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その124 バレンタイン・皆の東条先生

■その124 バレンタイン・皆の東条先生■


 皆さんこんにちは、ミタカさんちのワンコの秋君です。


 今日はバレンタインデー。

ご主人様がお仕事をしている学校は、朝から放課後までザワザワしていて、落ち着きがない日なんですって。


 本当は、生徒と教師間のプレゼントのやり取りは駄目なんだけれど、イベント好きの校長先生だからか、『この日だけは・・・』と、暗黙の了解になっているとか・・・

 バレンタインのプレゼントを貰うのは、男子だけじゃなくて、オウメちゃんもモモカちゃんも、男女問わずプレゼントを貰うとか・・・

 いつもなら、ウメヨシさんやご主人様のセキュリティーが動くけれど、この日はウメヨシさん達の方がターゲットだから、下手に動くと大変だとか・・・

 モモカちゃんが、朝ごはんの時にため息をつきながらイロイロ教えてくれました。


 そんな大変な今日、ボクはウメヨシさんのジャージの胸元に入れられて、お顔だけ出しています。

そうなんです、ボク、今日は学校に『出勤』なんです。

授業中も、トイレも、ウメヨシさんのジャージの中です。


「ウメちゃん、これあげるねー」

「あ、私のもー」


 モモカちゃんが教えてくれた通り、ウメヨシさんは行く先々で小さな箱や紙袋を貰ってます。


「ありがとー。

でも、お返しできないぞー」

「いいのいいの、友チョコなんだから」

「私のは、ワイロ~」


 梅吉さんに渡す生徒さん、だいたいこんな感じです。

軽いです。

でもウメヨシさん、普段から生徒さんにお菓子貰ってますもんね。



「あの・・・水島先生」


 廊下の曲がり角を曲がろうとして、ウメヨシさんが思わず隠れました。

・・・あ、ご主人様と女の子ですね。


「これ、私の気持ちです。

受け取って下さい」


 あー、告白ってやつですか?

テレビで見ました。

 女の子は目をギュって瞑って俯いて、リボンがかかった綺麗な箱を、ご主人様に差し出してます。


「すまない」


 ・・・ご主人様、それだけですか?

たった一言だけ言って、ご主人様は行ってしまいました。


「笠原も三鷹も、毎年こうなんだよね。

まぁ、相手が軽い気持じゃないからこそ、受け取れないのは分かるんだけどね・・・

笠原は口が回るけれど、三鷹は言葉足らずだから」


 女の子は、鼻をすすりながら、ボク達の前を走って行きました。

ボクとウメヨシさんのこと、見えてないですね・・・

 そんな女の子の後ろ姿を見ながら、ウメヨシさんはボクに向かって苦笑いです。

あのご主人様ですからね。

オウメちゃんとぐらいですよね、ちゃんとお話しするの。


 そんな光景を、午前中だけで5~6回見ました。

ご主人様とカサハラ先生合わせてです。


 今日のお昼は、皆で温室の芝に集まりました。

ご主人様、オウメちゃん、モモカちゃん、カサハラ先生、ウメヨシさん、タナカさん、サエキ君、コンドウ先輩、マツハシさん、アタル先輩、オオモリさんで、まぁ~るくなってお弁当を広げます。

ボクも、蒸かしたサツマイモを貰います。


「兄さん、今年も豊作ねー」


 ウメヨシさん、ここに来るまでにも、5人程から貰いましたね。


「ウメちゃん、全部自分で食べるの?」

「もちろん。

友チョコでもワイロでも、俺の為に用意してくれたものだからね。

今日だけは、ちゃんと一人で食べるよ」


 オオモリさんに聞かれて、ウメヨシさんは鮭のお握りを食べながら答えます。

ボクも鮭欲しいんですけど、しょっぱいから貰えません。


「・・・体重が1キロも増えないのが憎いわよね」

「いやいや、その分動くから。

一週間は、筋トレメニューが滅茶苦茶ハードになるから」


 モモカちゃんに軽く睨まれて、ウメヨシさんはワタワタします。


「まぁ、ウメちゃんがモテるのは、そういうとこよねー。

水島先生と笠原先生は、本命以外からは貰わないタイプでしょ?」


 オオモリさんの質問に、ご主人様とカサハラ先生は無言でお弁当を食べています。


「でも、職員室の机に置いていく子もいるんだよねー。

これが意外と、本命チョコもあって・・・」

「食べませんよ」


 カサハラ先生、ウメヨシさんの言葉に被せるように、サラッと言いました。


「そうなんだよね、俺が食べてんの。

三鷹のもね」


 ・・・三人分ですか。


「まぁ、置いていく子は、俺が食べてるって分かってるから、良いんだけどね」

「なんで分かるんですか?」

「机の上に、段ボール製の立て看板出してるから。

置いて行ったチョコレート類は、東条が食べますよ。って。

それでも、もしかしたら・・・って、淡い期待をしてるとおもうと・・・健気だよね」


 タナカさんの質問に、ウメヨシさんが唐揚げを食べながら答えました。

皆、無言で納得しましたね。


 食べてもらえないと分かっていても、さっきの女の子みたいに、気持ちを伝えたい子はいるんですね。

・・・このお昼の輪を、遠巻きに見てる人たちが沢山いるんですよ。

木や大きなサボテンの影で、男の子も、女の子も、先生も・・・こっちを見てる人が、沢山です。

お昼、食べなくていいんですかね?

でも、そこまでして、皆この日にかけてるんですねぇ~・・・



 そんな一日は、ミシマ先生の突撃が最後でした。


「お疲れ様です」

「東条先生、今年も沢山ですね」

「1人で持って帰るの?

笠原先生と水島先生は、逃げたの?」


 帰ろうと、たっくさん貰ったチョコレート菓子の詰まった、大きな紙袋を両手に2つずつ持って周りの先生に挨拶をします。

ボク、ウメヨシさんの胸元に入ってるだけだから、荷物もてませんもんね。


「笠原先生と水島先生、サッサと逃げましたよー。

まぁ、今日は車なんで」


 そうでした、車で来たんでした。

バスだと、バス停からプレゼント攻撃があるんですって。

だから、この日だけは絶対、ご主人様とウメヨシさんは一緒に車通勤になるらしいです。

今年は、カサハラ先生も一緒です。


「じゃぁ、お先でーす」

「東条先生~」


 職員室を出ようとした時、ミシマ先生がウメヨシさんを呼び止めました。

ミシマ先生の背中から、臭くて黒いドロドロしたのがいっぱい出てます。


「東条先生、一生懸命作ったんです。

食べてください!」


 ミシマ先生、抱きしめていた箱を勢いよく出しました。

あー・・・めちゃくちゃ大きい箱ですね。

この前、出前で取ったピザのLサイズに負けないぐらい、大きいですよ。


「・・・お気持ちだけ、頂きますよ」

「生徒や、他の先生のチョコレートは受け取っていたじゃないですかー!!

私、見てたんですから!」


ですよね。


「爪とか、髪の毛とか、変なものは入れてませんから!

子供だましのおまじないは、していませんから!」


 そんなお(まじな)い、あるんですねー。


「皆で食べて構いませんから。

一口だけでいいんです。

食べて、くれませんか?」


 ミシマ先生、グイグイ来るのはいつも通りですけど、いつも以上に必死ですね。

オウメちゃんに負けないぐらい眉を下げて、今にも泣きそうです。


「・・・じゃあ、皆で頂きますよ?」


 そんな必死なミシマ先生に負けました。

ウメヨシさんが大きな包みを受け取ると、ミシマ先生はめちゃくちゃ嬉しそうに笑いました。

 黒いドロドロが、キラキラした光になって消えました。

ミシマ先生、オウメちゃんやモモカちゃんみたいな笑顔で、とっても可愛いです。


「それで、構いません」

「・・・じゃぁ、お疲れ様です」


 ウメヨシさん、ミシマ先生の頭をポンポンとして、職員室を出ました。


「やったー!!」


 閉まった職員室のドアの向こうから、とっても嬉しそうなミシマ先生の声が聞こえました。


「わん?」


 貰っちゃって、いいんです?


「まぁ、夜に家に押しかけられるよりは、マシでしょう?

皆から貰っているのも、その通りだしね。

それに、人数が少ないとはいえ、他の先生方の前でやられちゃぁ・・・

作戦負けかな。

それにしても・・・本当に大きいな」


 ウメヨシさん、苦笑いです。

確かに、ミシマ先生凄いです。

職員室で、他の先生達が居る前で堂々と・・・ですもんね。


「・・・で、なんで誰もいないのさ」


 本当は、帰りはオウメちゃんやモモカちゃんも、ご主人様達と一緒に帰る約束だったんです。

でも、駐車場に停まっている車の中には、誰も居ませんでした。

 車の鍵、モモカちゃんは持ってるんですけどね。


ウメヨシさん、運転席に座って、荷物を隣に置くと、グループLINEをチェックです。


「遅れるから、ちょっと待っててだってさ。

秋君、寒いからもう少しこのままね」

「わん」

「皆、エネルギッシュで、この日だけは本当に疲れるんだぁ・・・」


 そう言って、ウメヨシさんは運転席で体育座りをして、ジャージの中のボクをギュッとしました。

ウメヨシさん、お疲れ様です。


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