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「もしもーし。明後日暇でしょ? 晩ご飯食べに行こうよ」
「……嫌だよ」
ランチタイムにあった公衆電話からの着信は夕実からのものだった。
勘付く要素はいくらでもあったのに。
「なんでや!!」
「誘える神経が理解できないよ……」
アプリはブロック。
着信は拒否。
それでも関係は断てない。
どうなっているんだ。
「それはそれ。これはこれ。きみはきみで私は私だよ」
「どっちにしても無理だよ。予定あるから」
「あ、そうなの? なら昼にしようよ。なんなら朝でもいいよ」
「なんで一日中暇前提なのか意味わかんないんだけど」
「明々後日に先発でしょ? 前日は軽めじゃないの?」
「……四時までならいいよ」
そもそも会いたくないという俺の意思は関係ないらしい。
登板日云々は、まぁローテ通りといえばローテ通りなので、と思っておく。
だいたい中六日だし。
先週が四回途中の降板でもあまり変わらない。
もうどうでもいい。
「あっ! 狙いを変えたな! 若いねー!」
「そうだね。何時にする?」
百円玉を消費させるか、カードを使い切らせるかとも思ったけど、面倒だって気持ちの方が上回った。
さっさと会話を終わらせてランチに戻ろう。
「なら朝に会ってご飯食べてにしようよ。十一時でどう?」
「いいよ。じゃあね」
「でさ、何する? バッセン以外にしてよ」
「ゆみが決めといて。じゃあね」
「えー。困るなぁ。言ってよ何でもいいからさ。決めかねるよ」
「なんでもいいよ。じゃあね」
「あ、私あれ欲しい。パン焼くやつ。いちいちフライパンで焼くのって面倒なんだよね。それ買いに行こうよ」
「いいよ。じゃあね」
「そう言えばさ、きみは一人暮らしはしないの? ご飯くらいなら作ってあげるよ」
会話が終わらない!!
どうでもいい話に移りはじめた!
夕実って今公衆電話からかけてきてるんだよね?
公衆電話ってそんなに平和でのほほーんとできる場所なの!?
「ぼっちだからーって、聞いてる? 聞いてないよね?」
「聞いてない。じゃあね」
「うん。じゃあねー」
通話が終わった音が流れた。
……え、終わったの?
タイミングが色々と、おかしくない?
俺のこの全力ツッコミ体勢、どうしたらいいの?
……俺から切ればよかったはずなのに。
そうしなかったのはなんでだろう。
少なくなったランチタイムにずっと考えてみたけど、どうしても答えは出てこなかった。
「おい。久しぶりに、梢さんのとこに行かないか?」
夕実との通話で狂った調子は半日引きずることになった。
取り戻したところでスライダーは一切曲がらないが、練習効率にはそこそこの影響が出るんじゃないかと思っている。
「こいつがいるから行きませーん」
「こいつがいるから行きませーん」
「おいおい。あんまりいじめてやるなよ。お前ら同期だろ?」
山田くんと田川くんは相変わらず俺と一緒に出かけてくれない。
練習中は普通に会話もするし、オフの日もたまに遊んだりする。
ただ、瑞季さんや野沢さん、要するに女の人が関わる事柄については、非常に厳しい。
彼女がいないって考えたら俺も一緒なんだけど。
そこだけは理解できない。
「いいよ。俺行かないから。すみません横本さん。今日は、予定が……」
「そうか? なら仕方ないな」
誘ってくれた横本さんには申し訳ないが、今日は本当に用事がある。
最近はほぼ毎日なんだけど。
あと、……あんまり行きたくない。
「なんやお前空気読めるようになったやん!」
「横本さんゴチになります!」
「……現金だなぁ」
楽しそうに去っていく三人を見送る。
梢さんは、山田くんと田川くんには気付かれないようにしてくれないかな。
直接頼んだわけじゃないからやってくれないかな。
「すみません。遅れました」
「いえいえ、あたしも今来たばかりですよ!」
暗くなりはじめた公園へと向かった俺を待っていたのは、屈伸運動をしていた瑞季さんだ。
背後の自転車にはバットとグローブがひっかけられている。
どう見ても今来たばかりではない。
「これで打ったらボールが何個あっても足りないので、今日はキャッチボールにしましょう!」
「……そうですね」
要するに、今日行っても瑞季さんは小料理屋にはいない。
二人はどう思うかな。
悔しがるかな。
でも、もうお酒が飲める年齢だし、瑞季さんはお役御免になるはずだよね。
子供っていうのが何を指すかまではわからないけど。
「あ、ちなみにあたしはスライダーを投げられないですよ!」
肩を二度三度と回した瑞季さんは左足を上げて右足一本で立つ。
そこから流れるような動きで腰を回転させつつ上げていた左足に体重をかけて地面を踏みしめ、ボールを投げ込む。
軽いキャッチボールなので歩幅も狭く、びっくりするような速さでもないけど、糸を引くようにまっすぐ向かってくるボールを軽く受け止める。
「何なら投げれるんですか?」
「何も投げれませんよ! 素人はまっすぐを投げるだけで精一杯です!」
俺の投げ返したボールを、今年一軍で三勝している俺の投げ返したボールを、この薄暮の中軽くキャッチする瑞季さんはそう答えてくる。
絶対にそんなわけがない。
瑞季さんは経験者に違いない。
「はい、今日はおしまいですよ!」
結局五分もしないうちにキャッチボールは終わってしまった。
日が長くなってきてはいても、照明設備がない場所でやるのはちょっと無理がある。
「すみません、付き合ってもらって」
「いえいえ、あたしも楽しいですよ! どうしても運動不足になりがちですからね!」
「でも、俺のわがままで、嫌いなはずなのに」
「それが大人の包容力というものです。それをあたしは兼ね備えていますよ!」
「……」
実は俺は、あともう少しで誕生日を迎える。
二十歳になる。
それは大人の仲間入りをするということだ。
そんな大人のお姉さんと肩を並べる俺はきっと小料理屋に行っても、瑞季さんと関わることはない。
そう考えたら、あまり小料理屋へと行く気にはなれなかった。
俺も、来月には大人ですよ。
瑞季さんと一緒ですよ。
一瞬そう言いたかったけど、すぐに思い直す。
開店前にご飯を作ってもらったり、合間を縫ってキャッチボールをするこの関係が壊れてしまいそうな気がしたから。
「頼りになりますね」
何よりただ甘えているだけの俺が、肩を並べるなんておこがましい話だし。
もうちょっとこの関係が続くといいな。
そう願って、言葉を飲み込んだ。
「キミよりもお姉さんですからね! 送っていきますよ!」
「……逆ですよ、それは」
「きみってそんなのしてたっけ?」
目の前でラーメンをすすった夕実が、俺の手首に巻かれた数珠を指してきた。
……え、今ごろ?
これ、秋からずっとしてるんだけど……。
「年末よりちょっと前くらいからかな」
「何それ数珠だよね。なんで?」
「なんでって……。お守りだって、貰ったから」
「誰に?」
「……いいじゃん誰だって」
確か、秋葉ちゃんだっけ? に貰ったはずだけど。
なんでそこまで夕実に言う必要があるんだろう。
そもそもこうやって向かい合ってラーメンを食べていること自体意味がわからない。
「ななみん? 瑞季さん? ……また別の女!?」
「うん。そうだよ」
「……怪しい」
素直に答えたら答えたで信用してもらえない。
まぁ、狙ったんだけど。
夕実はお母さんか。
何でも話す必要はない。
「でもそれ、修理してもらった方がいいんじゃない? ほら、ヒビ入ってるよ」
「……あ、ほんとだ」
ぐいぐい近づいてくる夕実に指された部分の珠が、三つほどヒビが入っていた。
……え、お守り、だよね。
……。
「秋葉ちゃーん」
夕実との買い物を気持ち早めに切り上げて、俺はとある公園へと向かった。
夕実の買い物よりお守りの方が大事だった。
公園へとやってきたのは、このお守りを貰った時の秋葉ちゃんの言葉を思い出したからだ。
「……秋葉ちゃーん」
……出てこないな。
呼べば来るって言ってたのに。
……声が小さいのかな?
でも、日がまだ上っている公園で、一人大声を出すのは少し、抵抗がある。
……。
「秋葉ちゃーん!!」
力を振り絞って大声を出す。
キョロキョロと首を振りながら。
誰かを探すように見せかけて。
……。
「……あれ、いないのかな……」
無言で立ち去るわけにもいかずに、独り言を、頭をかきながら呟く。
出てこないじゃないか。
そもそもあの子まだ学生だよな?
こんな場所に半年間いるわけもない。
でも、秋葉ちゃんの所在はここ以外に何も知らない。
……まぁ、会えたらラッキーかな。
完全にお守りが壊れたら、その時は神社にでも行って、祓ってもらおう……。




