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目指せ約束の場所  作者: やまだ
18/24

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『一回裏 投手倉田

山下 ストレートの四球

松本 四球目一犠打 BBF 高めストレート

松崎 初球右安打 高め変化球

ローズ 三球目右越え適時二塁打 BB 高めストレート 一死二、三塁

高山 三球目右犠牲フライ BB 高め変化球 二死三塁

横田 ストレートの四球

森久保 四球 BBF横田盗塁成功BSB ワンバウンドの変化球 二死満塁

成田 二球目左適時打、横田本塁憤死(横本好返球! B 外角高めストレート』


『二回裏

山家 三球目右安打 BB 外角ストレート

山下 初球投犠打野選 無死一、三塁

松本 五球目中前適時打 BS山下盗塁成功F 外角変化球 二者生還無死一塁

松崎 六球目四球 SBBSB 外角ストレート

投手交代 倉田→山上』






「初めまして、野沢と申します! 本日はインタビューを受けて……」

 

敗戦投手となり試合を終えて、帰宅しようとロッカーを出ると、番組スタッフに囲まれた吉岡さんの姿があった。

ここまでホームランを量産していて、近々一軍に昇格するかもしれないと言われている、若手のスラッガー。

通路で堂々と囲まれているので、横切って通る以外に道はない。

通りすがりに、ちらりと視線を向けてみる。

ニコニコとした野沢さんの目は、当然ながら吉岡さんにだけ向けられていた。

早足でその場を離れる。

面倒ごとなんか、起きるわけがないんだけど。


「あっ! 落第生だ!」


球場から出た直後、まるで出待ちをしていたみたいに声をかけてくる女の人がいた。

その横をすっと通り過ぎる。


「……素通りした! あれ、えっ。ちょっと待ってよ」


吐かれた暴言を無視して歩いていると、とことこと後ろからついて歩く音が聞こえてくる。

来なくていいのに。


「いや、落ちてきてよとは言ったけど、ここまで落ちてどうすんのさ」


「……」


「そこまでして私に会いたかった? 嬉しいけど複雑だよね。約束は破られるわけだし」


「……さいな」


「ん?」


「……うるさい」


叫んでやろうかとも思ったけど、そんなことに体力を使うのも面倒だった。

最初の声は聞こえなかったみたいなので、振り返って、少し大きな声で言ってやる。


「いやいや、ちゃんとノート取ってるでしょ? いいじゃない今日くらいさー」


振り返った先にいた夕実は、俺の後ろにピッタリとくっつきながら、電話をかけていた。

俺に対しての言葉じゃなかったらしい。

……どこから?

……どうでもいいか。


「あ、うん。はいはい。じゃねー」


本当の電話なのか、遊んでるだけなのか。

……どうでもいいんだったっけ。


「よっちゃんも勘違いしてるよね。私に言ってどうすんのって思わない? まぁきみが浮気してたって知らないからだろうけど」


練習なんかする気にならないし。

帰ったとしてもやることはないし。

どこか食べる場所も開拓しようかな。

でも、何年使うのかもわからないし。

コンビニが一番かな。


「……え?」


でも俺は振り返ってしまった。

たったひとつのキーワードに簡単に反応して、あっけなく振り返ってしまった。


「ん? あぁごめん。浮気じゃないとか言い張ってたっけ」


「よっちゃんに……何か言われたの?」


「あげるって言われたよ。捨てられたんだね。かわいそうに」


「違う! 捨てたのは、……俺で」


歩いていくよっちゃんの姿が頭から離れない。

無理矢理にでも引き止めていたらよかったのか。

もっと連絡を取り合って会う回数も増やしていればよかったのか。

俺がこんな世界に入らなければよかったのか。

それとも、出会わなければよかったのか。

そんな思考がぐるぐると回り続けている。


「そうなの? 私はきみを置き去りにして帰ったって聞いたから」


「…間違ってはないけど」


「まぁ正直どうでもいいんだよね。終わったことだし」


「は?」


回っていた思考がたった一言で止められた。

……今、夕実はなんて言った?


「いや私関係ないもん。後始末させられる身にもなってほしいよ」


「……冷たいんだね、ゆみは」


「そうだよ。知らなかった? だからあげるって言われても困るんだよね。今のきみなんかもらっても、私が楽しくないもん」


「奇遇だね。俺もゆみなんかごめんだよ」


「気が合うねっ。でも慰めてなんかあげない。私は待ってあげるだけだよ」


来年の十月までね。

俺の肩を叩いてそう言った夕実は歩き去っていった。

……なんだよ。

何をどうすればいいんだよ。

俺は、何を……。


「だーれだっ!」


「うわあっ!?」


「うわあああっ!?」


突然暗くなった視界と、顔と背中に当たる柔らかな感触に、俺は思わず声を上げてしまっていた。

するとそれ以上の声を上げた犯人は俺の視界を解放してくれた。

……野球に関心がない、この人なら、もしかしたら……。


「あたしの方がびっくりさせられましたよっ!」


「……何やってんすか、みず……」


そして振り返った先にいたのは、先っぽにグローブを引っ掛けたバットを担ぐ瑞季さん。


「バッセンですよ! 久々なので、間違えてグローブまで持って行っちゃいました!」


「……」


「……あれ? どうかしましたか?」


野球には興味がない。

そう思い込んでいた瑞季さんがバッティングセンターに行ったという事実は、俺の頭にはまともに入ってこない。

……野球からは離れられない。


「……野球、嫌いじゃなかったんですね」


「うーん。好きか嫌いかで言えば、嫌いですね! っていうかなんで知ってるんですか!? 言ってないですよ怖いですよ!?」


「なら教えてくれませんか?」


「え、何をですか?」


「野球を嫌いになる方法を」


「……はい?」


なら俺は拒絶し続けてやる。

いくら向こうが寄ってきたとしても、俺が拒み続ければいいだけの話。


「簡単ですよ? でもキミには無理かもですね。野球を辞めるなんて、キミには無理ですよ」


「辞めたら嫌いになれるのなら、辞める」


「でも無理ですよ。嫌いになりたいってことは、キミは野球が好きなんですから」


「……なら、どうしたら……。どうしたら、俺が間違ってなかったって、証明できるんだよ……!」


俺とよっちゃんを引き裂いたのは野球なのに。

よっちゃんは俺から離れてしまったのに。

なんで、野球は俺から離れてくれないんだろう。

なんで、俺は野球から離れたくないんだろう……。

どうすればいいのかわからずに顔を伏せてしまっていると、肩をつんつんと突かれた。

瑞季さんがやったとわかってるはずなのに反射で顔を上げてしまった俺が見たのはやっぱり、満面の笑みの瑞季さんだった。


「言ったじゃないですか。大人のあたしが、なんでも解決してあげますよ!」


……とても眩しかった。

眩しすぎてまっすぐに見つめることはできない。

きっとなんでも解決することなんてできない。


「……スライダーを、投げれるようになりたい、です」


でも俺はすがっていた。

叶えてくれないとわかっているのに、声に出してすがってしまった。

あの日、やっと好きだったって気付いたよっちゃんが残してくれた中で、目に見えてわかるものは、スライダーだけだったから。


「なんだ。簡単じゃないですか。お安い御用ですよ!」


笑顔のままそう答えた瑞季さんは、目を逸らしていた俺の右腕を取って、ぐいぐいと引っ張り始めた。

あまりにも弱々し……くもない、そこそこの力で引きずられるがままの俺。

……。


「はい、どうぞ! あたしが構えますので、投げてきてくださいね! 球種はあたしが口で指示しますよ!」


近くの公園まで引きずられた俺は、瑞季さんがパーカーワンピのお腹から出したボールを手渡された。

……コミッショナーの印が押された公式球。


「って無理だよ! 俺、一応、プロなんだから……」


「ふふん。あたしをなめないでくださいよ! 来たボールを受けるくらい、目を閉じててもできますよ!」


……。


「はい、ではストレートで!」


大体の距離を取った瑞季さんはそう叫んで、腰を下ろした。

ストレート、ね。

取れるわけがないし、いきなり投げたら俺も肩肘を痛めるし、適当に投げよう。


「ナイスボールですよ! 次は、ツーシームで!」


とは言っても抑えすぎるとコントロールが難しいので、そこそこのスピードにはなってしまう。

やば、と一瞬思ったけど、瑞季さんはなんなくキャッチしてくれていた。

……返ってきたボールを受け取る。

もう一度振りかぶって、投げる。

縫い目に指を二本かけたボールは俺から見て右側に流れていき、瑞季さんのグローブに収まった。


「ナイスボール! あたし打てる気しませんよ!」


ボールを投げ返されて、また球種を指示される。

カーブに、チェンジアップ。

俺の持ち球はことごとく瑞季さんのグローブに収められる。

……自信、なくなったんだけど。


「次が最後ですよ! スライダー!」


「え、俺スライダーは、まだ……」


「ラストはスライダー!」


「いや、あの」


「スライダー!」


「……」

 

まぁ投げたいって言ったのは俺だから。

縫い目に指をかけて、振りかぶる。

上げた左足を下ろして、中指に力を込めてボールを、……切ることはできずに、ボールはふわっと浮いたただの緩い球になってしまった。


「はい、ツーベースいただきましたよ!」


「……ダメじゃん」


「いやいやいいんですよ。それがキミの願いなら、叶えてあげるのが大人の役目なのですよ!」


「……え?」


「え?」


「それだけ?」


ボールは返ってこない。

俺はただ、投げ損なったスライダーを打たれてしまっただけ。

それだけなのに、瑞季さんは俺の願いを叶えてくれたらしい。

まったく意味がわからない。

……わからない、のに。


「フォームを崩したら元も子もないので、練習は大倉コーチと頑張ってくださいね! そしてあたしは壁になってあげます。バッターにもなってあげますよ!」


「……打てるわけないじゃん」


「あのへなちょこスライダーをですか? 何百球投げられてもツーベースにしてあげますよ!」


少しだけ、……かなり、かな。

ただキャッチボールをしただけなのに。

よっちゃんと復縁したわけでもないのに。

スライダーが曲がるようになったわけでもないのに。


「いつ、やってくれますか?」


「キミが望めば、いつだって」


限度はありますよ!

そう言って笑ってくれる瑞季さんの顔は眩しすぎて見ていられないのに。


「……お願いします」


「はい。お願いされますよ!」


その光は俺の心を明るく照らしてくれた。

元に戻るにはまだまだ時間が必要だと思う。

でも戻ろうという気持ちにさせてくれたのは、甘えさせてくれた瑞季さんの優しさ。

今はただ微笑み返すことしかできないけど、いつの日かきっと、絶対にお返ししよう。

そう誓った。

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