表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/434

その123 迷いは大人への一歩

■その123 迷いは大人への一歩■


 ボク、怒っていませんよ。

日曜日なのに、ボクを置いて、皆でどこかに行ったなんて、気にもしてませんよ。

 オウメちゃんとモモカちゃんは制服だったから、学校だったんですよね?

なら、ご主人様達も学校いですよね?先生ですもん。

龍虎君は、お友達と遊んでたんですか?

佐伯君は、オウメちゃんパパのお手伝いですよね?


 ボク、怒っていませんよ。

・・・皆が同じ匂いさせて帰ってきたぐらいで、怒ったりなんかしません。

 甘い匂い匂い・・・チョコレートですね?

皆、チョコレートの匂い・・・


 ハッ!怒ってませんよ!

ヨダレ、垂れてませんからね!


「秋君、いじけないで~」


 いじけてませんてば。

トウリュウ君、テレビの前のクッションで丸くなっていたボクを抱っこして、お膝の上でナデナデしてくれます。

気持ちいいです。


「秋君、良い子にお留守番していてくれたから、オヤツを奮発です!」


 お夕飯の準備をしていたモモカちゃんが、大きな蒸かしサツマイモを持って来てくれました!

もちろん、おりこうさんなボクは、ちゃんとお座り!!ですよ。

お手だって、言われる前にしちゃうんですから。


「落ち着いて、秋君。

お芋は逃げないわよ」


 モモカちゃんに笑われてます。

でも、大好きなんですもん!




 さつま芋でご機嫌を直した犬の秋君は、皆の夕食の準備が整う頃にはお腹を丸出しにして、テレビの前のクッションで爆睡していました。

プカプカ出ていた鼻ちょうちんが、ポン!と割れた頃には食事が終わっていて、梅吉さんと佐伯君はお風呂、双子君達はローテーブルで宿題です。

僕の主の桜雨ちゃんと桃華ちゃんは、左右のキッチンに分かれて夕飯のお片付け。

もちろん、三鷹さんは主の、笠原先生は桃華ちゃんのお手伝いで、綺麗になったお皿を拭いています。

お父さんやお母さん達は、東条家のキッチンテーブルで食後のお酒をまったり堪能中です。


「今日は、どうだった?」


 三鷹さん、拭いている食器を見たまま、主に聞きます。

けれど、主はゴシゴシゴシゴシ、食器を洗い続けます。

ゴシゴシゴシゴシ・・・主、学校から帰ってから、ずっとこんな調子なんです。

珍しく、考え込んでるんですよね。

 それは本当に珍しくて、お料理も調味料の分量や、お砂糖とお塩を間違えたり、焦がしちゃったり・・・けれど、ちゃんと食べれるモノが出来上がるのは流石です。


「・・・桜雨」


 三鷹さんが、泡だらけのスポンジを持った主の手に触れると、主の全身がビクッ!としました。


「あ、ごめんなさい。

ちょっと・・・」

「疲れたか?

後は、俺がやろう」


 三鷹さんを見つめて、主は言い淀んでしまいました。

そんな主の手から、三鷹さんは優しくスポンジとお皿を取りました。

三鷹さん、そんな主が心配で心配で、しょうがないんですよね。


「三鷹さんも、テストの採点で疲れているでしょう?」

「・・・まぁ、大丈夫だ」


 主の言葉に、三鷹さんは今日一日の行動を思い出しました。

三鷹さん、チョコレート菓子作りしかやっていません。


 三鷹さんは一旦、スポンジとお皿をシンクに置いて、泡だらけの主の手を取って、自分の手と一緒に洗い流しました。

濡れた手をタオルで拭いて、そばに置いてある丸椅子を横に手繰り寄せて、主を座らせました。


「お腹は?」


 冷蔵庫を開けて、牛乳を取り出す三鷹さんの質問に、主は戸惑いながら答えます。


「8分目かな?」


 小さく頷いて、三鷹さんは牛乳を入れた小さなマグカップを、レンジで軽く温めました。


「これを飲んでいる間に、終わる」

「・・・ありがとう。

頂きます」


 程よく温まったカップを受け取って、主は大人しく三鷹さんがお皿を洗うのを見ていました。


「三鷹さん、あのね、今日・・・」


 カップで両手を温めながら、主がポツリと零しました。


「今日ね、嬉しい事があったの。

とっても嬉しくて、まだ半分信じられないんだけれど・・・嬉しい分ね・・・」


 主の視線は、カップの中の温かな牛乳。

三鷹さんの視線は、次々と洗われていく食器。

すぐ横に居てくれるだけが、今は一番いい距離でした。


「迷っちゃった。

どうすればいいのかなぁ・・・」


 主がここまで迷うのは、本当に珍しくて・・・三鷹さんはチラッと主の横顔を見ました。

主は相変わらず、ジッとカップの中の牛乳を見つめています。

薄く入れた紅茶色の柔らかな髪に縁どられた横顔は、まだ幼さが残りつつも、考え込む瞳は大人に近づいていると、三鷹さんは感じていました。


「もう少し、深く聞いても?」

「・・・もう少し、自分だけで考えてみます」

「分かった」


 もう、子どもじゃない。

けれど、大人でもない。

そんな狭間で、何に迷っているのか・・・三鷹さんにはだいたいの予想がついていました。

それが、主に必要なことも分かっているから、それ以上は聞きませんでした。

主から話してくれるのを、待つつもりなんです。

けれど・・・


「・・・差し支えなければ、『嬉しい事』は、聞きたい」


 それだけは、気になるようでした。


「あ、はい。

皆にも、報告しなきゃって、思ってて・・・」


 食器を洗い終わった三鷹さんは、手を綺麗にして、主に向き直おりました。

聞かれた主はパッと顔を上げて、三鷹さんの視線がとっても優しく暖かく、自分を見てくれていることに気が付きました。


 いつも、こんなに想いのこもった瞳で見つめてくれているんだった。


と思い出した主は、ニッコリ微笑んで報告しました。


「三鷹さんを描いた『剣士』と、桃華ちゃんを描いた『私の歌姫』・・・文化祭にも出したあの2枚の絵が、コンクールで入賞したの」

「えっ!!」

「ぷっ!!」


 あまりの驚きに、三鷹さんの口から出た声は剣道の稽古の倍以上で、リビングでまったりしていた皆が、驚いて飛び上がるぐらいでした。

 秋君は、ビックリしたついでに大きなオナラが出ました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ