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シーズン終了後の秋季キャンプは、基本的には若手中心で行われる。
二軍のシーズンが終わって、教育リーグにも出場して、その後に行われるキャンプ。
体が何個要るのか想像もつかない。
「おい、スポニュー入ってるぞ」
アップをしている中、どこからともなく上がった声に俺を含む全員がキョロキョロし始める。
「うわ、野沢さんだ!」
スタッフに囲まれながら歩いているのは、春にも会ったことがある新人アナウンサーの野沢さん。
寒いはずなのにコートも羽織らず、スーツを着こなしている。
あらゆる方向からキャーキャー叫び声が聞こえ始める。
女子か!
帯番組のスポーツコーナー担当で毎晩見る顔とはいえ、人気なんだなぁと思った。
俺はあんまり見ていない。
インターネットの方を使う機会が多い。
夕実に毒されてきているのかもしれない。
「お前ら春に会ってなかったか?」
「あー、思い出したくないっすね」
「今日も嫌な予感がしますわ。なぁほんまになぁ!」
三年目の高橋さんが聞いてくるけど、よく覚えてたね。
そして山田くんに威圧された俺も同意見だ。
嫌な予感しかしない。
「ほらお前ら! 練習中だ! よそ見してたら休憩抜きで特打と投げ込みさせるぞー!」
コーチの脅しで嬌声は収まったが、いつも以上にみんな声が出ている気がする。
俺はそれどころじゃない。
まったく集中できない。
アップからランチまで、監督コーチに挨拶しながらずっと見られ続け、午後のランニングをするために出て行ったグラウンドにも野沢さんは立っていた。
……野手は取材しなくていいの?
「あれスポニューか? あの人多分違う番組だぞ」
ディレクターを指した、一軍でも活躍する津久田さんが感じた違和感は、半分以上のメンバーがわからない。
俺もわからない。
わからないし、考える余裕がなくなる時間だった。
何百メートルを四十秒以内で走るのを、十二本。
俺の一番嫌いな時間だ。
「おい。ちょっと、いいか」
「ぁぃ……?」
一週間経っても全然慣れない体力強化メニューが終わって、仰向けに倒れる俺。
声もうまく出てこない中で、球団スタッフが話しかけてきた。
「知ってるか? うちの情報番組」
「ぃや、聞いた、ことだけは……」
「そこの特集でな、お前にインタビューするんだと。受けるだろ?」
「……野沢さん?」
「そうだよ。初回はお前か山岸かだったらしいが、野沢さんたっての希望だとさ。羨ましいなこいつ」
嫌な予感は的中してしまった。
このおじさんが言うみたいに羨ましいのかもしれないけど、俺は別に嬉しくない。
ちなみに山岸さんとは、三年目で高橋さんと同期のローテーション投手。
今シーズンは七勝をあげてブレイクしていた。
なんでそんな期待の若手を差し置いて俺?
何の実績も残していないのに。
もう一つちなみにいうと、高橋さんは中継ぎで二十試合に登板していた。
どう考えてもこの二人が先だろう。
「いつですか」
「すぐだ。私服じゃなくて汚れたユニの方が映えるんだと」
「……はい」
無理矢理体を起こすと、じっと練習を見ていたテレビマンたちはいなくなっている。
本当にすぐ撮るのか。
心の準備はさせてもらえそうにない……。
「倉田選手入りまーす」
「……よろしくお願いします」
インタビューはベンチ裏のミーティングルームで行われるらしい。
本当に汗も流さないまま、ドロドロのユニフォームでスタッフに連れられて行く。
入った先には三つのカメラと二つのイスがあり、野沢さんはすでにスタンバイしていた。
「よろしくお願いしまーす」
俺のボソボソ声に元気よく立ち上がった野沢さんは、スタッフに押されて近付く俺に握手を求めにくる。
「え、待って。ドロドロで」
「ふふ。いいのいいの。いいじゃないの、元気よくて」
スタッフに助けを求めようとしたが、強引に手を取られてしまった。
ぶんぶんぶんと激しく三回振った後、どうぞお座りくださいと促された。
「えっと、あの、お久しぶりです」
「あっ。覚えててくれたんだ。久しぶりだよねー。握手じゃなくてハグしよっか?」
「しません……」
カメラはいつから回るのかな。
回ったらさすがにこんな言葉は言えないだろうから、早く回ってほしい。
「早速だけど、ひとつめの質問ね」
「……え? 本番五秒前とか、そういうのは?」
「ん? ないわよ。だって君が入る前から回ってるもの」
「……はい」
半分以上ドッキリじゃないか!
声を荒げようにもできなかった。
使えない部分が出て撮り直しになったら、単純に面倒くさい。
「じゃじゃん! 倉田選手は、ズバリ! 自分のキャラを利用している!」
「……」
「フィッチ?」
「……何が?」
そして使える部分は、もっと面倒くさいものだった。
意味がわからない。
何なの俺のキャラって。俺?
……冴えない新人選手。
それは小学校の時からだったけど。
野沢さんは顔を作って変えてくれないし声も出してくれない。
……使えなくなっても知らないよ?
「あの、高三の夏はやっぱり、地味な部分を利用しましたけど」
甲子園優勝候補の星ノ宮を倒すには真っ向勝負は厳しい。
監督や夕実が策を練って対抗したけど、力でねじ伏せられてしまった。
「地味? 野球部のエースが?」
「え? はい。地味だったと思いますよ。体育祭の打ち上げに行かなくても、誰も気付いてくれなかったし」
「……そんなあなたに、番組公式サイトとSNSでとったアンケートの結果をね。可哀想になってきたから見せちゃおっか」
「いやちょっと、なんで頭撫でてるの?」
大の社会人が公共の場で慰められる。
やめてほしいのは当然として、使えるの? 大丈夫なの?
「はいこちらのアンケート。謎に包まれた倉田選手のプライベートを探ろう企画なんだけどね」
「謎って何さ……」
謎の倉田くんと書かれたフリップを取り出した野沢さん。
内容は倉田について、つまり俺について知りたいこと。
昔の倉田くん、倉田くんの性格、倉田くんの交友関係、倉田くんの私生活、倉田くんの今後の課題など。
……最初の質問はどれ?
っていうかなんでこんなこと答えないといけないの!?
「簡単にいうとよ、君はファンからしたら謎に包まれてるのよね。無名校出身で。高校時代の実績は三年夏の予選準決勝くらいで。同級生に聞いても印象に残ってなくて。プロになってもキャンプから実戦初登板まで行方不明で。投げ始めたら防御率一点未満で」
「……確かに」
「わかってるのは、彼女がいることだけ。そんな倉田くん特集をしたら、数字も上がるでしょ?」
こういう番組って視聴率求めてるの?
そもそも上がるの?
客観的に見れないから疑問に思う。
「さっきの質問は多分性格に値する質問ね。君かわいらしいから。惜しいわぁー」
野沢さんはまた俺の頭に手を伸ばしてきて、撫で撫でしてくる。
振り払うわけにもいかない。
テレビじゃなかったら振り払う。
もどかしい。
そしてやっぱり言ってる意味がわからない。
「ともかく、今の質問は的確すぎたわね。最初の三つ全部埋まっちゃった。昔は地味な子。性格は天然。交友関係は狭い」
「言い方!」
「仲良い選手はいるの? ダメよ、彼女とばっかり遊んでちゃ」
「だから言い方! いますよ! 同期の高卒組とか、横本さんとか」
「横本選手はともかくとして、同期の子って。いつもいじめられてるじゃない。あたし見てるのよ」
あんたのせいだよ? とはさすがに言えない。
一緒にゲームとか、一緒に出かけたりしますよ。
くらいしか返せなかった。
なんだかんだで行動する機会は多いし、仲は良い方だと思うんだけど。
「まぁいいわ。次は私生活ね。休みの日は何してるの?」
「休み……。基本は寝てて、あとはゲームしてます」
「……あたしでよかったら遊んであげよっか? はい、これ」
答えを聞いている最中から、野沢さんはペンを取り出して、さらさらと何かを書いていた。
俺は普通に答えただけなのに。
そして渡された紙には、メッセージアプリのIDが書かれていた。
「すんません。ちょっといいですか、七海さん」
反応できずに固まった俺。
そんな中、後ろの方で腕を組んで見ていた偉そうなおじさんが、野沢さんの前に出てきた。
「撮って出しって覚えてます?」
「ええ。……十分も経ってないけど」
「尺が十分なの! 二分で終わりますよこのV!」
七海さん? 七海さんで返事するってことは、野沢さんのことか。
インタビューが始まってから七分くらい。
二分で終わるってことは、きっと使えない部分が多い。
俺の感性は正しかったようだ。
そりゃ、人気アナウンサーが無名選手に馴れ馴れしく接してる映像なんか使えないだろう。
「なんで?」
「距離近すぎですよ! え? 部活の先輩後輩だったりするんですか!?」
「会うのは二回目よね」
「帯の時は普通にやってたじゃないですか!」
「だって勘違いされたら困るし。実際あれよ? あの後でもIDくれとか、結構迫られたのよ」
「一旦止めまーす」
違うところから違う声が上がった。
お偉いさんと野沢さんが言い争う中、ようやくカメラが止まったらしい。
……いや遅くない?
裏話俺の前でやって大丈夫なの?
と思っていたら、もう一人のおじさんが俺の体を諭して、その場から離れさせた。
大丈夫じゃなかったらしい。
「聞いた? 聞いてないよね? 聞いてないね。冗談だからねあれ」
聞いてないのに冗談ってどういうこと?
焦ってるんだろうから何も言わないけど。
適当に頷いて時間を待つ。
撮って出しとか言ってたけど、間に合うのかな。
いつ出すのかわからないけど。
「はい、再開しまーす。ちょっとやり方変えますねー」
野沢さんとお偉いさんが出て行って、俺だけが残された部屋で声をかけられる。席に座らされる。
……え? 俺だけで?
「俺だけですか?」
「はいそうでーす。わたしがフリップ出して指し示すんで、それについて適当に答えてくださーい」
カメラさんがカメラを俺に向けて固定して、野沢さんが座っていた場所に座る。
……あまり深くは追求しないようにしよう……。
『目標……。あ、そうですね。えー、教育リーグでも、六イニング目に失点することが多かったので、一試合を一人で投げ切るスタミナを身に付けたいな、とか、まぁあの、思います」
『……そうですかー。一日でも早く一軍のマウンドで投げられるように、頑張ってくださいねー』
撮って出しとは言ったもので、インタビューを受けたその日の夜にテレビで公開されていた。
目線をきょろきょろしている俺と、貼り付けたような笑顔と間延びした声でインタビューを締めくくる野沢さん。
最後に握手を交わす映像は、部屋に入って直後のものだ。
VTRはそこで終わり、スタジオへと返される。
まさかの緊急生放送スペシャルらしい。
『いやー倉田選手やっぱり若いですねー』
『私としては質問の内容がね。もっと踏み込んで聞いてほしかったなー』
『七海ちゃんどうだった? 直接会ってみて』
『んー? いやー、あははは。頑張ってほしいなーと思いましたね!』
話を振られた野沢さんは挙動不審な動きを交えながら、さらっとした答えを返す。
昼間とは違ってユニフォームに包まれた野沢さんは、この番組に今日から出演してるらしい。
そしてそのまま番組は終わった。
「……」
『ななみん最初と最後で表情違ってたな』
『視線が気になってたんだろ』
『めちゃくちゃさまよってたな。どこに向けていいかわからなかったんだろうな。羨ましい』
『露出高めならともかくパンツスーツで視姦されたらもう二度と会えない』
『倉田絶対許さん◯す』
ため息をつきながらブラウザを落とす。
そしてメッセージアプリを立ち上げる。
ポケットに入れられていた紙を、律儀に登録してしまった俺。
お人好しめ!
ななみと書かれたアカウント。
……これ、俺が知ってていいアカウントなの? ……。
『お疲れ様でした』
送ってみた。
生放送が終わってすぐで、多分返事はもっと、既読になった。
『ありがと♡ 君なら大丈夫と思うけど、これプライベートだから、公言しちゃダメよ! 今度デートでもしよっか♡』
知っちゃダメなやつだった!!
……とりあえず、笑ってる顔文字を返して、スマホを投げ捨てる。
ピロンと音がなったけど、俺は知らない。
もう何も知らない。




