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駅前のロータリーに立っている俺はそわそわした気持ちが、四日間続いていた。
前回登板を六回被安打二の無失点で切り抜けた俺を待っていたのは、『来週行く』というよっちゃんからのメッセージだった。
「おまた」
待ち合わせの二十分前によっちゃんは人混みの中から現れた。
去年の花火大会と帰省の時は別人にしか思えなかったよっちゃんは、ポニーテールこそ茶色のままだけど化粧も薄くなり、一目でよっちゃんだと理解できた。
っていうか俺もあんまり来ないから迷いそうになるんだけど、まだ二回目のはずなよっちゃんは全然迷わない。なんで?
「待ってないよ」
「あそ。で、今日はどこに行くの?」
「えっ。決めてきてないの?」
「あのね……。どこまであたし任せなの? ちょっとは決めといてよ未来のエース様」
少し離れた距離からジトッとした目線で見つめてくるよっちゃん。
……山田くんとの自主トレも、去年の花火大会も、俺が誘った記憶があるんだけど。
まぁいい。
今から考えたら良いだけの話だ。
「じゃバッティングセンターにでも行こうよ。ピッチャーも練習時間はあるんだけど、なんか高校の方が打ててた気がするんだ」
「……いいわよ。行こ行こ。あたしもかっ飛ばす!」
バッティングセンターに行った後はカフェへと向かう。
なぜかよっちゃんがグロッキーになっていた。
スイングは腰が全然入ってなかったし、ストラックアウトは足を使わずに腕だけで投げていた。
「はいこれ」
「んー……さんきゅ」
俺が頼んだのはいいものの、よっちゃんの好みが思い出せなかった。
だからキャラメル味にしておいた。
さすがに嫌いな人はいないだろう。
テーブルに突っ伏しているよっちゃんに容器を手渡そうとしたけど、よっちゃんは手を伸ばしてこない。
仕方なく、体の横に置いておいた。
「どこか痛いの?」
「ん、まぁね。ちょっと痛いかな」
「断ってくれたらよかったのに」
「まぁいいじゃん。飲んだら治るし。次は?」
「何急いでるのさ……。どうしよう。車でもあったらよかったんだけどね」
俺は運転できないけど。完全によっちゃん頼みになる。俺も免許を取ろうかな。
「あー。それはちょっと」
「え? なんで?」
「えー、最近さ。あんま運転してないんよね。こっちで乗ったこともないし道も知らないし」
そんなものなのかな。
俺は乗れないからよくわからない。
乗らないうちに下手になるなら、やっぱり免許は取らなくてもいいかな。
「あんたも免許取りなさいよ。なんだかんだで時間ありそうじゃん」
「取らない。松村さんに乗せてもらう」
「誰よ知らないし……」
「えー。ならどうするのさ。普通にカラオケとかにする?」
「あー。ごめん。ちょっとのどの調子悪くて。パス」
……万策尽きた!
ボウリングはよっちゃんがどこか痛めてるからダメだし、完全に尽きた!
「あんた全然都会堪能してないじゃん……。ドームの近くに遊園地みたいなのなかった? そこ行こ」
「……あそこ? 今から?」
「まだ四時じゃん。あたし今日も泊まりだし。ジェットコースターは乗りたい気分なの」
……俺は乗りたくないんだけど。
まぁいいか。
いいよと言って立ち上がる。
よっちゃんは立ち上がらない。
……なんで?
「行ってて。ついてくから」
「……まぁいいけど」
なぜかよっちゃんは俺の後ろで距離を置いて歩いていた。
電車の中でも少し離れて、カバンを挟んで立っていた。
思い返してみると、今日会ってからずっとそうだった。
バッセンに向かう時も、へばってカフェへ向かう時も、ずっと距離が開いていた。
……なんで?
「待ってちょっとこれ、待ってって! 低すぎない!?」
近くにあると言っても入ったことはなかった。
動いているのと叫び声くらいは聞こえてたけど。
だから実際には初めて見た。
優先的なチケットも買って乗ってみた。
……やばい!
何このバーの位置!?
低すぎだし!
支えられんの?
これで俺らあの高さ上っていくの!?
無理無理無理!!
隣で座っているよっちゃんを見てみる。
……安全バーにしがみついて、プルプルと震えていた。
え? そんなキャラだっけ?
乗りたいって言ってなかったっけ!?
言わないでよ乗れないならさぁ!
動き出したジェットコースターはカタカタ音を立てながら、ゆっくりと上って……いかない!?
早いよちょっとスピード出しすぎでしょめっちゃ早いよ!?
「待って待って待って待っ……ぎゃあああーーーー!!!」
そしてそのまま急勾配を下り始めた。
俺は叫んでいた。
他の客もきゃーきゃー騒いでいた。
俺も叫んでいた。
無我夢中で手を伸ばした先には安全バーじゃなく、柔らかい棒のようなものがあったので、咄嗟に掴んでしまった。
「ひゃあああああああーーーっ!!」
掴んだのはよっちゃんの腕。
そして掴んだ瞬間、よっちゃんは悲鳴をあげた。
そしてブンブン腕を振って俺の手を引き剥がす。
え、怖くなるタイミング遅くない!?
もう終わるよ?
……と、思っているうちに一周が終わった。
俺の恐怖はどこかに行ってしまった。
息を乱して大汗をかきながらガタガタ震えているよっちゃんを見ていたら、ちっぽけな恐怖なんか、どこかに吹き飛んでしまった。
「……えっと、大丈」
バシッという音と一緒に、俺の右手に痛みが走る。
伸ばした手がよっちゃんに触れた瞬間、払いのけられてしまった。
……なんで?
「ごめん。大丈夫、だから……っ」
息も切れ切れで立ち上がるよっちゃんはそう言ってるけど、どう見ても大丈夫じゃない。
でも、俺はそれ以上踏み込めなかった。
「……痛かったから?」
付かず離れずの距離を保ちながら無言で近くの公園に向かい、腰を下ろす。
俺との間にはカバンが置かれていた。
「キスしない?」
耐えきれずに問いかけた俺に対する答えは予想外の問いかけだった。
近寄ってくるよっちゃんは変わらず汗をかいていて、体が震えている。
掴まれた左腕からひしひしと伝わってくる。
「なんで……?」
「なんでって。付き合ってるからじゃん」
そう言いながらよっちゃんは俺に手を伸ばす。
でも、その状態から動かなくなってしまう。
……逆に俺が近づいてみる。
小さなよっちゃんの顔に手を伸ばすと、よっちゃんは体を震わせて飛びのいてしまう。
「……あの」
「いいから! きてよ無理矢理!」
「……」
「お願いだから……」
「……できるわけ、ないよ……」
最初から気付いてたけど、考えないようにしてたのに。
明確に拒絶されてしまうと、認めたくない気持ちもかき消されてしまう。
よっちゃんは、俺を怖がっている。
そんな彼女を相手に、キスなんかできるわけがなかった。
「……俺のせいかな」
「違う。全部あたしの、……あたしが」
そこまで言うと、よっちゃんは顔を伏せて泣き出してしまった。
近づくこともできない俺は見ていることしかできない。
三日前にサークルの飲み会で。
まではぽつりぽつりと言ってくれたけど、そこから先へ言葉になっていなかった。
察せないほど物分かりが悪い方じゃない。
「ドライブもカラオケも、個室で二人が耐えられないの。ごめんね、せっかく考えてくれたのに」
「……」
「あんたならって思ったけど……。ダメじゃんね。誰なら大丈夫なのよって話だし」
「……」
「わかってる。ごめんね縛ってて。今日はそれだけを言いにきたの」
「待ってよ。なんか、別れようって言ってるみたいに聞こえるよ?」
「わかってんじゃん」
「……いやだ」
「無理だし。あたしもう、あんたと手も繋げないし」
「いつか、できるようになるよ」
「いつかって、なに? いつ? 気休め? やめてよ」
あざ笑うように鼻で笑ったよっちゃんは目を赤く染め立ち上がった。
何を言えばいいのか、どう言えばいいのか、そもそも何をどうすればいいのか。
わからない。
俺はよっちゃんと別れたくない。
会えない期間が長かったけど、嫌いになったことなんてない。
だってよっちゃんが好きだから。
やっと先週、再確認できたところなのに。
「最後にひとつ、聞かせて。あの時のスライダー。あれは今でも、後悔してる?」
……こんな問いかけをされて浮かぶ場面はひとつだけ。
地区予選準決勝八回の裏、一死二、三塁の場面。
ストレートとチェンジアップに首を振って投げたスライダーはすっぽ抜けて、結果はオーライでも気の緩みに繋がった。
それは間違いない。
「……してないよ」
でもその選択に悔いはない。
望月くんを抑えられたから、俺はこの世界にいる。
全然上達しないスライダーがあったから、カーブを覚える気になった。
キャッチャーの桑谷さんがなぜか出したスライダーのサインに従ったから、俺は初勝利を挙げることができた。
そしてあの時俺がスライダーを投げたのは、よっちゃんのことが好きだったから。
「そっか。あたしはしてる。ずっと後悔してる。あたしがスライダーを投げさせなかったらあんたはここにいないかもしれない。……あたしも、こんな目に遭わなかったかもしれない」
よっちゃんしか褒めてくれなかったスライダーは、よっちゃんのために練習したものだったから。
じゃあねと言って歩いていくよっちゃんに、送っていくよと声をかけることはできなかった。
よっちゃん攻略法→不定期にランダムで送られてくるLINEに対して四択から正解を選び続ける
っていう後付け設定。




