24時間テレビ開幕!
2209年8月26日 午後7時 日本皇国 東京市港区 日本テレビ本社ビル
ついに数十年ぶりの「24時間テレビ」が幕をあける。数多の出演者たちが日本テレビ本社ビル内のメインスタジオに集まっていた。
ADがカウントダウンを始める。彼の右手が「1」を指し示した直後、オープニングソングが鳴り響いた。
「こんばんは! ついに始まりました・・・4ヶ月後に迫った『ライブ・エイド』の協賛企画として実に34年振りの復活を遂げた伝説のチャリティー番組、その名は『24時間テレビ』! 司会は私、沖川貴嗣と」
「樋浦莉奈でお送りします」
元日テレ出身の人気フリーアナウンサーと知名度抜群の女性マルチタレントが、お揃いの黄色いTシャツを着ている。
他の出演者にも、色違いで同じ柄が入った24時間テレビTシャツを着用している者がいた。
この時代の撮影スタジオにおけるセットは、基本的にホログラム映像で構築される。限りなくリアルに近いが触れられない虚構が、出演者の周囲を囲んでいるのである。
番組企画は「君しかいない、地球を救え」をテーマに、戦災からの復興を主軸とし、日テレ系列の地方局とも連携して各地方都市の復興事業について取り上げる他、火星や月面にも芸能人を派遣したドキュメンタリー企画も放映が予定されている。
そして何よりの目玉は、筒川監督がメガホンを取ったスペシャルドラマ「宇宙を翔ける者」と、ザドキエルが24時間テレビのテーマソングとして新たに書き下ろした新曲だ。
港区 Runa-PRO事務所
その頃、レイナは事務所のオフィスにて、24時間テレビの開幕を見ていた。ザドキエルの登場は翌日の午後6時50分、テーマソングを生演奏で披露する予定となっている。
「にしても・・・ヨウジが先にソロで出るとはねぇ〜」
画面の向こうには、大勢の演者の中に紛れてあのヨウジの姿がある。レイナはケラケラ笑いながら、スナック菓子を摘んでいた。
オープニングが終わり、タイムテーブルは最初のコーナー「あの戦争の記憶」へと移る。総合司会の沖川は神妙な面持ちで、口上を述べていた。
『あの、人類史上未曾有の大厄災から10年の時が流れました。我々はまだ復活の途上にいます。大晦日に開かれる『ライブ・エイド』は、人類の再興を祈る史上最大の祭宴として、各国の有名アーティスト、有名企業が続々と協賛を表明しています。
復興を祈願する祭を控える今、我々には一体何ができるでしょうか。この10年の道のりを、今一度振り返ってみましょう』
画面は、10年前の記録映像へ切り替わる。それは「月の戦い」で唯一生き残った国連宇宙軍の所属艦「宇宙巡洋艦・古鷹」が残した記録映像だった。
2199年3月18日の「火星占領」から、7月24日の「宇宙漂流連合母艦の戦い」までのおよそ5ヶ月の間に、「宇宙漂流連合」と名乗る地球外知的生命の連合体によって行われた一連の攻撃・虐殺行為は、のちに「宇宙戦争」と総称される様になった。
特に金星から土星の衛星タイタンまで、地球人類の入植天体への同時多発的攻撃、また地球全土への強烈な空襲は、多くの人々の命を奪い、宇宙移民を含む79億人の人口のうち、その数日間だけで35億人が虐殺され、日本国内でも4000万人の人命が奪われた。
さらにインフラや輸送網の崩壊によって生じた飢餓、不衛生によって多くの関連死が発生、さらに極限状態に置かれた人々による略奪や強姦などの犯罪でも少なくない犠牲者が出た。
最終的な関連死を含む全体の死者はざっと44億人、実に全人類の半数にも登った。
「・・・」
レイナも、マネージャーの璃も、他の事務所スタッフも、今現在10歳以上の人々は皆が戦争経験者であり、生き残っている者たちは、その全てが誰か大切な家族や友人を失っている。
生き残った者たちも、Runa-PROの面子や、ヨウジ一行の様に五体満足で生き延びられたら幸運だ。空襲による負傷で四肢欠損や寝たきりになった者、大切な人を失った悲しみから精神を病んだ者など、再起不能になってしまった人も億単位でいると言われている。
テレビ画面には、24時間テレビパーソナリティーの1人であるお笑い芸人の岩屋丈次が、戦災孤児の支援施設を訪れる様子が映されている。人気芸人である彼の元へ、10歳前半の少年少女たちが駆け寄ってくる。
「・・・ねぇ、璃は両親はいるの?」
「え! ・・・わ、私ですか?」
レイナからいきなり話を振られ、璃は思わず声が上擦ってしまう。
「・・・えぇっと、母がいました。私が幼い時に離婚して、その時に東京へ引っ越して来たと聞いています」
「そのお母さんは・・・?」
「亡くなりました・・・戦争で。東京タワーの下敷きになって」
璃もヨウジと同じように、戦災孤児の1人だった。施設で育ち、高校卒業と同時にザドキエルのマネージャーとしてRuna-PROに就職した。
「・・・ヨウジの出番まで別のチャンネルにしよっか」
レイナはリモコンを手に取り、チャンネルを変えてしまった。テレビが映し出す映像は、彼女たちにとって拭い難い過去の記憶だった。
東京市港区 日本テレビ本社ビル
その頃、ヨウジは他の出演者たちと共に映像を見つめていた。幼心に残る戦禍の記憶が呼び起こされ、心が苦しくなってくる。
他の出演者たちも表情は厳しい。その中には、アイドルグループ「フォルテシモ」の1人である山奈メルの姿があった。
『・・・文字通り、地球は滅亡の寸前だった。しかし、運命の艦が飛び立ち、地球人類絶滅の危機を救った。映画監督の筒川は、その艦に乗った2人の勇者たちに出会う』
続けて、火星の首都水龍で行われた、イツキと東郷の独占インタビューの映像が流れる。そこには実名と顔を出したイツキの姿が映されていた。
「モザイク映像ではリアリティーが出ない。そして地球以上に復興状況が過酷な火星の現状をちゃんと取り上げてほしい」・・・その言葉を筒川へ伝え、彼女は顔を出して出演することを承諾したのである。
『この惑星は地球人類が100年分の血と汗をかけて作った星です。だから守りたかった。そう語るのは民間人義勇兵として扶桑に乗艦した柏イツキさんだ。筒川はインタビューの中で、今まで多く語られることのなかった扶桑の戦いの真実を知る』
ナレーションは、イツキが“戦いの後遺症”で下半身付随になったこと、そして今は聖職者として暮らしていることを伝える。彼女が亜人種であることは、事前の約束通り伏せられていた。
その後、映像は再建されたビルと廃墟が混在する「水龍」の街が映された。あらゆる人種が混ざり合い、人々は赤い空の下、砂埃に塗れながら暮らしている。
浮浪者・浮浪児の数も東京とは比較にならず、ほぼ無法地帯となった都市で、火星の人々は非常に厳しい暮らしを余儀なくされている。
『強大な力を持つ敵は、全ての人類を殺戮しようと苛烈な攻撃を繰り広げた。だが・・・運命は人類を救った。そしてあの時、冥王星で何が起こったのか、敵の本丸に挑んだ扶桑の戦いを、今夜、再現ドラマとしてお届けします』
ナレーターのこの言葉で、イツキへのインタビューと火星の現状を伝えるドキュメンタリーは終わりを迎える。続けて午後8時、特別ドラマ「宇宙を翔ける者」が幕を開ける。
『時に西暦2199年7月22日、地球人類は最期の時を迎えようとしていた。多種異星人の連合体である『宇宙漂流連合』が銀河の彼方から襲来したのである。国際連邦は地球への移住を強固に求める連合と友好条約を結ぶべく奔走し、連合女王の日本訪問にて、それは一気に実現へ近づいたと思われた。しかし、連合内部でクーデターが発生し、女王中心の政体が崩壊。クーデター政権は突如として太陽系全域への攻撃を開始した・・・』
物語は「月の戦い」が終わって、国連宇宙軍が壊滅したところから始まる。人類の切り札である核兵器も、敵の科学力の象徴である「電磁バリア」の前には歯が立たなかった。
滅亡を間近にした人類は、唯一敵のバリアに対抗可能な「荷電粒子ビーム」を有する28世紀の未来戦艦「扶桑」に、その命運を託した。
東京湾から旅立つ扶桑に、官・民・軍の多様な人材から集まった「義勇兵」たちが乗り込んでくる。その中には、人気男性アイドル「スターリーセブン」の新村明が演じる若い外務官僚の姿がある。庭月野がモデルであるその役は、東郷の話を聞いた筒川が後から足したものである。
『地球を飛び立った人類最後の船・扶桑は、月・・・続けて火星へと降り立ち、志願する兵士たちを集めていく』
芸人コンビ「ロックボックス」の岩屋丈次と箱沢竹治が、操縦要員の役で出演している。彼らが操縦桿を握ると、扶桑は無限に広がる大宇宙へ飛び立っていく。そして場面は火星へ移り、火星最強の魔女と共に乗り込む少女の場面を映していた。
(・・・これは、イツキさんだな)
ヨウジは火星で出会った下半身付随の女性牧師を思い出す。言うまでもなく、それはイツキだった。イツキと東郷への取材の後、筒川は大まかに決まっていた脚本を大きく書き換えた。
イツキに該当する役柄はメルが演じているが、イツキが亜人種であること、年齢を詐称して義勇兵に参加したことを伏せるため、最年少の衛生員という設定になっていた。
『火星を飛び立った扶桑は小惑星帯にたどり着く。そこで最初の試練が待ち構えていた・・・』
ドラマは最初の見せ場である「アステロイドベルト攻防戦」のチャプターへ入る。女王の船に牽引されていた扶桑は、突如敵の無人艦隊の攻撃を受け、その船と離れ離れになってしまった。
女王の船との合流を図る扶桑は、次々と迫り来る敵の無人艦をかろうじて打ち負かしながら進む。しかし、敵の巨大アンドロイドがいつの間にか扶桑と取り囲み、密着して船の外壁を解体しようとしてきた。
扶桑の司令部はやむを得ず、本来、宇宙空間での土木作業・救援活動を用途として作られた拡張型宇宙服「スペースアーマー」を出撃させる。人類史上初めて、人の形をした巨大ロボット同士の戦いが現実に行われた瞬間だった。
この辺りは東郷の話から再現されたシーンであり、監督の筒川は納得いく映像に仕上がるまで、生成AIも駆使しながら何度も作り直したのである。
その映像はさながら、莫大な予算をかけられた映画作品の様であり、臨場感のある宇宙での戦闘描写が視聴者の心を掴む。だが、同時に次々と犠牲になる者たちの描写は非常に生々しかった。
『小惑星帯での戦いを切り抜けた扶桑は、エッジワース・カイパーベルトを漂っていた濃厚な宇宙塵の中を潜り抜け、ついに冥王星に辿り着いた』
冥王星の姿は、東郷とイツキが見た姿が忠実に再現され、地表の海が描かれている。悲劇も歓喜も、新たな発見も忠実に・・・筒川の思いが反映されていた。
『・・・これより我々は、敵母艦への吶喊を行う!』
名俳優が演じる扶桑艦長が、全艦アナウンスで乗組員たちに通達する。その中には、有名な若手女優が演じる連合女王ライザの姿もあった。
扶桑はライ・アルマを盾にしながら、巨大な円盤型宇宙船へ飛び込んでいく。数多のビーム攻撃にさらされ、外壁を削られながらも、熟練の民間人宇宙操縦士による手動操縦によって、辛うじてかわしながら進んでいく。
『荷電粒子砲、撃ちぃ方はじめ!』
扶桑の主砲塔から荷電粒子ビームが放たれる。それは敵のバリアを穿ち、穴を開けた。その中へ突入した扶桑は、第2攻撃を放って母艦の外壁にさらなる穴を穿ち、母艦内部へ突入する。
その最中、イツキをモデルとした衛生員の少女は、艦内の教会で1人祈りを捧げていた。だが攻撃の衝撃で十字架の下敷きとなり、後に下半身付随となってしまう。
(この場面も当然、東郷とイツキさんの話を再現したものだ。だけど、イツキさんが持つハッピーチャーム族の力を伏せるため、特に脚色が加えられている・・・)
あの時、扶桑は1度目の吶喊に失敗して冥王星に不時着し、イツキの亜人種としての能力を使って2度目の吶喊に臨み、見事成功した。だが、その過剰なる力の使役の代償として、イツキは下半身付随となった。
その真実を知る者は、あの時扶桑に乗っていた者たちと、当事者から直接話を聞いたヨウジたちだけだ。しかし、イツキの力を公にするわけにはいかないため、筒川はこの様な脚色を加えていた。
(もどかしいなぁ・・・)
あの戦いの最大の功労者は、間違いなくイツキだ。しかし、それは忠実に描くことは許されない。ヨウジはもどかしさを感じていた。
敵の母艦に突入した扶桑から、パイロットが乗った宇宙戦闘機が出撃していく。そして敵の首都に辿り着いた攻撃隊は、瞬く間に制空権を奪った。
しかし、敵の本体であるクーデター政権の首魁は、脅威の防衛システムに守られた宮殿に立て篭もる。兵士たちはシステムによって容赦なく排除され、また敵の物量は此方の勢いを押し返しつつあった。
そんな中、危険を顧みずに連合女王が戦いの場へ降臨する。猛威を奮った防衛システムは本来の主の凱旋を察知して動きを止め、反転攻勢へ転じた地球の攻撃隊は、白兵戦に慣れないクーデター政権を瞬く間に制圧したのである。
その後、国際連邦と宇宙漂流連合は正式に講和条約を結び、宇宙漂流連合は再び新たな母なる星を探す旅へ向かっていった。かくして、地球の歴史上初の宇宙戦争は多大な犠牲を払いながらも、勝利という形で幕を閉じたのだ。
「・・・」
ナレーションの締めくくりと共に、およそ1時間30分に渡る特別ドラマが終わる。戦争の当事者である出演タレント全員が、言葉を失ってしまっていた。
映像は別スタジオへ切り替わる。スタジオの真ん中にはいつの間にかメインスタジオから移動していたヨウジがいた。
彼は相棒である漆黒のエレキギターを肩にかけ、丸い椅子に座っている。彼がレイナとは別に24時間テレビのオープニングに参加した理由、それが明らかにされようとしていた。
ヨウジはピックを掴むと、どこか寂しい印象のイントロを奏で始める。ヨウジは筒川監督から特別ドラマのイメージソングを依頼されていたのだ。
20世紀から21世紀にかけて国民的アニメとして親しまれた、今や過去の時代である22世紀の猫型アンドロイドと20世紀のダメダメな少年が繰り広げる、SF日常コメディアニメ。その第17作劇場版の主題歌だった。
ヨウジは少年にしては高いキーで歌い始める。生放送にもかかわらず、その声色は全く震えておらず、緊張を感じさせない。
かの坂本龍馬が組織した組織から名前を取った、当時の名俳優を擁するフォークグループの楽曲であるが、子供向けアニメ映画の主題歌であるため、当時の知名度も高くない曲だ。
しかしその内容は、星空の銀河を見上げながら、2度と会えない愛しい人を想う歌であり、とても子供向けアニメの楽曲とは思えないほどに深い。
「・・・」
スタジオで歌を聞くメル、画面越しに聞くレイナは、ヨウジの歌声を聞いていつの間にか涙を流していた。




