運命を見通す魔女
西暦2209年7月16日 火星連邦共和国 首都・水龍 第4区
教会に隣接する自宅へ場所を移す。そこは21世紀の日本家屋そのものであり、日本人の遺伝子にはどこか懐かしさを感じる内装であった。
「・・・で、そちらが映画監督さんですね」
「はい、筒川と申します。今日はよろしくお願いします!」
筒川監督とイツキは改めて名刺を交換する。台所では、この教会の牧師にしてイツキの実父である角一郎が緑茶を淹れており、沢がそれを手伝っていた。
「・・・で、要件はあの連合母艦への遠征についてでしたね」
「はい、民間人義勇兵である貴方の話を直接聞きたいと思いまして」
筒川監督はイツキに対面のインタビューを始める。テーブルの上にはボイスレコードを起動した携帯端末が置かれ、ヨウジはカメラを回している。
「・・・そうね、何から話しましょう?」
「まずは・・・志願した動機をお聞きしたいです」
この場面は24時間テレビで使用する可能性があり、それはイツキも了承している。2人はカメラに映っていることを意識しながら話を進める。
「私が義勇兵になったのは、父と・・・この火星を守るためでした。この惑星は地球人類が100年分の血と汗をかけて作った星です。だから守りたかった・・・」
「・・・なるほど」
10年前の西暦2199年、地球と同じく、火星も宇宙漂流連合による攻撃で大打撃を受けた。イツキは故郷と父を守るため、火星最強の魔女と呼ばれた女性と共に扶桑に乗った。
話の途中、沢は筒川とイツキに緑茶を配る。
「あ、ありがとう。星羅」
「フフ、どういたしまして」
沢はそそくさと台所へ戻っていく。
「・・・で、扶桑に乗り込んだ後は?」
「小惑星帯で一度、連合の無人艦と戦闘がありました。それを潜り抜け、私たちはついに冥王星に辿り着きました」
冥王星は氷に覆われた白色の星だった。その隣に巨大な宇宙船が停泊していた。扶桑は女王の船を盾にして、連合母艦の電磁バリアを突破しようとしたが失敗し、冥王星の海に一度墜落してしまった。
「何と・・・そして、そこからどうやって母艦に侵入を?」
「・・・そこからがイツキの大活躍だったんだよな」
いつの間にか湯呑みを手にしていた東郷が、会話に入っていく。
「そう・・・私の『亜人種』としての力、それを最大限に発揮した瞬間でした・・・。でもここはオフレコでお願いします。どうせ信じてはくれません」
「・・・分かりました」
その後、イツキはドラマや24時間テレビで取り上げないという約束で、自分が「ハッピチャーム族」であることを明かす。
有する特殊能力は「幸運・不運を操ること」、扶桑はイツキの下半身付随という対価を払って、ついに連合の母艦に突入した。
「・・・私はそこで戦線離脱したので、連合艦内での詳しい戦闘の内容は分かりません。あとは東郷さんに聞いた方が良いです」
イツキは東郷に目配せする。彼に語り部をバトンタッチしたイツキは、湯呑みに口をつけて緑茶を啜った。
「・・・ん、そうだな。俺の番か。・・・俺は宇宙戦闘機パイロットとして、母艦に突入した扶桑から出撃した。連合の母艦は広大で、中には当時の東京をも凌駕する大都市が広がっていたんだ」
東郷は10年前の記憶をたどる。
連合一般臣民の居住区画にたどり着いた東郷たちは、四方八方から飛来してくる敵の警備艇を撃ち落としながら進む。さらには強力な亜人種も攻撃に加わり、彼らは敵の本丸である女王の宮殿まで迫った。
だが、宮殿には恐るべき防御システムが備わっており、敵の間近まで迫った彼らは撤退を余儀なくされてしまう。
「・・・それで、一体どうやって宮殿を制圧したのですか?」
「・・・女王が、降臨したんですよ」
「・・・!?」
連合女王ライザが戦場に降臨した。その時、防御システムが本来の主の帰還を察知し、動きを止める。日本皇国宇宙軍の歩兵は瞬く間に踵を返して宮殿へ突入し、地球攻撃の首謀者である男を捕らえたのである。
女王の帰還を以て、戦争は終結した。彼らは連合母艦内でしばしの休息をとった後、地球へと凱旋する。未到の旅路から戻った「扶桑」は、歓喜の声で迎えられた。
その艦は今も横須賀に停泊し、日本国防の象徴として海と宇宙を見守っているのだ。
「戦争が終わった日、あの時ほど笑い、泣いた日はない。俺たちは地球を救った。そして俺たちは英雄と呼ばれるようになった・・・」
「・・・でも、ずっと英雄でいられた訳じゃないわ。遠征隊が解散した後、死地を共に潜り抜けてきた者たちは東郷さんの様に軍を離れた人も多いし、その後の復興の中の混乱で、あの戦争自体が遠い記憶になった。
だからあの時の同士たちのほとんどが過去を知られることなく、この荒廃した世界でひっそりと暮らしているの」
角一郎は目を瞑り、タバコをふかしながら2人の話を聞いていた。沢とヨウジ、そして筒川は思わず大きなため息をついた。
「・・・何か、すごい話聞いちゃったみたい」
「当事者から聞くと、また別の話みてェだ・・・フゥ」
「・・・」
沢とヨウジは心を落ち着かせるため、緑茶を口に含む。筒川は無言のままボイスレコードをオフにした。
「でも、まさか・・・角一郎さんがイツキの本当の父親だったなんて知らなかったわ」
「私が入院してた間に、星羅は地球へ引っ越しちゃったもんね」
沢とイツキは共に水龍の日本人街に暮らす、幼馴染同士である。しかし、戦争の混乱の最中で、お互いに別れの挨拶も交わせず、離れ離れになってしまった。
偶然とはいえ、こうして再会できたことはとても嬉しかった。
「・・・えぇっと、聞きたかったことはこれで良かったかしら?」
イツキは筒川の表情を伺う。その直後、筒川は突如として天井を見上げ、そして涙を堪えた赤い目で彼女の顔を見つめた。
「・・・ありがとう、イツキさん! そして東郷さん! 私、お2人から話が聞けて、本当に良かった! 必ず、素晴らしいドラマを作ります!」
彼自身、冥王星遠征へ実際に加わった者から話を聞くのは初めてだった。
イツキと東郷から聞く話は、想像から書き上げた上っ面の虚構とは違う実体験談であり、それは脚本家が作り上げたシナリオよりも、よほど過激でドラマチックに思えた。
「・・・ええ、楽しみにしています」
イツキは微笑む。その後、インタビューを終えた彼らは、他愛無い会話をして午後の時間を過ごした。
そして地球よりも小さい夕日が西の地平線に触れる頃、ヨウジ一行と筒川監督の4人は、イツキと角一郎の教会を後にする。
教会の入り口では、イツキと角一郎が客人たちを見送っていた。
「・・・星羅、久しぶりに会えて良かった」
「私もだよ・・・!」
イツキは星羅が地球で新しい仲間に出会えていたこと、沢はイツキが父と共に幸せに暮らしていたことを知って、お互いに安心していた。
「星羅たちはいつ地球に戻るの?」
「・・・私たちはあと3日間火星に滞在するから、その間にあちこち観光するつもり」
「そうなんだ! じゃあ、最後の日にまた会える?」
「もちろん・・・!」
2人は3日後の再会を約束する。そしてお互いに手を振りながら、沢は新たな仲間と共に歩き出した。
「あ・・・ちょっと待って」
「?」
その時、イツキは唐突に一行を呼び止め、車椅子の彼女はヨウジに向かって手招きをした。そして口元に手を当てて片耳を寄せるように促す。ヨウジは彼女の口元に左耳を寄せた。
(気をつけて)
(・・・え?)
(貴方がよく知っている人が、実は全く知らない人ってこともあるから・・・。それだけ)
イツキはヨウジの左耳から離れ、そして微笑みを向けた。ヨウジはその意味深な笑顔に対して、何も言うことができなかった。
〜〜〜
7月21日 宇宙航行船内
一行は翌日の17日、火星随一の観光都市である「セレーノ・アクア市」に移動し、火星のヴェネツィアと呼ばれる水上都市の観光を楽しんだ。
そして最終日の3日目、彼らは再び水龍の教会を訪れ、イツキ、角一郎と別れの挨拶を交わす。沢とイツキは抱擁し合い、いつかの再会を約束した。
その時、ヨウジも初対面時に言われた忠告めいた言葉の真意を尋ねたかったが、機会を逃してしまい、結局は聞けず仕舞いだった。
(知ってる人が、知らない人・・・)
イツキの言葉がどこか引っかかる。彼はモヤモヤとした気持ちで、船窓の外に広がる宇宙を見つめていた。




