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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第5章 ワールドエンド・レベレーション編
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天使の夢

〜少年の幼き日の記憶〜


2199年7月24日 日本皇国 首都・東京都 墨田区


 あの大厄災の日、7歳の少年は病院で目を覚ました。病院で寝かされていたとは言えども、本来のベットは重症患者に回されていたため、軽傷だった彼は待合室の椅子の上に寝かされていた。


「・・・あれ?」


 周囲を見渡すと、慌ただしく動く医者と看護師、そしてうめき声を上げる大勢の患者がいた。攻撃による被災を免れたこの病院には、墨田区中の被災者が集められていた。


「・・・お母さん?」


 少年は立ち上がり、一緒に逃げていた筈の母親を探し始める。だが、どれだけ周りを見渡しても、どれだけ歩き回っても、その姿を見つけることは出来なかった。


「・・・お、お!」


・・・・・

・・・


「・・・お母さん!! ・・・ハァ、ハァ!!」


 ヨウジはホステルの硬いベッドの上で目覚める。額には脂汗が流れ、目尻には涙が流れていた。左隣を見れば、彼のうなされる声で目覚めた東郷が、心配そうに見つめていた。


「・・・大丈夫か? 大分うなされてたぞ?」

「あ、ああ・・・大丈夫。ごめん、心配かけたな」


 ヨウジは先ほどまでの光景が夢であったことを知り、大きなため息をついた。


「・・・あの戦争の夢か?」

「ああ、最近はあまり見なくなったんだけどね・・・ハハハ」


 ヨウジは乾いた笑い声を上げる。2199年の「宇宙戦争」、長らくサイエンス・フィクションの中だけの絵物語だった筈のそれが、現実として地球人類に降りかかった。結果、35億人の人類が死に、日本国内でも4000万人が犠牲となった。

 それは10年が経った今も、地球、ひいては太陽系全体に深い爪痕を残している。太陽系全体の統治に手が回らなくなった「国際連邦」および日本政府は、月と火星をなし崩し的に独立させ、「太陽系帝国」は崩壊した。民衆にはPTSDで精神科にかかりつけになっている者も大勢いる。

 治療が必要という訳ではないが、ヨウジは時折、あの当時の光景を夢に見ることがあった。


(でも俺は今、1人じゃない)


 だが、今の彼にはかけがえのない仲間がいる。そして、幸せな時代を共に過ごした女性とも再会を果たした。彼が孤独に苛まれる時間は、もう2度と来ないのだ。


・・・


2209年5月21日 東京市港区 Runa-PRO事務所


 正式にユニットとして再スタートを切った「ザドキエル」、そのメンバーであるヨウジとレイナは商材用写真の撮影や雑誌のインタビューなど、2人1組で忙しなく動く日々を過ごしていた。世間の反応は様々であるが、当然肯定する意見ばかりではない。SNSにはヨウジへの誹謗中傷ともいうべき書き込みも少なくない。またネットニュースにも、2人に男女の仲を邪推する様な記事があり、それがますます大衆の過剰な反応を煽っていた。


「・・・ま、こうなるのは予想範囲内ね〜」


 春川は「ザドキエル」の公式SNSに寄せられたリプライを見て、呆れが混じった笑みを浮かべている。


“ヨウジさんも応援してます!”

“進化したザドキエルも楽しみ!”


 という好意的なコメントもあるが、同時に決して無視できない数で


“は? 男?”

“失望しました”

“孤高で清廉な天使のイメージだったのに、男と組むの最悪”

“エンコ採用ってことでしょ? 一般人のアマチュアギターとかファン舐めてるよね”


 と、否定的な反応も多かった。特にヨウジに対しては規制に引っかかる様な中傷を書き殴った投稿も多く、普通の人ならば、これほどの中傷に晒されたら精神を病んでしまうだろう。


「・・・ま、当の本人たちが全く気にしてないのが幸いか」

「・・・ん?」


 春川の視線の先には、アイスを口にしながらスケジュールの確認をしているレイナとヨウジの姿があった。SNSをしないヨウジはさることながら、レイナ自身もネット上での中傷を気にしない精神の持ち主なのである。


「・・・さて、ヨウジくんも来たことだし、改めて『ライブ・エイド』の話をさせて貰ってもいいかしら。特にヨウジくんにはちゃんと知っておいて欲しいから」

「・・・わかりました」


 アイスを食べ終えたヨウジは、空容器をゴミ箱へ投げ入れる。そして春川のPCから空中に投影されたバーチャルディスプレイに目を向けた。そこにはライブ・エイドの開催を告知するNHKの特設サイトが表示されていた。


 『ライブ・エイド』・・・西暦1985年に行われた20世紀最大、人類史上最大のチャリティーコンサートである。今から2年前、日本最大の民間宇宙輸送企業である『スペース・エルメ社』の現CEOが『太陽系の復興』をスローガンに掲げ、23世紀にそれを復活させることを提唱した。その後、同社が最大スポンサーとなり、今年の大晦日にそれが開催されることが決定したのが1年前のことである。


 ライブは世界各国の有名アーティストが実に12時間にわたってパフォーマンスを行う予定である。ライブ会場は地球だけでもすでに51箇所に設営されることが決まっており、演者本人は1箇所の会場でライブを行い、他50箇所ではその動きと完全に同期したホログラムがパフォーマンスを行うことで、世界同時生出演を可能にするという計画となっていた。


「・・・で、この『スポンサー枠』はライブの最大スポンサー『スペース・エルメ社』が日本企業であることから、正規の出演枠とは別に日本国民の関心を高めるために設けられた、文字通りのスポンサー枠。正規の出演者はすでに日本を含め各国の人気アーティストが列挙されているわ。日本からは『Z WORLD』と『E’s』が出演内定と言われているわね。そしてスポンサー出演枠5枠も、実はすでに3枠は内定同然と言われているの」


 春川は続いて3枚の小さなバーチャルディスプレイをポップアップさせた。それらは3組のアーティストの商材写真であった。


「コアな人気と常に進化をし続けるハングリーさを持ち合わせる超実力派バンド『アスファルトヤカマシ』、ラブ&ピースの精神を貫き22世紀末から国民的ロックバンドと評される『ノーザンリトルオーシャンズ』、そして男性アイドルの金字塔『スターリーセブン』・・・ここは実績と人気からも固いでしょうね・・・」


 春川が列挙した名前は、どれもこれもこの国においてあの戦争の前から名を轟かせている国民的グループばかりである。それらに並び立つ存在として認められなければ、ライブ・エイドの舞台に立つことはできない。


「内定の2組とさっき挙げた3組は全て男性ボーカルのグループだから、暗黙の了解で残り2枠は女性歌手ないし女性ボーカルのグループが選ばれると言われているわね。勿論、当人たちの実力の高さもあるけれど、まぁ事務所の力っていうのも大きくなってくるところよ」


 春川は一呼吸おく。彼女が列挙した名前は、芸能に疎いヨウジでも知っている者ばかりであり、彼は思わず息を呑んだ。


「・・・で、その残り2枠を賭けてみんな争ってるわけですか」

「そうよ、表立って報道されていないだけで、裏じゃあもうドロドロよ」

「ドロドロ・・・」


 春川はニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。有力な事務所は自らが抱える女性タレント・グループをスポンサー枠に組み入れるため、NHKやスペース・エルメ社の役人たちに接待攻勢をかけている。そのことは業界内ではすでに常識となっているのだ。


「でも、レイナは“AL-Talk”で世界一のフォロワー数を誇るんだろ? なら世界で一番ファンが多いってことじゃないのか? それで選ばれないことがあるのか?」


 ヨウジは“世界の歌姫”と表される「ザドキエル」が、出演メンバーに内定していないことを疑問に思っていた。


「SNSでのフォロワー4億って、その全てが熱狂的ファンって訳じゃないでしょう? まあ、確かにレイナさんのライブやネット配信のリピート率は異様な高さを誇っていますが・・・」


 マネージャーの璃が釘を刺す。この国の芸能界は、ネット上でのフォロワー数だけではその人の価値を認めてはくれない。


 そもそも「ザドキエル」が活動を開始したのは3年前、彼女が16歳の時のことである。いわゆる歌い手として、顔出しせずにオリジナルソングの発表を行っていた。それに目を付けたのが春川である。彼女はその歌声が本物であることを確め、そして事務所にスカウトした。

 この時代の芸能事務所は、そのタレントの存在やパフォーマンスがAIでないことを証明する、いわゆる“格付け会社”の様な存在となっているのである。


「確実に選ばれると評するには、レイナには実績年数が圧倒的に足りないわ。今必要なのは何より複数の媒体でのメディア露出! ヨウジくんもしっかり自分の存在をアピールしてよ!」

「は、はい」


 春川は新入りであるヨウジに発破をかける。今回の話を聞いて、ようやくこの世界に飛び込んだ実感が湧いていた。


「そう言えば・・・レイナはなぜ、この『ライブ・エイド』に出たいんだ?」

「!」


 ヨウジはふと、かねてから思っていた疑問を口にする。根本的な疑問を提示され、レイナと春川は思わず目を丸くしてしまう。


「・・・そ、そりゃ決まってるじゃないですか! 全世界50都市以上に向けた人類史上最大の“生ライブ”ですよ! 音楽を生業とする者で、出たくない人がいる訳が!」

「・・・いや、そうなんだけどさ。レイナはその舞台に出て、どうしたいのかなって」


 いち早く反論を口にしたのは璃だった。ヨウジは興奮昂るマネージャーに辟易としながら、レイナの方を向いて彼女の答えを待った。


「そうねぇ〜、みんなが憧れの舞台だっていうのは勿論だけど・・・」


 レイナは口元を触り、言葉を選びながら口を開く。彼女は自分の夢について語り始める。


「私の夢は、私の歌で世界を変えること、いや・・・世界を救うことなの」

「世界を救う・・・か、また大きく出たね。そのための足掛かりにしたいってこと?」


 23世紀、宇宙戦争の爪痕が根深く尾をひくこの時代、一度安寧と繁栄を手に入れた世界は、再度混沌の時代へ逆戻りした。大多数の人類は未だ瓦礫の中に暮らし、それは日本も例外ではない。


『限りある資源、限りある食料は、全ての国民に等しく分配されるべきものです』

『独占、買い占め、それはテロ行為です』


 耳を澄ますと、空中を飛ぶ政府の街宣ドローンから政府の宣伝放送が聞こえてくる。治安が傾き、人々の心は荒み、疑心暗鬼となった政府は大規模な暴動を恐れ、強権的な姿勢を強めている。


 大多数の人々が先の見えない暗闇の中で過ごしているこの時代、彗星の如く現れたザドキエルの歌声は、芸名のモデルとなった天使「Zadkiel」の様に心に慈善・慈悲をもたらす影響力を有すと評されている。

 それは、彼女が“世界の歌姫”や“救世主”と謳われ、加速度的にファンを増やしている理由であった。


「・・・そう、これが最初で最後のチャンスなの。だから逃す訳にはいかないわ」

「最後のチャンスか。そうだね、こんな大規模なコンサート、もう2度とないだろうし」


 レイナの夢を知ったヨウジは、彼女が思い描いている理想の世界を想像してみる。文字通りに歌で世界を変えることは出来ずとも、彼女の歌声をより多くの人々に届かせることが出来れば、彼らの荒んだ心を少しだけ救うことができるのではないかと感じていた。


「お前の夢・・・分かったよ。俺も全力で協力する」

「・・・! ヨウジ、ありがとう!」


 レイナは感激の笑顔を浮かべる。同じ夢を共有した2人は、大晦日の大舞台に向かって突き進み始めるのだった。

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