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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第5章 ワールドエンド・レベレーション編
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火星旅行

2209年6月27日 東京市新宿区 新大久保


 冥王星特攻作戦の生存者にして数少ない民間人義勇兵の1人、日系火星移民の柏イツキから東郷へメールの返事が届いた。

 “日本の映画監督がお前の話を聞きたいそうだ”、東郷が送ったそのメールに対して返って来た答えは“来られるものならいつでも来い”であった。


「・・・で、『火星』に行く方法だけど、春川さんに話したら何か伝手があるらしくて、席を取ってくれました」


 そう発言するのはヨウジだ。宇宙戦争で国連宇宙軍が壊滅し、しばらく一般人の惑星間渡航は制限されていたが、2年前、ついに一般人の宇宙渡航が解禁された。だが数多の宇宙航行船が連合の攻撃で破壊されたため、便数・席数は戦前と比較して非常に少なくなり、費用は高騰していたのである。

 故にいきなり宇宙航行船の席を取るのは費用面も込めて至難の業だが、どういう伝手なのか、Runa-PROのCEOを務める春川は、その入手困難な火星行きのチケットを取ってしまったのだ。それもヨウジ一行3人分いっぺんに、である。

 どうやらあの後、春川は筒川監督に対して、彼の分もチケットを取ろうか打診していた。相手は最初、そこまで迷惑はかけられないと固辞していたが、通常予約では1年以上待つことになるため、最終的には春川に頼ることにした様である。


「火星って・・・今は独立したんだよね?」

「そう! 今は国連の植民地じゃなくて『火星連邦共和国』。首都は水龍って街よ。私の故郷!」


 沢は今の火星の状況について、ヨウジに説明する。この10年で宇宙開発事業を取り巻く状況は、大きく変化していた。

 宇宙漂流連合の襲来によって、日本が築き上げた宇宙勢力圏、すなわち「太陽系帝国」は崩壊した。地球の復興で手一杯の国際連邦は、火星と月をなし崩し的に独立させ、それぞの復興事業を全面的に現地政府へ委託した。


 地球からの支援を失った火星は、瞬く間に貧しくなっていく。そして火星居留民の地球引き揚げ運動が始まった。だが、火星生まれの地球人は地球の過酷な環境に適応できず、彼らは瞬く間に火星へ引き返していった。沢星羅もそうして地球に降り立った日系火星居留民の1人である。彼女の家族は全員火星に帰ってしまったが、彼女だけは地球に残った経緯があった。


「・・・懐かしいな〜! 久々に家族に会える!」


 沢は火星への里帰りを心待ちにしていた。地球に魅せられて残った身とはいえ、10年振りの帰宅なのだ。わくわくしないはずはなかった。


〜〜〜


7月1日 東京市港区 Runa-PRO事務所


 ザドキエルには24時間テレビの放映まで大きな案件はない。7月の仕事は取材やネット配信、他には24時間テレビに提供する予定の新曲のレコーディング、PVや商材写真の撮影などが連なっていた。


 事務所の電子掲示板に表示されたカレンダーを見ると、7月14日から21日までの1週間に1本の赤いマーカーが引かれている。同時に「ヨウジ不在」と書かれていた。


「いいな〜、火星に行くなんて。一緒に行きたかったな〜」


 レイナは応接用のソファーに寝転がりながら、カレンダーを見つめている。ちなみにヨウジはこの日、出社する用事がなかったためこの場にはいない。


「何言ってるの? もし2人一緒に違う星に行って、何かあったらどうするのよ?」


 春川は小さなため息をつく。絶賛売り出し中の音楽ユニットメンバーを、2人同時に遠い砂漠の惑星に送り込むことなどできるはずがなかった。


「・・・しかし社長、よく4人分のチケットなどすぐ取れましたね? 一体どうやって?」


 マネージャーの璃が1つの疑問を呈する。宇宙開拓時代の全盛期と比較して、現在は民間人を乗せられる宇宙航行船は非常に少ない。故に普通に予約しようと思えば、余裕で1年待ちになる。

 璃はそれをわずか1ヶ月待ちに抑えた春川の手腕に関心しつつも、それを可能にした伝手が気になっていた。運航会社にとってよっぽどのVIPでもなければありえないからだ。


「まぁ、これでも見た目よりも割と長く生きているからね。色々手があるのよ」

「・・・?」


 春川はクスクスと笑う。璃は首を傾げるばかりであった。


〜〜〜


7月14日 駿河湾沖 東京・宇宙港


 ついに火星へ旅立つ日がやってきた。ヨウジ、東郷、そして沢は駿河湾沖にある「東京・宇宙港」へ来ていた。民間人が立ち入れる日本国内唯一の宇宙港であり、21世紀から長きに渡って宇宙開拓事業を支える要衝だ。

 本土からは何隻もの連絡船によって繋がっており、彼らもまた、東京から出発した高速船に乗ってこの巨大建造物を訪れていた。


「・・・ここが宇宙港」


 リュックを背負うヨウジは巨大なターミナルの天井を見上げる。空中に投影された電光掲示板を見ると、出発便の搭乗ゲートと出発予定時刻が表示されている。


『スペース・エルメ・コスモライン102便、火星、水龍港行き。まもなく搭乗開始時刻です。ご搭乗のお客様は10番搭乗ゲートへお急ぎください・・・』


 3人が乗る宇宙航行船の出発時刻が迫る。彼らはイツキへの手土産を手に、搭乗口へと足を急がせた。

 搭乗ターミナルのガラス窓からは海に浮かぶ宇宙航行船の群れが見える。ヨウジたちが乗り込む火星行きの船には、すでにボーディング・ブリッジが伸びていた。


「・・・よし、行こう!」


 元宇宙移民である沢や、宇宙軍パイロットである東郷とは異なり、ヨウジにとっては初めての宇宙旅行であった。ヨウジは興奮冷めやらぬまま、仲間たちと共に船へと乗り込んでいく。


『当船はまもなく離水致します。ご搭乗のお客様は席に戻り、シートベルトを着用してください』


 やがて出発時刻を迎える。一行を乗せた宇宙航行船は岸から離れ、海へとその船首を向ける。そして重力子阻害装置によって重力を軽減させつつ、底部からのジェット噴射によってあっと言う間に海面から離れていく。

 そして船首を空に向けながら、宇宙に向かってどんどん上昇していく。航空機の高度をはるかに凌駕し、大気圏を抜け、周囲の空間が漆黒となっていく。


「・・・これが、『地球』」


 そしてヨウジが見下ろす窓の向こうには、青く輝く人類の故郷が広がっていた。地球人類は未だ宇宙戦争のダメージから回復できていないが、目の前に広がる地球はあまりにも美しく、そして雄大であった。


『当船は大気圏を脱出しました。予定航行時間は25時間です』


 地球の重力から離脱した船は、太陽を挟んでほぼ反対側に位置する火星に向かって進路を取る。同じ船にはすでに筒川監督も乗り混んでいる。

 かくして、1週間の火星旅行が幕を開けた。


〜〜〜


7月16日 太陽系第4惑星 火星 火星連邦共和国 首都・水龍


 一行を乗せた宇宙航行船は、25時間のフライトの末に火星へと辿り着く。21世紀から行われた超短期テラフォーミング計画によって、火星はその全土が地球人類の活動範囲となり、地球外で最多の人口を有する惑星になった。さらには北半球に新たな海が出現している。

 故に地球人類にとっては重要拠点の1つであり、先の宇宙戦争では地球と並んで大きな打撃を受け、総人口14億のうちその3分の1近い4億人がその人命を落としたのである。


「ここが『火星』か・・・!」


 ヨウジは窓の外に広がる赤い砂漠の惑星を見下ろす。そして船は水龍の宇宙港「ノーク・マーズ基地」に着陸する。

 ここは完全な民間宇宙港である「東京宇宙港」とは異なり、国連宇宙軍火星方面派遣部隊との軍民共同利用となっている。そして着水する水面もないため、船は船底から車輪を出し、地表の滑走路に着陸する。


『当船は火星連邦共和国、水龍、ノーク・マーズ基地に到着しました。安全のため、船が完全に停止するまで、お立ちにならずにお待ちください』


 着陸と同時に、ドスンと大きな衝撃がかかる。そしてヨウジたちはついに火星の大地に足を下ろしたのだった。




首都・水龍 市街地


 この「水龍」は火星の首都にして地球外最大の都市であり、そして最も治安の悪い危険都市でもある。治安状況は宇宙戦争の以前からの社会問題であり、そして宇宙漂流連合による大規模な空襲を受けたことで、治安悪化に拍車が掛かっていた。

 「火星連邦共和国」として独立して以降、共和国政府は火星復興のため手を尽くしている。しかし、生き残った民衆の食い口を繋ぐので手一杯となり、軍や現地警察などの人員が多く戦死したことで、治安維持まで手が回らないのが現状であった。


 宇宙港から中心地まではバスが走っている。入国審査を終えたヨウジ一行と筒川監督は他の客と共にそのバスに乗って水龍の中心街へ向かう。バスターミナルに着くと、周囲には再建された高層ビルが立ち並んでいた。


「・・・水龍も変わったわね」


 10年ぶりに故地を踏んだ沢は、少しだけ寂しそうな表情をする。赤土の大地から光を反射しているため、空は常に赤く、地球の青い空に慣れているヨウジにとっては異様な印象を抱かせる。


「こっちよ、私の後についてきて!」


 そして一行は沢の先導に従い、日本人街へ向かう市内バスへ乗り換える。バスの行き先を示す電光掲示板には、英語とアラビア語、中国語、スワヒリ語、スペイン語そして日本語が順番に表示されていた。

 ぎゅうぎゅう詰めのバスの中は、数多の言語が飛び交う。この水龍はあらゆる人種のるつぼである。よって法的な公用語は存在せず、通用通貨は円またはドルであった。


「・・・」


 ヨウジが窓の外を見る。商店の看板や広告、露店の値段表、そして物乞いが掲げるプラカード、それぞれ異なる言語で書かれている。この街は危険地帯であると同時に、太陽系最大の国際都市でもあった。

 程なくして、バスは東アジア系移民がコミュニティーを形成している「第4区」へ到着する。周囲の看板は中国語や朝鮮語、日本語で書かれている割合が多くなっていた。


 そして一行は再びバスを降りる。ここ「モウリ通り」はいわゆる日本人街であり、日本風の家屋が立ち並んでいる。


「気をつけてね、ここは日本人街で治安は比較的良い方だけど、一歩外れたらマフィアやギャングがドンパチやってるから。銃声なんて日常茶飯事だし、よく死体も転がってるからね」

「・・・ごくっ!」


 ヨウジは思わず生唾を吞み込んだ。元軍人の東郷は無意識的に神経を張り巡らせている。


「・・・あった! ここよ!」


 そして一行はこの通りの一画にある「プロテスタント教会」に辿り着く。とんがった三角屋根のてっぺんに十字架が掲げられていた。

 教会の正面には両開きの玄関がある。その右側にはミサの予定が記された掲示板があった。


「懐かしいわねぇ〜! 本当は建て直したらしいけど、外観は10年前のまんま!」


 沢はわくわくしながら扉の取手をつかむ。筒川監督はそのセリフを聞いて沢を問い詰める。


「ちょっと待って・・・! 君は火星の英雄と知り合いなのか?」

「あれ? 言ってませんでしたか? イツキと私は“幼馴染”なんです!」


 沢はさらっと衝撃的な事実を明かした。共に同年代で同じ地区を故郷とする者同士、イツキと沢星羅は幼き日々を共に過ごした間柄であった。


「じゃ、行きますよ!」


 沢は教会の扉を力強く開く。その奥には礼拝堂が広がっていた。そしてマリア像が控える最奥に、車椅子に乗った女性牧師の姿があった。

 沢と東郷は10年ぶりに会う彼女を見て、思わず涙を浮かべた。


「・・・ただいま! イツキ!」

「おかえり、星羅。そして久しぶり! ・・・東郷さん!」


 そこには柏イツキがいた。10年の時を超え、火星の英雄が表舞台に姿を現す。

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