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「ここだって」
スマホを片手に顔を上げた先には、俺の経験からはとても高校に見えないような校舎がそびえ立っていた。
「相手大学生?」
「何聞いてたのさ……俺たちと同い年だよ」
「へー。これが高校ねぇー」
少し後ろでは、短い髪を無理矢理ポニーテールにまとめたよっちゃんが、俺と同じように校舎を見上げていた。
確かに、大学ならわかるかも。一、二、三の…十階建ての校舎だし。何をどう使えば、持て余さずに使えるのかな。
「で、どこで誰と何するのさ」
「なんで俺に聞くの?」
「あんたに聞かないであたし誰に聞くの!? そもそもなんで連れてこられたかもわかってないし!」
あれ、言ってなかったっけ。ならなんでついてきたんだろう。
何をしに来たかというと、自主トレ。
相手は、ドラ三の高卒同期。
なんでよっちゃんがいるかというと、連れてきてって言われたから。
「あー……。多分それ、あたしじゃないし」
「え? でも、彼女連れてきてって言われたよ?」
「あのねぇ。なんで彼女持ちってわかってると思う?」
……本当だ!! なんで? 俺そんなことどころか、一緒に自主トレしようとしか喋ってない!!
「あんまりネットとか見ないでしょ」
「いや、これ……」
「ルーキーってだけでその他大勢じゃないのは間違いないけど、もうちょっと自覚しなさい」
スマホを見せてアピールするが受け付けてもらえなかった。見ないことはない。無意識に避けてたのかもしれないけど。
「おー! 来よったなー!」
プロにもなれたんだし、社会人として、ニュースや話題のものくらいは確認した方がいいかな。
少し考えを改めたあたりでタイミングよく、待ち人がやってきた。
「こんにちは。今日はよろしく頼むよ」
「いやいやこちらこそ! 望月抑えたやつの球な、打ってみたくて仕方ないわ!」
なんで俺が自主トレに誘ったかというと、練習のことがよくわからなかったからだった。
無名の公立高で、プロの指導があるわけでもない環境。
来年のキャンプに向けての体づくりなど、どうしたらいいのかさっぱりわからない。
そこで、プロを何人も輩出している古豪の同期に目をつけた。
「こちら、ドラフト三位で指名された山田くん」
「あ、知ってる。初戦で猛打賞だったよね」
「お? 俺案外有名人? 照れるやんかー!」
「二回戦は三振ゲッツーゲッツーで大ブレーキだったけど、ああいう場合って、試合後チームメイトと会話はできるものなの?」
「うーん……」
よっちゃんー!! 山田くんがうつ伏せで倒れちゃったじゃないか! 辛辣すぎでしょ!
「まぁあなた有名人だし。徹底マークも仕方ないじゃん。望月くんと同じだし」
「そう? 望月と同じ? あっはっは、照れるやんかー!」
……。
「で、こちらのレディは?」
突然始まった漫才に白い目を向けていると、突然の質問が飛んできた。
……本当によっちゃんの言った通り、知らないんだ。
「俺の彼女のよっちゃん」
「うふ。黒髪ロングの優しそうな子だと思った? ざーんねん!」
「……」
「……あれ、どしたの?」
ニヤニヤと笑いながら山田くんを指差すよっちゃんに、山田くんは固まっていた。
よっちゃんが目の前で手をぶんぶん振っても動く気配がない。
「可憐だ……」
「えっ」
「よっちゃんさん! お友達になってください!!」
「……えぇー?」
どこから出したのか、電話番号をよっちゃんに差し出して頭を下げる山田くん。
その姿を見て、俺に怪訝な表情を向けるよっちゃん。いや、俺に向けられても。
「それあたし用じゃなかったと思うんだけど」
「よっちゃんさん用になりました!」
「あたし、これの彼女なんだけど」
「お友達で満足です!!」
ここでもう一回俺に向けたよっちゃんの表情は、怪訝な表情から蕩けた表情へと変わっていた。
「何その顔……」
「えへへ。ゆーみんじゃなくて、あたしだって。可憐なんだって。可愛いんだって」
「うん……。言ってなかったけど、よっちゃんは可愛いよ。小さいし」
身長がね。
言わなくてもわかるかなって思ったから言わなかったら、蕩けていた表情をきっと尖らして、両腕で体を抱きしめる。
……えっ、俺?
「小さくないし!」
「……」
「……死ねっ!!」
「痛っ!!」
状況を説明すると、俺がよっちゃんに脇腹を蹴られて悲鳴をあげた場面になる。
何を勘違いしたのか、胸を隠しながら言ったよっちゃんに、無言で俺と背比べしてみた。
蹴られた。
ちなみによっちゃんの身長は五十あるかないかだったと思う。
「小さくないんですか!?」
「あー! もう! うるさい! 早く練習しなさいっ!」
「は、はいいぃぃっ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るよっちゃんと、それを見て目がハートの形になる山田くん。
……一応、俺の彼女なんだけどな。
間違いだって言ってたけど、なんだかんだ、よっちゃんを連れてきて正解だったと思う。
「よし、早速練習や! まずは走り込み! よーーーーい……スタァートォー!!」
言うが早いがというか、完全に言いながら走り出した山田くんを俺は目で追いかける。打ち合わせも何もない。そして俺はわき腹が痛い。
「何突っ立ってんのさ」
「いや、蹴られたところが……。っていうかまだ、アップも何も、着替えてすらないし」
「さっさと着替えて、さっさと走る! スタート前から遅れてどうすんの!」
……言われるまでもない、か。そのために俺はここに来たんだから。わかったよ、と返してトイレを探す。着替え終わったら俺も続いて走り始めよう。持久走には少し自信があるからね。
「今日はありがと。いい練習になったと思うし、自分の立場もわかったと思うよ?」
「こちらこそ楽しかったで! また気が向いたら連絡してや、いつでも乗るで!」
「だってさ。よかったじゃん」
「あぁ、うん。そうだね……。そうだね……」
練習が終わって、シャワーを浴びて、俺はよっちゃんに支えられていた。
ウエイトトレーニング? やったことないし……。
体幹トレーニング? めっちゃ疲れたし……。
俺、よく望月くん抑えたよね。
あの試合だけは卑怯なんてものじゃなかったけど。一気に自信がなくなった。
「何死にそうな顔してんのさ」
駅のホームで腰掛けて、腰掛けてというかよっちゃんにもたれかかっていると、じとーっとした眼差しで睨みつけられた。
「プロ行くの、やめようかな……」
「メンタルよっわ! あほなこと言ってないで、帰ったら練習したらいいじゃん」
「やっていける自信がない……」
「あのねぇ。やったことないんでしょ? やる前から諦めてどうすんのさ。やらずにプロなんだから、やったら凄いことになるんじゃない?」
……なるほど。一理あるかもしれない。
あれ? もしかして俺って凄い?
練習も……大した練習もしてなくて、ただ走ってたらまっすぐが十キロ速くなって、甲子園まであと三歩くらいまでいって、プロになって……。
「俺って凄いの?」
「今さらじゃん」
プロなんだから
何度も聞かされて、契約金までもらって、それでも現実味がなかった言葉が、今になってようやく実感できた気がする。
ゼロには何を足してもプラスになる。そう考えたら、自信に満ち溢れてきた。
帰ったら練習しよう。とりあえず走る。今日やった体幹トレーニングをする。そして走る。
「寝ていいよ。そんな重くないし」
無事に座れた車内は閑散としているわけでもない。二駅が過ぎた辺りでふわふわした感覚に襲われていたけど、人目がやっぱり気になってしまう。
「んー……」
でも、眠気はどんどん増してきて、よっちゃんが何かを話しかけてくれてるけど何も聞こえてこない。
「ほら、こう……」
左肩に感じたのはわずかな温もり。言葉は最後まで聞くことができなかったけど、薄れていく意識の中で、よっちゃんの温かさだけは感じることができた。離れてしまうのはやっぱり寂しい。だから今、こうやって触れ合える少ない時間を大切にしよう。そう考えて、甘えることにした。




