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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第5章 ワールドエンド・レベレーション編
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アイドルとスポンサーと

2209年8月27日 東京市港区 ホテル・メゾングランテ台場


 地上29階から見下ろす東京湾の夜景は、この国の復興を示し、窓際に置かれた丸テーブルの上には、高級ワインが置かれていた。

 宿屋はソファに座り、夜景を見下ろしている。テーブルの上には2本のワイングラスが置かれていた。部屋の玄関側からはシャワーの流れる音が聞こえてくる。大理石に覆われた風呂・洗面台のスペースでは、山奈が頭からシャワーの流水を浴びていた。


(やっと・・・この状況まで漕ぎ着けた・・・!)


 「幽霊族」・・・それが山奈メルの血縁となる亜人種の名前だ。他者を何らかの形で物理的に“傷つける”ことを条件として自身の魂を分割し、他の生物に憑依させて操ることができる。さらにその効果は一定期間持続する。

 しかし、“ほとんど人間”である山奈が持つ魔力では、昆虫や小動物に憑依するのがせいぜいであった。他の“人間”に憑依する様な芸当は、純血でもなければできない。


 しかし、彼女はそのハンディを払拭するアイテムを手に入れていた。無骨なペンダントは「保有する魔力を無限に増幅させる」機能を持った魔法道具だった。これがあれば、人間への憑依効果をほぼ永久的に持続することが出来る。


(最初に背中を引っ掻きでもすれば良い・・・。これで・・・『ライブ・エイド』は獲った!)


 山奈は最初から体を差し出す気などなかった。彼女はスモークガラスに覆われたシャワースペースを後にすると、バスローブで体を覆いながら、洗面台の前に立ち、壁際に置いていたハンドバッグの中に手を伸ばす。


「・・・え?」


 だがその瞬間、余裕に満ちていた表情が一変する。


(ペンダントが・・・無い!?)


 彼女はハンドバッグをひっくり返し、その中身を床に撒き散らした。カラカラと音を立てて化粧道具や携帯電話が散乱する。そして床にへたり込みながら、目当てのものを探す。次いで服のポケットを全てひっくり返すが、やはり目当ての「エルメランドのペンダント」はなかった。


『どうかしましたか?』


 ドアの向こうから宿屋の声が聞こえてくる。ハンドバッグをひっくり返した時の音が聞こえていたのだ。


「・・・ヤバイ」


 山奈はバスローブを脱ぎ捨て、着て来た衣服に着替え直す。そして息を整え、過去最大の動揺を偶像の笑顔で取り繕い、水場とベッドルームを隔てる扉を開いた。


「あ、あの! 今日はありがとうございました! そろそろ私、帰りますね!」

「・・・え?」

「ですので! 失礼します! ワイン、ご馳走様でした!」

「え、ちょっと・・・」


 宿屋は突然の枕営業拒否に困惑する。彼の返事も聞こえないうちに、山奈は部屋の出口へと向かっていく。しかし彼女がドアノブを掴む直前、宿屋の手が彼女の右腕を掴み、強引に部屋へ引き戻す。そして彼女を壁際に追い詰めると、耳元に口を寄せて囁いた。


「ここまで来て、そんな言葉は通じないよ?」

「!!」


 山奈は背筋に悪寒が走り、鳥肌が立つ。宿屋は動揺する彼女に揺さぶりをかける。


「・・・『ライブ・エイド』、やっぱりザドキエルに出て貰おうかな? 日本国内ならともかく、世界的知名度なら君たち(フォルテシモ)とは地と天ほどの差があるの、わかるよね?」

「・・・っ!」


 宿屋は残酷な事実を突きつける。山奈は言葉を失ってしまった。そして追い討ちをかけるように、宿屋は彼女の口元を乱暴に掴んだ。


「・・・なら、ここでとるべき行動はわかるよね? もう子供じゃないんだから」

「・・・!」


 嫌悪感が逃走せよと全力で告げる。山奈は宿屋の隙をついて彼の左脇をサッとすり抜けた。宿屋が反射的に彼女の服を掴んだ拍子に、ビリッと音を立ててパーティードレスが破れる。その瞬間、上半身が露わとなってしまったが、山奈はそんなことに気を配る余裕もなく、洗面台のスペースへ飛び込むと、扉を閉じて鍵をかけた。


(どうしよう、どうしよう、・・・どうしよう!?)


 上半身をバスローブで包み隠しながら、扉から最も遠い壁際に背をつけていた。震えのあまり足腰が立たず、冷たい床の上に座り込んでいる。

 血の気が引いた人差し指で携帯の連絡先をスクロールする。警察に電話したら全てが明るみになる。マネージャーも事務所社長への立場がある以上、ライブ・エイドを不意にする覚悟で助けに来てはくれない。同じグループのメンバーはそもそも何も頼れない。


(完全に自業自得だ・・・アハハ)


 ここで宿屋の求めに応じれば、おそらくはライブ・エイドの出演枠はほぼ確定するだろう。そのために志願して懇親会に参加し、自ら彼の懐に潜り込んだのだ。

 いっそ、本当に全て差し出してしまおうか。そんなこと考えていた時、着信を知らせるウィンドウがポップアップする。


ピコン!


「・・・?」


 生気を失った目で携帯の画面を見る。


『こんばんは、工藤ヨウジです。今日はお疲れ様でした。実は1件報告で・・・』

「!!」


 メッセージの差出人の名前を見た瞬間、山奈は反射的にその人物へ電話をかけていた。




港区 低層アパート


 ヨウジは東郷と沢と共に暮らす賃貸住居に到着していた。時刻はすでに午前1時を回っており、2人は先に寝ているだろう。


「ヨウジさん、今日はお疲れ様でした!」

「ええ、こちらこそ・・・遅くに送ってもらってありがとうございます」


 街頭がヨウジの笑顔を照らしている。そしてヨウジは手を振りながらアパートのエントランスへ向かおうとした。その時、彼の携帯がけたたましく鳴り出す。


(・・・?)

(こんな時間に?)


 ヨウジ、そして璃は警戒心を抱く。ポケットから取り出したそれのディスプレイには、発信者の名前が表示されていた。


「・・・山奈さん?」

「え?」


 ヨウジは着信ボタンを押して携帯を耳に付けた。


「もしもし? ああ、よかった。メッセージを送ったんですが、おそらく山奈さんのものと思われるハンカチとペンダントを拾って・・・」


 折り返しが来たのはちょうど良いと、ヨウジは落とし物を渡す約束を取り付けるために話し始める。だが彼はすぐに電話口の向こう側の異常に気づいた。


「・・・山奈さん? 何か遠くからドンドンって音が聞こえる気がするんですが大丈夫ですか?」


 彼は尋常では無い物音について問いかける。数秒後、山奈の震えた声が聞こえてきた。


『・・・けて』

「・・・はい?」

『助けて!! ・・・ガガッ! ・・・ブツッ!』


 通話が切れた。


「・・・どうしました?」

「いえ・・・助けてと」

「は?」


 ヨウジの携帯からはツー、ツーと音がする。数十秒後後、“ある場所のマップ”と“番号”がメッセージで送信されてきた。彼は無言のまま、その内容を璃に見せた。


「『メゾン・グランテ台場』『2204』・・・」


 璃はそれが有名高級ホテルの名前であること、番号が「部屋番号」であることを瞬時に理解する。


「あの、これって警察に連絡した方が良いヤツでしょうか?」

「・・・いや」


 動揺するヨウジとは対照的に、璃は冷静に状況を推察していた。おそらく警察沙汰にするのは向こうが望むことではない。


「確信はないですが・・・おそらく、誰かに助けて貰いたい状況は確かだと思います。ですが、それは警察を直接呼べないほどの後ろ暗い状況ということでしょう。そんな状況下にある女を助けに行けば、ザドキエルも被害を被る可能性も高い・・・」

「・・・??」


 ヨウジは璃の言うことがよくわからない。しかし、山奈が助けて欲しいのは本当だが、自分たちが助けに行けば自分たちが迷惑を被る可能性があること、後ろめたいことをしようとしていたことは理解した。


「・・・だけど、山奈さんが本当に助けが必要なら、俺は・・・彼女を助けに行きたい」

「・・・」


 璃は女性に似つかわしく無い動作で、無造作に頭をガシガシと掻いた。そして小さなため息をつき、純真無垢な少年の目を見つめた。




東京市港区 ホテル・メゾングランテ台場


 山奈は宿屋が放った一際大きなノック音に驚き、携帯電話を床に落としてしまう。その拍子に通話も切れてしまった。彼女は震える手で携帯を拾い上げると、現在地の情報をメッセージで送信した。


(くそ・・・、部下を帰らせたのは迂闊だった・・・)


 それから40分後、彼女は籠城を続けている。ドアの向こうの宿屋も、気が動転した彼女が警察に連絡しないかと気が気でなかった。


「おい! いつまでそうしているつもりだ!」


 宿屋はもはや下半身の興奮も醒め、籠城するアイドル女をどうやって引き出すかに思考を集中させていた。ホテルの備品であるドアを壊すわけにもいかず、ドンドンと叩きながら恫喝することしかできない。

 対する山奈も、壁際で身を縮こませるばかりだ。亜人種の血を引く女も、ペンダントの力がなければただの人間と変わりなかった。


 その時、ピロンとメッセージの着信を伝える音がする。携帯のディスプレイにはヨウジの「着きました、部屋の前にいます」という一文が表示されていた。


「!!」


 その瞬間、山奈は扉に向かって駆け出し、そして鍵を開けた。水場のドアは内開きであったため、半ば寄りかかるようにしてドアを叩いていた宿屋は、バランスを崩して前へ倒れてしまう。


「うおっ!?」


 山奈は倒れてきた彼の体を躱し、一目散に玄関扉へと手を伸ばす。ノブを回した先には、心に思い描いていたあの少年の姿があった。


「!!」

「うわったぁっ!」


 ドゴンッ、と効果音でも聞こえそうな勢いで、ヨウジのどてっ腹へ飛び込んだ。遅れて、宿屋が慌てた様子で部屋の中から追いかけて来たが、唐突に現れた部外者を前にして一度立ち止まる。


「・・・な、何だね? 君たちは?」


 不自然な口調で目の前に現れた少年を問い詰める。動揺のあまり、少年が世界的シンガーソングライターの片割れであることに気づかない。


「・・・」


 ヨウジはヨウジで、震える山奈を強く抱きしめ、彼女を傷つけたのであろう男を敵視する。彼は目の前の男がライブ・エイドの最重要人物であることに気づいていた。だが、ヨウジは鋭い視線を向け続ける。


「突然申し訳ありません、我々はRuna-PROの者です。『ザドキエル』の事務所と言えば分かって頂けますか?」

「・・・何!?」


 璃はマネージャーとして2人の間に入る。宿屋は彼女の言葉を聞いて、自身を睨みつける少年がザドキエルの片割れであることに気づいた。

 璃の心臓はこれまでに無いほどの鼓動を刻んでいた。しかし、それを悟られることは相手に弱みを見せることを意味する。彼女は平常を装ったポーカーフェイスで、今の芸能界において最大の影響力を持つ者の前に立った。


「私たちは山奈さんに呼ばれてココへ来ただけです。貴方と山奈さんとの間に何があったのか追求する気はありませんし、興味もありません。そしてこの状況を口外する気もありません。だから・・・ここは何も無かったことにして、心穏やかな夜としませんか? もう2時を回る時間ですし・・・」

「・・・っ!!」


 裂かれた服で泣きながら飛び出してきたアイドル、その体を受け止める少年、そしてアイドルと同じ部屋から出て来た権力者・・・部外者へ露呈すればお互いにタダではすまない状況であることは一目瞭然だ。

 ゆえに璃は全て何も無かったことにしようと提案した。山奈と宿屋の間に起こったことも、そしてヨウジと璃がホテルのセキュリティをすり抜けて此処へ来たことも、全て忘れようと持ちかける。


「・・・その言葉、信じる証拠は?」

「申し上げた通り、我々は貴方と山奈さんとのトラブルについて関知するつもりはありませんし、関わり合いになりたくありません。なので・・・」


 璃はヨウジに抱きついたままのアイドルを見下ろす。山奈は自分に話を振られたことに気づき、ゆっくりと顔を見上げた。璃はしゃがんで山奈の耳元に口を寄せる。


(最後までしたの?)

(・・・い、いいえ)

(そう・・・なら)


 璃は再び立ち上がる。


「山奈さん、私たち・・・ここにいる全員、今夜のことは全て忘れましょ・・・って話をしてるんです。聞いてましたよね?」


 璃の凄みはさながら女マフィアの様だった。目の前の女に週刊誌や警察に洗いざらいぶちまけられたら、ヨウジのスキャンダル、引いてはザドキエルのイメージダウンに繋がりかねないため、彼女も必死だ。


「どうですか?」

「・・・っ!」


 山奈はこくこくと激しく頷いた。ここから離れられるなら何でもいい、そんな思考が彼女の頭の中で渦巻いていた。




Runa-PRO 社用車


 Runa-PROの社用車が深夜2時の東京港区を走る。運転席には璃が、後部座席には山奈と、彼女を気遣うヨウジが座っていた。


「ああ〜、最悪だ・・・、ライブ・エイド終了のお知らせ・・・」


 璃は天井を仰ぎながら、頭を抱えている。今回の一件が「ライブ・エイド」における最高権力者にどの様な心象を残したのか、その一点が気がかりでならない。

 普通に考えれば十中八九、警戒され、嫌われたに決まっている。頭の中には“クビ”の2文字が踊っていた。


 後部座席では、当事者である山奈がシクシクと泣いている。ヨウジは何とか慰めようとオロオロしている様だった。


「あの・・・純情ぶって泣いてるところ申し訳ないんですけど」


 バックミラー越しに見えるその光景は、璃を苛立たせる。彼女は強めの声色で、他事務所のアイドルに話しかける。


「貴方、もう18歳ですよね? 芸能界から今最も注目を集める『ライブ・エイド』の主催者と連絡先を交換してホテルに呼ばれた。本ッ当に全く、こういう状況になるだろうと予想出来なかったんですか?」

「璃さん!」


 ヨウジは璃を宥めようとする。しかし彼女の詰問はますますヒートアップしていく。


「そんな筈ないでしょう。大方、途中で怖気付いたというところじゃないですか? 警察も事務所も頼れないならば、いっそライバルであるザドキエル・・・ヨウジくんを巻き込んでやろうと、そう思いついたわけですか?」

「・・・璃さん、言い過ぎです。落ち着いて」


 後からどんどん、怒りと憤りが湧き上がってくる。特に腹立たしかったのは、芸能界に入って日が浅いヨウジの良心に付け込んだことだった。

 一方のヨウジは次から次へと捲し立てる璃を諌める。だが、納得のいかない璃の追求は止まらない。


「今回の状況で本気で“何もない”と思っていたのであれば、あまりにも無知かつ無警戒ですし、何より事務所の教育問題です! それに・・・おかげで十中八九、我々仲良く『ライブ・エイド』落選ですよ!? 貴方も、レイナさんにそう言えるんですか!?」

「・・・!」


 ヨウジは言葉に詰まってしまう。もちろん、レイナの夢を邪魔したいわけではない。でも、助けを求めて来た女の子を放っておくこともできなかった。


「レイナと春川さんには・・・俺から謝ります」


 ヨウジの眉間には深い皺が刻まれている。自分でやらかしたことは自分で拭う、それが彼に唯一できるケジメだった。


(この子は・・・何て純粋なんだろう)


 山奈は泣き腫らした瞳を横に向ける。そこにはこの世界の汚さを知らない、純真無垢な少年の姿があった。

 崩壊した世界で前を向き続けている、ギターと自由を愛する少年。

 助けを求められたら損得勘定抜きで迷わず助けに行く様な優しい少年。


(やっぱり・・・眩しいなぁ)


 舞台上でファンに向かって輝きを放ち、目を眩ませるアイドル。それを生業とする山奈は、隣に座る少年の純白の輝きに目が眩んでいた。

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