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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第5章 ワールドエンド・レベレーション編
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劇団ワークショップ

西暦2209年6月18日 東京市足立区 足立アート・アリーナ


 ヨウジとレイナは璃に連れられ、東京市北東に位置する足立区に来ていた。ここは東京市内でも特に文化・生活水準の後退が著しい地区であり、車窓から周囲を見ると木造家屋と小さな町工場が軒を連ね、まるで20世紀に戻ったかの様である。

 そしてRuna-PROの社用車は住宅地の外れにある「足立アート・アリーナ」に到着する。そこは22世紀に開業され、宇宙戦争の戦火を免れたスポーツ・コンサート複合施設であった。車を降りると空は曇天で、湿気の混じった生暖かい風が吹いている。


「・・・じゃあ、悪いけど私は別の仕事があるから。そっちが終わる頃には迎えに来るわ」


 社用車の中にはCEOの春川の姿もあった。だが今日は別件の仕事が入っているため、彼女の付き添いはない。社用車は事務所に1台しかないため、CEOや他のタレントが車を使う様な用事があると、こうして相乗りの様になることが時折あった。


「わかってるって。あとでね」


 レイナは手を振って春川を見送る。そして車が駐車場を後にするのを見届けた後、ヨウジは改めて周囲の様子を見渡していた。


「・・・『20世紀少年』みたい」


 ヨウジは文化的に退廃した周囲の街の様子を見て、ボソッと口にする。


「何それ?」

「大昔の邦画」


 レイナに問いかけられた彼は、あっけらかんと答えた。だが、その何気ない会話に、強い興味を抱く者がいた。その男は背後からヨウジとレイナのもとへ近づき、そして話しかける。


「・・・君は2000年代の映画に造詣があるのかい?」

「・・・あ」


 後ろを振り返ると、そこには以前に映画撮影で顔を合わせた筒川監督がいた。ヨウジと、車から降りた璃と、またもや事務所スタッフに扮して同行していた沢が会釈をする。

 CEOの春川は別件の用事があり、今回は同行していなかった。


「やあ、久しぶりだね。ザドキエルさん・・・そして工藤ヨウジくん」


 筒川監督はヨウジを顔を見つめる。彼は世界の歌姫よりも、一般人上がりのギタリストに興味を抱いていた。


「先日の動画配信、私も見させてもらったよ。いいセンスだね、歌の技量も選曲も興味深い」

「・・・いえ、たまたま古い歌が好きなだけですよ」


 筒川監督はヨウジが古い時代の音楽や戯曲に詳しいことに関心を示す。それは彼が中卒でありながらも、難しい熟語や比喩表現を難なく理解し、使用できる理由であった。


「もう参加者は集まっていると思うから、早速入ろうか」


 筒川監督はRuna-PROの面々にアート・アリーナへ入るように促す。周りを見れば、他の芸能事務所の社用車と思しき車が多数止まっていた。




 ここは宇宙戦争が終わった翌年の2200年に設立された劇団「宙の太陽」が本拠地としているコンサートホールである。戦争で心身共に深い傷を追った人々を癒すことを目的に、ある役者が戦争の被害を辛うじて回避したここを拠点にして演劇を始めたのが、「宙の太陽」の起源であった。


 一行がアリーナへ入ると、スタッフの案内で大会議室へ通される。そこにはすでに多くのタレントが集まっていた。


(テレビで見るアイドルやタレントばっかり・・・!)

「・・・エホン!!」


 沢は目をキラキラさせながら周りを見ていた。マネージャーの璃はそんな彼女を見て咳払いをする。

 今現在で最も人気のある芸人コンビである「ロックボックス」、人気男性アイドル「スターリーセブン」のメンバー、そして「フォルテシモ」の山奈メルがいた。


「・・・」


 山奈とレイナはお互いに一瞥し、そして視線を逸らす。そして全員が揃った時、筒川監督が大会議室に現れた。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


 筒川監督は周囲を見渡し、参加者たちの顔を確認する。24時間テレビ内で放映される特別ドラマのキャストに選ばれた劇団「宙の太陽」に所属する役者たち、特別出演のタレントたち、そして監督が個人的に呼び寄せた世界の歌姫が集まっている。

 筒川監督は戦争の直後、この劇団に脚本兼舞台監督として所属していたことがあり、その縁でここをワークショップの会場としたのである。


「さぁ、来週からいよいよ24時間テレビの特別ドラマ『宇宙を翔ける者』の撮影が始まります。ご存じの通り、これはあの飛行戦艦扶桑の冥王星特攻作戦に参加した民間人義勇兵に焦点を当ててドラマ化したものです」


 筒川監督はドラマの概要について説明する。それは10年前の宇宙戦争で地球人類の命運を決した大作戦を、初めて戯曲として映像化するというものだった。

 「八紘一宇」「尽忠報国」、軍国主義的な方針へ動きつつあるこの国において、義勇兵の勇ましさを宣伝するドラマを放映する。もちろん、純粋に義勇兵の勇敢さを讃えるためでもあるが、同時に政府の歓心を買おうとするテレビ局の思惑も垣間見える。


「・・・え」

「・・・あ」


 ヨウジと沢は“扶桑の特攻作戦”と聞いて、ホステルに籠りっぱなしのもう1人の仲間の顔を思い浮かべた。


「では、早速ワークショップを始めましょう! では、皆さんにレジュメを配ってください」

「はい」


 筒川監督の指示を受けた劇団スタッフは、外部参加者たちにレジュメを配っていく。そこには今日1日のスケジュールと、細かな説明が記載されていた。


「ここからは、私がファシリテーターを務めます。皆さん、声を仕事にしている人たちばかりなので、発声や呼吸などの初歩的なレッスンは割愛して、エチュード(即興芝居)から始めましょう」


 筒川監督はさらに新たなレジュメを配る。それは彼が書いた短い寸劇の台本であった。


「今から皆さんには2組に分かれ、この台本を演じてもらいます。そして役柄をローテーションしながら、この台本を繰り返し演じてもらいます」


 レジュメを受け取った参加者たちは、その台本に目を走らせる。それは中年男性、少年、女性の3人が登場人物となったもので、その3人が勇者一行となり、魔王討伐のための旅立ちの時を迎えるというファンタジーの幕開けを描いたものだった。


(・・・これは)


 ヨウジはそのシナリオを見て、東郷と沢との出会いを思い浮かべる。登場人物の構成も、偶然ながらヨウジ一行と同一であった。


「・・・フフ」

「・・・? ヨウジ、どうしたの?」

「いやぁ・・・仲間のことを思い出してさ」

「・・・」


 ヨウジは思わず笑ってしまっていた。レイナはそのことを問いかけるが、彼が発した“仲間”という単語を聞いて表情を曇らせる。だが、ヨウジはそれに気づいていなかった。


 ワークショップの参加者はヨウジとレイナの他に4人いる。芸人コンビ「ロックボックス」の岩屋丈次と箱沢竹治、人気男性アイドル「スターリーセブン」の新村明、そして「フォルテシモ」の山奈メルだ。

 6人は監督の独断で3人2組に分けられる。その内訳は岩屋、ヨウジ、山奈のグループA、そして箱沢、新村、レイナのグループBであった。


「よろしくお願いします」

「え、ええ・・・」


 ヨウジは山奈に会釈をする。山奈は拙い返事をしながら目を逸らしてしまう。ライブ・エイドの出演枠を競うライバルに屈託のない挨拶をする1歳年下の芸能界の後輩は、彼女の目にはとても眩しく見えていた。




 各自が台本を読み込んだ後、場所をコンサートホールに移してエチュードが始まる。最初はヨウジが属するグループから始まった。最初は各々の年齢と性別に合わせた役柄を選ぶことにした。3人は配置につき、筒川監督の合図で寸劇が始まる。もう一方のグループは観客席の椅子に座って待機していた。


「・・・」


 レイナはヨウジと同じグループに入れなかったことを不満に思っていた。その時、隣に座っていたイケメンアイドルが少し機嫌の悪い歌姫に話しかける。


「やっぱり・・・ホンモノはすげー可愛いなぁ」

「・・・ハァ?」


 そのイケメン、新村明は不躾にレイナの顔貌を評価する様な発言をする。彼の年齢は20歳、レイナより1つ上である。

 ヨウジはそんな幼馴染の様子に気づかず、演劇に全力を注ぐ。演技・演劇とは全く違う世界に生きて来た人生だったが、もはやそんなことは言っていられない。


(全力でやろう、恥ずかしがらずに・・・!)


 全くの素人が演技をするにあたって、最も障害となるものは羞恥心だろう。拙い演技を人前で見せたくない、その思いが先立ち、思い切った声の抑揚や身振りが出せなくなる。

 故にヨウジは、役に没頭するために過去の記憶を思い返していた。それは新しい仲間である東郷と沢に出会えた時の思い出である。


(あの時の気持ち、あの時の気持ち・・・!)


 台本はすでに仲間同士であった少年勇者と女性魔術師が、噂に聞く勇猛な戦士を仲間に加えに行くというものであった。実際のところはヨウジは先に東郷と出会い、続いて沢を仲間にしているのだが、その辺の些細な齟齬はさておき、彼は東郷と出会った時の自分を演じる気持ちで、勇者を演じている。


「・・・ヘェ」


 筒川監督は彼らの様子を見て少し感心していた。ヨウジの動きはどこか拙く、荒削りであるが、セリフの言い回しは違和感がなくどこかリアルである。他、女性魔術師の役を務める山奈も、普段から演技の勉強をしているだけあり、本職の役者と比較しても見劣りしない。

 勇猛な戦士を演じる芸人の岩屋も、普段から漫才という名の寸劇を繰り広げている経験から、本格的な寸劇も卒なくこなしていた。


「・・・ねぇ、アイツがヨウジくん?」


 新村はまたもや馴れ馴れしくレイナに話しかけた。


「ええ、そうよ」


 レイナはそっけなくも返事をしてしまう。そのことに気を良くした新村は、次から次へと遠慮なく話しかけてくる。


「ねぇ、ちなみになんだけど、ヨウジくんとは付き合ってんの?」

「ハァ!? なんでアンタにそんなこと聞かれないといけないのよ?」

「その反応は・・・違うってことか」

「うっさい!」


 レイナの声音がどんどん大きくなる。周りの劇団スタッフは2人の様子を不安げに見つめていた。


「ごめんて・・・じゃあさ、連絡先教えてよ! 今度みんなでご飯行こう」


 新村はさらっと謝るが、続け様に連絡先を教えるように迫った。みんなで、とは言っているが個人的に接近したいという目的が明らかである。

 レイナにとって、このように迫られることは初めてではない。普段ならそれとなくかわしているのだが、ヨウジを話のネタに出されたことで、いつもの冷淡さが崩れてしまっていた。


「・・・フン」


 新村は携帯を差し出したが、レイナは外方を向いて取り合わない。芸人・箱沢は早速不協和音を奏でるグループを見て、小さなため息をついていた。


 一方でヨウジたちは最初の寸劇を滞りなく終える。そして少しの休憩時間を挟んで、役を入れ替えて2巡目の寸劇を開始する。今度はヨウジが戦士、芸人の岩屋は魔術師、そして山奈が主人公格の勇者となって寸劇を最初からやり直す。

 寸劇を重ねるうちに、羞恥心と緊張感が和らぎ、より思い切った手振りやセリフ回しを口にできるようになっていく。ヨウジは自然と面白さを感じられるようになっていた。


 そして3巡目の寸劇が終わった時、周りの劇団スタッフから拍手が湧き上がった。


「ありがとう、楽しかったですね!」

「は、はい!」


 ヨウジは隣に立つ山奈に笑いかける。山奈はつっかえながらも、自然な笑顔を返すことができた。彼らのグループの寸劇は、非常に良い雰囲気で終了を迎えたのである。

 ヨウジたちは舞台から降りていく。筒川監督は彼らを拍手で迎える。


「・・・いやぁ、素晴らしかったよ! ヨウジくん、君・・・なかなか良いね」

「あ、ありがとうございます!」


 ヨウジは筒川監督の言葉を聞いて照れくさそうに笑う。彼は初めて触れる演劇という文化にハマりつつあった。筒川監督はさらに山奈と岩屋にも総評を伝える。概ね評価の高いコメントをもらえたことで、2人は笑顔を浮かべていた。

 続けて、レイナ、新村、芸人の箱沢からなるグループBが壇上に上がる。世界の歌姫、そして男性アイドルの金字塔が並び、劇団スタッフが期待の目をキラキラとさせる。だが、その期待は大きく裏切られることとなる。


(・・・レイナ!?)


 客席に座ったヨウジは、思わず心の中で彼女に問いかけた。先ほどの不協和音がこれ見よがしに尾を引き、全体的に雰囲気の悪い、それでいてセリフ回しも演技もまさしく“棒”な寸劇になってしまっていた。


(これはまずいな・・・。面白いかと思って、ザドキエルの2人を引き離してみたが悪手だった)


 筒川監督は右手で口元を覆いながら、レイナのグループの寸劇を見つめていた。程なくして3巡目の演技が終わり、ホールは冷え切った空気となっていた。


「・・・ま、まぁお疲れ様! とりあえず、休憩にしよう!」


 筒川監督はステージから降りる3人の参加者を労う。そして劇団スタッフと共にホールの外へ出て行き、何やら話し合いを始めた様だった。


「・・・レイナ!」

「!」


 ヨウジは真っ先にレイナのもとへ向かう。山奈はその後ろ姿を目で追いかけていた。ヨウジは明らかに不機嫌な幼馴染の両肩に手を添える。


「どうしたんだよ、一体? 前の映画の時はちゃんとできていたじゃないか」

「・・・何でもないよ」


 レイナは気まずそうに視線を逸らす。その直後、筒川監督が劇団スタッフと話し合いを終えて、コンサートホールに戻って来た。


「・・・よし! じゃあみなさん、次のセクションに行きましょう、その前にまたグループメンバーをシャッフルします」

「!」


 筒川監督はそういうと、新たな組み合わせが書かれた紙を提示する。2つのグループはメンバーをシャッフルされ、ヨウジはレイナと同グループにされた。

 同時に山奈はヨウジと別グループとなる。その時、彼女はわずかに悲しそうな表情を浮かべていた。その後のワークショップは即興での寸劇、またセリフのないサイレントなど、本格的で難易度が高めな構成となっていた。


(これ・・・、何だろう? すごく楽しいな!)


 ヨウジはもはや、羞恥心や自分がこの場にいることへの後ろめたさが吹き飛んでおり、その後のワークショップも下手ながら、心から楽しんでいた。汚れを知らない17歳の無垢な少年の姿は、他の参加者やスタッフにはとても眩しく見える。


(・・・あぁ、ヨウジは)

(この子は・・・)

(眩しいなぁ・・・)


 それはレイナと、山奈も同様であった。ヨウジと同組になったことでレイナの情緒も落ち着き、ワークショップは最後の総括を経て終了したのだった。




「お疲れ様でした!! 悪いけどお先に失礼します!」


 芸人コンビの「ロックボックス」の岩屋丈次と箱沢竹治は大きな声で挨拶すると、彼らの事務所の車に乗り込み、一足早くアート・アリーナを後にする。

 続けて、男性アイドルの新村も同様に帰路に着く。レイナに袖にされたことを引きずっているのか、車に乗り込む横顔はどこか不機嫌そうに見えた。そしてアリーナの駐車場には、レイナと沢、そして見送りのために外に出ていた筒川監督が残される。

 レイナと沢、そしてマネージャーの璃は、Runa-PROのスタッフが迎えの車を寄越すのを待っていた。


「・・・あれ? ヨウジは?」

「トイレ行ってます」


 レイナはパートナーの不在に気づき、周囲をキョロキョロと見渡す。沢は彼の行方を伝えた。


「・・・?」


 璃は同時に山奈メルもいないことに気づく。彼女の事務所の車はまだ残っているため、まだアリーナを後にしていない筈であった。


「・・・」


 彼女は本能的に胸騒ぎを感じていた。そしてまだヨウジが戻ってこないアリーナに向かって振り返る。




 その頃、用を足したヨウジは鼻歌を歌いながら手を洗っていた。そして手を拭きながら男子トイレを後にする。その時、彼の眼前に山奈が現れた。まるで彼を待ち構えていたかの様であった。


「・・・あの、何か?」

「え、えっと!」


 山奈はモジモジしながら口を開く。彼女はポケットからスマートフォンを取り出した。


「連絡先・・・こ、交換しませんか!?」

「え?」


 山奈は頬を赤くしながら声を張り上げる。ヨウジは少し動揺してしまった。彼は思考を巡らせた後、答えを出した。


「・・・いいですよ」

「・・・!!」


 ヨウジは同じ様にポケットから携帯端末を取り出す。その瞬間、山奈はパッと表情を明るくした。そして2人は連絡先を交換する。ヨウジは画面に表示された山奈のアカウントを確認した。


「よろしくお願いしますね」

「よ、よろしく!」


 ヨウジは年上の山奈に礼を示し、軽く頭を下げた。山奈はそれ以上に深く頭を下げていた。それが演技なのか本心なのかはわからない。




 ヨウジはアリーナの外へ出る。そこには沢とレイナ、マネージャーの璃が待っていた。さらには筒川監督の姿まである。


「・・・あれ? 迎えはまだ来てないんだ」

「そうなんだ、遅いよね」


 沢は約束の時間が過ぎても迎えが来ないことを不思議がる。だがその会話を交わした直後、アリーナの駐車場に、1台のピックアップトラックが入って来た。


「ごめん、渋滞に引っかかった!」

「東郷!?」


 ヨウジは頓狂な声をあげて彼の元へ駆け寄る。当然である。新宿区新大久保で1人過ごしているはずの東郷が、一行の所有車であるピックアップトラックに乗って、この足立区にやって来たのだから。


「・・・なんで? どうしたの?」


 続けて沢も彼のもとへ駆け寄り、ここへきた理由を問いかける。


「いや・・・事務所の社長から、どうしても車を出せないから、代わりに行って貰えないかと連絡があった。何でも、社長の用事がまだ済んでいないらしい」


 Runa-PROに社用車は1台しか存在しない。この日は図らずも、ザドキエルの仕事とCEO春川の仕事が被ってしまっていた。よって、春川の仕事はワークショップが終わるまでには切り上げる予定だったが、案の定、間に合わせることができなかった。


「・・・という訳で、電話があったんだよ。俺もびっくりしたがな」


 ヨウジは契約時に有事の際の緊急連絡先として、東郷の連絡先を提出していた。春川はそれを使って東郷にコンタクトをとったのである。


「・・・ヨウジくん、彼は?」

「?」


 ヨウジが振り返ると、筒川監督の姿があった。東郷の発するオーラが明らかに普通の芸能事務所スタッフのそれではなかったため、筒川監督は彼に興味を抱いていた。


「えぇっと・・・俺の仲間です」

「仲間?」


 筒川監督は改めて東郷の顔を見る。筋肉質で若々しく見えるが、年齢は明らかにヨウジより年上である。そんな男を17歳の少年が“仲間”と呼び表したことを、また不思議に感じていた。


「そうなんです、旅仲間・・・あ! 監督が次に撮影するドラマ、あの“扶桑”がモチーフなんですよね。だったら、東郷ほど打ってつけの監修役はいないですよ」

「・・・どういうことかな?」

「フフフ、実は東郷は・・・それこそあの“冥王星特攻作戦”の生き残りなんですよ」

「!!?」


 ヨウジは東郷の正体を明かした。その瞬間、筒川監督の目の色が変わる。

 東郷俊亨、彼は元日本皇国宇宙軍の退役軍人であり、あの冥王星の戦いで宇宙戦闘機パイロットとして従軍した生き残りである。旅仲間であるヨウジと沢にとっては周知の事実だが、あの戦争から10年が経過し、尚且つ多くの家族を失った東郷の素性を知る者はほとんどいなかった。


「・・・こ、これは失礼しました。私、映画監督の筒川静と申します」


 筒川監督はポケットから名刺を取り出し、車窓越しに東郷へ手渡した。東郷は名刺に書かれた名前と肩書きを一瞥すると、改めて筒川監督へ向き直す。


「よろしくお願いします。元日本皇国宇宙軍中尉、東郷俊亨です。・・・さっきのヨウジと貴方の会話を聞いていたら、大体の事情はつかめました。扶桑の遠征を映像作品にすると・・・」

「ええ、なので・・・貴方の経験を聞かせて欲しい」


 8月に24時間テレビで放映される予定の特別ドラマ『宇宙を翔ける者』、脚本はすでに出来上がっており、クランクインも1週間後に控えている。

 だが、実際に行われた戦闘や宇宙漂流連合の母艦の姿や内部については、完全な想像によって構築されている。故に、実際に作戦に参加した元軍人からの体験談は、筒川監督にとって喉から手が出るほどに欲しいものだった。


「いや・・・俺よりも適任がいます。実際の民間人義勇兵だった子が」

「!」


 東郷は10年前にあの艦の中で出会った“ある少女”を思い出す。彼女は非公式ではあるが最年少の義勇兵であり、扶桑の勝利に多大なる貢献をした存在であった。東郷が彼女と最後に会ったのは10年前、全ての戦いを終えて火星で別れたきり会ってはいない。


「でも今はもう完全に民間人として女性牧師をしているから、そういう取材を受けてくれるかどうかは分からないけど、連絡はできますよ・・・多分」


 2人は戦争の後もしばらくは時折メールのやり取りが続いていたが、数年前にどちらともなく途絶えていた。だがまだ10年前に交換した連絡先は控えており、一か八か取材申し込みをしてみる価値はあるだろうと、東郷は考えていた。


「・・・ぜ、是非会いたい!」


 筒川監督は迷いなく懇願する。

 火星の英雄・柏イツキからの返事が届いたのは、それから2日後のことだった。

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