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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第5章 ワールドエンド・レベレーション編
86/98

白色の歌姫・大天使ザドキエル登場

西暦2209年3月25日 日本皇国 東京府東京市 台東区


 一行を乗せたピックアップトラックは日暮里駅の駐車場に駐車されていた。その中では沢が1人で留守番をしている。そして、他の2人は台東区にある東京市最大の霊園「谷中霊園」を訪れていた。


「・・・東郷の家族も、ここにいたんだな」

「ああ、お前と一緒だよ。俺もここに来るのはだいぶ久しぶりだ」


 ヨウジと東郷、彼らは宇宙戦争で家族を亡くした者同士であった。

 2199年7月、宇宙漂流連合軍による空襲は世界中の都市という都市を破壊し、東京も例外なく多大な打撃を受けた。東京都内だけで400万人の犠牲者が出る事態となり、文字通り地球人類の歴史上最悪の被害を被った。


 2人はそれぞれ、直前に購入した献花を手に持っており、広大な霊園の敷地内を歩く。再建された霊園の敷地は以前の数倍の広さとなっており、まるで墓石が地平線の彼方まで続いているかの様であった。


「・・・じゃあ、俺こっちだから」

「ああ、霊園の入り口で待ち合わせよう」


 2人は途中で別れ、それぞれの家族が眠る墓石へ向かう。そしてヨウジは「工藤家」と刻まれた墓石の前に立ち、花を挿して線香に火を灯す。

 そして無言のまま両手を合わせ、7歳の時に失った両親へ哀悼の気持ちを捧げた。


(・・・10年も来ないでごめんなさい。おかげさまで元気にやってます)


 両親を失った後、彼は長野の親類の養子となり、東京から離れた。だが中学卒業後は高校に進学せず、その後1年をかけて新たな仲間と共に日本全国を回る旅をしていた。彼が東京へ戻るのは、およそ10年ぶりのことであった。


「・・・」


 長年の心残りを解消し、少しだけ気持ちが晴れたヨウジは、東郷と待ち合わせるために霊園の入り口へと向かう。だがその途中、高級そうな白いジャケットを着た女性とすれ違った。


「・・・?」


 ヨウジは立ち止まり、首を傾げながら振り返る。何かから逃げるように、コツコツと早歩きをする姿が気に掛かっていた。


 その女性は墓石の影に身を隠し、しゃがみ込んでこっそりと周囲を見渡した。そして誰もいないことを確認してため息をつき、立ちあがろうとしたが、その瞬間、背後から声が聞こえてきた。


「・・・オイ、逃げるなんてヒドイじゃん?」

「まるで俺たちが悪者みたいにさ!」


 女性が振り返ると、そこには一度巻いた筈の男2人が立っていた。見るからにガラの悪そうな出で立ちをしており、不埒な目的で近づいて来ていることが一目瞭然であった。


「そんな睨みつけないでよ、何もしないから・・・さ!」

「・・・痛い! やめて!」


 一方の屈強な男が女性の腕を強引に掴み上げる。女性は堪らず叫び声を上げるが、周りには誰もおらず、その声は虚しく響き渡る。必死に抵抗するものの、男2人の腕力には叶わず、その目には思わず涙が浮かんだ。


「・・・ねぇ? 何やってるの?」


 その時、男たちの背後から別の声が聞こえてきた。彼らが後ろへ振り返ると、そこにはヨウジが立っていた。


「ナンパにしちゃ強引すぎるだろ。警察を呼ぶぞ」


 ヨウジは携帯電話を取り出して警察を呼ぶと脅しをかける。だが男たちはそれで引き下がらず、今度はヨウジに向かって迫ってきた。


「・・・あ? 何だ、お前? やんのか?」

「そっちがその気なら?」


 ヨウジはチンピラたちを挑発する。沸点の閾値が低いチンピラの1人はその瞬間、彼に向かって殴りかかってきた。


「・・・!!」


 ヨウジは身を屈めて拳を躱し、さらにガラ空きになった相手の鳩尾めがけて強烈なパンチを放った。


「・・・カハッ!」


 急所にまともな一撃を喰らった男は為す術もなく倒れる。


「・・・コ、コイツ!」


 2人目も続けて襲いかかってきたが、その拳が届く前にヨウジの前蹴りが男の急所に直撃した。男は堪らず悶絶し、倒れ込んでしまう。


「逃げよう!」

「・・・は、はい!」


 ヨウジは女性の手を取ると、その場からダッシュで離れていく。女性はそのスピードに戸惑いながらも、彼の手を強く握りしめていた。

 そしてチンピラたちの視界から離れたところを見計らって、ヨウジは立ち止まる。同時に女性も立ち止まり、両膝に手をついて息を整えていた。


「あの・・・ありがとうございました」


 女性は息を整えながら、ヨウジにお礼を伝えた。彼女は日暮里駅で悪質なナンパに付き纏われ、ここまで逃げてきていたのである。


「いや、いいんだけど・・・って言うか、さ?」

「・・・!」


 ヨウジは改めて女性の顔を見つめる。女性はしまった、とでも言いたげな表情を浮かべ、視線を逸らしてしまう。だが、ヨウジが続けて発した言葉は、女性の想像を超えるものだった。


「・・・ああ! やっぱりそうだ! なぁ、レイナだろ?」

「・・・???」


 唐突に本名を口に出され、女性は困惑する。ヨウジは両手を広げ、何とか思い出してもらおうと身振り手振りを加える。


「俺だよ、俺! 覚えてないかなぁ・・・!?」

「・・・俺? ・・・! もしかして、ヨウジ!?」


 女性はハッとした表情を浮かべ、ヨウジの顔を見上げる。その顔はおよそ10年分の時を重ねていたが、生まれ故郷で出会った少年の面影を色濃く残していた。


「まさか、レイナとこんなところで会えるなんて!」

「私も! ・・・ヨウジとあえて嬉しいよ!」


 その女性、天ヶ原レイナは心からの喜びを露わにする。ヨウジも予期せぬ再会に、心を躍らせていた。


 工藤ヨウジ、彼の一家は元々宮崎県の地方自治体に住んでおり、その時に2歳年上のレイナと出会った。だがヨウジは親の仕事の都合で7歳になったばかりの時に東京へ引っ越し、奇しくもその直後に宇宙戦争を経験して家族を失ったのである。

 故に、2人はおよそ10年振りの再会であったのだ。


「・・・」


 ヨウジの記憶の中のレイナは、地味な私服の引っ込み思案な女の子であった。だが、今目の前にいる少女は、顔つきこそ過去の面影があるものの、垢抜けた化粧と高級そうな服装で着飾った大人の女性であった。

 ヨウジは自分だけ10年前に取り残された様な心地がして、少しだけ寂しさを感じてしまう。


「・・・ねぇ、ヨウジ! ヨウジは今、何してるの? 近くの高校に通っているの?」


 沈黙を切り裂くように、レイナは話を切り出した。


「いや、高校には行かなかったんだ。今は2人の仲間と一緒に旅をしてて、今日・・・東京に戻ってきた」

「そうなんだ。・・・あ、そうだ」


 レイナはハンドバッグの中から3枚の紙切れを取り出し、それらを押し付ける様にヨウジへ手渡した。


「私・・・今、ちょっと歌手やってるんだ! よかったら来て! 今日のお礼!」


 それは3日後に行われるライブチケットであった。23世紀という時代に紙媒体のチケットが存在していることが、この国の文化的後退を示している。


「わかった・・・絶対行くよ!」

「・・・絶対だよ!」


 ヨウジは満面の笑みで応える。その後、2人は別れ、ヨウジは東郷と合流するため、待ち合わせ場所に指定していた霊園の入り口に向かう。


「・・・? どうした、ニヤニヤして気持ち悪い」

「いやぁ、幼馴染に再会したもんでね。・・・そうだ、東郷。3日後の予定が決まったぞ」


 東郷はヨウジに何かがあったことを瞬時に見抜いた。ヨウジは笑みをこぼしながら、レイナから貰ったチケットを見つめている。


(あのレイナが、いや・・・まさか東京で歌うことを続けていたなんて)


 ヨウジの脳裏には10年前の記憶が蘇る。九州山地の奥の奥、そんな片田舎の子ども園で2人は出会った。


〜〜〜


3月28日 東京府東京市 新宿区


 それから3日後、一行は新宿区にあるライブハウス「コスモラウンド」を訪れていた。収容人数2000人を擁するかなり大規模な会場であり、すでに入り口には多くの人々が集まっている。


「・・・ちょっと!! どういうことよ、これは!!? 何で言ってくれなかったの!?」


 その人混みの中で、一行は言い争いを起こしている。言い争いというよりは、一行の紅一点である沢が一方的にヨウジを責め立てていた。


「・・・何で、『ザドキエル』のライブだって、当日カミングアウトなのよー!」

「わひいっ!」


 沢はヨウジの胸ぐらを掴み、絶叫しながら彼の体を容赦なく揺さぶる。

 ヨウジは受け取ったチケットを、ライブハウスに着いてから2人に配った。親友の幼馴染のライブ、きっと絶賛売り出し中の新人シンガーの集客要員として呼ばれたのだろうなどと思っていた沢は、そのチケットに書かれた名前を見て絶句した。


「しかも・・・『楽屋訪問特典』まで付いた超プレミアじゃん! アンタ、ホントにザドキエルの何なの!?」

「だから、幼馴染だって・・・て言うか、アイツそんなに有名なの?」

「歌姫をアイツ呼ばわりするな! いや・・・それより、幼馴染なのに知らないの!?」


 沢は携帯端末を取り出し、画面をスワイプしながらあるネットニュース記事を見せる。それはネット発の新進気鋭シンガーソングライターを特集した記事だった。


「これ見てよ! 顔出しするようになったのはここ1年くらいからだけど、それ以前から歌声だけで全世界4億のフォロワーが付いた、世界で今、最も愛されているシンガーなの! ほら、街中に白いジャケットを着ている人たちがいたでしょ? あれがザドキエルのトレードマークなの!」


 沢は興奮しながら、ザドキエルがどういう存在かを説明する。ヨウジはその気迫に着いていけず、只々苦笑いを浮かべる。

 周囲の人々はライブハウスの前で諍いを起こす男女を訝しげな目で見ている。気恥ずかしくなった東郷は、2人の間に入って物理的に引き離した。


「・・・と、とりあえず入ろう」

「そ、うだな」


 冷静になったヨウジと沢は、東郷に促されるままハウスの中へと向かう。そして受け付けで貰ったチケットを手渡したところ、名前を聞かれたため、工藤ヨウジと名乗った。

 受付の店員は少しだけ驚いた顔をするが、どこかと無線で連絡を取り合った後、彼らをバックスペースへと案内する。ライブイベントはすでに始まっており、ステージの熱気と観客の歓声が響いていた。

 そして一行はとある楽屋の前に案内される。扉には「ザドキエル様」と書かれた無地のA4用紙が貼り付けられていた。


「・・・レイナ?」


 ヨウジは少し緊張しながら扉をノックする。直後、勢いよく扉が開かれ、中から今回のライブイベントの目玉キャストが現れた。


「・・・ヨウジ! よかったー! ホントに来てくれたんだ、ありがとう!」

「おっと」


 レイナはそのままの勢いでヨウジに抱きついた。ヨウジは咄嗟に彼女を受け止める。彼と共に楽屋を訪れた沢、そして楽屋の中にいたマネージャーらしき女性は、ギョっとした顔をする。


「まさか、ヨウジが本当にザドキエルと幼馴染だったなんて・・・!」


 沢はここに至ってようやく現実を受け止めていた。しばらく抱き合って満足したレイナは、サッと離れて周囲に目を向ける。ヨウジの後ろには少し無愛想な男性と、空いた口が塞がらない女性がいた。周囲のスタッフも、今をときめく歌姫が男に抱きついている様を見て、少しざわついていた。


「あなた達がヨウジの仲間ね、初めまして! ザドキエルといいます」

「・・・し、し、しし、知ってます! 大ファンですぅ!」


 沢は思わず涙を浮かべてしまう。


「ホント!? 嬉しい!」

「ウワァ・・・!」


 レイナは満面の笑みを沢に向けると、彼女の右手をぎゅっと握って握手を交わした。沢はまさしく昇天する様な心地であった。


「・・・そうだ、ヨウジ。私の出番は最後なの。だからそれまでライブを楽しんでて! また後でね!」

「・・・ああ!」


 レイナはそう言うと、再び楽屋の中に戻っていった。その後、一行はスタッフに促されるまま、ライブ会場へと案内される。ライブハウスはワンドリンクオーダー制となっており、彼らはそれぞれ注文したドリンクを片手に、他の観客と共に舞台の前のスペースに立っていた。

 なお、一行の年齢は、東郷47歳、沢24歳、そしてヨウジ17歳とリーダー格の彼だけ未成年者であり、ヨウジだけはソフトドリンク(ジンジャーエール)の注文を余儀無くされた。


 舞台上にはすでにインディーズのバンドが立っており、R&Bの楽曲を演奏している。立ち見の客席はほぼ満杯であり、観客はペンライト片手に盛り上がっていた。

 このライブイベントの開催時間は19時から21時30分までの2時間半であり、それぞれの出演グループが30分ずつの持ち時間で演奏するプログラムとなっている。その中で最大の目玉である“ザドキエル”の出演順はオオトリであり、彼女の出番まではまだ時間があった。


「・・・!」


 趣味でギターをしているヨウジは、内心すごくワクワクしながら舞台を見つめていた。特にギタリストの華麗な演奏には、同業者として目を奪われている。そんな時、彼は右肩を不意に叩かれる。


「・・・貴方、ウチのザドキエルとどう言う関係なの?」

「えっと・・・貴方は?」


 ヨウジが振り返ると、そこには凛とした美女が立っていた。スーツ姿でまさしく仕事のできる女性という出で立ちである。ヨウジが困惑していると、女性はハンドバッグの中から名刺を取り出した。


「失礼、私はこういう者です」


 そこには「Runa-PRO CEO」という肩書きと、春川流那はるかわ るなという名前が記されていた。


「・・・あっ、レイナの楽屋にいた」

「そう、彼女が所属している芸能プロダクションの代表取締役よ」


 彼女はザドキエルが所属する芸能事務所の社長であった。春川は自己紹介を終えると、改めて本題へと入っていく。


「・・・それで、さっきの質問の続きだけど、彼女と貴方はどこで出会ったの?」

「ええっと、もう10年以上前かな・・・俺とレイナは同郷で、同じ子ども園に通っていたんです」


 ヨウジは自身の過去について語り始める。話はおよそ10年前、宮崎県の山間部の田舎町から始まる。

 ヨウジが年少としてその子ども園に入園した時、レイナは年長、つまり彼女の方が2歳年上であった。その後、紆余曲折あって仲良くなった2人は、小学1年生の途中まで共に過ごした。だがヨウジの父の転勤がきっかけで、彼の一家は東京に引っ越すこととなる。


「・・・その直後にあの戦争があって、お互いに連絡が全く取れなくなったんです。だから俺もびっくりしました。まさかレイナが本当に歌手になっているなんて」


 ヨウジは奇跡の再会を果たしたことを、改めて感慨深く感じていた。春川は顎に手を添えながら、彼の話を聞いていた。

 そうこうしているうちに時間は過ぎていき、ついにザドキエルの出演順が巡ってくる。舞台上にはバックバンドが待機しており、主役の登場を待つ。そしてスポットライトが暗転し、ドラムがバチを叩いてカウントダウンを告げると、一気に照明が点灯してこのステージの主役を照らした。


『どうもー! みんなー! 今日は集まってくれてありがとう! 早速、1曲目行くよ!』


 楽曲は5曲、デビュー曲からSNS上でヒットした有名曲を含めたセットリストになっている。ザドキエルの歌声がマイクに乗った瞬間、それまでとは段違いの歓声が上がった。


「・・・すごい!」


 ヨウジは幼馴染が奏でる歌声と、堂々としたパフォーマンスに心を奪われる。

 彼女の歌の内容は恋愛ソングが多く、よく聞き入るとセクシャルな表現も散りばめられた、刺激的かつ破滅的な歌であった。中には歌詞の意味も全く文章として成り立っていない曲もあったが、そのあまりにも類稀なる歌声故に、耳には心地よく聞こえてくる。


(レイナは、本当に夢を叶えていたんだ・・・!)


 彼は幼い時、歌手に憧れていた彼女の姿を思い出す。そして彼女がその夢を叶えていたことに、改めて感激していたのであった。

 そして、楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。セットリストを歌いきったザドキエルは、数多の歓声を浴びながら客席に向かって挨拶する。


『来てくれたみんな! 今日はありがとう! 盛り上がってくれて、私も楽しかった!』


 彼女はそう言うと、数多の観客の中からヨウジの姿を見つけ、そこに向かってウインクした。その瞬間、さらなる歓声が上がる。ヨウジは照れ臭くなり、思わず目線をそらしてしまう。


「わかったでしょ? 自分の幼馴染がどういう存在か。その類稀なる歌唱力はもちろん、その名前にふさわしい天使の様な美貌! 今やザドキエルは世界中の女の子たちの憧れなの!」


 ヨウジに語りかける沢は、なぜか得意げな様子であった。



 イベントが終わった後、一行は再び楽屋へ案内される。ヨウジは楽屋で一息ついていた幼馴染に声をかける。


「凄かった、感動したよ」

「ホント!? よかったーっ! じゃあ、次も来てよ!」


 レイナは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべていた。そして彼の右手をぎゅっと握り、次のイベントにも来る様にせがむ。


「・・・ちょっと、レイナさん」


 彼女の後ろに控えていたマネージャーの女性が、幼馴染贔屓の職権濫用を繰り返すレイナを諫めようとする。しかし、レイナは全く気に留めていない。マネージャーの苦労を想像し、ヨウジは苦笑いを浮かべる。


「アハハ・・・ちなみに、次のイベントって決まってるの?」

「えぇーっと、確か次は・・・?」


 レイナは目線をキョロキョロさせる。その様を見て、春川は大きなため息をついた。


「葛西臨海公園で野外フェスがあるわ、自分のスケジュールくらい把握しておきなさい」


 次に控えるイベントは東京市江戸川区の「葛西臨海公園」での野外フェスである。いくつかのブースで同時進行で行われる大規模な野外ライブイベントだ。


「出演はメインステージ、18時から。きっとお客も集まる。『紅白』に出るんでしょ? 失敗はできないわ」

「紅白?」


 ヨウジは春川が発したある単語に反応する。すると間髪入れずにレイナが話に割り込んできた。


「・・・『紅白歌合戦』! 音楽番組も大規模フェスもほとんど衰退した今、地上波放送において最も権威と名誉ある歌番組でしょ! 純粋な売り上げと世論の支持、そして紅白という舞台にふさわしい実績があるかどうかが厳しく問われる・・・。この時代、この国に住む全ての歌手にとって、紅白に出るのは最大の名誉であり、永遠の目標なんだ! それに今年の紅白は特別なんだよ・・・!」

「いや、紅白はもちろん知ってるけど・・・特別ってどういうこと?」


 首を傾げるヨウジに対して、ザドキエルのマネージャーを務める女性、大丹波璃おおたんば あきが説明を始める。


「・・・今年の紅白は『ライブ・エイド』の協賛企画なんです」


 2209年、日本における全てのアーティストにとっての憧れの舞台・・・今年はそれにさらなる付加価値が追加されることとなった。


「『ライブ・エイド』・・・元々は西暦1985年に行われた20世紀最大、人類史上最大のチャリティーコンサートのことです。日本最大の民間宇宙輸送企業である『スペース・エルメ社』の現CEOが『太陽系の復興』をスローガンに掲げ、23世紀にそれを復活させることを提唱したのが2年前・・・それから、世界各地のアーティストの賛同を集め、ついに今年の大晦日にそれを開催することが決まったんです。そして今年の紅白はライブ・エイド開催期間中に同時放映され、そして紅白参加者のうち5つのグループが、スポンサー枠としてライブ・エイドに同時参加することになっています」


 ザドキエル、そして彼女が所属するRuna-PROの目標、それは紅白歌合戦に出場すること、そしてさらに全世界に向けてパフォーマンスが放映される“5組”の中に選ばれることであった。


「私はこの子が、『世界』すらも変えるようなシンガーになると信じてる。だから、絶対にその枠を掴まないといけないの」


 春川は強い口調で自らの野心を明かす。「ザドキエルを世界的スターにすること」、それが彼女の目的であった。


「・・・」


 確固たる目標に向かって突き進む者たちを見て、ヨウジは思わず気圧されてしまう。


 そしてイベントが終了し、ほとんど観客が解散した後、一行は裏のスタッフ用出入り口から外へ出るように案内された。


「じゃあ、またね!」

「ああ」

「絶対、また来ます!」


 レイナは一行を見送るため、スタッフと共に裏口まで来ていた。そっけなく返事を返すヨウジとは対照的に、沢は目を爛々とさせながら応える。

 そしてヨウジたちがその場を離れようとした時、レイナは咄嗟に彼の耳へ口を寄せた。


(・・・あとで、宇宙平和記念公園で待ってる)

「・・・」


 彼女はこっそりと、かつ一方的に密会の約束を告げた。ヨウジは何も言わず、小さく頷き、仲間たちと共に宿泊先のホステルへと戻っていった。




東京市新宿区 宇宙平和記念公園


 東郷と沢が寝静まった頃を見計らって、ヨウジは再び外へ出ていた。場所はかつて日本屈指の高層ビル街であった西新宿である。だが今、そこには21世紀にはなかった広大な公園が建設されていた。

 公園の中心部には、あるモニュメントが設置されている。しかしよく見ると、それは彫刻などではなく、破壊された建物の残骸であった。


「・・・よかった、来てくれた」


 そのモニュメントの前に、白色のジャケットを着た歌姫がいた。ヨウジは一歩ずつ、彼女のもとへ近づいていく。


「・・・いったいどうしたんだ? こんなところに呼び出して」


 ヨウジは彼女に自身を呼び出した理由を問いかける。すると、レイナは後ろへ振り返り、モニュメントを見ながら話し始める。


「ここは『グラウンド・ゼロ』、ここは元々、八芒星型の双塔をシンボルとした『旧東京都庁』の跡地。かつての東京都政の中心地だった此処は今、『宇宙平和記念公園』になっている。このモニュメントは破壊された都庁の残骸なの」


 西暦2199年、宇宙戦争で世界各地の都市が破壊された。太陽系全体で35億人、日本国内で4000万人が犠牲となり、多くの人々が家族や大事な人を失った。


「あの戦争で35億人が死んだ・・・私も、知ってる人たち、いっぱい死んじゃった。だから・・・ヨウジに会えてすごく嬉しかった。この前のライブも、すごく頑張れたんだよ」


 ヨウジは無言のまま彼女の言葉を聞いていた。


「今年の年末、私はライブ・エイドに出る。だから、アンタにはそれを最後まで見届けて欲しいの」

「!」


 ヨウジは根無し草の旅人である。だがレイナはそんな彼にもう少しだけ東京に留まって欲しかったのだ。


「・・・わかった、お前が夢の舞台に立つまでを見届ける」


 彼はレイナの望みを受け入れた。その瞬間、彼女の顔がパッと明るくなる。


「約束だよ! 次のライブも見に来て! もう勝手にいなくならないで!」


 レイナはまるで小さな子どもの様に捲し立てる。かくして、ヨウジの一行はしばらくの間、東京に滞在することとなった。


 そして2人の出会いはこの先、世界にとんでもない異変を招く大事件の序章となっていく。

次回「天性のギタリスト」

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