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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第5章 ワールドエンド・レベレーション編
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次なる仕事

2209年4月25日 東京府東京市 千代田区 東京府警庁舎


 「東京府警公安部公安第5課 未確認魔法対策係」、窓際部署のオフィスにてこの日、会議が行われていた。オフィスの中心に設置された電子ボードの前に、主任を務める六谷弾詩が立ち、その周囲に移動椅子に座ったメンバーが集まっている。


「さて・・・“龍王の里”からの捜索願が届いた例の遺失物について、今一度おさらいしましょう」


 六谷は電子ボードにある画像を提示する。それは細やかな装飾が刻み込まれた白銀のペンダントであった。


「これは『エルメランドのペンダント』、現在は『龍神族』こと葉瀬名家の個人所有物になっています。あの『異界の15年間』において、日本国と最後の戦いを繰り広げた異界の異星人『エルメランド人』が作った遺産の1つでありながら、葉瀬名家からの遺失物捜索願が出されるまでは日本政府からもノーマークでした・・・」


 我々の住む宇宙とは異なる宇宙に、魔法文明の絶頂を誇った「エルメランド」と呼ばれる惑星があった。その住民たちは滅びの後に日本列島が転移していた連星「テラルス」へ渡り、さらにその星に3つの遺物を遺した。

 「エルメラーの本」「ティルフィングの剣」、そして「都市円盤ラスカント」である。だがもう1つ、密かに日本国内に持ち込まれた遺物があった。それは「プロムシューノのペンダント」と呼ばれる物だった。


 なぜ、それが龍王の里に保存されていたかは、彼らがその経緯を語らないため謎である。だが確かなのは、それが行方不明になったことだった。


「葉瀬名家曰く、このペンダントの機能は“上限のない、かつ永続的な魔力の増幅”。もしもこれが、悪意のある亜人種や魔術師の手に渡れば、何が起こるか分かりません」


 前代未聞の遺失物、世界にも影響を与えかねない“特級呪物”が、魑魅魍魎の里から解き放たれた。未確認魔法対策係はこの一件に全力を向けていた。


〜〜〜


5月2日 東京府東京市港区 雑居ビル


 「ジャパン・ミュージックフェスティバル」からおよそ1ヶ月後、予期せぬアンコールに対してヨウジが即興で演奏した「木星」は、その後正式にシングルとしてリリースされ、MVも制作されて公開された。200年前に発表されたJ-POPのカバーソング、尚且つザドキエルにとっても初のカバーという話題性も相まって、再生数はわずか1週間で5000万回を突破し、1ヶ月経過した現在は全世界で13億回以上に達している。


「・・・カバーソングも悪くないわね」


 春川は空中に投影されたバーチャルスクリーンを眺めている。それにはザドキエルのニューシングル「木星」のイメージビデオが映っていた。


 ここは「Runa-PRO」、社長である春川流那と5名の社員からなり、雑居ビルの一室に居を構える小規模芸能事務所である。ネット発の新進気鋭実力派シンガーソングライター「ザドキエル」を筆頭に、顔出しNGで活動する歌手やクリエイターを抱える事務所だ。

 つい最近まで、レイナも顔は出さずに活動していた。そんな彼女が初めて顔出しライブを行なったのが1年前、それ以降人気にさらなる火がつき、前回のネット配信生ライブでは最大で10億人規模の視聴者が動員されたのだ。


『社長・・・筒川監督からザドキエルへオファーが届きました』


 立体映像のアバターがポップアップし、ザドキエルのマネージャーを務める大丹波璃からのメッセージを伝える。春川がそのアバターを人差し指で突くと、メール画面が空中に浮かび上がった。


「・・・」


 春川はその文面を以外そうな顔で見つめていた。


・・・


同日午後18時頃 東京府東京市 中央区 銀座


 その頃、ヨウジは東京市中央区の繁華街「銀座」にいた。煌びやかなネオンサインが輝きを放ち、ショーウィンドウの向こう側には、絢爛な衣装やアクセサリーに身を包んだマネキンがポーズを決めている。

 戦争によって一度完全に破壊されて再建された「東京」は、22世紀末の超近代的大都市とは一転し、その様相を大きく変えた。高田馬場や茗荷谷、秋葉原など、復興が滞り、瓦礫と廃墟の中にならず者が巣食う廃棄区画(スラム)と化した場所もある。

 そんな中で、この銀座という街は、戦争前の輝きを取り戻した数少ない街である。その日本一の繁華街の真ん中に、ヨウジは佇んでいた。


「・・・」


 彼は「3代目和光の時計」を見上げ、その真下で人を待っている。再建された旧首都・東京屈指の繁華街は23世紀のこの時代も、多くの人で賑わっている。


 彼がここにいる理由。そのきっかけは数時間前に遡る。新宿区新大久保のホステルでくつろいでいた彼の携帯端末に、1件のメッセージが届けられた。


“ヨウジ、デートしよう!”


 送り主は歌姫ザドキエルこと天ヶ原レイナである。ヨウジは彼女が送った場所と時間の指定に従い、この銀座の街に繰り出していた。


「・・・あ! いた!」


 雑踏の中からメガネと帽子で変装したレイナが近づいてくる。彼女はヨウジの前に立つと、満面の笑みを浮かべて彼の顔を見上げる。


「来てくれてありがとう!」

「・・・いや、ひさしぶりに会えて嬉しいよ」


 2人が直接出会うのはおよそ2週間振り、急遽ニューシングルとして発売することとなった「木星」のレコーディングを行なった時以来であった。


「ねぇ、とりあえず移動しない? ちょっと話したいことがあるの」

「・・・? ああ」


 レイナはそういうとヨウジの腕を組み、そして雑踏の中へ誘っていく。世界的歌姫と何の変哲もない中卒男児は、人混みの中へと消えていった。




銀座 料理屋「楓」


 その後、2人は銀座の一画にある店に来ていた。主に肉料理を扱い、芸能人も利用する有名店である。そんな人々が利用するため、座席はすべて個室になっており、周囲の目を気にせず会話が出来る様になっていた。


「・・・乾杯!」


 その一室に、レイナとヨウジはいた。2人はグラスを手に取り、細やかな乾杯を交わす。飲酒年齢が18歳に引き下げられたこの時代、19歳のレイナはチャイナブルーを手にしている。対してこの時代でも未成年のヨウジが持つグラスには、ジンジャーエールが注がれていた。


「東京暮らしは大丈夫? 宿代とか・・・」

「この前のライブの出演料と、その後の『木星』のレコーディングで、春川さんから纏まったお金を貰ったからね。何とかなってるよ・・・」


 東京に滞在を初めて早1ヶ月、ヨウジたちのホステル暮らしは未だに続いている。彼らの活動資金は各々が稼ぐバイド代と、扶桑に乗艦した退役軍人である東郷の退職金・報奨金から賄われていた。


「そっか! ・・・なら、良かった」


 レイナは彼らをわがままで呼び止めた手前、ヨウジたちが東京暮らしに困窮していないかを心配していた。1つ、心の荷が降りたレイナは、彼を呼びつけた本題へと話を進める。


「ねぇ、実は・・・ヨウジに頼みがあるんだ」

「・・・頼み」


 ヨウジはグラスを傾けながらレイナの顔を覗く。レイナは頬を赤くしながら、意を決した顔で口を開く。


「お願い! Runa-PROに来て私の・・・専属ギタリストになって!」

「ブフォッ!!」


 ヨウジは口に含んだジンジャーエールを噴き出してしまう。


「大丈夫!?」

「痛タタ・・・鼻の穴にジンジャーが入った・・・」


 ヨウジはおしぼりで口元を抑え、ツーンとした痛みが走る鼻頭を抑える。息を整えた後、ヨウジは改めてレイナに聞き返した。


「俺がザドキエルの専属ギタリスト・・・?」

「・・・うん!」


 レイナは深く頷いた。その顔には不安と期待が渦巻いている。ピンチヒッターのギタリストを2つ返事でOKした彼なら、きっと了承してくれると思っていたのだ。だが、神妙な表情を浮かべるヨウジから発された言葉は、期待とは大きく異なるものだった。


「俺は・・・経験5年の浅いアマチュアでギターはあくまで“趣味”だ。別にそれで食ってるわけじゃない。でも、お前の歌はそれだけで莫大な金が動く“プロの興行”なんだ。そしてお前と同じ舞台に立つことは、ギターを仕事にして、それで食ってる人たちにとって、とても貴重な機会なんだよ・・・。

前のことは緊急だから名乗り出たけど、本来なら・・・お前のバックバンドには俺みたいな半端者は立っちゃいけないんだよ。それは芸能界で、ギターに対して真摯に取り組んでいる人たちに失礼なことだ」


 ヨウジはギターを生業とする気も、自分の腕がそのレベルに達しているとも思っていなかった。そんな自分が、ギターで生きることを覚悟している人たちを押し除けて、ただ幼馴染というだけで「ザドキエルのギタリスト」というポジションを取ってはならないと思っていたのである。


「・・・そんなことない!」


 だが、レイナは声を荒げて反論した。ヨウジは思わず体をビクつかせる。


「ヨウジのギターを聴いた瞬間、私は心が震えるのを感じた。高嶺さんはもちろん一流のギタリストだよ? でも、私は・・・私は! それ以上の何かをヨウジのギターから感じたの!」

「・・・」


 抽象的、そして取り留めのない内容でありながら、レイナはヨウジの演奏が如何に素晴らしかったかを伝えようとする。その迫力に押され、ヨウジは言葉を飲み込んだ。


「・・・分かった。少し、考えさせてくれないか?」


 ヨウジは悩み、返事を保留にすることを決める。


・・・


東京府東京市 港区浜松町 雑居ビル


 その後、食事を終えた2人は電車で移動し、港区浜松町を訪れていた。かつてビジネス街と住宅街が混在した街であった「浜松町」は空襲前の姿を取り戻している。その街の一画に、Runa-PROが入居している雑居ビルがあった。

 ビルの3階がRuna-PROの事務所であり、4階には社長である春川、そしてレイナと、そのマネージャーである璃の家がある。ヨウジはレイナを雑居ビルに送り届けていた。


「・・・じゃあ、またね。送ってくれてありがとう」


 2人は雑居ビルの3階で別れの言葉を交わす。レイナの背後には事務所の扉があった。無機質な金属製のドアだが、その表札には飾り文字で「Runa-PRO」と書かれている。


「ああ、じゃあまた・・・」


 ヨウジはそういうと小さく手を振る。そしてレイナがドアノブを握ろうとした時、タイミング同じくして扉が勝手に開く。中から春川と、レイナのマネージャーである璃が現れた。


「あら、帰ってきていたのね・・・それと」

「・・・お邪魔しています」


 春川はレイナの帰宅と、決して望ましくない来客を引き連れてきたことを知る。一瞥されたヨウジは会釈をした。


「・・・この前のこともあるし、彼女を送ってくれたことにはお礼を言うわ。でも、ここはレイナの自宅も兼ねているの。そこに男を連れて帰ることが、ゴシップ記者にとってどれほどの商材か、分からないわけではないでしょう?」

「・・・すみません」


 この事務所にとってザドキエルは、絶賛売り出し中の稼ぎ頭である。パパラッチを警戒する春川は暗に、もう事務所へは近づかないように忠告する。ヨウジは再度頭を下げて素直に謝罪の言葉を伝えた。


「・・・社長、ザドキエルにお伝えすることがあるのでは?」


 マネージャーの璃が春川に耳打ちする。春川はハッとした表情を浮かべ、両手の平をポンと合わせた。


「ああ、そうだったわ。さっき貴方に・・・映画出演のオファーが来たの」

「映画・・・?」


 春川は日中にメールで届いた仕事の依頼について伝える。レイナは眉間に皺を寄せ、微妙な表情で首を傾げた。


「ええ、正しくは特別出演なのだけれど・・・。ほら、前に主題歌を提供した」

「・・・ああ」


 その依頼は、ザドキエルが主題歌を歌う“ある映画”への出演オファーであった。セリフも出演時間も僅かではあるものの、宣伝効果を期待して、今をときめく世界の歌姫に映画へ出てもらおうという、配給会社の思惑であった。


「・・・でも私、女優じゃないよ?」


 レイナは途端に不機嫌そうな顔をする。移り気な歌姫の機嫌を損ねないように、春川は言葉を選びながら口を開いた。


「貴方が歌にプライドを持っているのは分かってる。でも紅白・・・強いては『ライブ・エイド』の出演者に選抜されるには、あらゆる媒体でのメディア露出が重要になってくるの。ライブや歌番組はもちろん、ドラマ・映画への主題歌提供や、それらの出演も含めてね」

「・・・うーん」


 彼女たちの最終目標である「ライブ・エイド出演」、そのためには兎にも角にも知名度を上げることが第一である。だが、レイナは春川の説明を聞いて納得はしつつも、まだ決断に踏み切れないでいた。それは歌手としてのプライドもさることながら、何より“演技”に自信がないためであった。


「ヨウジはどう思う・・・?」

「・・・え?」


 レイナはヨウジに意見を求めた。予想だにしない流れ弾が飛んできたため、ヨウジは思わずフリーズしてしまう。


「私、ヨウジが言うなら出る・・・」

「・・・レイナ!?」


 彼女は重大な決断を部外者であるヨウジに託した。春川は驚嘆の声を上げる。ヨウジは春川と璃の顔を一瞥すると、目線を泳がせながら口を開いた。


「・・・春川さんが言うことも最もだと思う。それが、レイナがライブ・エイドに辿り着く助けになるのなら、出た方がいいんじゃないかな?」

「・・・分かった」


 ヨウジは映画に出演する様に促した。するとレイナは2つ返事でオファーを受けることを了承した。その言葉を聞いて、春川と璃は安堵のため息をつく。


「・・・ちなみにその映画って何?」

「・・・あ! えっとですね・・・」


 ヨウジの問いかけを受けて、マネージャーの璃はカバンの中からタブレット端末を取り出した。そして画面にレイナが出演する予定の映画ポスターを表示する。その映画は、カルト教団が絡む事件を話の主軸に置いたホラーテイストのミステリー映画であった。


「あ、俺その映画知ってる。原作読んでたからな。・・・主演俳優がこの前のドラマにも出てた人で、確かヒロイン役は・・・」

「・・・山奈メル」


 春川がぽつりと呟く。かくして、ザドキエルの次の仕事が決まった。

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