6/19
『七回表 投手田川→倉田
相上 七球目投ゴロSSFBBF 外角ストレート
山内 七球目二ゴロBBSFFF 外角ストレート
ターナー 三球目二ゴロSF 外角ストレート
最速百四十八キロ』
『田川に続いて倉田が初登板。キャンプで一回投げて以降行方不明で心配していましたが、どうもフォーム固めを行なっていたようです。高校時代のワインドアップからセットポジションに変わっていました。最速は百四十八キロで三者凡退! 上々の初登板です!』
『マジで百五十でるのな』
『誰だよケガとか言ってたやつ』
『内容はどうだった?』
『セットで高校の最速維持できてるなら期待できるか』
『緩い変化球はまったく制球できていませんでしたが、コーナーを突くストレートをことごとく引っ掛けさせていました。もしかするとシュート系の変化をしているのかもしれません。空振りを取るようなストレートではありませんね。深く沈むようなフォームとしなやかな腕の振りが特徴的でした』
『スライダーはショボいままか』
『チェンジアップだけなら厳しいとは思ってるんだろ』
『チェンジアップは見る限り投げてませんね。このフォームでもあの腕の振りと同じ球が投げられるなら間違いなく武器にはなるはずですが、幅は広げておこうということでしょう』
長々と好き勝手に書かれたレポートを見終わった俺は、スマホを夕実に返す。
「これさ、テレビやってないよね確か」
「そだよ。いるよね物好きって」
笑顔で辛辣な言葉を吐き捨てる夕実は白い目を向けつつ、一息つけるためにお茶を口に含んだ。
「で、どうなの実際は」
「何が?」
「現状だよ。あと二年半しかないんだよ」
「どうって言われても……。次は多分三回くらい投げて」
「ションベンスライダーは大丈夫なの?」
「……大丈夫、じゃないよ」
高校の時から投げていたスライダーだけど、未だにまったく制球が安定しない。
フォームを固めたところで、指の感覚はどうしようもなかった。
「ダメじゃないの」
「それがさ、ダメじゃないんだよ。まだ試作段階なんだけど、いっそのこと、抜けばいいんじゃないかって考えて」
「……何を?」
「何をって、ボールを。スライダーじゃなくてカーブにしたらいいんじゃないかって思って」
俺の投げるスライダーはどうもすっぽ抜けてしまう。
それならいっそ、抜くボールにしてみよう。
そう思って、少し握りを変えてみたりしている。
「今度矢口さんに教えてもらおうと思ってるんだよ」
「へぇー。凄い凄い! 考えてるんだね!」
諦めるという選択はなかった。
二年も投げ続けてモノにならない球なんか使い物にならないと思うだろうけど、実際俺も思う。
でも諦めない。
だってスライダーは、よっちゃんに投げてほしいって言われた球だから。
「まぁ、まだ全然使い物になってないんだけどね……」
「あはは。きみが最初からできるなら延長戦にはなってないでしょ」
励ましてるのかバカにしてるのかどっちなんだ。
白い目を続けているのに、効いている感触は全然なかった。
「っていうかさ、なんでカフェに来て、普通の緑茶飲んでるの?」
キャラメルフラペチーノを飲んでいる夕実は、ついに俺のドリンクにまでケチをつけてきた。
やっぱり白い目はまったく効果がなかった。
「うるさいな」
「ほれ、飲んでみ一口。美味しいよ」
「……」
ストローを突きつけられた俺。
……まぁ、毎日飲まないし。
ハマらないようにしよう。
そう甘く見積もって、そのストローに吸いついた。
「どう? どう?」
「うん。甘くて美味しいよ」
「違うよ。間接キスの味だよー」
「どうって、いつもと変わらないけど」
「いつもやってないよ!!」
きゃーきゃー騒ぐ夕実に、自然と笑い返していた俺がいる。
四か月前までは毎朝の日課みたいなことだったのに。
身体中から力が抜けていくみたいだ。
「あー、久々に楽しいね」
「久々?」
「うん。大学も友達はできるけどさ。やっぱり慣れ親しんだものとは違うよ」
「……そんなものなの?」
「そりゃね。十七年同じ生活してたんだから、慣れないのが普通だと思うよ」
俺が言う前に夕実が言ってしまった。
夕実がどんな大学生活を送っているのかは全然知らない。
そんなことは、生まれてから初めてだった。
俺も友達がいないわけじゃなかったけど、……友達か?
まぁ友達としよう。
飛び込んだ非現実の世界は怖いじゃなくて、疲れるだったから。
「次はどこ行く?」
カフェを出て、夕実が前に立って歩く光景。
この景色があと少しで終わってしまう。
そう考えたら、歩みは自然と遅くなっていた。
「ゆみ、時間は?」
「んー? 私は終電さえ乗れれば帰れるよ。むしろ門限の方がヤバくない?」
「……へ?」
終電って、終電に乗ったら、確実に帰れないじゃないか!
泊まりがけで来てて、ホテルとか取ってあるとか……?
「あれ、言ってなかった? 私、三つ向こうの大学だよ」
だから二軍戦はガンガン応援しに行くよ! とか言ってる夕実の言葉は、バッチリと聞こえて来た。
……初耳なんだけど!?
「聞いてないよ!」
「そだっけ。まーいいじゃん。会おうと思えば毎日会えるよっ」
「……いや。それは別に」
「照れちゃってー!」
感傷に浸りかけてたさっきまでを返してほしい。
でも、よかったと思ってしまう自分がいることも間違いない。
メッセージでしか触れ合えないと思っていた温もりを直に感じ取れるのは、肩の荷を降ろしてくれたような気がした。
「でも村山に悪いし」
「なんで? 誰も気にしないよ。姉が弟と会うことなんか普通だよ」
「……ゆみが妹じゃないの?」
「いやいやいやいや! 待って! ありえないよ! 何言ってんの!?」
ふとした疑問を口に出した瞬間、夕実はありえないくらい顔を近づけて、唾を撒き散らして来た。
いや、俺は夕実が妹で、俺がお兄ちゃんだと思ってたんだけど。
「よっちゃんに聞いてみる?」
「えー、よっちゃんー? ……いいよ。何賭ける?」
「え? いや俺はそこまで……」
「私は体を賭けるよ」
「重い!! 要らないよそんなの俺が弟でいいよもう!」
勝った! とガッツポーズをしている夕実に、効果のない白い目を向け続ける。
何の話をしていたか忘れてしまった。
突然夕実が体を賭け始めたという結果しか思い出せない。
それだけの話だったんだろうけど。
「私も会ってないから知らないんだけど、よっちゃんは元気なの?」
「知らないよ。なんで俺に聞くの?」
「彼氏彼女! え、あれ? もう別れたの?」
「もうって何さ……。別れてないよ」
何故かそのうち別れるみたいな言い方をする夕実は、これまた何故か、別れてないと断言した俺の言葉に目を丸くしていた。
「んー、私が言うことじゃないかもだけどね。もうちょい連絡取り合った方がいいとは思うよ」
「連絡……取ってるよ」
「何? 都会で綺麗なお姉様を見つけて、要らなくなったの?」
人聞きが悪すぎる!!
連絡取ってるって言ってるし!
要らなくなったなんて、決してそんなことはない。
そもそもそんなお姉様は見つけていない。
ただ、勝手が違うだけ。
「スタンプとか来たらさ、何返せばいいのかなとか」
「さんっざん私にスタンプ送りつけてくる人だ!! ……まぁ、一回くらい誘ってみたら? 七夕とか、なんでもいいから」
「でも、来てくれるかな……。なんか授業がいっぱいとかは言ってたけど」
「愛に勝るものはないよ!」
……まぁ、一応考えてはいた。
そして言われるまでもなく七夕だった。
近くのお祭りとか、その程度だけど、久々に会いたいなとは俺も思ってた。
卒業式以来だから、三か月は会ってないし。
決まりだ。
夕実に言われるまでもなかった。
今日の夜にでも誘おう。
「はい決まり! この話おしまい!」
「うん。なんとかするよ」
「じゃさ、これからどうする? どこか行きたいところある?」
「あ、この近くにバッセンあるんだけど、行ってみない? 最近バッティング練習あんまりしてなくてさ」
「……私の時だけにしなよ、それ」
その日の夜。いきなり誘うのも恥ずかしかったから、とりあえず話題を挟んでみた。
『ねぇねぇ』
『なに?』
『俺とゆみって、姉弟? 兄妹? どっち?』
朝になって帰ってきた『知らん』という返事に少し決心が鈍って、結局誘えたのは三日後になってしまった。