エピローグ 〜連合よ、さらば〜
2199年9月14日 地球 アメリカ合衆国 ワシントンD.C 国連本部
火星にて調印された「水龍講和条約」は、国際連邦総会にて批准の決議が行われ、正式に執行された。そしてこの日、批准書の交換を行うため、女王の使節団が国際連邦の本部があるワシントンD.Cを訪れていた。
その模様は全世界に中継される。かくして、地球と宇宙漂流連合の間で行われた一連の戦争は、正式に「宇宙漂流連合の敗戦と撤退」という形で終了した。
「・・・」
交換式には調印式の時と同様に、世界各国のマスコミが殺到しており、批准書を抱えて握手を交わす国連事務総長のジュンタと連合女王ライザの姿をカメラに収めていた。日本の外務官僚である庭月野は、日本政府の代表団の1人としてワシントンD.Cを訪れており、同会場内でその瞬間を目撃していた。
この1ヶ月の間に様々なことが決まった。連合から国際連邦へ譲渡された「第5艦隊」は、正式に国連宇宙軍の管理下となることが決定した。同時に国際社会に対する「飛行戦艦・扶桑」の優位性が消失したが、代わりに日本政府が扶桑を所有することに対する風当たりが一気に萎んだのである。
実は連合の技術によって、扶桑にもバリアを構築する機能が追加されていたのだが、日本政府はそのことを秘匿していた。
「・・・さてと」
庭月野は人混みに紛れながら、交換式が行われたホールの外へ出る。そして正面玄関のロビーに待たせていた、ある人物のもとへ向かう。
国連本部ビル ロビー
国連本部ビルのロビーには、批准書の交換式に際して集まった地球と連合双方の役人たちがごった返していた。庭月野はその人混みをかわしながら、目当ての待ち人を探す。彼の片手には高級そうな紙袋が握られていた。
程なくして、庭月野はついに待ち人を見つける。エルフの様な尖った耳をした連合12種族「ライナ」の少女、女王の侍従の1人であるクーラがそこにいた。
「クーラさん!」
「・・・ニワツキノ様!」
雑踏の中から手を振って近づいてくる庭月野を見つけ、クーラはパッと表情が明るくなる。庭月野は彼女の前に立って一呼吸おくと、照れ臭そうな顔をしながら口を開く。
「・・・いや、申し訳ない。お別れの前に、これを渡したくて!」
庭月野はそういうと、手に持っていた紙袋を差し出した。クーラは驚きながらも、その贈り物を受け取る。
「・・・こ、これを? わ、私に!?」
「はい! 是非、開けてみてください!」
その瞬間、クーラは頬を赤く染めて俯いてしまう。そして庭月野に促されるまま、紙袋の中に手を伸ばし、その中に入っていた箱を取り出した。緊張しなから箱を開けると、綺麗なガラス容器の中に綴じ込められた5本のオレンジのスプレーバラの花が現れた。
「・・・綺麗。・・・これは一体?」
「『プリザーブドフラワー』・・・生きた花を加工し、半永久的に保存できるようにした装飾品です」
庭月野はもう2度と地球に帰らない彼女に、地球の思い出を送ろうと考えた。そして彼は、彼女たちにとって永遠の憧れであった「天然の植物」を贈ったのである。
「・・・!」
クーラは目をキラキラさせながら、その容器を掲げて中のバラを見つめていた。
「花や植物には、その種類や色、さらに本数によって言葉を持つものがあるんです。特にこのバラという花はその気品さと鮮やかさ故に、太古の昔から我々地球人類を魅了してきました」
「・・・言葉?」
クーラはキョトンとした顔をする。庭月野はそのプリザーブドフラワーに込めた言葉について語り始める。
「オレンジのスプレーバラが持つ意味は『幸多かれ』、そして5本のバラが示す言葉は、『あなたに出会えて本当によかった』」
「!!」
庭月野の言葉を聞いた瞬間、クーラの心に様々な感情が湧き上がってきた。そして思わず、右目から一筋の涙を流してしまう。
「・・・我々は、もう2度と会うことはありません。私はいつか、貴方たちが理想の星に辿り着くことを祈っています」
庭月野はそう言って少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。クーラは言葉に詰まり、何も答えることができなかった。
程なくして、女王の一団が大ホールから現れる。クーラは庭月野に深く一礼すると、ガラス容器を両手でしっかりと抱えながら、女王の侍従としてその後に合流していく。庭月野は無言のまま、国連本部を後にする女王たちの後ろ姿を見つめていた。
その後、一団はワシントンD.Cの西側にある「ポトマック川」に停泊中の宇宙航行船に乗り込んでいく。そして数多の人々が見送る中、女王を乗せた宇宙航行船はあっと言う間に飛び立ち、宇宙の彼方へと消えていった。
〜〜〜
エッジワース・カイパーベルト 冥王星
それから12時間後、女王を乗せた船は冥王星近傍に浮かぶ連合の母艦に帰着した。女王ライザは近衛兵の護衛に囲まれながらタラップを降りていくが、その途中、何かに後ろ髪を引かれるような気持ちとなり、ふと後ろを振り返った。
「・・・さようなら、チキュウ」
ライザはぽつりと呟く。そして再び歩き出して、自らの居城である「宮殿」へ戻っていく。
そして主の帰還を確認した操縦士たちが、母艦のエンジンを動かし始める。彼らの最初の目的地は、太陽系から天秤座の方角に20光年離れた「赤色矮星グリーゼ581星系」だ。
連合の母艦はその巨体に似合わない加速度で瞬く間にカイパーベルト、そしてオールトの雲を突き抜け、太陽系の彼方へ消えて行った。
・・・かくして、地球の歴史上初の「宇宙戦争」は人類の歴史に深く刻まれた。「連合」の侵略を退けた地球人類は、その代償として35億の人命を失った。
その後、太陽系は復興の時代へ突入する。だが、連合による容赦無い破壊が残した爪痕はあまりにも深く、一度まとまりかけた世界は再び世紀末の様相へ逆戻りしてしまう。
さらに「日本」も世紀末の波に飲まれていく。半数の人口を失い、徹底的に破壊された東京の治安は崩れ、経済は崩壊した。国内は厭世観に覆われていき、不穏な空気が漂ってくる。
・・・・・
・・・
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2209年1月1日 日本皇国 東京府東京市 お台場
戦争から10年の時が流れる。未だ復興の途上にある「東京」で、人々は希望の見えない日々を過ごしていた。そして時は西暦2209年1月1日、元旦を迎えた東京の一画、雪すらちらつくお台場でコートを着込んだ1人の女性が歩いていた。
「『エルメランド』の因縁を晴らす。『ニホン国』に・・・このセカイに、真の“終末”を」
その女性は邪悪な笑みを浮かべ、空に眩く輝く月に向かって手を伸ばした。
荒んだ世界で、170年の時を超えた復讐計画が動き出す。




