エッジワース・カイパーベルトへの挑戦
3人の主人公たちが、ついに結集します
2199年7月22日 日本皇国 東京都千代田区 首相公邸
宇宙幕僚長・宮藤中将の提案が、緊急御前会議にて天皇の承認を得て「カイパーベルト遠征計画」が決定された。
首相公邸の大ホールにて国防省の官僚が計画の具体的内容を説明している。その会議にはクーデターによって実権を奪われた「宇宙漂流連合女王府」の使節団も、遠隔・現地含めて参加していた。
「やはり無謀すぎやしないか? ・・・成功率何%だ、この作戦」
首相の唐木田は小声で不安を口にする。連合女王の同意も得ているとはいえ、この前代未聞の宇宙特攻作戦に不安を抱える者は少なくない。
宇宙幕僚長の宮藤中将は、扶桑が持つ本来のスペックを改めて説明する。
「『扶桑』の本来の巡行速度は光速の10%です。単純計算で地球とカイパーベルト間を約50時間で航行できるはずです」
飛行戦艦「扶桑」の主機は「光子ロケットエンジン」、対消滅機関によって生み出された大量の光子を反射鏡で後方へ噴出し、推進する未来の技術である。20世紀前半にドイツ人の航空宇宙技術者、オイゲン・ゼンガーが原理を提唱したものであるが、22世紀末の時代でもまだ実用化にはほど遠い技術であった。
「しかし、それでも遅すぎる。相手は太陽系内を半日単位で移動する連中だぞ。それに連合が提示したリミットはあと32時間、扶桑がカイパーベルトに到達する頃には人類は滅亡している」
外務大臣の猪野がさらなる懸念を示した。連合の科学力は扶桑の先を行く。そしてほぼ健在の宇宙漂流連合軍にとって、十数時間で地球上の全都市を破壊することなど造作もないことである。女王が返り咲いても地球人類が滅びてしまっては元も子もない。
『それは心配に及びません・・・『ライ・アルマ』があります』
女王府の総裁を務めるロトリー=ラマグ・ケンティールが1つの提案を提示する。彼は女王府の所有船である「ライ・アルマ」の提供を申し出た。
火星に降臨した巨大宇宙船「ミーナン」より、女王の一団を地球へ届けるために発進した小型移動船である。女王の地球降臨以降、静岡県駿河湾沖に位置する「東京・宇宙港」に停泊したままとなっていた。
『戦闘用の艦艇ではありませんが、電磁バリアの展開能力、および戦闘艦と同等の航行能力があります。『ライ・アルマ』に扶桑を牽引させれば、12時間以内に母艦へ到達できます』
ロトリーは内閣府と事前に協議し、ライ・アルマを今回の作戦のために供与することを決めていたのだ。彼の船の力を借りれば、扶桑は本来のスペックを遥かに超える速度で、太陽系を移動することができる。
語り手が再び宇宙幕僚長の宮藤中将に移る。
「・・・前回扶桑と共に出撃した兵員を含め、宇宙軍にも相当数の殉職者・負傷者が出ており、心的外傷を負った者も少なくありません。故に今回の派遣部隊に同行する人員は、全てを“志願者”とする予定です。対象者となる皇国宇宙軍軍人、および関係省庁の官僚には、すでにその旨を通達済です。
さらに只今より、国民に向けて志願兵募集の政令を発布し、宇宙軍経験者、民間の宇宙産業従事者、さらに戦闘能力を持つ亜人種・魔術師の参戦を募ります。
そして今から10時間後に地球を出発・・・月面、火星を経由して残存の宇宙戦力を収容し、『冥王星』へ向かいます。さらに連合に到達した後は、おそらく壮絶な白兵戦になります。よって『吸血鬼族』に先立って出動要請を発布しました」
宮藤中将は今後の計画について説明する。日本政府はこの無謀な作戦に参加する人員を、全て志願者で固める方針としていた。さらに民間人にも募集をかけ、人智を超えた力を持つ亜人種を尖兵にしようと画策していたのである。
「・・・必然的に、カイパーベルト派遣部隊は玉石混交・魑魅魍魎の人員が集まることとなります。しかしそれでも、我々は一縷の可能性に賭ける他ありません。我々にしか持ち得ぬ武器・・・『魔法』と共に、カイパーベルトへ向かうのです」
万に一つの奇跡を掴むため、使えるものは何でも投じる・・・。宮藤中将は国防省と軍が共同で立案した計画の全てを明かした。
東京都渋谷区
連合軍の奇襲を受けた東京では、消防隊や警察、陸軍による救助活動が続けられている。各地の病院には多数の負傷者が運び込まれており、人々は混乱の最中にいた。
混沌と絶望が日本を包む中、テレビ、ネット、SNS、全ての発信媒体で同時に政府の緊急発表が発表された。渋谷区のスクランブル交差点に位置する巨大モニターにも、内閣官房長官、黒島十兵衛の顔が映る。
『日本国民の皆さん、日本政府より重大な発表があります・・・。混乱の最中、その多大な心労は重々承知の上ですが、我々、人類の存亡に関わる事態です。何卒冷静に聞いて頂きたい・・・』
黒島は画面の向こうの視聴者に向かって会釈をする。通行人や救助隊員は皆動きを止め、神妙な官房長官の表情を映すモニターを見上げた。
日本各地ではスマートフォンやテレビ、PCで、数多の国民がこの発表の様子を見ていた。それだけではなく、この発表は月面と火星にも放映されていた。
『先日、我が皇国宇宙軍の戦力も含め、世界中の宇宙戦力を招集して結成された『国際連邦宇宙軍』は、『宇宙漂流連合軍』に対して惨憺たる敗北を喫しました。さらに、我が国は連合の奇襲を受け、このように多大な被害を出す事態に至りました。そして連合は講和の条件として、地球を明け渡すことを要求してきました・・・。しかし、これは断固として受け入れることなど出来ない要求です。国連は漂流連合への抗戦継続を決定しました・・・!』
連合との戦いが続く、その事実を知った日本国民は絶望に苛まれる。続いて黒島は、プレゼンテーションを提示しながら、次なる議題を語り始める。
『地球より遥か50億キロメートル・・・海王星軌道の外側にある小天体群、ここが『エッジワース・カイパーベルト』、さらに太陽を挟んで地球とほぼ反対側に、準惑星『冥王星』があります。宇宙漂流連合の母艦は現在、この冥王星付近に位置することが分かっています』
黒島は一呼吸入れて言葉を続ける。
『・・・よって我々は、連合女王陛下と共に飛行戦艦『扶桑』を冥王星へ派遣することを決定しました。連合は現在、クーデター政権の支配下にあり、その現政権が地球への侵攻を指揮している状況です。この作戦の目的は女王復権とクーデター政権の打倒、それ以外に地球人類が生き残る道はありません』
黒島の語気が強くなっていく。国民は固唾を吞んで、政府の緊急放送を見つめていた。
『そして皇国宇宙軍は、この作戦に参加する志願兵を募集しています。・・・軍経験者、宇宙航行産業に従事していた方、宇宙航行船の操縦資格を所持している方、医師・看護師などの医療従事者、そして強力な戦闘能力を持つ亜人種の方・・・!
募集期限は今から8時間後の日本時間午後22時、扶桑は現在、東京都お台場に停泊中であり、皇国宇宙軍は現在同地に特別案内所を設営しております。この遠征計画に志願される方は、マイナンバーカードを持参し、お台場臨海公園へお越し頂くようにお願いします!』
黒島は深々と頭を下げる。その後、募集要項が画面に表示された。種族・年齢問わず、8時間以内にお台場へ来れる者・・・それが志願の要件であった。
扶桑はさらに月面の首都「竹取」、火星の首都「水龍」にも寄港し、残存の宇宙戦力と同地での志願兵を収容する手筈となっていた。その情報も、同時に月と火星へ伝達される。
〜〜〜
月面 首都・竹取 シャクルトン・竹取基地
直接的な被害を免れた月の首都「竹取」だが、それでも尚、1500万人の市民は全員が不安を抱えていた。宇宙港には地球への疎開を試みる人波が殺到しているが、全ての民間宇宙航行船は現在欠航しており、職員たちは地下のシェルターへ避難するように呼びかけていた。
そのシェルターとは元々、巨大隕石が接近した時の避難用として作られたものであるが、今は強大な敵から逃れるための防空壕と化していた。
そして都市の郊外にある「シャクルトン・竹取基地」では、先の戦いで生き残った者たちが束の間の休養をとっていた。中にはPTSDを発症した者もおり、救護室には悲鳴がこだましている。そんな混沌の中で、宇宙戦闘機パイロットである東郷中尉は、遠征作戦の決行を予告する日本政府の発表映像を繰り返し見つめていた。
「東郷中尉・・・」
彼の部下である、生き残りのパイロットが声をかける。東郷の身に降りかかった悲劇は、すでに彼らの知るところとなっている。
日本皇国空軍・宇宙軍の拠点である「横田基地」がある福生市は、それ故に宇宙漂流連合軍の奇襲を受けた。そこは東郷の家族が住んでいる街であり、彼は愛する妻子の無事を祈っていた。だが、その後彼に届けられた知らせは非情なものだった。
ー避難に遅れ、倒壊するビルの下敷きとなり圧死。搬送先の病院で妻子共に死亡を確認ー
その電報が届けられた時、東郷は絶叫し、生きた屍の様に成り果てた。そんな折に政府より発せられた遠征作戦は、奇しくも彼の心を生き返らせたのだ。
「俺、冥王星遠征に志願する・・・」
「・・・!」
東郷の心を生き返らせたもの、それは復讐心であった。最愛の家族を殺した宇宙漂流連合への報復、それが彼の生きる唯一の理由となっていた。
(優香を・・・大輝を殺した奴らに復讐を・・・!)
東郷の瞳には、ドス黒い復讐の炎が燃え滾っていた。
〜〜〜
地球 日本皇国 首都・東京 帝都ホテル
地球での足止めを余儀なくされた連合女王率いる「地球視察団」は、現在「帝都ホテル」に滞在していた。扶桑出撃の時、数多の同乗者と共に同艦へ乗り込む予定である。
連合女王のライザ=グリアント・アルザウォールは、腹心の部下であるロトリーと共に、別れが迫った東京の夜景を見つめている。
「・・・まさか、カリアン人が簒奪を企てていたとは」
「はい、過去滅亡から救った恩義を忘れて・・・アルザウォール家に対する重大な裏切りです」
ロトリーはカリアン人への憤りを口にする。連合に名を連ねる盟主・キリエを除く11種族は、1300年間の遠大な旅路の中でキリエ人が善意で救済してきた者たちである。ゆえにキリエ人たちは、他種族がキリエに忠誠を尽くすことを当然と思っていた。
しかし、カリアンはその誓いを反故にして、女王暗殺という虚偽の発表で連合の実権を奪った。それは真実を知るキリエ人にとって、信じ難い裏切り行為であった。
「しかしロトリー、私は思うのです。我々は・・・あまりにも危機感というものを持っていなかった。太古の昔、母なる星を亡くした過ちを、再び繰り返してしまったのではないかと」
一方で、女王ライザは今の事態を自分たちの甘さが招いたものだと感じていた。キリエ人は非常に優れた科学力を持ちながら、地球人と比較してあまりにも危機管理意識が低い歪な種族であった。
だがそれは生来のものではなく、意図的に行われた遺伝子操作によるものである。更なる発展のためより優秀な頭脳に、争いのない様により柔和な心に、そして差別されない様により端正な外見に、そうした遺伝子操作を自らに繰り返したキリエ人は、非常に優秀ではあるが警戒心と危機感が全くない、歪な精神構造を持つに至ったのである。
「・・・母なる星に続いて、キリエの技術の粋を集めた“母艦”までも失うわけにはいきません。我々は行くしかないんです」
真実を秘匿するカリアンの首脳にとって、女王など真っ先に排除すべき対象である。今回の遠征作戦は地球人類にとっても、そして彼女たちにとっても死地への行軍であった。
同ホテル 上層階 テラス
その頃、帝都ホテルの展望テラスにて、1人の男が宇宙を見上げていた。外務官僚の庭月野である。外務省に抜擢され、連合と日本政府の橋渡し役であり続けた男だ。
文民の代表として、太陽系の果てで連合との最終調整役を担うことになっている。政府からオファーを受けた官僚の中には当然断った者もいるが、庭月野は自らの意思で冥王星へ向かうことを決めていた。
「・・・」
庭月野は今生の別になるかも知れない故郷の景色を目に焼き付けていた。そんな時、背後から近づく人影がある。
「・・・ニワツキノ様」
「クーラさん」
女王府侍従・給仕部、クーラ=ベンセル・リマーズ。連合女王の忠実な侍従の1人である。女王府と地球の橋渡しを続ける中で、2人には奇妙なつながりが生まれていた。
「ニワツキノ様は、フソウに乗るん・・・ですよね」
「・・・はい」
庭月野は毅然として答える。クーラはその表情を見て、一抹の不安を抱えていた。
「ニワツキノ様は・・・怖くないのですか」
クーラにとっては、故郷への帰還である。だが、地球人である庭月野にとっては、未知の領域への危険な旅路であった。クーラは庭月野が恐怖を押し殺しているのではないかと危惧していた。
「私は望んで、冥王星に・・・太陽系の最果てに行くと決めました。この戦いを終結させる一縷の希望に賭けて。・・・確かに地球は今や風前の灯です。ですが、前に向かって進もうとする意思を持つ限り、人の魂が真に敗北することなど断じてない。私はそう思います」
庭月野は地球の希望と未来を背負い、未知の宇宙へ旅立つ。例え命を失っても、それに賭けることが自分の運命だと信じていたのである。
「ニワツキノ様・・・」
「クーラさん、一緒に・・・頑張りましょう」
庭月野は屈託のない笑みを浮かべる。クーラは思わず両頬を赤く染めた。
〜〜〜
火星 首都水龍 第4区
日本政府から発表された志願兵募集の一報は、火星の日本人居住区にも届けられている。瓦礫と化した教会の隣に建てられたプレハブ小屋で、副牧師のイツキは動画サイトに公開された政府発表の映像を見ていた。
「・・・」
世間でも、あまりにも無謀な作戦に扶桑を投入することへの反発が起きている。ゆえに、多くの世論はこの作戦に否定的な反応が大きかった。
(・・・確かに、この作戦は無謀すぎる。でも、それは幸運を操れる者がいなかったら、の話)
幸運を操る種族「ハッピーチャーム族」・・・その末裔であるイツキは、ある覚悟を決める。イツキはすっと立ち上がると、台所で洗い物をしていた牧師の角一郎に話しかける。
「・・・牧師さん」
「・・・? 何だい?」
角一郎は手を拭きながら振り返る。イツキは毅然とした表情で顔を見上げる。
「・・・私、カイパーベルト遠征の志願兵になる・・・!」




