ルルの行く末
幸せを感じると、花は実を落とす。
つまり、幸せを感じないと花は実を落とさない。
ルルの髪から生えた花は、異国では薬として使われていたようだった。
薬の効能は治癒。
非常に貴重なこの花は、滅多に手に入れることはできないが、異国から異国へ様々なルートを経てたくさんの人の手に渡っていた。
薬の効能は非常に強いもので、花をそのまま食すると死に値するほどだ。
しかし、少量を煎じて服用すれば、求めている効果を期待できる。
多くの人がこの薬の虜になった。
多くの人が、人生の最後に夢を見たくて、大金をはたいては手に入れるようになっていた。
この花がどのように作られて、どのような過程を経て、人々の手に渡るかなど誰も考えもしなかった。
逃れられない悲しみと苦しみと幸せのループの中で、生まれるその花のことを知ろうとする人は存在しなかった。
ただあるのは、その花を求める人の欲望だけだった。
この麻薬を手に入れるためには、生産者となる者をずっと幸せにし続けなればならない。
花に詳しい商人たちは、麻薬の作り方、”花の育て方”をよく熟知していた。
麻薬のほとんどは、各国の貴族がほどんであった。
ただ、彼らは花の効能をよく知っていたので、生花を直接口にすることはなかった。
日々薄めて煎じた花を好んで飲んでいた。
それが彼らの精神安定剤となり、時には国家間での取引にも用いられていたという。
この花の触媒は「悲しみ」でできている。
悲しみを栄養分に吸って、幸せという水分を吸うことで、ルルーディアという麻薬の実を得ることができる。
ルルーディアはこの館の商人に引き取られるまで、ずっとそうした生活を送っていた。
狭くて黒い鉄格子の中で何十年と過ごし、家族に会えるのはほんのわずかだけ。
本もなくおもちゃもない独房の中で、ただただ花を産み落とすためにその命を燃やしていた。
見えるのは、黒い鉄格子と灰色の雨、たまに見せてもらえる家族の悲しそうな顔と興奮して息を切らす知らない顔の多数の大人たちだけだった。
悲しみを味わい、一時の幸せに身を沈め、また次の瞬間には悲しみの海に身を投げる。
そうした生活を続けた幼い少女は普通でいられるわけはない。
さらに、ルルには家族しかいなかった。
唯一の心の友であったイロアスは、村に派遣される任期が終わると逃げるように国に帰ったらしい。
家族がルルの心の支えであり、悲しみと幸せを感じさせられる存在であった。
さあ、大人たちはこの実を手に入れるために、どうしたのか。
それは、言葉で表現するよりもおぞましい。
使えるものは、最大限使ったそうだ。
聞かないようが、幸せだよ、とミヒリエはポツリと呟いた。
「ルルにそんな過去が・・・」
僕はミヒリエの話を聞いて、背筋がずっとゾクゾクと震えていた。
あの太陽みたいな笑顔の裏にこんな大変な過去があったなんて。
でも、ルルはどうやってその生活を抜け出したんだ。
隔離と監視をされた生活の中で易々と脱出できるわけがない。
それに教養もなく育った幼児が策略を練ることもできないはずだ。
どうやって・・・?
「どうやって、ここに来たか知りたそうな顔だね」
ミヒリエが僕の心を読んだかのように語りかけてきた。
「彼女を助けたのは、実の母だったようだね」
「さっきから誰かから聞いたような口ぶりだけど、自分で直接聞いたわけではないんだな」
「ええ、そうよ」
そう言うと、またミヒリエはルルの昔話を始めた。
ガイファはそれをただじっと見ているだけだった。
ルルの脱走の手助けをしたのは母と父だった。
母と父は、ルルの”花を生産するため”だけの用途として生き延びさせられていた。
最低限の食事だけが与えられ、それ以外は家畜よりもひどい生活だった。
無論、生活と呼べるものは食事だけだったかもしれない。
ある日、どこかの国と国の間で戦争が勃発した。
ルルの花はこの戦争の大きな取引材料となった。
そこで”大量の”花が必要になったのだ。
花の生産量は悲しみと幸せの差で生まれる。
最高の幸せと最悪の悲しみが、大量の花を生み出すトリガーになるのだった。
母と父は考えた。
おそらく次の”生産”でルルは確実に人ではなくなってしまうだろう。
幼い体と心に耐えられるだけの精神力や体力は、とうの昔になくなってしまっていた。
それならば、賭けをしよう、と。
この話はどちらからと言うわけではなく、両親がどちらも同じタイミングで話を持ち出した。
せめて娘を人の姿のまま、楽にさせてあげたい。
父と母は、”その日”が来るまで、念入りに念入りに作戦を考えた。
「あの、看守様、私に一つ提案があるのですが」
真っ暗な監獄の中で、父は看守に話しかけた。
「あ、なんだ」
看守は気だるそうに振り向い手、そっけなく反応した。
「今度、ルルの花が大量に必要になると伺いました。看守様もご存じの通り、ルルは年々、生産量が減っていて、恐らく次が“最後”になる可能性が高いです。そのため、妻と話をして、ルルに最大級の幸せを与える策を考えました。このままでは、ルルは一輪の花も咲かせることはできないでしょう。私たちが力になります」
父は監獄の檻に両手をかけて、訴えた。
手は泥だらけで、もう何年も風呂に入っていない。
漁師だった父の大きくて分厚い手は、道端に落ちている犬の骨と変わらないくらい痩せ細っていた。
「まぁ、話なら聞こうか」
ルルの衰弱ぶりは、誰が見ても明らかだった。
生産量を増やせるときいて、看守は非常に興味を持った。
自身もルルの恩恵に肖っており、これで生産量が上がれば看守の地位も上がるだろうと踏んだのである。
「もちろんです」
父と母は心の奥でニヤリと笑った。
ルル。
すぐに、楽にしてあげるからね。
父は看守に耳打ちをし始めた。