王政復古と戦争の終わり
ついに戦争が終わります
女王府 参賀の場
ナノマシンの攻撃に追われる兵士たちは、ついに女王府の前にある参賀の場まで撤退していた。
「・・・ハア、ハァ!」
日本皇国軍の兵士たちは息を整える。攻撃範囲の外まで出られたのか、ナノマシンの追撃は一時的に止んでいた。だが、どこから湧いて出たのか、一度は殲滅した筈の警備アンドロイドや無人機動車が再び大挙して迫っていた。
「・・・クソ!!」
パワードスーツのバッテリーも限界が近づいている。陸軍の兵士たちは疲労と絶望を顕にしながらも、各々の銃口を敵へ向ける。
「ハァ・・・! 『ミダスの右手』!」
黄金を生成し、操る力を持つ亜人種、小羽ハルナはさらなる魔力を振り絞って迫り来る敵の機械仕掛けに対して攻撃を繰り出す。撤退中、立て続けに魔力を消費したため、彼女の限界も近づいていた。
「まずいな、これではジリ貧だ・・・」
吸血鬼族の葵は、自身の血を槍状に錬成した武器を敵のアンドロイドに投げつけ、破壊していく。肝心の標的は堅牢なバリアの盾の中に引きこもり、敵は物量的にまだ余裕があり、彼は自軍が劣勢になっていることを察知していた。
そして、一時追撃を止めていた筈のナノマシンが宮殿の敷地を超えて、参賀の場にまでその魔の手を伸ばしてくる。龍に化け、上空から様子を見ていた龍二は、地上の友軍を援護するため、空からナノマシンの群れに向かって火炎を浴びせた。
(・・・『蒼龍波』!)
高熱の龍の炎に包まれ、ナノマシンの触手は焼けこげて崩壊していく。だが、ナノマシンは後からどんどん湧いて出て来るため、焼け石に水であった。
「・・・キリがない!」
前からは敵の無人兵器が、後ろからはナノマシンの群れが迫ってくる。生き残った地球の兵士たちは背を向け合い、四方八方から迫り来る敵を見つめる。
中央広場
汎用輸送艇が着陸した中央広場でも、敵のアンドロイドがその周囲を囲んでおり、帰りの手段である輸送艇を守るため、留守番をしていた兵士や亜人種が敵に向かって攻撃を加えていた。だがこちらも背水の陣に近い状況に陥っている。
(・・・ここまでか!?)
1人の兵士の脳裏に死の予感が過ぎる。隣に立っていた雷を操る亜人種の男も、魔力切れで凄まじい息切れを起こしていた。
だがその時、突如として彼らの上空に突風が走る。そして空を見上げると、もう1隻の汎用輸送艇がいつの間にか中央広場の上空に到達していたのである。
「・・・!!」
すると輸送艇の側面扉が開き、中から数名の男たちが降りてきた。彼らは女王直属近衛師団の兵士たちであった。そして一番最後、王族の正装に身を包んだ女王が降りてくる。彼女は身につけていた“人工重力制御装置”の力でゆっくりと広場に降り立ち、地に足をつける。
「・・・」
そして堂々とした出立ちで、自身の居城である女王府・宮殿を見つめると、その方角に向けて歩き出す。
直後、輸送艇を守っていた兵士たちの端末に緊急通信が届けられる。
『女王の凱旋を死守せよ』
「・・・行こう」
この場を指揮していた皇国陸軍兵士が、部下たちに命令を下す。彼らは今まで守っていた輸送艇のもとから離れ、女王の近衛兵たちと共にナノマシンが蠢き、バリアによって守られた「宮殿」に向かって歩き出す。
女王府 参賀の場
プランヴィーと桃真、葵の3人は、迫り来るナノマシンの攻撃を弾きつつ、味方の援護を並行して行なっていた。吸血鬼である彼女たちは、その圧倒的な魔力と再生能力を有する体故に、何とか持ち堪えているが、仲間も同時に守るとなると、無数に迫り来るナノマシンの触手のために、どうしても手が回らない。
周囲を見れば、1人、また1人と兵士たちが犠牲になっていく。
「・・・しまっ!!」
そしてついに、安藤少尉も敵の魔の手に掛かる。彼はパワードスーツを破壊され、つまづいた拍子に両腕を地面に押さえつけられた。そして無数の刃が身動きの取れない彼に向かって襲いかかってくる。
「・・・!!」
安藤少尉は死を覚悟し、たまらず目を瞑る。だが刃の1つが彼の眉間に到達する一寸前、突如として全てのナノマシンが動きを止めた。
「・・・?」
箒に乗って、上空から様子を伺っていた亜里亜は、地表の異変に気づく。そして、視線を動かしていくと、そこにはこの宮殿の本来の主の姿があった。
「・・・」
女王ライザはじっと立ち、ナノマシンの見分が終わるのを待っている。触手の先端から放射される光が、彼女の網膜、指紋、そして体表の血管走行をスキャンしていく。そして彼女が“本人”であることを断定したナノマシンの触手は一気に崩れ去り、そして元の形・・・庭園の木々や装飾品へと戻っていった。
・・・
宮殿 コントロール室
その光景は監視カメラにて宮殿内部のコントロール室にも届けられていた。女王の帰還を目の当たりにして、ガンヴォは一気に顔色を青くする。
「・・・バ、バ、バカな!? あいつら、この無謀な戦いに女王を連れて来ていたというのか!?」
彼は地球人の正気を疑っていた。彼らは途中で轟沈する見込みの方がよっぽど高い、この無謀とも言える遠征計画に、連合女王を同席させていた。
万が一、もしここに辿り着く前に扶桑が沈んでいたら、そうなっていたら、間違いなく130億の連合臣民は地球人を許さないだろう。
「・・・正気ではない! 女王も、なぜこの様な無謀を・・・!?」
ガンヴォは女王の意思を図りかねていた。女王が自らの意思で遠征への参加を志願したことなど、彼は知る由もない。
・・・
宮殿 正面玄関
先ほどまでナノマシンとの苛烈な攻防戦を繰り広げた、女王府から宮殿へ続く“渡り廊下”は、一番最初に見た絢爛な装飾の柱が並ぶ姿へ戻っていた。その廊下の上を女王と、彼女を取り囲む近衛兵、そして日本皇国陸軍の兵士たちが進む。
「・・・」
無数にある筈の兵士の亡骸と血痕がきれいさっぱり無くなっている。おそらくは女王の帰還を察知したナノマシンが、綺麗に掃除してしまったのだろう。安藤少尉は胸が締めつけられる思いであった。
程なくして、電磁バリアがあった筈の場所も突破して、宮殿の扉の前に到達する。女王ライザが右手をかざすと、それに呼応して重厚な扉が開いていく。
「・・・突入!」
女王ライザの帰還に先行して、安藤少尉に率いられた兵士たちが突入していく。
「・・・目標を見つけ次第、直ちに確保せよ!」
神格化された王族の聖域が、異星の兵士・亜人種によって踏み入られていく。絢爛な玉座の間、祝宴を上げるための宴会場、亡き父王と幼き日を過ごした居間、そして御伽話を聞かされた寝室・・・ライザはそれらが無造作に蹂躙される様子を、無言のまま見つめていた。
だがその捜索は突如として終わりを迎える。
『・・・ガンヴォ・レ・マンシを発見した!』
宮殿を捜索していた一隊がついに目標を発見した。陸軍兵士たちは発見した一隊が示した位置情報に基づいて、その場所へと向かう。
(・・・これは、我々『キリエ』の甘さが招いた事態。・・・だから)
「私たちも・・・行きましょう」
「・・・はい、陛下」
女王は近衛兵、そして腹心の部下であるロトリーと共に、最終決戦の場へ歩き出す。
「私たちもお供しますわ、陛下・・・」
吸血鬼一家の長であるプランヴィーが女王の前に跪き、同道を申し入れる。その背後には彼女の子供たちである桃真と葵が同じように片膝をついていた。
「・・・ええ、よろしくお願いします」
ライザはその申し出を微笑みながら受け入れた。そして3人の吸血鬼はゆっくり立ち上がると、女王の一団と共にこの戦争の首謀者が待つ場所、宮殿のコントロール室へと向かう。
宮殿 コントロール室
コントロール室にて、ガンヴォの一味はすでに袋小路となっていた。屈強な異星の軍隊を前にして、彼らは縮こまって震えることしか出来ない。
「・・・腹這いになり、手足を広げろ!」
「・・・!!」
安藤少尉を含む生き残った兵士たちは、その銃口を彼らに向ける。ガンヴォの部下たちは命惜しさでその命令に従い、降伏の意を示した。ガンヴォも観念したのか、部下たちと同様に床へ伏せている。
「・・・良し」
皇国陸軍の兵士たちは、降伏した彼らを拘束するためコントロール室の中へと入る。床に伏している彼らの背後へ素早く周り、手錠をかけていく。
「・・・ク、クソォ!! 原始人が!」
だが1人だけ、まだ諦めていない男がいた。ガンヴォは兵士たちが銃口を下ろした隙をついて立ち上がり、懐に忍ばせていたビーム銃を取り出すと、それを無造作に地球の兵士たちへ向けた。
「・・・なっ!」
銃を向けられたのは奇しくも、全隊を率いる安藤少尉であった。彼も周囲の兵士たちも、咄嗟のことに反応が遅れてしまう。そしてガンヴォは引き金に指をかけ、引いた。
「!!?」
銃口から高出力のビームが放たれる。だがそれは安藤少尉に到達する直前、まるでプリズムを透過したかの様に散乱してしまった。
「・・・『光学散乱』!」
虚空から声が聞こえる。その直後、ガンヴォの手に握られていたビーム銃は“見えない何か”によって叩き落とされた。
「・・・確保!」
その瞬間、皇国陸軍の兵士たちが一斉にガンヴォへ飛びかかる。彼は為す術もなく抑えつけられ、拘束された。
そして何もない筈の虚空から、1人の人影が浮かび上がってくる。自身にかけた“光学迷彩の魔法”を解いて現れたそれは、尖った耳をした少女であった。床に抑えられながらも、その姿を見上げたガンヴォは、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「・・・貴様、『ライナ人』か!!」
“尖った耳”は連合12種族の1である「ライナ」の特徴であった。故に彼はそのライナ人が地球人に寝返ったものと思い込む。
「・・・いいえ、私はチキュウの種族です」
しかし、少女は天使の様に微笑むと、それを否定した。彼女の名前はリリアーヌ=ウィルソー・キンメルスティール、およそ150年前に異世界テラルスから移り住んだ亜人種の1人であり、“光の精霊”を使役し、光を操る魔法を得意とする日本でたった1人の「エルフ族」であった。
拘束されたガンヴォ、そして彼の部下たちは引っ張り上げられ、連行されていく。その途中、女王ライザが彼らの前に立った。
「・・・っ!! 原始人共の手を借りるとは、キリエの王も地に落ちたものですな・・・!」
ガンヴォは精一杯の負け惜しみを口にする。ライザは特に何も言い返すことなく、彼の目を見つめていた。そして女王は腹心の部下であるロトリーに指示を出す。
「直ちに“王政復古の勅令”と“戦闘停止命令”を発布しましょう! この戦いをすぐに終わらせるのです!」
「・・・はっ!」
女王の指示を受けたロトリー、そして近衛兵たちはすぐに動き出す。彼らは奪回したばかりのコントロール室に入り、緊急放送の準備を進める。
「通信回復! 母艦全域への配信準備整いました!」
「タキオン通信準備完了! 遠征中の艦隊へも同時通信可能です!」
母艦の中に住まう全住民と同時に、超光速通信にて地球を攻撃中の艦隊へも発令を行う準備が整った。そしてライザは近衛兵が構えるカメラの前に立ち、1つ大きな深呼吸をした後、毅然とした顔つきで口を開いた。
都市エリア 中心地にある屋敷
連合の行政機関である「行政部」、そこで12種族の1つである「ライナ人」の代表を勤めているレイ・ラーマル・ウェンパーは、他の種族代表者と同様に自身の屋敷のシェルターに避難していた。
「・・・一体、この艦はどうなってしまうの?」
レイはその体を小刻みに震えさせている。異星人によって都市中心部まで攻め込まれることなど、連合の歴史が始まって以来初めての事態であった。
その時、シェルター内部に取り付けられていたモニターが自動的に起動する。そこには女王府からの緊急通信であることを告げる、王族の紋章が表示されていた。
『・・・こちらは、宮殿のコントロール室です。宇宙漂流連合全住民の皆さん、聞こえていますか?』
「・・・!!? 陛下!?」
レイはカッと目を見開き、その緊急放送に釘付けになる。その声は間違いなく、死んだと思っていた筈の女王本人のものであった。画面には女王の顔が映し出されている。
130億の人民が注目する中、ライザは真実を語り始める。
『皆さんにはご心配をおかけしましたが、私はここに断言します。・・・私はチキュウ人に殺されてなどいません!』
女王は改めて自身の健在を宣言する。そして言葉を続けた。
『我々はチキュウにて、チキュウ人との交流・交渉に臨み、そしてチキュウ訪問が終わった後は正式に移民協定・友好条約を締結するところまで交渉は進んでいました。しかし、連合政府の内部にはチキュウを武力で奪取することを目論む一派が存在し、彼らは平和的交渉を前提とする我々を疎んでいました・・・』
女王は連合の首脳陣に不穏分子が潜んでいたことを説明する。
『そして彼らは、我々がチキュウ人によって謀殺されたと虚偽の発表を行い、同時に連合の統治権を掌握しました。さらに私欲のため、チキュウへ魔の手を伸ばしたのです。我々はその反乱を打ち倒し、チキュウとの全面戦争を阻止するため、彼らと手を結び、彼らの艦でこの母艦へ戻ってきたのです。そして・・・!』
カメラの位置取りが変わる。女王の背後には皇国陸軍の兵士と女王の近衛兵によって身柄を抑えられたガンヴォとその部下たちの姿があった。
『窮地を悟った彼らはこの宮殿に立て籠もるつもりだった様ですが、チキュウ人の助力を得て、こうして捕えることが出来ました・・・』
女王は改めてカメラへ向き直す。
『そしてここに王政復古を発令し、女王として現在戦闘継続中の連合軍に対して、即刻の戦闘中止と撤退を命じます。そして我々はチキュウから、このジェリカ恒星系から、完全に撤退することを決定しました。我々はこの銀河の旅を続ける・・・。きっと、緑溢れる理想の惑星に辿り着く日が来る!』
ライザはケジメをつけるため、太陽系から手を引いて銀河漂流の旅を続けることを宣言した。この瞬間、連合の地球移住計画は全て白紙に戻されることとなった。
だが、連合の住民にそれを非難する余裕がある者はいない。女王の健在を知ったレイは、画面の前に跪いて大粒の涙を流していた。
「・・・陛下! ご無事で良かった!!」
彼女をはじめとして、女王の帰還を知った連合の全住民は、皆が涙を流してその事実を喜んでいた。
宮殿 コントロール室
女王が復活する瞬間を見届けた皇国陸軍の兵士たち、そして亜人種の志願兵たちは、様々な思いを胸に女王の演説を見つめていた。
「・・・さて、地球は無事なのか?」
安藤少尉は50億キロメートルの彼方にある故郷に想いを馳せる。
〜〜〜
地球 太平洋上
地球では連合軍に属する6個艦隊のうち、女王府親衛隊と第1〜4のナンバー艦隊が各地で破壊行為を繰り広げていた。
ニューヨークではマンハッタン島が炎上し、ロンドンではテムズ川が真っ赤に染まる。東京ではスカイツリーが倒壊し、パリは燃えていた。
各艦隊の動きは太平洋の上空に停泊中の旗艦「グリンディッツ」へ届けられている。艦隊の総指揮を執るカリアン人のカボン・ヤ・デフール中将は、満面の笑みでその報告を聞いていた。
「チキュウ人は皆殺しだ・・・。新たな故郷は目前・・・!」
世界中の名だたる都市はすでにそのほぼ全てが破壊されていた。地表ではすでに数多の犠牲が積み上げられている。カボンは自分たちが、女王の仇敵を滅ぼし、新たな故郷を手に入れた英雄として歓迎される情景を思い浮かべていた。
だが、その空想は突如として切り裂かれる。通信兵の1人が、母艦より緊急通信が届けられたことを報告してきたのだ。
「カボン様! 母艦よりタキオン緊急通信です!」
「・・・何?」
光よりも速く移動する粒子「タキオン」、地球では仮想上の存在でしかないそれを、連合では緊急時の超光速通信として実用化している。そしてそれを使える組織は唯一「女王府」のみであった。
「メインスクリーンに回します!」
通信兵はその通信内容を艦橋上部の巨大画面に投影する。そこには連合の人々が地球人によって暗殺されたと信じていた女王の姿があった。
「・・・陛下!!」
「陛下だ!」
兵卒たちは突然の通信に驚きを隠せない。それはカボンも同様であった。
『・・・こちらは、宮殿のコントロール室です。宇宙漂流連合全住民の皆さん、聞こえていますか?』
女王が口をひらく。その後、彼女は自身の健在とガンヴォの謀略と失脚を明かし、そして王政復古と太陽系からの撤退を宣言した。
「良かった! 陛下はご無事だったのか!」
女王の演説を聞いた兵卒たちは歓喜の舞を繰り広げる。だが、1人だけ顔を引き攣らせる男がいた。ガンヴォの子飼いであるガボンは、彼の謀略の全容を知る数少ない人物である。
「な、んだと・・・?」
ゆえに彼は女王の復権を目の当たりにして、驚愕を隠しきれない。直後、口を開けたままの彼に、部下の1人が指示を仰ぐために近づく。
「カボン様! すでに第1艦隊から第4艦隊は撤退に向けて動き出しております。我々『女王府親衛隊』も母艦へ急ぎ帰りましょう!」
その部下は撤退を進言している。彼の指揮下にある筈の艦隊は、それぞれすでに戦闘活動を停止していた。女王の勅令である以上、これを拒否する選択肢などない。カボンは動揺と女王への憤怒を隠しながら口を開いた。
「・・・あ、ああ! そうだな! 直ちに母艦へ帰還し、陛下の無事を祝わねば! しかし、ガンヴォがあの様な謀略を企てていたとは・・・同じカリアン人として最大の汚点だ! 全艦隊、攻撃中止! これから我々は直ちに母艦へ帰還する!」
カボンは直ちにガンヴォを切り捨て、連合史上最悪の謀反人となった彼を罵倒する。そして全艦隊に向けて命令を発した。
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日本皇国 東京都墨田区 住宅街
破壊神の行軍が突如として止まり、上空を闊歩していた悪魔たちは踵を返し、宇宙へと消えていく。
「・・・?」
地表を見てみると、倒壊したアパートの瓦礫の下に横たわっていた少年がいた。アパートの倒壊に巻き込まれながら、幸運にもほぼ無傷であった少年は、都市を破壊する爆撃音が消えたことに気づく。
そしてゆっくりと立ち上がり、瓦礫の隙間から外へ脱出する。彼の目に飛び込んできたのは、炎上する住宅街と、それを反射して赤く染まった荒川の姿だった。
「・・・お母さん? お母さん!!」
同時に彼は一緒に逃げていた母の姿がないことに気づく。彼は途轍もない不安を抱えながら、必死に母を呼んだ。
「お母さん!!」
だが、その声は虚しく虚空に消えていく。工藤ヨウジ・・・この幼い少年は7歳にして天涯孤独の身となったのである。
攻撃の雨が止まったことを察知して、消防隊や警察、皇国陸軍が救助活動を開始する。其処彼処からサイレンの音が鳴り始め、負傷者たちを病院や救護所へと搬送する。
このわずか5時間程度の攻撃にて、日本国内では実に4000万人の犠牲者が出た。そして宇宙移民を含めて合計79億人の地球人類は、連合との戦いによってその半数に迫る35億人が尊い命を落とすことになったのである。