()()君が食後のオレンジジュースを飲みながら聞きました。


「僕達に、お祖母(ばあ)ちゃんは居ないの?」

「お祖母ちゃんにも、ご挨拶したい」


 続いた(とう)(りゅう)君の言葉に、大人たちは顔を見合わせました。


「お祖母ちゃんはね・・・」

「亡くなった。

お祖父ちゃんを、おいて逝ってしまったんだよ」


 美世さんが話そうとしましたが、勇大さんが話し始めました。


「勇一の母は、勇一が2歳になる前に、32歳で病で亡くなった。

一美と修二の母は、74歳で病で亡くなった」


 勇大さんは、真っすぐ前を見ていましたが、誰とも視線を合わせませんでした。


「勇一伯父さんのお母さん、どんな人だったの?」


 夏虎君がさらに聞きます。

止めようとした美和さんを、勇大さんは片手で制しました。


「勇一の母・『さくら』は私の幼馴染でな・・・夏虎君や冬龍君のお母さんによく似ている人だったよ。

柔らかく微笑む人で、春の陽だまりの様だった。

愛らしさでは村一番で、皆の憧れだったんだよ。

何度も何度も交際を申し込んで、その都度断られて・・・頷いてくれたのは、何度目の申し込みだったかな?」


 少しだけ、勇大さんの口元が緩みました。


「大変だったんだねぇ~」


 感心する夏虎君に、冬龍君が肘で突っつきました。


「そうだな、大変だったな。

だから、とても嬉しくて、舞い上がっていたな。

1年もしないうちに、さくらに子が出来た。

私は嬉しくて嬉しくて、父に結婚の許しを貰いに行った。

けれど、私は東条家の跡取りだった。

さくらの家は小作人で、東条の家にはふさわしくないと反対された。

しかし、世間体を気にする父の一存で、さくらは離れに住むことを許された。

そしてすぐに、家柄に相応しい嫁が来た。

それが一美と修二の母・美智だ。

勇一は2歳になる前に母を亡くしたが、その時、東条家には子供が勇一しか居なかったのと、長男だったので、美智が母となって育てた。

美智は、美世さんのように目鼻立ちのハッキリとした美人で、東条家の妻として子ども達の母として、文句のつけようがない人だった」


 シィン・・・と、珈琲を飲む音さえしませんでした。

夏虎君は、そんな雰囲気に困って、そっと隣の冬龍君を見ます。


「お墓は何処にあるんですか?」

「墓?二人のか?」


 冬龍君の質問に、勇大さんが目をつぶって少し考えました。


「・・・東条家の本家にあるから、お父さん達が嫌でなければ、今度来るといい。

もちろん、皆で」


 美和さんは修二さんを、美世さんは勇一さんを見ました。


「・・・そのうちな。

うちの店は日曜定休じゃねぇんだ。

子ども達と休みを合わせるのは、大変なんだよ」


 修二さんは乱暴に言い捨てると、ガタガタと音を立てて立ち上がりました。


「飯、食ったんだから、帰るぞー」


 言うが早いか、修二さんは1人でさっさと宴会場から出てしまいました。

戸惑う主達を、美和さんと美世さんが優しく促します。

そして、少し寂し気に、勇大さんや一美さん達に頭を下げました。


「お祖父ちゃん、ケーキ、ご馳走様でした」

「ご飯、ありがとうございます。

とっても美味しかった」


 そんな美和さん達の横で、双子君達はニコニコとお礼を言いました。


「勇一伯父さんの煎れてくれる珈琲も美味しいから、飲みに来てね」

「お父さんが作る花束も綺麗だから、お祖母ちゃんのお墓に持っていきます」


 勇大さん、ただただ頷いていました。

頷いて、短く


「分かった」


とだけ、答えました。


「さ、お父さんが暴れる前に行きましょう」


 言いながら、双子君達と手を繋ぐ美和さんの目は、少し赤くなっていました。




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