アステロイドベルト攻防戦 壱
2199年7月23日 小惑星帯
扶桑とそれを牽引するライ・アルマは火星を離れ、木星軌道と火星軌道の間にある小惑星帯「アステロイドベルト」に差し掛かっていた。
「ここが小惑星帯・・・」
「ぶつかりそうでスリルがありますね」
イツキと亜里亜は相変わらず展望室に居座り、果てしない宇宙を見上げていた。その時、亜里亜はふと、乗艦前にイツキと角一郎が交わしたあるやり取りを思い出す。
「そういえば・・・貴方のお父さんが、出発前に何かを渡していたけれど・・・、あれは一体何だったの?」
扶桑に乗艦する直前、角一郎はタラップを登ろうとするイツキに、1つの巾着袋を渡していた。艦の中で中身を開く様にと伝え、半ば押し付ける様にそれを彼女に渡していた。
「・・・あ」
イツキはハッとした表情を浮かべると、ジャージの内ポケットに仕舞っていたそれを取り出す。中身を開くと、中にはお守りと、1枚の手紙が入っていた。封筒の面には「イツキへ」と宛名が書かれている。
「・・・牧師さん」
イツキは意を決してその手紙を開く。そしてその内容に目を走らせる。そこには角一郎の過去とイヨとの出会い、2人の過去の全てが記されていた。
扶桑艦内 休憩スペース
扶桑の艦内はいくつかの区画に仕切られ、それぞれの区画には自販機やウォーターザーバーが設置された休憩スペースが設けられている。スペースの中心には灰皿が設置されたテーブルが鎮座しており、複数人の兵士たちが紙タバコを吹かしている。
その中に、外務官僚の庭月野の姿があった。彼は屈強な兵士たちに混じってタバコを嗜んでいた。
「・・・健康を気にして、敬遠していたのがバカみたいだな」
庭月野は兵士から譲り受けたタバコを楽しんでいた。この時代の日本では、力仕事の職人業でもなければ、タバコを嗜む人間などほとんどいない。
生きて帰れるか分からない旅路の中、庭月野は最後の冒険を楽しんでいたのである。
扶桑 第1艦橋
扶桑の心臓部である第1艦橋では、航海班のレーダー員たちが周囲の小惑星に目を光らせていた。その最中、レーダーに不審な動きをする物体が捉えられた。
「・・・7時方向へ3.3宇宙ノーティカルマイル!! 高速接近中の物体発見!!」
「識別コード不明! 宇宙漂流連合軍の可能性あり!」
その瞬間、艦内に緊張が走る。船務長兼副艦長の菅原健太中佐は、レーダー員の元へ駆け寄り、その詳細を問いかける。
「小惑星の誤認識じゃないのか!? 現在、我々がいるのはちょうど太陽と冥王星の直線航路の途上・・・水星から土星までの惑星は今、太陽を挟んで反対側にあるんだ。こんなところに敵の艦艇がうろついている筈が・・・」
菅原中佐は計器のバグではないかと指摘する。
「我々はすでに太陽系の制空権を失っている状況・・・敵の移動速度を鑑みれば、いつどこに奴らが現れてもおかしくはない・・・!」
艦長の芝蔵大佐は最悪の可能性を示唆する。その直後、メインスクリーンに扶桑を牽引するライ・アルマからの緊急通信が届けられた。
『・・・こちらライ・アルマ! 宇宙漂流連合軍の反応を探知! 識別コードは第3艦隊! 数は8隻!』
「・・・!」
先にその正体を察知したのは、同じ宇宙漂流連合の所属艦である「ライ・アルマ」の船員たちだった。第1艦橋に緊張が走る。
「こちら扶桑、敵艦の進行方向は?」
『まっすぐこちらに近づいている! おそらく此方の位置は探知された!』
敵の方も、すでに此方を発見している動きをしていた。これら8隻の敵艦は、地球から不審な船が出航したことを耳にした第3艦隊の司令が独断で派遣していたものであった。
「・・・逃げられそうか?」
『残念ながら、速度ではこちらが劣っています。このままでは追いつかれる!』
ライ・アルマは言わば遊覧飛行船、地球の船と比べれば数段性能に優るものの、連合の軍艦と比較すればスペックで劣るのは当然であった。
「敵の艦種は!? 空母はいるか?」
『・・・いえ、艦載機を搭載可能な艦種はありません。全て駆逐艦です。またこのタイプの艦艇はその操舵・戦闘は全て人工知能によって制御されています』
「つまり、無人艦隊というわけか」
『・・・はい』
扶桑に搭載されていた艦上戦闘機は32機、そして先日の「月での戦い」で14機を喪失したため、現在18機の戦闘機が残っている。他、扶桑は2基の主砲塔と1基の副砲塔を喪失しており、とても万全とは言えない状態であった。
「・・・どうしますか?」
船務長の菅原中佐は艦長の芝蔵に問いかける。望みをかけて逃げるか、それとも戦うか、彼らに残された選択肢はその2つであった。
「敵艦隊さらに接近! 距離、1.4宇宙ノーティカルマイル!」
その間にも、敵は確実に距離を詰めてきていた。そして強いエネルギー反応がレーダーに捉えられる。
「敵艦隊より高エネルギー反応!」
「荷電粒子ビーム来ます!!」
敵がついに攻撃を仕掛けて来た。航海長の遠藤中佐は咄嗟に、操縦桿を握る民間志願兵の松岡に回避行動を取るように命じる。
「全速回避! 松岡!」
「わかってるよ!!」
松岡は精一杯の力で操縦桿を右に回す。扶桑は敵の攻撃に対して、艦底を向ける格好となった。その直後、数発の亜光速ビームが扶桑の外壁を掠めて飛んでいく。ライ・アルマはバリアを展開し、敵の攻撃を弾いていた。
「損傷軽微! ライ・アルマにも被害なし!」
船員たちはビームの直撃を回避できたことに安堵する。だがその直後、遅れて飛んできた粒子ビームが予期せぬ箇所に命中した。
「・・・ケ、ケーブル切断! 『ライ・アルマ』との連結解除!」
「ナニィ!?」
扶桑とライ・アルマを繋いでいた牽引ケーブルが切断されてしまったのだ。突如として速度を失った扶桑はバランスを崩し、コントロールを失ってしまう。そしてライ・アルマも急に速度を落とすことができず、2つの艦の距離はあっという間に離れていく。
「・・・まずい!」
扶桑が流れて行く先には小惑星があった。操縦桿を握る松岡は、咄嗟に姿勢制御用の射出口を起動させる。間一髪、扶桑は小惑星に激突する寸前のところで制御を取り戻した。
「最早、選択肢はなし・・・! 総員、戦闘配置に着け!」
艦長の芝蔵は覚悟を決める。直後、彼は全艦放送にて、この艦に乗る全ての者たちに緊急アナウンスを発した。
「総員に告げる! これより我々は敵艦隊との戦闘へ突入する。非戦闘員は直ちに指定された避難区域に退避! 戦闘員は戦闘配置に着け!」
宇宙軍の兵士や民間からの志願兵たちは、そのアナウンスを聞いて慌ただしく動き出す。格納庫ではパイロットと整備兵たちが出撃準備を整え、そして女王の一団は役人たちに守られながら、急いでシェルターへと避難した。
「主砲発射準備! 配置につけ!」
砲雷長の伊東淳彦中佐は、第1艦橋の砲術要員たちに指示を飛ばす。
「火器管制システム、問題なし」
「測的完了、照準合わせ! 誤差修正!」
扶桑の上部にある連装の主砲塔が回旋を始める。マルチレーダーが捉えた敵影を追いかけ、それらを目標として定めた。主機・光子ロケットエンジンが発する膨大なエネルギーが、主砲の弾倉である“加速器”へと注がれていく。
「弾種は中性粒子ビーム! 撃ちぃ方、始め!」
亜光速まで加速された粒子が、幾重もの筋となって宇宙空間へ放たれる。それらは無造作に飛び交うアステロイドの中を一直線に突き進む。
「攻撃効果確認! 敵艦、2隻に命中確認!」
放たれたビームは迫り来る8隻の敵艦のうち、2隻に命中した。だが、バリアを吹き飛ばしたのみで有効打にはなっていない。
「撃ち続けろ!!」
扶桑は位置を移動しながら砲撃を続ける。赤と青に輝く幾筋もの光が小惑星の合間を飛び交っていく。
彼我戦力差は1対8、戦況は明らかに扶桑が不利に見えた。だが、国連宇宙軍は「月の戦い」の中で、宇宙漂流連合軍に大きな弱点があることに気づいていた。
「宇宙漂流連合軍は確かに強大で、地球とは比べることのできない科学力を有している。だが、彼らには大きな弱点がある」
「・・・弱点?」
船務長の菅原中佐が説明を始める。彼の言葉を聞いて、操縦桿を握る松岡は首を傾げた。
「まず第一に、戦闘のほぼ全てがAI任せであること。そして、そのAI自体が決して戦闘慣れしていないことだ。動きにあまりにもバリエーションがなく、バリアを張ってビーム砲を撃ちながら接近してくるだけ・・・」
国連も今までの戦闘で全く何もしてこなかったわけではない。国連宇宙軍の統合参謀本部は数多の人命を失っていく中で、それまでの戦闘から得られたデータをもとに、敵の解析を進めていたのである。
「そもそもこの広い銀河で、『宇宙戦争』なんてものは中々起こるものじゃない。だから実際の戦闘のデータをAIに学習させる機会なんて、宇宙漂流連合軍もほとんど無かった筈だ。だが、彼らはそれを問題視することなどないだろう。・・・何故なら、それで我々に勝てるから」
だが、宇宙漂流連合軍と国連宇宙軍にはあまりにも開き過ぎた性能差がある。ゆえに、その弱点がわかっていても、対応する術が無かったのだ。だが、日本には宇宙漂流連合軍のバリアを破壊できる未来の兵器がある。速度・防御力で全く敵わずとも、攻撃さえ通用すれば手立てはある。
「攻撃効果確認! 敵艦、2隻命中!」
敵艦8隻中、2隻を沈めた。攻撃を加えたことで、敵のAIは完全に目標を扶桑のみに定めている。扶桑は松岡による手動操縦によって小惑星の間を巧みに潜り抜けていき、相手に目標を定めさせない。小惑星を天然のバリアとしながら扶桑は進み、ライ・アルマとの合流を図っていた。
「後部、第3砲塔被弾!」
だがそれでも尚、戦力差は6対1、敵の絶え間ない攻撃は確実に扶桑を蝕む。前回の戦いで失った艦前方の第2砲塔、艦底の第1砲塔に続いて、さらに主砲を失う。
「後方、第2ブースター被弾! 速力落ちます!」
続けて艦後方に位置する光子噴出口であるロケットエンジンノズルが被弾する。その影響で、扶桑のスピードが一気に遅くなってしまった。
「被弾区域を閉鎖! 強度保持のため、同区画にベークライト注入開始!」
扶桑は煙をたなびかせながら、宇宙空間を進む。いくつもの小惑星が扶桑の盾となり、砕けていく。その間にも敵艦はますます距離を詰めて来ていた。
「敵艦、目視可能距離内へ接近!」
「2隻命中! 残数は4です!」
「後部艦橋被弾!」
だがこちらも無力ではない。度重なる粒子ビーム攻撃によって再び敵艦の撃滅に成功する。しかし、敵の攻撃の雨は確実にこちらの体力を削っていく。
「前方に巨大小惑星!」
「・・・!」
前方に直径200キロメートル級の小惑星が現れる。
「小惑星の裏に身を隠せ!」
「了解!」
艦長の指示を受けて、松岡は再び舵を大きく回し、小惑星の裏へ回り込む。左舷後方から接近する敵艦に対して、ちょうど巨大小惑星を楯にするような格好となった。そして小惑星の後方には天然のドックとでも言うべき、ちょうど良い形の窪みがあり、扶桑はその中へと緊急着陸した。
「・・・無人デコイ発射!」
さらに艦の側面に位置する魚雷発射管から、囮を積んだ宇宙魚雷が発射される。その弾頭には扶桑が使用するものと同じ周波数の電波を放つ発信機が搭載されていた。
「・・・」
宇宙漂流連合の艦には人間が乗船していない。ゆえに“人の目”というものに頼れない以上、恐らくはレーダーやカメラなどあらゆる電子機器・光学機器を用いて、敵の捕捉・追尾を行っている。あまり戦闘慣れしていない敵のAIがそれに引っかかってくれるかどうかは賭けであった。
「敵艦を目視で確認、デコイを追尾している模様」
航海員がデジタル双眼鏡を用いて遠ざかる敵艦を確認する。囮が撃墜されるまでの間、わずかではあるが時間を稼ぐことに成功した。
「・・・今のうちに現状報告を、各部署の被害は?」
艦長の芝蔵は被害状況を問いかける。船務長の菅原中佐が、各部署より届けられた報告を伝えた。
「主砲は月での戦いで喪失した2基に加え、さらに2基が損壊、他はパルスレーザー砲6基、後方ノズル3基、後部艦橋も破損。死傷者は0、負傷者は23名。現在、衛生班が処置に当たっております。また艦の損傷部位については機関班主導の下、応急作業を開始しました」
艦の外では、作業用宇宙服に身を包んだ隊員たちが作業用ロボットと共に、ノズルの修復作業を開始していた。また、艦内の医務室では、軍民双方から参加した医官・医師、そして看護師による救護活動が行われ、各部署から多数の負傷者が運び込まれていた。
扶桑 士官区画
その頃、連合女王とその臣下たちが集まっている士官階級の滞在区画では、外務官僚の庭月野が女王のもとへ現状報告に訪れていた。
「・・・先程、艦長である芝蔵銀丈大佐より、本艦は現在、小惑星内に身を隠し、応急作業中との連絡がありました。また、宇宙漂流連合軍の襲撃により、ライ・アルマとの連結が切断され、同船は未だ行方不明のままです・・・」
「・・・そんな!」
女王の腹心の部下であるロトリーは驚嘆の声を上げた。女王直属の侍従であるクーラも、ショックのあまり口元を抑えている。
一方で、女王は冷静な態度を崩すことなく、庭月野に質問をぶつける。
「・・・ちなみに、ライ・アルマ無しだと、この小惑星帯から冥王星までどの程度の時間が掛かりますか?」
「プルトス」とは、連合側から名付けられた「冥王星」の呼び名である。
「・・・まだ全行程の2割にも達しておりません。地球の時間に換算して40時間程度はかかるでしょう」
扶桑の速度は光速の13%である。本来ならばざっくりな計算でも地球から冥王星まで50時間程度かかる。それをライ・アルマの推進力を借りることで12時間まで短縮したのが今回の計画であった。それを扶桑単独でとなると、やはりかなりの時間がかかってしまう。
「連合のクーデター政権が示した猶予までは、残り17時間程・・・。彼らは地球を滅ぼすには余りある科学力を有しています。扶桑単独での航海は選択肢となりえません」
庭月野は一呼吸おいた。
「・・・応急作業が終了し次第、我々はライ・アルマの捜索を開始します」
彼らが選ぶべき道はライ・アルマが無事だと信じて、それを探し出す他ない。無数の星屑が蠢き、レーダーの死角も多い「アステロイドベルト」、さらに4体のハンターが闊歩する宇宙の密林で、人類の存亡をかけたかくれんぼが始まった。
1宇宙nm=1000分の1au(天文単位)=約15万kmのつもりです




