解き明かされた真実
11月6日 警視庁 合同捜査本部
日本政府から朝鮮民国政府へ、参事官出頭要請が出された翌日、万博事件を捜査する捜査本部では、土曜休みを返上して合同捜査会議が行われていた。
正面に座る坂本管理官に対して、刑事たちがそれぞれの捜査結果を報告している。
「犯人グループの潜伏場所から、今回の事件の計画書が発見されました。爆弾を設置する場所については、一部、公ヶ崎警部から助言を受けていた様です」
千葉県浦安市舞浜にあるテーマパーク跡地、そこの一画にテロ組織の潜伏場所が存在していた。そこに置いてあった物品は全て押収され、徹底的に調べられている。
結果として、公ヶ崎の毛髪や彼の指紋が付いた物品も発見された為、彼がテロに加担していたという裏付けにもなった。しかし、大使館との関係を示す様なものは予め処分していた様で、朝鮮政府の鼻を明かせる様なものは発見出来なかった。
「・・・ということでした。これで私からは以上です」
報告を終えた刑事は、警察手帳を胸ポケットにしまいながら椅子に座る。敵も中々利口な様で、坂本は大きなため息をついた。
〜〜〜
11月8日 みどり大学医学部付属病院
万博事件から1週間と1日、そして第2の被害者が発見されてから3日が経過した。この日、拾圓と多村の2人は、再び第2の被害者が発見された「みどり大学医学部付属病院」を訪れていた。
病院の中に入り、総合受付に立つ女性に近づく。警察手帳を見せると、女性は要件を察したのか、2人に奥の部屋へ行く様に促した。
案内された部屋で待っていると、以前に彼らとの応接を担当した中戸が現れた。両者は軽い挨拶を交わした後、向かい合う様にして椅子に座る。
「急に申し訳ありません。3日前の事件に関連し、どうしても伺いたいことがありまして」
「いえいえ、此方としても、1人の患者が殺害されたのです。協力を惜しむ理由はありません。それで・・・今回はどのようなご用件でしょうか?」
中戸は平静を保ってはいるが、先日渡した亜人職員の名簿から容疑者が浮上したのではないかと、内心ひやひやしていた。
「・・・その前に、先日見せて頂いた名簿ですが、全員にアリバイが確認されました。彼らの中に犯人は居ないと思います」
「・・・! あぁ・・・それは安心しました」
中戸の顔から、一気に緊張感が抜けていく。しかし、拾圓たちが此処に来たのは、それを伝える為ではない。彼は神妙な表情で本題に入っていく。
「それはそれとして・・・今回お伺いした理由なんですが、こちらの病院に狗寺光広という医師が在籍していますよね。その方とお会いすることは出来ますか?」
「狗寺先生・・・ですか? 彼が何か?」
「大事な話があるんです」
拾圓が上げた名は、この病院に血液内科医として働く医師の名である。そして公ヶ崎の血縁である公ヶ崎唯人の主治医でもあった。
しかし、彼は亜人として戸籍に登録されてはいない。身体のつくりは人間と変わらない為、“隠れ亜人”だと疑われたこともない。故に、中戸は此処で狗寺の名が出た理由が分からなかった。
疑問を抱きつつも、中戸は狗寺が所属する血液内科に連絡を入れる。相手方との会話の中で、中戸は何度か首を傾げた。彼は携帯電話を切ると、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「血液内科に問い合わせたところ、今日はインフルエンザを発症したかもしれないということで、病欠しているとのことです。申し訳ありません」
「!?」
用があった医師は、此処へ来ていないという。拾圓は顔色を変えた。
「・・・多村さん!」
「はい!」
多村も血相を変えて、何処かへ電話を掛ける。携帯の画面には7係の1人、穂積諒の名が表示されている。穂積は弐条と共にある場所へと向かっていた。
「今、穂積から・・・! 興梠紗門も、今朝は事務所に顔を出していない様です! 何処に行ったかも不明です!」
彼らの行く先は、最初に殺害された興梠釀苑の息子、紗門の議員事務所であった。しかし、その紗門も、今朝は秘書に遅くなると伝えたまま、連絡が取れていないという。
「多村さん、急ぎましょう」
・・・
警視庁 取り調べ室
拾圓と多村は警視庁に戻って来た。そして今、拾圓の前には公ヶ崎が座っている。捜査本部長である坂本管理官に頼み込み、この場をセッティングしてもらったのだ。取り調べ室の中にはもう1人、捜査一課の刑事である松葉が控えていた。
「狗寺光広という医師を、知っていますね。それこそ、子供の主治医と保護者以上に・・・」
「・・・」
拾圓は早速本題へと入る。しかし、公ヶ崎は口を閉ざしていた。そんな彼の態度を余所に、拾圓は話を続ける。
「狗寺光広、彼は貴方と中高で同級生ですね。そして彼が、興梠釀苑氏と古屋壇司氏殺害の犯人ですね」
「・・・!」
その瞬間、公ヶ崎の目がカッと見開いた。拾圓は机の上に捜査資料を並べる。
「顔は確認できませんでしたが、万博会場の防犯カメラが捉えた犯人の映像と、病院の防犯カメラに映った狗寺先生の歩容解析を行いました。結果、同一人物である可能性が極めて高いという検証結果が出ました。病院内で古屋氏を殺害したのは、悪手でしたね」
拾圓は第2の被害者の殺害現場から、犯人が病院内の人間であることを確信していた。その中で古屋が殺された日の夜、病院内を歩いていた者をピックアップし、片っ端から歩容解析に掛けたのだ。
「しかし・・・問題なのは動機でした。狗寺さんには2人の被害者との接点がありません。あんな憎しみが籠もった殺害をする理由が無い。ですが・・・貴方は違いますね?」
拾圓は公ヶ崎に2人を殺害する動機があるという。部屋の隅に立っていた捜査一課の松葉は首を傾げる。
「・・・どういうことですか?」
マジックミラーの外側で取り調べの様子を伺っていた坂本も、怪訝な表情を浮かべていた。そんな彼らに対しても、拾圓は説明を続けていく。
「切っ掛けは『みどり大学病院』の事務である中戸さんの言葉でした。貴方のお子さん、唯人くんは白血病だそうですね。そしてドナーが見つからない。しかし、21世紀の初期〜中頃からは、実の親子であれば骨髄移植が可能になりました。他にも色々条件はあるのでしょうけどね。
そこで、私は多村さんに頼んで、まず病院が委託しているHLA検査の外注先を調べて貰いました。すると貴方と唯人くんのHLA適合検査の記録に不審な点が見つかりました」
「・・・!」
此処でさらに公ヶ崎の目の色が変わる。拾圓は話を続けた。
「赤血球のABO式血液型の様に、白血球にも『HLA』と呼ばれる“型”が存在します。白血病の根治治療である骨髄移植には、ドナーを選定する為にこの“HLAの適合度”が重要になる。白血病を患っていた公ヶ崎唯人くんは当然、貴方がドナーになり得るかどうかを調べられたことでしょう。しかし、結果は主治医である狗寺氏の想像を裏切るものとなった。本来、親子であればこのHLAは半分だけ合致する筈です。ですが、貴方と唯人くんのHLAは半分どころか、全く合致すらしていなかった」
HLAの型というものは、両親から各遺伝子座の半分ずつを受け継ぐ。故に親子はHLAが半分合致し、同時に兄弟姉妹同士では25%の確率で、双子では100%の確率で完全に一致すると言われている。しかし、公ヶ崎武市とその実子である筈の唯人はこれが全く適合しなかったのだ。
「しかし、唯人くんは確かに、貴方と、8年前に事故で亡くなった奥様との間に生まれた子だと出生届に記録されている。ですが・・・もしこれが虚偽だとしたら?」
「・・・え?」
松葉は呆気にとられた様な表情を浮かべる。一方で、公ヶ崎はますます顔色に翳りが差し込んでいた。此処まで説明したところで、拾圓は1枚の写真を机の上に置く。それは1人の中年男性の写真だった。
「・・・この方に見覚えがありますね?」
「・・・!」
公ヶ崎は眉間にしわを寄せると、顔をサッと背けてしまう。彼は明らかに動揺していた。
「唯人くんが生まれた産院の院長、柏綱寧氏です。貴方の高校時代の同級生ですね。我々は彼にも会って来ました。そして証言してくれました。『出生証明書』に虚偽の記載をしたことを・・・。区の職員も、まさか医師が出生の偽装に加担しているとは思わず、出生届の情報をそのまま戸籍に記録してしまったのでしょう」
公ヶ崎は高校以来の仲であった柏に頼み込み、唯人を自分の実子として出生届を偽装していたのである。立ち会いの松葉はさらなる驚きを隠しきれない。
「じ、じゃあ・・・その唯人くんは一体誰の?」
拾圓は小さなため息をつくと、ゆっくり口を開く。
「唯人くんは貴方の娘である公ヶ崎怜華さんの子・・・即ち貴方の“孫”ですね?」
「・・・!!」
拾圓の口から衝撃の真実が語られた。そして公ヶ崎は、彼が全ての真実を掴んでいることを悟る。公ヶ崎は観念したのか、何処か諦めの混じった顔をしていた。
「貴方の娘、怜華さんは8年前、17歳の時、唯人くんを生んだ後、貴方の奥様と共に同じ事故で亡くなっています。その後、貴方は唯一残された肉親、孫である唯人くんを本当の息子同然に育てて来た」
「ちょっと待ってくださいよ、何故、公ヶ崎警部はそんなことを? 確かに警察官の娘が未成年で子を産んだとなれば、世間体が悪いでしょうが・・・いくら何でも、警部がそんなことで文書偽装に手を出すとは思えません。それに医者もグルになるなんて・・・」
未だ松葉は納得がいかない様子である。彼は公ヶ崎が自分の世間体だけを理由に、友達にまで文書偽装の片棒を担がせるとは到底思えなかったのだ。
「それはどちらかと言えば怜華さんの為、特に唯人くんの父親に関わることでしょう」
「・・・父親!?」
「父親」、その単語を出した瞬間、公ヶ崎の片眉がピクリとつり上がった。
「話を続けます。ある時、唯人くんに病気が発覚しました。病名は『急性リンパ球性白血病』、今は早期の骨髄移植が第一選択として推奨されている病気です。そこで唯人くんの主治医になった、貴方の親友でもある狗寺先生は当然、貴方と唯人くんのHLAの適合を調べたことでしょう。
そこで彼は気付いてしまった。唯人くんが貴方の息子でないことに。そして彼はやむを得ず、骨髄バンクからドナーを探しました。恐らくは彼のドナー探しは難航したでしょうが、そこで見つけてしまったんです。唯人くんの本当の父親を・・・!」
この時、容疑者である狗寺という男と、殺害された興梠の繋がりが初めて明らかになった。
「HLAの型は両親から半分ずつ貰うそうです。唯人くんのそれと、半分だけ合致する人物が1人だけ現れたとなれば、それは実の父親である可能性が限りなく高い。“登録済み遺伝子検査”でも父親と出たのでしょう。そしてその人物とは、興梠紗門ですね?
彼ら興梠親子は確か、骨髄バンクのドナー登録を推奨するイベントに参加していました。その一環として、本人もドナー登録をしていた筈です」
「何ですって・・・!?」
興梠紗門、政界を賑わす若きホープ、そんな男に“隠し子”が居たとなれば、今まで築き上げてきたものが一気に崩れ去る程の大スキャンダルだ。松葉だけでなく、マジックミラーの向こう側にいる坂本管理官も、驚きの表情を浮かべていた。
「今から9年以上前、集団性暴行を受けたと思しき当時16歳の少女が、都内某所の橋の下で保護されるという事件が起きました。実名報道はされませんでしたが、その被害者が貴方の娘、公ヶ崎怜華さんですね。
そして恐らくは・・・その事件の主犯格が、当時18歳の興梠紗門だったんですね?」
「・・・ああ、そうだ!」
此処に至って、初めて公ヶ崎が言葉を発した。その額には血管が浮き出て、深い怒りを在り在りと示している。
「当時の世論や報道は被害者の少女に対して同情し、犯人に対する怒りで燃え上がりました。だが犯人の素性は最後まで分からず仕舞でした。被害者が一切口を閉ざしたからです。
当然捜査は行き詰まりました。そして被害者の閉口が捜査を難航させている事実が明らかになった時、少女に猜疑的な目を向ける論調が現れ始めました。そしてある週刊誌が、彼女の秘密を記事にして取り上げた時、世論の風向きは一斉に変わってしまったのです」
「秘密・・・?」
松葉は生唾を飲み込んだ。坂本も鋭い目つきで話の続きを待つ。
「彼女の母親、即ち公ヶ崎さんの奥様は、蝶の羽根を背に持つ『蝶化身族』の血を引く女性だったそうです。・・・そうですね?」
「・・・ああ、可憐な女性だった。娘もよく似ていたよ」
公ヶ崎の脳裏には、今は亡き愛する妻と娘の顔が浮かんでいた。同時に彼女たちの幸せを奪った興梠親子と古屋壇司の顔が浮かび、途端に顔をしかめる。
「テラルスの『蝶化身』はその羽根から散布する鱗粉で人を惑わせる力を持つ様です。故に、その週刊誌の記者は、被害者女性のことを亜人の力を駆使して男を惑わせた“毒婦”だと非難した。『亜人は人間より強いから、人間に襲われるなどおかしい』と。そしてその問題の記事は、先日殺害された古屋壇司氏が執筆したものでした。おそらくは怜華さんが口を閉ざしたことを好機と見た、紗門氏の父親である興梠釀苑氏が、彼と出版社に金を積んで書かせた中傷記事なのでしょう」
最初に殺害された釀苑は金に物を言わせ、加害者である息子を被害者にすり替える様な記事を書かせていた。その出版社の編集長だった第2の被害者の古屋は、金に魂を売って捏造記事に手を染めたのである。
「ですが何故、貴方の娘さんは加害者を庇う様な真似を・・・!?」
刑事の松葉は公ヶ崎に問いかける。元々は彼の娘が口を閉ざしたりしなければ、起きなかった悲劇だ。
公ヶ崎は眉間に深いしわを刻みながら、自分の娘が、自らの名誉が貶められることを選んでまで、加害者を庇った理由を語り始める。
「最初はショックで口がきけなくなったのだと思った。だが・・・違った! あんなクズを・・・あの子は心の底から愛していたからだ! 全く・・・バカな娘だよ! 俺も、あの紗門が犯人だと知ったのは、狗寺に聞かされてからだった! 古屋と興梠の関係はその後に調べた」
「成る程・・・そういうことでしたか」
拾圓は心底納得した様子で頷いた。
「移植事業に携わる者としては越権行為ですが、狗寺は貴方に紗門と唯人くんの関係を打ち明けてしまった。貴方の心の奥底に眠っていた復讐心は燃え上がったことでしょう。そして万博の警備計画担当という立場を利用して、テロの手引きに手を貸した。それは2人の殺害をテロに巻き込まれた“事故”としてカモフラージュする為ですね。貴方が金で動くなど、あり得ません」
公ヶ崎がテロ組織に手を貸した訳、それは娘の思いを裏切り、名誉を貶めた者たちへの復讐の為だったのである。
「狗寺氏は貴方と共に、復讐する道を選んだ・・・」
「そうだ! あいつは怜華のことを、怜華が生まれた時から知っている! 俺と妻がどうしても仕事で家に居られない時には、あいつの家に預かって貰ったこともあった! あいつにとってもあの子は自分の子供同然なんだ!」
狗寺と公ヶ崎は中学と高校以来、常に持ちつ持たれつ、お互いに助け合って来た親友同士であった。故に狗寺は、公ヶ崎の復讐に手を貸すことを誓ったのである。しかしその時、拾圓と公ヶ崎の問答を聞いていた松葉が、公ヶ崎に向かって声を荒げる。
「人2人の殺害をカモフラージュする為にテロを援助するなんて、万単位の犠牲者が出てもおかしくはなかった! それに・・・かけがえのない親友を殺人犯に堕とすなんて・・・それでも警察官なんですか!?」
「・・・!」
若い刑事の剣幕に圧され、公ヶ崎は押し黙ってしまう。
「・・・違う。恐らく万博そのものも、貴方の復讐の対象だった。8万人の観衆、集うメディア・・・彼にとっては興梠釀苑と古屋壇司だけでなく、この国の民衆と報道までもが復讐の対象だったんです」
拾圓は公ヶ崎の目論見の全容を把握していた。目を覆いたくなる様な性犯罪の被害者である自分の娘を、“亜人の娘”ということで差別的な報道を行ったメディア、そして誹謗中傷を書き立てた民衆、その全てを“テロの恐怖”に突き落とすことが、彼の復讐の1つだったのである。
「そしてもう1人・・・貴方方の復讐の対象が居ますね?」
「・・・実行犯の興梠紗門!」
松葉は目を見開いた。
「今、7係の私の部下たちが、紗門氏の行方を捜しています。坂本管理官、万博テロの合同捜査本部からも、捜査員を出してください!」
「・・・分かってる!」
鏡の向こうに居る坂本は既に動き出していた。彼はすぐさま部下たちに連絡を出し、狗寺光広を指名手配、そして興梠紗門の捜索命令を発した。
拾圓は公ヶ崎の方へ向き直すと、再び口を開いた。
「経緯はどうあれ、松葉さんの言う通り、貴方方が行っているのは決して許されざる罪です。そして貴方は、かけがえの無い親友を修羅に堕としてしまった。これも警察官として恥ずべき罪です。故に、貴方は狗寺さんを止めなければならない。だから・・・我々も行きましょう」
「・・・!」
階級は同格とは言えども、経験の浅い若造に諭された公ヶ崎は、心の中に得も言われぬ感情がわき上がってくるのを感じた。それは“後悔”であった。身柄を逮捕され、真実が明らかにされた今だからこそ、ようやく自らが行ったことの重大さが身にしみていたのである。