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突然だけど、俺は今、身動きが取れない。
縛られているわけでもない。
もちろん拘束されているわけでもない。
ただ、まったく動けないだけだ。
「……!!」
声も出せない。
口どころか、声帯を震わせることもできない。
何を言いたかったかと言うと、助けてくれー!! という言葉。
「ぐふ、ぐふぐふふ……」
そして、目の前に浮かびながら、俺が出せない声を出す髑髏。
ぐふぐふといやらしい笑みを浮かべているように聞こえるが、顔は髑髏なので、ありえないほどに不気味だ。
そして何より、怖すぎる……!!
「ぐふぐ、ふうぅぅぅ!!」
ゆっくりと近づいてくる髑髏に怯え、目を瞑っていた俺の耳には相変わらずぐふぐふといやらしい笑い声が聞こえていたが、突然リズムが狂った。
と思ったら聞こえなくなった。
……恐る恐る、目を開けてみる。
「なんで?」
「……え? いや、あの、ごめんなさい?」
目の前にいたのは髑髏じゃなく、膝まで隠れるダウンコートに無造作茶髪ボブの女の子。
……出来事も容姿も、俺は確かに夢の話だと覚えていた。
「……」
「……」
なんで聞かれたのかな。
何を聞かれたのかな。
わけがわからないままに謝って、女の子に抱きしめられる俺。
声は出るようになっていた。
華奢な女の子は背中を二、三回さすると、すぐに俺から離れた。
「タチ悪いやつ。ちょっと待ってて」
ちょっと待っても何も、俺はまだ身動きが取れない。
されるがままというか。
コートの中に手を突っ込む女の子の姿を見続けることしかできない。
「……これか」
一枚の紙を取り出した女の子は、物凄く近付けて凝視して、一言呟いた。
そして紙をポケットに戻す。
これとはどれだろう。
なんでそんなに近付いて、顔を両手で挟んでくるんだろう。
なんでこんなに顔が近いのかな。
待って。俺動けない。
どんどん女の子の顔が近付いてきて、俺の顔が持ち上げられて、……持ち上げられて?
「ぐぁっ、ったぁぁぁっ!!!」
女の子の顔が見えなくなった。
次の瞬間には俺の首に激痛が走った。
え、待って俺、これ、噛まれてるの!?
痛い痛い痛い!
めっちゃ痛い!!
「っ、終わり」
「……痛い……」
「関わらないでって言ったのに関わるから」
「関わりたくなんかないよ!!」
俺の首を噛んだ女の子の口には血がついている。
ということは俺の首からは血が流れている。
そう考えたら、ついつい大きな声を出してしまった。
「ならなんで来るの」
「コンビニに行くのもダメなら、俺何もすることないよ……」
身振り手振りを使って抗議する。
近所のコンビニにも行けないなら、俺の行動範囲がって、動けるようになった!?
「え、動ける!」
「吸った。でも欠点二つ」
口元の血を袖でごしごし拭いた女の子は、俺に向けて指を二本立てる。
何を吸ったのかとか詳しい話は全然わからないが、言葉通りなんだろう。
「一つ、あなたが貧血になる。二つ、わたしがもたない」
言い終わらないうちに、女の子は前のめりにバタンと倒れてしまった。
一瞬何が起きたかわからなかった。
すぐ我に返って慌てて駆け寄ると、目は見開かれていて、意識もある。
ただ、体には力が入らないようだった。
「どうしよう……救急車呼ぶ?」
「要らない。要るのはご飯」
「……はい?」
「エネルギーが持って、ら……ぶん」
そこまで喋ると、がくりと崩れ落ちた。
起き上がる気配どころか、意識もなくなってしまった。
今、何が要るって言った?
ご飯って聞こえたんだけど。
アニメか!
そんなわけないじゃん!
……でも、放っておくのは、ちょっと。
だからと言って持って帰るのは、俺が捕まる。
間違いなく捕まる。
仕方なく女の子を背負った俺は、近くの公園へと運んだ。
「ほら、買ってきたよ」
ベンチに寝かすのも不自然だから、滑り台の中へ押し込んでおく。
子供もいないし、多分見つかることはない。
お人好しな俺はそのままコンビニへと戻り、パンとおにぎりを買ってしまった。
公園に戻ると、女の子はそのままの状態で横たわっていた。
死んでる? とか思いながら声をかけると、俺の右手から袋が消えてしまった。
「……」
右手におにぎり、左手にホットドッグを持った女の子は、口を大きく膨らませている。
飲み物を買うまで頭が回らなかったので、俺が飲む予定だったミルクティーを渡す。
キャップごと咥えた女の子は器用にキャップを開き、俺の手を使ったままごくごくと飲んでいた。
「……三割」
「足りないの!?」
ただの間食だと思って、これでも多いかなと思って買ってきたのに足りないの!?
確かにあっという間になくなったけどさ!
「お腹はいっぱい。全開までまだ三割」
「全開……?」
「今来たら死ぬから。だから逃げた方がいいよ」
会話になってるのかなってないのか、全然わからない。
なんとなくわかるのは、前と今で髑髏をボコボコにした力が、今は発揮できないこと。
それは多分、俺を助けてくれたから。
「死んだら死んだ時だよ」
「バカ?」
「かもね。よくあほなの? って言われるし」
正直なところ現実味がまるでない。
だからかもしれないけど、この女の子を見捨てて逃げる事はできなかった。
逃げるなら、せめて家まで送ってから。
……ちょっと待てよ?
「というかさ、前はキャンプ地の近くにいたけど、家はどこなの? 送っていくよ」
「今はここ」
女の子が指した場所は、自分の足元。
……逃げた方がよかったかもしれない。
「今来られたらどうするつもりなの?」
「逃げる。それくらいなら簡単」
「俺は?」
「死ぬ」
見捨てられる!!
完全に逃げた方がよかった!!
やばい。
かっこつけてられるほどの余裕がもうない。
俺は死にたくない。
「だからいいよ逃げても」
……いやでもしかしあるいは。
全部ひっくるめてアピールするわけじゃないけど、さすがに俺が強くないとは言っても。
さすがに女の子を置いて逃げるわけには……。
どうする?
「……ごめん」
「それが普通」
俺には無理だった。
多分足手まといにしかならないし、そもそも俺は関わりたくなかった。
……仕方ない。
「待って」
気まずい思いをしながら立ち上がった俺に、女の子も立ち上がって呼び止めて来た。
「お守り。なくなったらここに来て。秋葉って呼べば来るから」
元気じゃないか。
もう今さらの話だけど。元気になった女の子は、コートから取り出した数珠を俺の右腕につけてくれた。
そして女の子は振り返って歩き去っていく。
そのまま見送っていると、闇の中に紛れてしまった。
「……なんだったんだ?」
アキハって、名前?
いきなりすぎてびっくりした。
っていうか、逃げようとしてたのは俺だったのに。
気付けば俺ひとりが暗闇の中取り残されていた。
全部ひっくるめて、なんだったんだ? と。
「……やばい! 門限だ!!」
なんとなくスマホを見ると、指された時間は十一時三十分。
軽く門限を超えてしまっていた。
走る体勢に入ったものの、もうどうしようもない現実に引き戻される。
破ってしまったものは仕方ない。
そう考えたら、焦る必要がない気がしてきた。
そうだよ。
朝に帰らなかったらいいんだよ。
なら話は早い。
飲み干されたミルクティーのおかわりを求めて、コンビニへと戻る。
罰金くらいならどうにでもなるや、と思いながら。
「で、外出禁止令?」
「……うん」
最初は首を縦に振っていたけど、電話越しに伝わらないのに気付いて言葉で返す。
夕実の高笑いが聞こえるたびに悲しい気持ちになってきた。
「朝戻ったらバレなかったんじゃない?」
「言っといてよそんなこと!」
「八つ当たり!! まぁ真面目一直線だったしねー。いいんじゃないかな、不良だよ不良。憧れてたでしょ?」
秋季キャンプが終わって二日目から、俺は外出禁止令を発令された。
言い訳をしようにも、説明の仕方がわからず、全然無理だった。
暇だからご飯行こーとメッセージをくれた夕実にも同じ応対でバレた。
どう頑張っても説明はできない。
「で、実際何やらかしたの? 浮気? 浮気でしょ」
「……しないよそんなの」
「変な間あったよ!?」
浮気ってどこから出てきたの?
ビクッと反応してしまう。
瑞季さんとはあれ以降会えてないけど、連絡はしてる。
というか向こうから来る。
本当に時々だけど来る。
「まぁいいや。それいつ解けるの?」
「二週間」
「んふふ。差し入れいったげよか」
「面倒だからやめて……」
彼女が来たとかいう話になったら、凄く面倒くさい。
だって彼女じゃないし。
今度からは会う時も変装が要るかもしれない。
「話変わるけどさ、オフはどうするつもり?」
「オフ……って言っても、俺が帰れるのって、年末だけだよ」
「私も同じだって。授業末までびっしりあるし。合わせてあげようか?」
「そうなの? なら一緒に行こうよ。新幹線は俺が出すよ」
「んー? またまた、お上手ですなっ。新幹線なんか高いって。無駄遣いはよくないよ」
「へ? なら何? 夜行バス?」
「違うよー。まあまあ、楽しく行こうよ! また連絡するねー」
一方的に話は切られた。
新幹線じゃないの? と戸惑っていると、ピロンとメッセージが届いた。
チケット取っちゃ刺す、と書かれたメッセージ。
取らないよ……。
もしかしたら飛行機のチケットがなんか手に入ったとかで、夕実が確保してくれているのかもしれない。
それしか考えられない。
もうそれでいいや。
俺が考えることは他にある。
外出禁止令が解かれるまでの、暇つぶしの方法だ。
帰省の日、夕実は、買ったんだーと言いながら、待ち合わせ場所に車で現れた。
バカ正直に何も用意してなかった俺はそれに乗るしかなかった。
七時間の道のりは、ただただ辛かった。




