その136 脱出!
■その163 脱出!■
主と、和桜ちゃんを抱き抱えた桃華ちゃんは、少し下がって様子を見ます。
廊下で響く警報機の音。
目の前には小暮先生の背中。
小暮先生と対峙する、ナイフを持った男の人。
その後ろに、部屋に入って来た5人の男達・・・。
更にその奥、開けっ放しのドアの横に立てかけてある物に、主の視線が止りました。
「さあ、お孫様、こんな騒がしい所ではなく、静かなところでお話をしましょう。
お茶ぐらい、お煎れしますよ」
「きゃっ」
右頬を赤く腫らした浜川さんが、主の腕を力いっぱい握って、グンと持ち上げました。
身長差があるので、主の足は床からプラプラと浮いてしまいます。
「ちょっと、桜雨に乱暴をしないで!」
「わん!!」
和桜ちゃんを庇うように抱え直して、桃華ちゃんは声を上げました。
同時に、秋君が浜川さんの足首に噛みつきました。
「この、糞犬が!」
痛みに顔を歪めて、浜川さんは噛まれた足で空中を大きく蹴ります。
その勢いに、秋君は浜川さんの足から振り切られて、ベッドの上の壁に当たって、枕の上に落ちました。
「「秋君!!」」
ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!
主と桃華ちゃんの声と同時に、鈍い発砲音が響きました。
それは廊下から聞こえる警報機の音に、重なっていました。
「うっ!」
浜川さんの腕が何かに撃たれて、主の体が落ちます。
ストンと綺麗に着地した主は、向かって来た秋君を抱き上げて、ドアに向かおうとしました。
そんな主を、浜川さんが捕まえようとします。
ダン!ダン!
さらに撃たれた浜川さんは、その大きな体を今度こそ床に沈めて、悶絶しました。
浜川さんだけじゃなく、ナイフを構えた男の人と、その後ろの男たちも、次々に床に倒れ込んで撃たれた所を押さえて、悶絶しています。
「・・・なんなんだ」
呆然としている小暮先生の横を通って、主はドアの横に立てかけてあった竹刀袋を手にしました。
「秋君、大丈夫?」
そっと床に下ろすと、秋君は尻尾を振って答えました。
それを確認して、主は竹刀袋から竹刀を出しました。
「・・・桃ちゃん、逃げよう!」
どうしてここに竹刀が?
小暮先生が持って来たの?
と思っても、確認している時間はありません。
ただ分かることは、この援護射撃が笠原先生の仕業で、今が逃げるチャンスだという事。
警報機に声を消されないよう、主は声を張りました。
主に呼ばれて、桃華ちゃんは和桜ちゃんを抱っこする腕にギュッと力を込めて、走りました。
「に・・・逃がすな!!」
ピーーーーーー!!
浜川さんの悲痛な叫び声に、ナイフを構えていた男の人が笛を吹きました。
警報機の音にまぎれて、数人の靴音が聞こえて来ました。
ダン!!ダン!!ダン!!ダン!!
また、鈍い発砲音と悲鳴が響きます。
「笠原先生!」
「お待たせしました」
廊下を確認しようと、主がそーぉっっっと廊下を覗くと、入り口横の壁に張り付いて、ライフルの様な銃を構えた笠原先生がいました。
その足元には、同じような銃が2丁あります。
「援護します。
エレベーター横の階段から降りてください」
笠原先生は、長い廊下の先を指さしました。
200メートルはないようですが、ワラワラと黒ずくめの男たちが向かってきます。
「お願いします」
桃華ちゃんがすぐ後ろにいるのを確認して、主は竹刀を片手に廊下を走りだしました。
秋君は、主の横にピタッとつきます。
その後ろを、和桜を抱いた桃華ちゃんが付いて行きます。
黒ずくめの男たちが、主達を捕まえようと、前から向かってきます。
傷つける気はないようで、皆丸腰です。
主は竹刀を構えますが、後ろから笠原先生の発砲で、男たちは主の竹刀を受けることなく床に沈んでいきます。
走って走って、角を曲がると・・・広いエレベーターホールに、ナイフを手にした黒ずくめの男が沢山いました。
けれど、半分は床に伸びています。
大きな体で、スピーディーに木刀を振るう三鷹さんは、悪鬼の様です。
容赦なく木刀を叩き込み、男達を倒しています。
「こっちだ!
娘たちが来たぞ!!」
一人の男が、主達に気が付きました。
けれど、主は慌てることなくスッ・・・と竹刀を構えました。
秋君が、主の足元で威嚇します。
主と男達、どちらが先に動くか・・・緊迫した空気に、呼吸もままなりません。
けれど、その空気は長くは続きませんでした。
さっきから暴れている三鷹さんに、次々と男たちは倒されて行きます。
「よそ見は、命とりですよ」
男達の意識が後ろに向いた瞬間、主は一番近い男から順に、竹刀を振るい始めました。
面を付けていない頭でも、主も容赦はしません。
体にしみ込んだ綺麗な形で、主の竹刀は次々と男たちの頭を叩き、時には胴に叩き込まれ、5人6人と、男達を床に沈めていきました。
秋君は、倒れた男の手や足に噛みついて、止めを刺していきます。
「はい、俺の出番なし。
オッサンたち、やられるの早すぎ。
10分も持たないって、どういう事さ」
エレベーターホールの端で、竹刀を片手に待機していた佐伯君が、つまらなさそうに言った時には、立っている男達はいませんでした。
皆、床で気を失っています。
警報機の音はいつの間にか消えていて、代わりに、後ろから来る笠原先生の足音が聞こえていました。
「三鷹さん!」
主は竹刀を落として、それまで木刀を振りかざして男達をなぎ倒していた、極悪人のような顔をした三鷹さんに抱き着きました。
「良かった・・・
怪我は?」
主を確り抱きしめて、ようやく三鷹さんの表情が戻りました。
「大丈夫。
桃ちゃんと、秋君が居てくれたから、大丈夫」
三鷹さんの腕の強さと熱と香りに、主はホッとして、少しだけ涙が出ました。
「遅くなって、すまない」
優しく髪を撫でる三鷹さんに、主は軽く頭を振りました。
「笠原先生、ありがとうございます。
でも、実弾じゃないですよね?」
「海外のデモ鎮圧でも使用されている、ゴム弾ですよ。
最後の方は、いつものコルク弾ですけれど。
無事で、良かったです」
笠原先生は銃を壁に立てかけると、和桜ちゃんを抱っこしたままの桃華ちゃんを、そっと両腕で包み込みました。
「・・・簪、新しいのを買ってくれる?」
「もちろんですよ」
ちょっと鼻声の桃華ちゃんのおねだりに、笠原先生は頷きました。




