生えるはトゲ毛
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふう、今年も順調に涼しくなってきて、ひと安心ってところだな。つぶらやも、ほっとしたんじゃないか? お前、毎年、「暑い〜、暑い〜」って死にそうになっているもんな。
俺もここんところは、涼しい方が落ち着くかな。昔は暑い方が好きで、「残暑? ばっちこい! むしろ一年中夏でいい!」って思ったほどだったさ。蚊さえいなけりゃな。
――その心境の変化は、どうしてか?
ん、まあ学生時代にあった、不思議な体験が原因だな。いまも暖冬だって騒がれる年だと、つい警戒するようにしている。大人になってからは、ついぞ出くわしてないが。
聞いてみるか? お前のネタになるかねえ?
その年は、記録的な暖冬だった。
もともと、夏のころから高温、猛暑の心配がされていて、それが的中したからな。みんな汗をだくだく流しながら、早く空気が涼しくなるのを待っていた。
ところが9月になり、10月を迎えても、気温は平年の夏ほどの高さを保ち続ける。衣替えの時期を迎えるも、天気のいい日は午前中から、顔に汗をにじませるクラスメートの姿を見るのも、珍しいことじゃなかった。
そして寒さがまともに衰えることなく、迎えることになった11月。
俺たちの学校は11月に体育祭を控えている。10月からクラス合同で、各種目の練習を始めるんだが、最初に気がついたのがムカデ競争の練習だったかな。
生徒がめいめい、家から持ってきた手拭いを縄に結びつけ、ムカデづくりをしていく。そして初めての試運転というときに、俺はちくりとした痛みを感じたんだ。
手拭い結んだ足の部分なら、まだ分かる。手拭いごしに押しつけられる縄の部分と、靴下の口が重なると、痕が残ったことが何度かあったからな。
だが、痛みを肩にも感じるって、どういうことだ。ムカデの列を組んだとき、後ろに並ぶクラスメートの手が、やけに肩へ響く。ぽんと軽く置かれたはずなのに、チクリチクリと安全ピンを刺されたような痛みが走るんだ。何ヶ所もな。
何度試しても同じ。俺でない別の人に代わっても同じ。
俺だけの勘違いの線は消え、彼は誰の肩にも手を置く必要がない、先頭へ据えられることに。幸い、こちらから彼の肩へ手を置く分には痛みがなく、その場は「妙な感じ」で済まされたよ。
その夜。俺は風呂へ入る前に、鏡を見てみる。クラスメートに手を置かれたところは、まだほんのり赤い。とはいっても、まだ日焼けし続けている、顔や手のひらよりは薄い。周りが白いから目立って見えるだけだ。
だが、何気なく手を置いて、ついびくりと跳ね上がりそうになる。「ぞりぞりっ」と音が聞こえてきそうな、荒い触感が指をなぞったからだ。
小さいころ、父親に頬ずりされたときのことを思い出す。父親の固く固くなったひげの剃り跡は、まるでおろしがねを押しつけられたかのような、ひとつの武器に感じられた。それとそっくりの感触がいま、俺の肩の一部分に生えているんだ。
すぐにハサミをあてて、ちょん切ったよ。毛にしてはやけに手ごたえがあったけど、二回挟めば、どうにか断ち切れた。
だが一晩経つと、すでに昨日と同じ手ごたえができている。幸い、鏡に写してみても、色の薄い産毛がわずかに固まり、逆立っている程度でさほど目立つものじゃなかった。
さすがにピンと来たさ。あのムカデのときの接触が原因じゃないかってな。登校して問いただそうと思ったが、教室に着いたときにはもう、彼の周りに人だかりができていた。
昨日のムカデで彼に手を置かれた面々以外も混じっている。尋ねてみると、ムカデの練習以前に彼と接触した箇所があるらしかった。そして、ムカデの面子も加わっているのは一部で、全員というわけじゃなかった。
問い詰められる彼は、特に慌てた様子もなく、静かに告げる。「それは安全弁のようなもの」と。
続いて彼は、自分が数年前から同じように、とげのような剛毛が生えているとも話してくれた。
その場で腕まくりをし、見せてくれる彼の白い腕には、薄い金色をたたえる毛たちが、そこかしこに突き立っている。一本として寝そべることないその姿は、俺の肩の毛と同じ姿だ。
もしやと、気味悪がるみんなの前に立ち、触らせてもらう。ムカデの練習の際に感じたチクチク感が、また指先を襲った。
さすっていっても、同じような姿勢で広がり続ける毛は、まるっきりトゲの原だった。指で毛を押そうとしても、いささかも曲がることなく、かえってこちらの指先に刺さらんとしてくる。
「寒くなれば、その毛も勝手に抜けていくよ。多分、体育祭の直後くらいに。そこまでの辛抱さ」
彼はこともなげにそう告げて、何も悪びれた様子を見せない。
その態度が気に食わなかったんだろう。毛を気にする女子はもちろん、俺を含めた一部の男子も、神経質に毛の処理に努めたさ。ただあのクラスメートを含めた一部の人は、そのまま放っておいたようだけどな。
じょじょに体育祭が近づいてくるが、気温はじわじわとしり上がりで高まり続ける。俺はひたすらに汗を拭っていたけれど、あの毛を処理しない連中は、ぴんぴんしていたのを覚えていたな。
――どうせ、あの毛が汗を吸ってくれているんだろ。便利かもしんないが、あんな危ないものを生やすのは性に合わないな。
俺はタオルのお世話になりながらも、毛の処理を続ける日々だった。
そして迎えた体育祭の当日だが、熱中症などで倒れる人が続出した。
あまりに数が多くて、体育祭は異例の午前中で中止。日を改めて午後の部を行う運びになったんだ。
俺自身もぶっ倒れて、そのまま家に帰る羽目になったよ。正直、夕方あたりから、うなされていた覚えしかないんだが、一時期、体温が41度に迫る勢いだったらしくてな。改めて病院に運ばれる一歩手前だったそうだ。
それが、夕飯時からじょじょに熱が下がり始める。夜中には身体を動かせるようになっていたが、むくっと起き上がると、布団の周りにばらばらと転がるものがあった。
それは、俺が処理を続けていた、鋭い体毛たちだったよ。
一本一本の長さは、伸ばしたホチキスの針一本分くらいしかない。だが強度は変わらず、皮膚を突き破らんばかりの硬さ。まさにトゲそのものだったんだ。
それから、身体に件のような毛が生えてくることはなくなる。処理をしなかったみんなも、俺と同じように勝手に毛が抜けていき、それっきりとのこと。
彼の話だと、あの毛はサボテンのトゲのような役割を果たすのだという。サボテンのトゲは身を守ったり、空気中の水分を取り込んだりする他、照り付ける日差しを散らす、冷却機能も持っている。
自分は暑さを感じると、よくこのような毛が生えると、彼は語った。ひょっとしたら今年は、自分の接触にくわえて、みんなの身体が危機感を覚え、おのずから毛を生やしてきたのかもしれない、と話してくれたんだ。




