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大所帯の最後尾で小さくなりながら、ゆっくり歩いていた。
何故ゆっくり歩いているかというと、先頭のドラフト一位がゆっくりインタビューに答えているからで、俺としては凄く助かっていた。
俺は倒れそうだった。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ないです……」
ゆっくりにも関わらず遅れ始めていた俺。
理由は疲れていたから。
唯一の休日の前、ルーキーが全員ブルペンに入った。
めちゃくちゃ疲れた。
四球投げたスライダーは全部すっぽ抜けた。
二軍のブルペン、しかも新人が投げているだけの絵しか撮れないのに、報道陣はそこそこ多かった。
精神的にも疲れたのかもしれない。
そして休みだと思った今日、休みではなくなってしまった。
「あ、大丈夫よ。合わせてあげる」
「いや、でも時間とか、その」
「そう? ならこうしよっか」
なかなか前へと進まない足にイライラしていると、何故か俺と並んでくれていたテレビ関係者のお姉さんが俺の腕を取った。そしてそのまま引きずられる。
「ちょっ、え?」
ユニフォーム姿の男がスーツ姿の女性に引きずられる光景は、周りからはどう見られているのかな。
実際、同期の何人かは俺をチラチラ振り返っている。
……目線が怖い。
「あ、あたし野沢さんよ。まだ卒業してないけど、ちょうど地元だったから、予行演習させてもらえたの」
「予、行……? ADとかですか?」
「違う違う。アナウンサーよ。四月から夜の十一時によろしくね!」
……ええぇぇっ!! 間違いなく有名になる人じゃないか!
確かに強気そうな目元に、流れるような黒いロングヘアーは凄く美人だと思ってたけど、っていうかなんで俺に構うの!?
「なんか、一人高校生が混じってるみたいで可愛くて、つい構っちゃった」
ぶんぶんと繋いだ腕を振ってニコニコ笑うお姉さん、野沢さん。
野沢さんは楽しいかもしれないけど、明らかに俺を睨んでいる同期と睨まれている俺は全然楽しくない。
「え、でもあの、インタビューなら福山さんじゃないんですか」
「まーテレビ的にはね。あっ。振ってあげよっか?」
「やめてください……」
ドラフト一位の福山さんはまだプロデューサーらしき人と打ち合わせしてるけど、野沢さんは行くそぶりすら見せずに俺と喋っている。
大丈夫かなこの人。
出世が約束されてるから適当なのかな。
結局十分間、俺は殺意の眼差しで睨まれ続けるはめになった。
「はい! では福山選手にお話を伺いたいと思います!」
あっという間に体験は終わった。
名産品の魚を美味しく調理しましょうという企画。
俺もちょっとだけ触った。
そしてちょっとだけ食べた。
あとは福山さんが目立つ写真の端に写るくらいだ。
「はい。ありがとうございました。ここで得たパワーを活かして、長いシーズンを乗り切ってもらいたいと思います!」
「……はい! おっけーでーす!」
生放送だったらしいこの企画、思った以上に大掛かりになっていて、機材の撤収などがあるために中継後すぐに写真を撮ることになった。
福山さんを中心として、俺は端っこに寄っていく。
……なんで野沢さんが、俺の隣に立ってんの?
「ありがとー。頑張りなさいよ、高校生っ」
魚の絵を抱えた野沢さんは撮影が終わると、俺の頭をぽんぽんと叩いていった。
何がそんなに気に入られたのかまったくわからない。
ありがとうございます、と返して、バスへと向かおうとした。
「……俺も高校生なんやけどー」
「うわっ!」
「俺なんかこいつと同じピッチャーだせ。会釈もしてもらってねーよ!」
同期で高卒は三人。
三位の山田くんと、四位の田川くん。
向けられていた殺意はこの二人からだけじゃなかったけど、二人が向けていたことは確からしい。
「あれやろ、負けた後のあれやろ。守ってあげたくなるみたいなんあったんちゃうか」
「だからって手まで繋ぐか普通!? フェロモンだろ完全に!」
「知ってる? あの子彼女ちゃうで」
「……はぁ!? 完っ全に熟年夫婦感出てたぜ!?」
「ただのマネージャーやねんて。彼女別におったもん。めっちゃ可愛いで」
「やっぱりなんか放ってんだろお前おかしい……山田、お前なんで知ってんだ?」
「ん? いや、うちの学校で一回、自主トレやってん。ファン感のあとやけど」
「俺も誘ってくれよ!!」
バスに乗り込む間、田川くんはずっと文句を言っていた。
いつのまにか野沢さん絡みの話題から解放されたから助かった。
……のはよかったけど、田川くんの文句はまったく収まらなくて、オフになるはずだったその後も練習に付き合わされるはめになってしまった……。
「ん?」
ヘトヘトの状態になってホテルに戻る途中、ふっと気配を感じて振り返ってみた。
ちなみに山田くんと田川くんはまだグラウンドにいる。俺はもう限界だったから。
「……」
「……」
「……」
「……」
気配は正しかったようで、振り返った先には女の人が立っていた。
俺が立ち止まったからなのか、その人も立ち止まっていて、お互いに無言で見つめ合う。
「……」
「……あの」
「肩……」
膝まで隠れるくらいのダウンコートを羽織っていた女の人は、肩とだけ呟くとすたすた俺に歩み寄ってくる。
無造作にというか寝癖みたいなぐしゃぐしゃのボブカットは茶色に染められていた。
戸惑う俺。
それを無視して、くりくりとした瞳で女の人は俺の肩だけを見据えている。
「……え? 何する」
「動かないで……」
その右肩に手が伸ばされた。
やばいと思ったけど、反応が悪すぎた。
触られる。そう思ったところで女の人の左手は止められて、桃色に輝き始めた。
……輝き始めた!?
「なっ」
「う……ごっ!!」
「……ええぇぇっ!?」
動かないでと言われたけど、動かないわけにもいかずに動いてしまった。
次の瞬間、俺と女の人は吹き飛ばされていた。
厳密にいうと、吹き飛ばされた女の人が、俺の服を掴んで引きずりこまれた。
やばい、絶対怪我する! そう思ったけど、むしろ柔らかい何かにぶつかった。
「……重い」
「あっ! ご」
「いい。もう動けないから」
「えっ、どこか、痛めまし」
「あれ」
何がどうなったのかまったくわからないが、俺は女の人を下敷きにしていた。
動けないという意味がよくわからないからとりあえず謝ろうと思って気付いたけど、この人さっきから俺の言葉遮ってばっかりじゃない!?
真後ろを指した指差した真後ろを振り返ると同時に、女の人から飛び退く。
そして指された場所には、黒いオーラをまとった髑髏がふわふわと浮かんでいた。
「……なんですか、あ」
「ネーベル。でも大丈夫。今のはあがきだから」
ひょいと起き上がった女の人は、俺の横を通ってネーベルと呼ばれた髑髏に近づいていく。
……よっちゃんよりは大きくて、夕実よりは小さい。
百五十ちょっとくらいか。
髑髏に手を伸ばした女の人は、手を桃色に光らせる。
断末魔のような叫びが響いた。
黒いオーラは少しずつ小さくなっていき、そして髑髏も徐々に姿を薄くしていき、桃色の輝きも消えていった。
「おしまい」
「……はい」
何に反応すればいいのかもわからない。とりあえず終わったらしい。
「もう憑かれないで」
「……え、憑かれてたの!?」
ぼそっと漏らしてすたすた歩いていく女の人を、思わず呼び止める。初めて遮られずに喋れた。
「なに?」
「いや、何も特にその、言われたところでって話でもあるし、あの……」
「耐性がつくから大丈夫。わたしに関わらなかったら」
「耐、いやそんな、関わるつも」
「それじゃ」
二度と関わりたくない気持ちを表したかったのに、最終的にはやっぱり遮られてしまった。
ホテルとは逆方向にすたすた歩いていく女の人は、一度も振り返らない。
もう一度呼び止めようかとも思ったけど、やめた。
名前もわからないし。
ほっぺたをつねってみる。痛かった。
……なんだったんだ? 一体……。




