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目指せ約束の場所  作者: やまだ
24/24

えぴろーぐ

久しぶりに訪れた夕実の実家は人の気配がしなかった。

招待していたあの日以降夕実とは連絡すら取れていない。

さよならの一言くらい、声をかけさせてくれてもよかったのに。

約束を守れなかったことを、今さら謝ろうとも思わないけど、せめてたった一人の幼馴染として、ずっと友達でいてほしかったのに。

そして一言言わせてほしい。

俺、結婚したんだよって。

いつになってもいいから、憎まれ口でもいいから、一言だけでも、返事、くれないかな……。







結婚を機に芸能界を引退した野沢さんは、定期的に小料理屋へとやってくる。

どれだけ気に入ったんだろう。

旦那さんと来ないのが、少し謎だけど。


「ねぇ倉田くん」


「……なんですか」


「多分大丈夫だから、キスよりちょっと向こうまで、行ってみよっか?」


「いいわけあるかーーっ!!」


……心臓に悪い。

そしてもっと、問題なことがある。


「じー……」


「じー……」


感じるのは二つの視線。

天真爛漫な視線と、殺意に満ち溢れた視線。


「おねーちゃん。キスより向こうって、なーに?」


「おじさんがね、お姉ちゃんと陽奈ちゃんから遠く離れた場所に行っちゃうことだよ。もう二度と会えないんだよ」


「おじさん!?」


「え……? おかーさんも、おねーちゃんもいっしょに……?」


「私? 私は行かないよ。関係ないし。ずーっとお姉ちゃんと陽奈ちゃんと、一緒にいるよー」


「わーい! なら、寂しくないね!」


「……」


「……まぁ、元気出しなさいよ。慰めてあげよっか?」


「……あんたのせいだよ!!」


なるべくなら、あんまり来ないでほしい……。






「今日は、一段と厳しかったっす……」


「六勤の二日目で足が棒になって……でもまた明日も同じ内容の練習で……」


「俺、プロとしてやっていけるのかな……」


リハビリを経て一軍のマウンドに戻ることができた俺だけど、肘をかばって肩を痛め、五年間のプロ野球生活を終えた。

一年間の少年野球のコーチを経て、二年前からファームのコーチで野球界に復帰。

俺のように故障で若い芽を潰さないよう、高卒ルーキーを選任させてもらってはいるけど、選手の評判は芳しくない。

でもそれでいい。

俺はあくまで鞭だから。


「はいはいよしよし。怖かったですね! でも大丈夫ですよ! あの鬼コーチも、新人の時は毎日、普通の練習でも女の人に支えられて歩いてましたよ!」


だから大丈夫ですよ!

そう言ってルーキーたちを慰める瑞季さんは、なんでそのことを知ってるんだろう。

湯呑みを三人の前に置く姿を凝視する。


「緑茶……ですか?」


「緑茶ですよ! お酒は二十歳になってからですね!」


初めての来店は緑茶が出される。

戸惑うのはみんな同じだけど、ちゃんと意味は用意されている。


「そんな鬼コーチがここに来るたび飲んでいたのが、その緑茶です! 縁起が悪いですね!」


あははと笑う瑞季さんに、ルーキーたちは表情が凍る。

俺も同じ立場なら凍る。

毎年のように怪我をして、五年しか現役でいられず、鬼コーチとして選手には嫌われる。

そんなやつが飲んでいたものを出されても、嬉しくもなんともない。

だからこそ、俺は緑茶を出すように頼んだ。


「でも、キミたちがやっている練習は、あの人が疎かにしていた練習ですよ! じっくりゆっくり体力をつけて、体幹を鍛えれば、怪我をするリスクも減りますからね!」


来年には一軍で初勝利ですね!

笑顔で言った瑞季さんは、グツグツと煮立った鍋に視線を向ける。

こじつけではあるが、それでいい。

要は期待の裏返しだという気持ちが伝わればいいんだから。

本来は俺一人で伝えないといけないことだけど、まだ、経験が足りない。

あたしも協力しますよ! と言ってくれた瑞季さんには甘えてしまっているが、瑞季さんは当然ですよと言って笑ってくれた。


「愚痴が溜まったら、いつでも来てくださいね! あたしが怒ってあげますよ! 夫の不手際は、嫁の責任ですからね!」


夫婦は協力し合うものですよ!

そう支えてくれる瑞季さんに返せるものはまだまだ少ないけれど、俺も精一杯頑張ろう。

いつか、胸を張って夫婦だと言えるように。


「実は、汗の臭いが……」


「あれは汗じゃないよ。加齢臭だよ」


「そうなのか? 俺は口臭かと……」


「……お前らぁ!!」


「ていっ!」


「ぐあぁっ!!」


飛びかかった体を、一撃で沈められる、俺。

……いつになることやら。







流れてくる野球中継に合わせて、取り出したイヤホンを耳につける。

手慣れているのは、この食堂がこの時間になると、毎日のように野球中継を流し始めるから。

特に食事が美味しいわけでもない。

そして冬場には来ない。

だってあたしは、野球が好きじゃないから。


「まいどありー」


中継は最後まで見ない。

ベンチ内の姿が一瞬でも映れば、それで十分。

流れる涙は十数年前に枯れてしまった。

きっとその程度のことだから。

だからあたしは、あいつの現役時代から毎日この食堂を訪れる。

元気で過ごす幸せなあんたの姿を、ずっとこの目に焼き付けておくことが、過ちを犯したあたしの贖い。

……末永くお幸せにね、元彼氏さん。

多分書かないと思うので他ルート


夕実→実は幼馴染じゃなくて主人公に呪いをかけた悪魔でした。6年かけて育てた絶望を食べたのでどこかへ消えてしまいました。


野沢→異世界のお姫様なので政略結婚に巻き込まれました。だから旦那さんは出てきませんでした。


秋葉→正義の味方でしたがひとりぼっちで戦ってたので負けてしまいました。


よっちゃん→名字が吉村だからよっちゃんでした。

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