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目指せ約束の場所  作者: やまだ
16/24

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『おめ』


『ありがとう』


『暇な日ってあんの?』


馴れ初めはと聞かれると、答えることができないかもしれない。

高校で出会った。

同じクラスになった。

名ばかりの美化委員で一緒になって、時々話すようになって……。

気付いたら付き合っていた。

多分告白はされた。

だから受け入れたのは俺。

理由は多分単純で、一緒にいたその時間が楽しかったから。


『一日中オフっていうのは、シーズンが終わってからしか……』


地元の学校に進学するか、地元で就職するか。

未来はその二択だったはずなのに。

『りょー』と返ってきたメッセージを眺めながら昔を思い返してみたけど、忘れてしまったことが案外多かった。






『いまどこ?』


初登板の好投で次も先発の機会をもらった俺だけど、先発する日以外は寮にいるかと言われると、そんなことはない。

登板予定はないけどベンチ入りメンバーに名前があった俺は、初めて訪れる県のホテルにいた。

そこの名前を送る。

すぐに既読になって、電話がかかってきた。


「……もしもし」


「二軍じゃないから遊べないじゃん!! 早く炎上してよ落ちてきてよ!」


「……切るよ」


正月明けに戻ってきてから、夕実とは一回しか会っていない。

去年はなんだかんだで月一は会ってた気がするけど。

今年は本当に会わない。

生まれて初めてじゃないかな。


「あぁ待って待って。冗談だよ冷たいなぁ。もしかして浮気でもしてるの?」


「……してないよ全然関係ないよ」


「間があった!! え、大丈夫? 私どっちについてあげたらいい?」


「してないってば」


「あわかった。わかったっていうかほんとだったんだって話になるけど。ななみんでしょななみん。野沢アナ」


「ないよ絶対」


「うっそーん。書いてたよネットに。登場人物紹介だとゴミが必要なものに思えるくらいの紹介されてたけど」


どんな紹介だよ何に紹介されてるんだよ。

っていうか、夕実は少しネットから離れた方がいいと思う。

毎日毎日URLを送ってくるのをやめてほしい。

大抵の場合が俺に関係してることだし。

反応に困って適当なスタンプを二、三個送る。

翌日にわけのわからないページが送られてくる。

スタンプを二、三個送る。基本的にはその繰り返しだ。


「で、なんなの?」


「言った通りだよ。新しいフラペチーノがさ、大人の味って書いてたから、飲むついでにきみを誘惑しようかなと」


「あ、いいね。俺も飲んで、ゆみを誘惑してみようかな」


「……気持ち悪いとかじゃなくてえげつない。そういうのを覚えちゃったんだ。もう会うのやめようか」


「何がなんで!? 同じこと返しただけでそんなこと言われるの!?」


「あ、私に会いたいんだ」


「……かもね」


会いたくないと言えば嘘になる。

だからそのままを返すと、夕実は間の抜けた声を上げて、えへえへと気持ち悪く笑い始めた。

本当に気持ち悪かった。


「じゃ会ってあげるよ。しゃーなしね。フラペチーノは奢ってね」


「あぁはいはいもうなんでもいいよ」


「次はいつどこで登板するの? 行ってあげるよ」


「ハニートラップ! 漏らしたら俺永久追放だから!」


結局夕実とは俺から連絡するということで話がまとまった。

どっちにしろ登板日漏らしてる気がするけど、直接言わなかったら大丈夫だと思っておく。

夕実との会話を閉じて、よっちゃんとのメッセージを開く。

『りょー』と返してきたのが二週間前。

一軍で初先発初勝利を挙げた試合の翌日。

俺の返し方が悪かったのかな。

でも、夕実にもちゃんとした日を返してないから、これが精一杯な気もするし。


『こっちに来れたりしないの?』


二十二時半だから寝てるってことはないと思うけど、なかなか返事は返ってこない。

既読にもならない。そして気付いたら朝になっていた。


『無理そう』

 

深夜三時に返事があった。

二十歳前の人間が日をまたぐ前に寝てる方がおかしいのはわかるけど。


「ゆみは会えるのに……」

 

思わずそう呟いて、朝食を取りに行く。

返事は返さなかった。






「やぁやぁ。頑張っとるねぇ」


「誰だよ……」


連絡もなく四十分も遅れてきた夕実は、スカートだかショートパンツだかわからない服の、あるんだかないんだかわからない大きさのポケットに両手を突っ込んでやってきた。


「いやごめんね。生足だったから、タイツ履きに戻ってたんだ」


「……待って、全然意味わかんない」


「いや、だって、きみと会うんだから」


「いつも見てたじゃない」


「……そだね」


ニコニコしていた夕実だけど、急に怒ったような表情になって向かいの席に座る。

手には新商品のフラペチーノがあった。


「で、今日は何するの?」


「え? したいことあるから誘ってきたんじゃないの?」


「え、私? 誘ったのはきみでしょ?」


「いやいや! 俺を誘惑するとか言ってたじゃん!」


「私はこれを飲みたかっただけだよ。……なんか苦い」


「えぇ……。何もないんだけど……」


この約束がなかったら、部屋で一日中寝ていようかと思ってたくらいなのに。

どうしよう。


「ま、ないならないでいいじゃん。私の家でも来る?」


「やだよ……。村山に殺される」


「ん? 私別れてるよ? 言ってなかったっけ?」


苦いからかちびちびと飲む夕実は何かを言った気がする。

別れたって聞こえたんだけど。

……別れた!?


「別れた!?」


「そだよ。いやー遠距離って、無理無理。二か月もたなかったもん。よくやってるよね。きみもよっちゃんも」


長々と夕実は何かを喋っているが、よくわからなかった。

夕実は別れた。

遠距離恋愛の果てに。

俺とよっちゃんは続いている。

続いている、けど……スマホが震えだした。


「電話? いいよ」


なかなか治らない振動は電話だった。

相手は、……瑞季さん。

夕実はこう言ってるけど……。


「……もしもし」


取ってしまった。

席を外すこともなく。

取ってからしまったとは思ったけど。

取っていいって言われたから、反射的に取ってしまった。


「あれ、もしかして、取り込み中でしたか?」


「いや、まぁ、その」


「おっとぉ!? 修羅場かな!? 私がいる前で女からの電話を取ったよ!」


「声が大きすぎる!!」


取っていいって言ったのは夕実じゃないか!

その声量瑞季さんに聞こえるんだけど!?


「あ、デート中ですか? お邪魔しちゃいましたね」


「違います! 大丈夫です!」


目の前で泣くふりをしている夕実は放っておく。

相手をするだけ時間の無駄だし面倒くさい。


「そうですか? 今日は豚肉が安かったのでとんかつでもと思って電話したんです。何名様ですか?」


「へ? なん……二名ですけど」


「承りましたー! お待ちしておりますね!」


夕実に負けず劣らずの声量で言ってきた瑞季さん声に思わず耳から離す。

再びスマホを近付けた時には、通話は途切れ、ホーム画面へと戻っていた。


「何? 私もキャバクラか似た場所に行くことになってるの?」


「……お腹は空いてる?」


「へ?」


どう説明したらいいのかと考える暇もない。

察しが良すぎるのもどうなのかと思うけど、今はちょうど良かった。

説明はしなくても良さそうだったから。






「お、らっしゃいー! 二名様ご来店ですよ!」


ガラガラと扉を開けると、グレーのパーカーとワンピースが一体になった服を着た瑞季さんがエプロンを着けて待っていた。


「あの人? 浮気相手は」


「してません」


夕実も一緒に来ることをわかっていたからか、さすがにジャージじゃなかった。

むしろその丈の短いワンピースの方が色々と起こりそうなんだけど。


「揚げたてをお届けしますね!」


俺たちを端にあるテーブル席へと案内した瑞季さんは、……今から揚げるの?

フライパンに油を入れ始めた。


「全然状況がわかんないんだけど。私お金ないよ今」


「あ、それは大丈夫。いらないから」


「……同棲中?」


困惑が伝わるような発想をしている夕実だけど、説明しようとは思わなかった。


「寮でできるわけないよ」


「っていうかさ、今これ開店前だよね。女将さん若すぎるよね。私たち未成年だよね?」


「うん。そうだよ」


パチパチ揚がっていく豚肉の音を聞きながら、答えをまとめて返す。

全部同じ答えだったほかに理由はもうひとつ。

俺も困惑している。


「へいお待ちー! 揚げたてサクサクのとんかつ定食ですよ! 彼女さんには一枚多くプレゼント! あーんってしてあげてくださいね!」


揚げる音の他に、ザクザクトントンカンカン色々な音が聞こえていたけど、まさか定食が出てくるとは思わなかった。

千切りキャベツに味噌汁、ご飯にとんかつ。

困惑者二人で顔を見合わせる。


「彼女?」


「あたしを誘わないのはそういうことだったんですね! 羨ましいですよこのこの!」


「……ふーん。私のこと、何も言ってなかったんだ?」


「いや乗らなくていいよ……」


肘で肩をぐいぐい押してくる瑞季さんに無抵抗でいると、真正面から攻めが飛んできた。

瞬時に叩き落とす。

ハエたたきと同じ要領だ。


「よく来てるの?」


「……まぁ」


「そっか。いつもお世話になってます。夕実って言います。姉です」


「ふーん。お姉さんでしたか。あたしこそお世話になってます! あたしは瑞季と言いますので、よかったら時々は遊びに来てくださいね!」


「違います姉じゃないです」


「あれー? いいのかな、そんなこと言って。きみが飲めないお酒頼んじゃおうかなー?」


「しまったーー!! ……ってダメじゃんまだじゃん! ゆみ誕生日来年じゃないか!!」


「あははっ。どっちにしろ彼女ではないんですね!」


料理を運んできた瑞季さんはそのまま夕実の隣に座った。

だから会話が止まらない。

未成年対応は男でも女でも変わらないのか?

まだ開店前だけど……。


「えーっ! こっ、こここきく、野沢アナウンサーともお知り合いだったんですかー!?」


「めっちゃ撮られてたじゃないですか海辺の写真!」


「あんなに有名な人と会う時間があるものなんですねー」


……何の話してるの?

距離感どうなってるの?

っていうか野沢さん男人気なだけじゃなかったの?

もしかしたら俺も世間知らずなのかもしれない。

そもそもその番組見てないし。


「むしろ夕実さんはなんで知ってるんですか?」


「インターネットに書いてますよ! 瑞季さんは見ないんですか?」


「見てますよ! 友達のタイムラインとか、最近はニュースも人が殺されたとかばかりで、野沢さんのニュースなんか見た事ないですよ!」


「……ここのチーム専門番組とか見てません? 先週とか、これが活躍したから、結構いじられてましたよ?」


「そんな番組があるんですか? 初めて知りました!」


「……」


夕実が俺を見つめてくる。

言いたいことはなんとなくわかるよ。

俺も結構びっくりしてる。

瑞季さん、全然野球界に興味がないんだね。


「瑞季さんここ見といてください。色々なこと書いてるので、色んなことを知れますよ」


「本当ですか? ありがとうございます! 後で見てみますね!」


夕実が瑞季さんに送ったのは多分色々まとめてあるサイト。

情報が多いのは間違いないだろうけど、毒さないでよそもそもいつ連絡先交換したんだよ。


「脈なしだったね残念だけど」


とんかつを食べ終えた俺たちは小料理屋から出た。

夕実は普通に完食してたけど、それって普通なの?


「お互い様だよ」


「なら私彼女ってことにしとかないと。しなかったってことは……えぇ? このこの」


「違うよ……」


「ならなにさ」


俺は別に瑞季さんを彼女にしたいわけじゃない。

瑞季さんも俺が眼中にない。

そして何より……。


「よっちゃんがいるし」


俺の彼女は、誰が何と言ってもよっちゃん。

それは変わらない。


「……へぇー。凄いね」


「普通だよ」


「会ってる?」


「会ってはないけど。おめでとうとは言われたよ先週」


「よくやるねぇー」


多分、よっちゃんは試合を見てなかったんだと思う。

野球にそもそも詳しくなかったし。

おめでとうと言われたのは初めてだった。

結構嬉しかった。

だから今、会えない現状に不満を感じている。

……っていうか、真横にいるこの女はなんだよ。

変なサイトを送ってくるだけで、二軍戦まで見にきてるくせに、何も言ってくれない。

どうなってるんだ。


「ゆみも言ってよ」


だから言ってやった。

たまにはガツンと。

でも、夕実はきょとんとした表情を俺に向けてくるだけだった。


「何を?」


「いや、ほら。俺。初勝利だよ初登板で」


「あぁ、うん。そうだね」


「……いや。ほら、凄いとか、おめでとうとかさ。ないの?」


「ないよ。普通だもん。きみは私に何をしてくれるんだっけ? そう考えたら、できて当然のことでしょ?」


「……」


「まぁローテだから運もあるけど、それも実力のうちだからね。頑張ってくらいは言ってあげるよ」


……間違ってはないと思うけど、厳しすぎるよね。

マネージャーの時からそうだったけど。

試合後は勝っても負けても罵倒されまくったっけ。

最後の試合で支えられていた映像が合成かと思ったくらいだ。


「……頑張るよ」


「おっけー、その意気!」


右肩をバンバン叩いてくる夕実は笑っていたけど、俺は笑えない。

そもそも俺から言い出した約束だけど、破ったらどうなるか、果たしたらどうなるかも決めていない。

でも言い出した以上俺から破るわけにもいかない。

頑張るよと、返す他になかった。

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